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何度やり直しても君と別れる  作者: gratin
凪からの接近
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2-5 これ、俺のこと好きだよな

凪の好意が、湊にとって推測ではなくなっていきます。

その朝、通話を切ったのは、家を出る十分前だった。


「じゃあ、仕事行ってくる」


「うん。いってらっしゃい」


凪の声にはまだ眠気が残っていた。


「凪はもう一回寝るの?」


「寝る」


「新しい枕を酷使するなよ」


「性能試験の続きです」


「よい試験結果を」


「湊も仕事頑張って」


「どうも」


そう言って通話を切る。


玄関で靴を履いていると、急に部屋が静かになった。


ほんの少し前まで聞こえていた凪の呼吸も、布団が擦れる音もない。


代わりに、冷蔵庫の動く低い音が妙にはっきり聞こえた。


通勤中、凪からメッセージが届いた。


『枕、やっぱりいいかも』


『まだ寝るの』


『湊が帰ってくるまで寝ようかな』


『冬眠に入るな』


すぐに返事は来なかった。


本当に寝たらしい。


昼休みになると、今度は別のメッセージが届いていた。


『おはよう』


『遅い』


『湊、お昼何食べた?』


答える必要のない質問だった。


何を食べても凪には影響がない。相談でもなければ、献立を決めるための参考でもない。


それでも俺は、食堂で頼んだものを写真に撮って送った。


『健康そう』


『医療従事者なので』


『朝ごはん食べてない人が言ってます』


『なぜ知ってる』


『朝まで一緒にいたから』


正確には、同じ場所にいたわけではない。


それでも、昨夜から今朝まで通話がつながっていたことを、凪は一緒にいたと表現した。


その言葉を訂正しようとは思わなかった。


それから、凪のメッセージはさらに増えた。


『仕事終わった?』


『今帰ってる』


『今日こんなの見つけた』


『これ湊に聞こうと思ってた』


『五分だけ声聞きたい』


五分だけで終わったことは、一度もなかった。


俺も、面白い記事を見つければ凪へ送った。


道で妙な看板を見れば写真を撮った。仕事中に浮かんだ疑問を覚えておき、夜の通話で話した。


報告先は、いつの間にか決めなくても凪になっていた。


その週の金曜、四人でゲームをする約束があった。


仕事が少し長引き、開始時刻に間に合うか微妙だった。移動中に、先に始めていて構わないとグループへ送る。


十分ほどして画面を見ると、いくつか返事がついていた。


坂口からだった。


『了解。三人で先に一回行く?』


その下に、凪の返信がある。


『まだ湊来てないよ』


坂口が続ける。


『本人が先やってていいって言ってる』


『待つ』


短い言葉だった。


それを見た瞬間、初めて凪と遊んだ夜を思い出した。


まだ凪が来ていない。


俺も、似た言葉を使ったことがある。


ただ、俺があのとき待ったのは、四人で遊ぶなら四人で決めるべきだと思ったからだった。


もし来ていなかったのが坂口でも牧野でも、同じように待ったと思う。


凪が待っている理由は、たぶん違う。


急ぐ必要はないと送ったのに、俺は駅から家までいつもより速く歩いた。


パソコンを起動し、通話へ入る。


「遅い」


挨拶より先に凪が言った。


「開始時刻からまだ三分しか過ぎてない」


「私は三十分待った」


「早く来たのは凪の都合だろ」


「待つのも私の都合です」


「桐生くん、聞いてよ」


牧野が笑いながら割り込んだ。


「坂口くんが先に行こうって言ったら、凪ちゃんがずっと止めてた」


「四人で約束したから」


凪が答える。


「でも、桐生くんが先に始めていいって」


「湊がいないなら、別のことして待ってればいいし」


「ゲームしたかったんじゃないの?」


坂口が聞いた。


「湊とゲームしたかったの」


凪は、迷わずそう答えた。


牧野が小さく笑い、坂口が「はいはい」と気のない返事をする。


