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何度やり直しても君と別れる  作者: gratin
恋愛成立・最盛期
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22/48

3-11 続きから

凪が帰ってから、二日が経ちました。

「本人には、見せなければいいんじゃない?」


凪が言ったので、俺はシャツを畳む手を止めた。


「予測を書いた紙を?」


「うん。先に書いて、封筒に入れちゃうの」


折り返しかけた袖が、膝から少し滑った。


金曜の夜に、そんな話をしていた。


目の前に赤と青のボタンがあり、一分後に俺がどちらを押すか、絶対に間違えず予測する機械がある。その答えを先に見せてもらえたら、俺は書かれていないほうを押せるのではないか。


「青って出たら、赤を押せばいいもんね」と凪が言い、俺も、赤と出た場合を考えた。どちらを出しても、見せられた側が反対を押せば外れる。


そこで凪が翌日の電車を確かめ始め、話は乗り換えと駅での待ち合わせへ移った。


その続きを、今、凪が話していた。


「押したあとで開けるなら、反対を押そうとしても間に合わないか」


「そう。紙に書かれたほうが先だったかは、あとで確かめられるし」


俺は袖を折り直し、シャツを脇へ置いた。


「それなら、答えを見てわざと外すことはできないね」


「本当に当たる機械を作れるかは、まだ分かんないけど」


「うん。そこは別に考えないと」


顔が少し熱くなった。俺は机へ椅子を寄せ、メモ用紙を一枚引き出した。


「ちょっと待って。紙に書く」


シャープペンシルの先を二度押した。いつもは芯が出ればそれで終わる動作だったが、もう一度押してしまい、指の腹で少し戻した。


紙の左側に「予測」と書いた。その右に「見る」、さらに右へ「押す」と書き、線でつないだ。


真ん中の「見る」を消して、一番右へ書き直す。


「順番が違うんだ」


俺が言うと、凪はすぐに答えた。


「そう。教えてもらうところを、あとにしただけ」


消しゴムのくずを指で寄せた。細い線が一本、消した文字の下から残っていた。


「これ、いつ考えたの?」


「昨日、歯磨きしてて」


「歯磨き」


「うん。あ、見せなきゃいいのかって。うがいしてからメモした」


俺はペンの先を紙から離した。


あの夜、俺は答えが出ないまま話題を変えた。翌日には凪を迎え、一緒にコートを見に行き、ごはんを作った。俺の中では、そのあたりに埋もれていた話だった。


凪は、自分の部屋へ帰ってからも考えていた。


「気になってたんだ」


「うん。どっち押しても外れるの、変だなと思って」


凪が小さく笑った。


「湊も気にならない?」


「なる」


返事が少し早くなった。


凪の笑い声が大きくなったので、俺も笑った。紙には三つの言葉が並んでいるだけだった。俺はそれを見ながら、机の下で足を組み直した。


「でも、その紙を、俺以外の人が見たらどうなるんだろう」


「押す前に?」


「うん。たとえば、凪だけが読む。俺には見せない」


「それ、私が教えちゃったら一緒だよね」


「言わないことにして」


凪が考える間、向こうで何かが軽く机に当たった。


俺は紙に小さな四角を描き、その横へ「凪」と書いた。


「じゃあ、赤だったら右手を上げる」


「合図するんだ」


「声には出してないよ」


「それは読めちゃうな」


「青なら左手」


俺は四角から、自分の名前へ線を引いた。


「紙を隠すだけじゃ足りないね」


「目の前に座ってたら、顔にも出そう」


「赤のほう見ちゃうとか?」


「そう。湊がそっち押しそうになったら、あ、ってなる」


俺はペンを持ったまま笑った。


「それ、声も出てる」


「あ、も駄目なの?」


「だいぶ教えてる」


凪も笑った。短く息を吸ってから笑い出す、その間に、目の端が細くなる顔を思い出した。


俺は紙の上の「凪」を見た。


いつもなら図の中には、AとかBとか書く。今日は名前の横に小さな四角があり、そこから伸びた線が、俺の書いた名前につながっていた。


凪がまた話し始めたので、俺はその線の先を指で押さえた。


「ボタンを押す人に伝わらないところまで、離しておかないといけないんだね」


「少なくとも、わざと反対を選ばせたいなら、伝える方法がいる」


「じゃあ、私、別の部屋」


「俺が押すまではね」


「当たったら、あとから出てきて驚く係か」


俺は笑って、凪の名前を囲んだ。


「忙しいね」


「見てただけなのに」


笑いが収まると、俺は残っていた線を消した。紙を押さえた左手の小指に、薄く黒い跡がついた。


