第43話 縦坑は見つけただけじゃ攻略できないらしい
「これ全部どかすんですか?」
管理所の資材置き場を見渡し、俺は思わず聞き返した。
壁際には古い鉄枠と石材が積まれ、交換用の青札や木箱まで床を埋めている。隠しダンジョンの入口探しと聞いて来たのに、最初の仕事は大掃除だった。
「床を見るには荷物が邪魔だろ」
ハーシュが鉄枠の片側を持ち上げた。
昨日グレンから頼まれた調査補助には、管理所の職員が四人来ている。グレンとハーシュ、資材を扱う職員が二人。俺たちを入れると七人だ。
「こんなに人数が要るんですか?」
「石の蓋があったとして、三人で持ち上げられると思うか?」
「もう蓋があるって分かってるんですか?」
「だから床から調べるんだ」
グレンが作業図を広げた。
資材を移す範囲が線で囲まれている。古い記録と外側の排水口を照らし合わせると、この建物の下に使われていない設備がある可能性が高いらしい。
「ここから先の資材を移す。重い物は二人以上で運べ。置き場所も指示するから、勝手に積み直すな」
「了解です」
ミレアが小さな木箱を持ち、セオは移動前の番号を記録する。
俺も手伝おうと鉄枠へ近づいたが、ハーシュに止められた。
「そっちは重い。左腕を痛めてるんだろ。小箱を頼む」
「それくらいなら大丈夫だと思うんですけど」
「大丈夫かどうかは持ってからじゃ遅い」
仕方なく右手で扱える箱を運ぶ。重い鉄枠はハーシュと職員たちに任せた。
宝箱を運ぶ予行演習だと思えば少しは楽しくなるかもしれない。
ただし、背中の折り畳み台まで重く感じてきた。
*
「トウマ。その台を入口に置いたら通れないよ」
「分かってる。あっちの壁際だろ」
修正版の折り畳み台を開き、作業の邪魔にならない場所へ置いた。
硬板には帳面と記録板、布面には予備の木札を並べる。初めは治療道具の置き場として作ったのに、最近は俺が書類を広げるための机になっていた。
「今日は最初から記録台ですね」
セオが帳面を置きながら言う。
「本来は救護用なんだけどな」
「落ち着いて書けるので助かります」
「そう褒められると、用途を増やしたくなる」
「人が乗れるようにはしませんよ」
先に釘を刺された。
俺だってもう分かっている。
たぶん。
資材を動かし終えると、灰色の石床が広がった。
ぱっと見は普通の床で、どこにも秘密の扉らしい取っ手はない。ハーシュは古い記録の写しと柱の位置を見比べ、壁から歩数を数え始めた。
「壁から七。柱から四。ここだな」
短い棒の先で床石を軽く叩く。
こん。
隣も同じような音がした。
三枚目の石へ移ると、少し低い音が返ってくる。
「……今の、違いますね」
俺が言うと、ハーシュは頷いた。
「ああ。下に空間があるかもしれん。端を確認するぞ」
ハーシュは別の場所も何か所か叩いてから、低い音がした石へ戻った。
石の隙間に詰まった土を払い、四隅を一つずつ調べていく。
土と錆の下から、小さな鉄輪が現れた。
一つ、二つ。
反対側にも二つある。
どれも石の中へ埋め込まれていた。
「蓋だ!」
「らしいな。まだ手を掛けるなよ」
思わず一つへ手を伸ばしたところで、セオに手首をつかまれた。
「管理所の職員が作業します」
「触って確かめるだけだって」
「それで動いたら困ります」
動かすための鉄輪なのだから、触れば動く可能性もある。
俺はおとなしく手を引っ込めた。
グレンが床の周囲を調べ、作業する場所を区切った。
「ここから先は職員だけだ。お前たちは記録台の方へ下がれ」
ハーシュが鉄輪の錆を落とし、職員たちが鉤と丈夫な縄を掛ける。
石の重さを一度に受けないよう、持ち上げる側には支え木も用意された。