俺だけが、何も言えなかった。


照れるような言葉ではないと思った。


一緒にゲームをしたい。友人同士でも普通に使う言葉だ。


それでも凪が言うと、目的語の位置が妙にはっきりしていた。


ゲームをしたいのではなく、俺としたい。


俺が来たことで、その日の遊びが始まった。


研究施設へ入ると、入口の机にライトが一本置かれていた。


「これ、湊の分」


凪が言った。


「残してたの?」


「湊、いつもその型使うでしょ」


見れば、俺がよく選ぶ照射範囲の広いライトだった。


性能差は小さい。別のものでも困らない。


俺自身、毎回それを選んでいることを意識していなかった。


「よく見てるね」


「湊のことはね」


凪はそれだけ言って、俺が何か返すより先に歩き出した。


その夜、牧野と坂口が抜けたあとも、俺たちは通話に残った。


ゲームは閉じていた。


「今日、来ないかと思った」


凪が言った。


「行くって連絡したでしょ」


「仕事長引いたって言ってたから」


「行けなくなるほどではなかったよ」


「よかった」


息を吐くような声だった。


「そんなにゲームしたかった?」


分かっていて、わざと主語をずらして聞いた。


「違うよ」


凪はすぐに否定した。


「湊と話したかった」


「ゲームは?」


「あってもなくてもいい」


「ゲームに謝れ」


「でも、湊と知り合えたから感謝はしてる」


「役目を終えたみたいに言うなよ」


凪が笑った。


「私、分かりやすい?」


不意に聞かれた。


「何が?」


「私が湊と話したがってるの」


「かなり」


「よかった」


「隠す気ないんだ」


「隠す理由ある?」


「普通は、少し恥ずかしがったりするんじゃない?」


「恥ずかしいよ」


そう言った凪の声には、本当に少しだけ照れが混じっていた。


「でも、言わなかったら湊、分からないかもしれないし」


「そこまで鈍くない」


「本当に?」


「たぶん」


「じゃあ、毎日話したいのも分かってる?」


「今分かった」


「やっぱり言わないと分からないじゃん」


反論できなかった。


個人メッセージの頻度。


二人だけで続く通話。


俺が来るまでゲームを始めず、普段使っている道具を残しておくこと。


声を聞きたい、話したい、毎日でも一緒にいたいと、凪は何度も言葉にしている。


一つずつなら、友人としての親しさで説明できる。


けれど、すべてを偶然や友情だけで説明しようとするほうが不自然だった。


告白されたわけではない。


だから確定ではない。


それでも、ほかの可能性を残しておくことに、もう意味はなかった。


これ、俺のことかなり好きだよな。


そう理解したとき、困るより先に笑ってしまった。


「今、笑ったでしょ」


凪がすぐに言った。


「また息で分かった?」


「今のは普通に聞こえた」


「何も言ってないけど」


「湊、黙って笑うと少し息漏れるよ」


自分でも知らなかった癖を、凪はもう知っていた。


「何がおかしかったの?」


「凪って、分かりやすいなと思って」


「だから隠してないって」


「そうだった」


凪は、俺が何を理解したのか、それ以上確かめなかった。


言葉にしなくても分かったのかもしれない。


あるいは、凪にとっては最初から隠すようなことではなかったのだろう。


問題は、凪の気持ちではなかった。


同じ材料を自分の側へ並べてみる。


通知が来る前から彼女の名前を探している。


面白いものを見つければ、夜まで覚えている。


通話を切る理由があっても切らず、彼女が待っていると知れば帰り道を急ぐ。


好かれていると分かったことを、俺は嬉しいと思っている。


凪の好意は、もう分析する必要がなかった。


次に考えるべきなのは、それを喜んでいる自分の気持ちを、何と呼ぶかだった。

第十話をお読みいただき、ありがとうございます。


凪の側から始まった近さを、湊が初めて恋愛として認識しました。


次話は、第二部最終話「名前をつける」です。

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