窓のそばから冷気が下りてきていた。カーテンの裾が、足元で少し浮いている。俺は立ち上がって端を引き、隙間を閉じた。


「あとさ」


戻りかけたところで、凪が言った。


「ボタン、三つに増やしても同じだよね。書かれてるの以外を押せばいいから」


「うん。二つか三つかは関係ない」


「じゃあ、一個だけなら?」


「押さない、が選べる」


「ああ、まだ二つある」


凪はそこで、少し長く黙った。


俺は椅子に座り、紙の隅にボタンを一つ描いた。その下へ「押す」「押さない」と書く。


凪の声が戻るのを待ちながら、二つの言葉の間に線を引いた。


「当てるために、反対を選べなくしちゃったら、何か違うね」


凪が言った。


「予測の話をしてたのに、押させる方法の話になる」


「そう、それ」


凪の声が近くなった。


俺は顔を上げた。目の前にはいつものモニターがあり、凪の名前が表示されていた。そこに返事をしたわけでもないのに、声が弾んだだけで、顔を見たくなっていた。


「なるほどな」


言いながら、俺は紙の一番上へ戻った。


最初に書いた「予測」の隣には、消し跡が白く広がっていた。俺はそこへ「教える」と書き足した。


「予測するのと、それを先に教えるのを、一緒にして考えてた」


「うん。教えたら、それ聞いて選べるもんね」


「作れるかどうかも含めて、分けて考えたほうがよさそう」


凪が頷くかわりに、小さく「うん」と言った。


俺はペンを置いた。


まだ何もかも解けたわけではなかった。それでも、金曜には同じところを回っていた話が、今は別のところへ来ていた。


「見せなければいい」という凪の一言から、机の上に、これだけの線が増えていた。


「それ、写真で見せて」


凪が言った。


「だいぶ汚いよ」


「いいよ。さっきから、すごい書いてる音するから」


俺は紙の端を持ち、消しゴムのくずを払った。スマホを上へかざして撮ると、少し斜めになったが、文字は読めた。


送ってから、凪の返事を待った。


「あ、私いる」


「途中で出てきたから」


「ここで右手上げてるんだね」


「上げて、あとで別室に移された」


凪が笑った。


「字で見ると、何の話してたんだろうってなるね」


俺も送った画像を開いた。


名前や四角があちこちにあり、途中で消した線も写っていた。順番をつけ直した矢印の先には、後から足した言葉が小さく押し込まれている。


凪は画面を見ながら、あのときはこういう話をしていたねと、二つほど指摘した。聞いていると、書いた順番まで戻ってきた。


俺は紙の上へ手を置いた。


子どものころから、考えかけたことを紙に書く癖があった。書いたときには分かっていても、後から見ると、どこから来た線なのか思い出せないことがある。短い言葉だけが残り、肝心の考えは、その間から抜けていた。


今は、同じ画像を見ている凪の声が、そこを埋めていた。


「ここ、まだ分かんないままだね」


凪が言った。


「どこ?」


「見せないなら、本当に当てられるのかってとこ」


「うん。そこは残ってる」


「じゃあ、それはまた考える」


彼女がそう言ったので、俺は「予測」のそばへ、小さく疑問符をつけた。


紙を片づけようとして、手を止めた。


「覚えててくれたの、嬉しかった」


凪は少し黙った。


「金曜の話?」


「うん。俺がまた話し始める前に、続きが来たから」


「私も続き、聞きたかったし」


返事のあと、凪が何か飲む音がした。


俺は、半分ほど畳んだまま脇へ置いていたシャツを見た。袖が片方だけ、外へはみ出していた。手を伸ばし、折り目をつけ直した。


凪がうがいを終え、スマホへ言葉を打つところを想像した。


洗面所には水の音がしていただろう。濡れた手を拭いて、歯ブラシのかわりにスマホを持つ。俺が何も話していなかった時間にも、あの問いへ戻る凪がいた。


畳んだシャツを、膝の上で一度撫でた。


何か言おうとしたが、さっき伝えた言葉と同じになりそうで、口を閉じた。


「湊」


凪が呼んだ。


「うん」


「機械が二台あったらどうなるんだろう」


俺は手を止めた。


「お互いの予測を、予測させるの?」


「そう。一台目の答えを、二台目だけが読む」


シャツを脇へ置き、もう一度ペンを取った。


紙の下には、まだ余白があった。


「ちょっと待って。今、二つ描く」


「うん」


俺は四角を一つ描き、その隣へもう一つ描いた。線を引こうとしたところで、凪が続きを話し始めた。

第二十二話をお読みいただき、ありがとうございます。


次話は「別々のこと」です。

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