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何度やり直しても君と別れる  作者: gratin
恋愛成立・最盛期
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12/48

3-1 そのままでいい

第三部の始まりです。


恋人になった二人の、いつもの夜から。

恋人になって最初のゲームで、俺は同じ廊下を三度歩いた。


「そこ、さっきも通ったよ」


先に監視室へ戻った凪が言う。


「よく似た廊下があるんだと思う」


「地図の同じところが光ってる」


「じゃあ、同じ廊下だな」


「認めるのは早い」


回収物を抱えたまま、来た道を引き返した。


「次の角、左ね」


「ここ?」


「それ右」


「左右まで怪しくなってきた」


凪が笑った。俺も笑い、そのせいで曲がるべき角を少し通り過ぎた。


ようやく出口へ戻ると、凪のキャラクターが扉を押さえて待っていた。


「おかえり」


「大変お待たせしました」


「長旅だったね」


「同じところしか見てないけど」


回収物は必要な数だけ揃っていた。二人とも生きて帰れたし、結果としては悪くない。


ただ、終了画面に表示された称号には、少し問題があった。


『探索王 MINATO』


凪が吹き出した。


「王様じゃん」


「迷ってただけなんだけどな」


「いちばん歩いた人がなるんだ」


小さな字で表示された移動距離は、凪の倍近くあった。


「迎えに来てもらった王様か」


「手のかかる王様だね」


画面を撮る音がして、すぐに画像が送られてきた。


「保存しとこ」


「もっとちゃんと活躍したときにしてよ」


「そのときも撮るよ」


凪はそう言って、もう一度笑った。


送られてきた画像を開く。探索王の文字の下で、俺のキャラクターは頼りなく片手を上げていた。


俺も、その画像を保存した。


ゲームを閉じてからも、凪はしばらく称号を面白がっていた。


「ねえ、これ、出口の前をぐるぐる走ってても取れるの?」


「移動距離だけで決まるなら、取れると思う」


「探索してないのに」


「そこは判定してないんだろうね」


俺はヘッドセットの位置を直し、冷めた麦茶を飲んだ。


「歩いた距離を、探索への貢献の代理指標にしてるんだと思う」


「代理指標って?」


「本当に知りたいものを直接測りにくいとき、代わりに使う数字。この場合は、どれだけ役に立ったかを知りたいけど、それは数えにくいから、歩いた距離で代わりに評価してる」


「じゃあ、地図覚えて最短で帰れるようになったら、評価下がるじゃん」


「この称号に関してはね」


「王様になるには、道を覚えないほうがいいのか」


「王位を捨てないと上達できない」


凪の笑う声に、俺もつられた。


「しかも、これで報酬が増えるなら、わざと余計に歩く人も出てくると思う。評価されるって分かった時点で行動が変わるから、測ってるだけのつもりでも――」


そこまで話して、少し言葉を止めた。


凪の返事が途切れていた。


自分ばかり喋っている気がした。称号の名前がおかしい、というだけの話から、ずいぶん遠くへ来ている。


頭の中で、いくつかの説明をまとめ直した。


要するに、この採点の仕方は変だ。


そこまで戻せば、それで済む。


「まあ、簡単に言うと――」


「そのままでいいよ」


凪の声が重なった。


「え?」


「さっきの続きでいい。測ってるだけのつもりでも、ってところ」


俺は、口を開いたまま黙った。


「回りくどかったかなと思って」


「今、面白くなってきたのに」


凪は少し考えてから続けた。


「歩いた距離を数えてたはずが、その数字のせいでみんな余計に歩くようになる、ってこと?」


「そう」


「じゃあ、記録係のつもりで、走れって命令してたみたいな?」


「かなり近い」


「変なの。数字一個出すだけで、遊び方まで変わるんだ」


凪はもう、俺が説明し直そうとした場所を通り過ぎていた。


聞こえていなかったわけでも、興味を失っていたわけでもない。


返事のない数秒のあいだに、次のことを考えていたのだ。


俺は麦茶のコップを置いた。


話が長くなりそうなら、先に結論まで畳む。専門用語が続いたら言い換える。相手の返事が少し遅れたら、例外の話は後に回す。


そうやって会話を続けることに慣れていた。


相手が急いでいるときもあれば、俺だけがその話をしたいときもある。途中で切り上げた話の続きは、自分一人で考えればよかった。


凪は、その途中を聞きたがっていた。


「それならさ」


凪が言った。


「同じ場所を歩いた分は数えなければよくない?」


「まだ行ってない場所だけ?」


「そう。それなら、ぐるぐる回っても王様になれない」


「そうだね。ただ、そうすると今度は、新しい場所に最初に入った人ばかり点が高くなる」


「外で地図見てる人は?」


「増えない」


「私、結構働いたのに」


「王様の帰り道を探してくれた」


「やっぱり王様いらなくない?」


俺は笑った。


「称号ごと廃止する?」


「全員で帰れたら、全員よくできました、でいい」


「入口から一歩も動かなかった人がいても?」


「その人がいると面白いとかもあるでしょ」


そう言ってから、凪は付け足した。


「坂口さん、何も拾ってないのに面白いときあるし」


「あれは帰ってこないときも面白いからな」


「ひどい」


自分で話を振ったくせに、凪は声を上げて笑った。


俺も笑いながら、さっきの終了画面を思い浮かべた。


誰がどれだけ働いたかを比べるなら、移動距離だけでは足りない。けれど、四人で楽しく遊べたかを知りたいなら、そもそも誰か一人を王様にする必要がない。


「何を褒めたいかで、数えたいものも変わるんだな」


「今、湊が私に説明してる?」


「いや、考えてる」


「じゃあ一緒だ」


向こうで、何かを机に置く音がした。


凪が一口、飲み物を飲む。その間に、俺も続きを考えた。


一人で考えているときなら、そのまま流していた小さな引っかかりがある。


それを言葉にすると、凪が別のところから持ち上げる。持ち上げられたほうを見て、俺はまた違うことを思いつく。


用意していた結論は、もうどこかへ行っていた。


「でも私、終わったあとに数字出るの好きなんだよね」


「達成感あるしね」


「いらないって言ったけど、なくなったら寂しいかも」


「称号は欲しい?」


「欲しい。王様は湊でいいから、私は迎えに行ったで賞」


「言ったら貰えそうな賞だな」


「じゃあ言って」


「凪、迎えに来てくれてありがとう」


「どういたしまして」


語尾が少し弾んだ。


ふざけていた流れのまま言った礼が、ちゃんと届いたのが分かった。


窓の外を車が通った。いつの間にか降り始めたらしく、タイヤの音が濡れていた。


俺は肘を机から下ろし、椅子の背に深くもたれた。


「湊、今日よく喋るね」


「喋りすぎた?」


「ううん。楽しそう」


「楽しいよ」


返事は、考える前に出た。


凪が短く「そっか」と言う。


そのあと、少しだけ間があった。


俺は今度、その間を埋めなかった。


「もっと、そういう話していいよ」


「もっとって言うと長くなるぞ」


「もう知ってる」


「一応、忠告したからね」


「うん。聞いた」


二人とも笑った。


いつもならここで、もう一度時計を見たかもしれない。


相手の時間をどれだけ使ったか。そろそろ違う話をしたほうがいいか。考えながら話す俺に、付き合わせていないか。


その夜は、コップの麦茶がなくなったことで、時間が経ったのに気づいた。


「ちょっと水取ってくる」


「うん。私も」


椅子を引く音が重なった。


台所へ行き、コップをすすぐ。蛇口の水を止めても、凪の側の水音がまだ聞こえていた。


俺が先に机へ戻ると、開いたままの画像が目に入った。


探索王。


たったそれだけの文字から、こんなに長く話していた。


「戻った」


「おかえり」


凪が椅子に座り直す音がする。


「さっき、何の話だったっけ」


「迎えに行ったで賞」


「それは受賞した。その前」


「何を褒めたいかで、数えたいものが変わるって話」


「そう、それ」


俺の中には、まだ話していないことが残っていた。


同じ点数でも、誰と遊ぶかで嬉しさが違うこと。結果を見ているつもりで、その途中を思い出していること。


いつもなら、そこまではいいかと省いていた。


「あのさ」


「うん」


「今、もう一個思ったんだけど」


「何?」


俺は、短くまとめる前の考えを、そのまま話し始めた。

第十二話をお読みいただき、ありがとうございます。


次話は「頭のギア」です。

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