「少しだけ上げるぞ」
三人が力を掛けた。
石は動かなかった。
「固着してる。片側だけ引くな」
グレンの指示で全員が力を抜いた。
ハーシュが石の継ぎ目を確かめ、固くなった泥を少しずつ削る。鉄輪の付け根にも油を差し、もう一度左右から力を掛けた。
今度は石の端がわずかに浮いた。
「止めろ。その高さで支えを入れる」
職員が支え木を差し込み、反対側も少し持ち上げる。
何度か繰り返すうちに、指一本分ほどの隙間が開いた。
そこから冷たい空気が上がってきた。
「……下が空いてる」
ミレアの耳が動く。
俺にも床下から響く小さな水音が聞こえた。
*
石の蓋を完全に外すと、黒い穴が現れた。
大人一人なら通れそうな幅だ。
内壁には古い鉄の足掛けが縦に並んでいる。ただし手前に見える二本は錆がひどく、片方は壁から浮いていた。
「これ、降りられるんじゃないか?」
「足掛けが使えるならな。今は誰も降りるな」
グレンが穴の周囲に近づいてよい位置を示した。
職員が縄を支える場所も決め、ハーシュが小さな灯り石を取り付けた縄を用意する。
「まず深さを確かめる。トウマたちは記録だ」
「了解!」
俺は折り畳み台へ戻り、記録板を開いた。
灯り石がゆっくり穴の中へ下ろされる。
「一つ、二つ……まだ底じゃないな」
職員が縄の目盛りを読み上げる。
十歩分を越えても、灯りはまだ暗闇の中にあった。
「思ったより深いぞ」
ようやく光の下に何かが見えた。
黒い水面だ。
灯りが小さく揺れると、そこへ淡い光が映った。
「床が見えた!」
「水面だ。底とは限らん」
ハーシュが縄を少し横へ動かす。
水の横には、人一人が通れそうな石の足場が見えた。奥は影に隠れ、その先がどうなっているかは分からない。
「東保守路の点検溝より広いね」
ミレアは穴の縁から離れたまま首を傾げた。
セオも前へ出ず、見える足掛けの位置と傷み具合を記録している。
「今の図面には載っていない場所ですか?」
「古い記録では、ここから資材を下ろしていたらしい。だが今も通れるとは分からん」
グレンが図面の写しを指で押さえた。
俺の地図では、東保守路の右壁から点検溝が延び、その奥に格子がある。
今見つかった縦坑も、線を引けば近い。
ダンジョンマップの隠し区画が、一気に解放されそうな気がした。
「だったら、あの格子の裏へ――」
「つながっているかは未確認だ」
「まだ最後まで言ってないのに」
「言わなくても分かる」
セオまで頷いている。
俺の地図の余白には『確認待ち』と書くしかなかった。
「……静かにして」
ミレアが小さく言った。
全員が話を止める。
穴の中から水の流れる音がした。
少し間を置いて、硬い物が触れ合う音が響く。
カン。
もう一度。
カン。
「今のは俺にも聞こえたぞ」
「うん。前に聞いたのと似てる。でも、同じかは分かんない」
ハーシュが縄を少し横へ動かした。
灯り石の光に、細い鉄の鎖が映る。
どこか高い位置から垂れ下がっているらしい。下の方は水に半分浸かり、その先は暗くて見えなかった。
「鎖がどこかへ当たってるのか?」
「可能性はある。だが音の原因まで決めるな」
グレンが記録板を見る。
「聞こえた時刻と回数だけ書いておけ」
俺は急いで筆を動かした。
ミレアはまだ穴の方を見ている。
「水と鎖のほかに……たまに擦れる音もする」
「魔物?」
「分かんないってば。場所もはっきりしない」
東保守路で聞いた音も、ずっと前の閉鎖区画で聞いた音も頭をよぎる。
けれど、離れた場所で聞いた音を全部同じ仕掛けだと思うのは早い。
今回は、俺にも聞こえた二度の金属音と、ミレアだけが拾った擦れる音を分けて記録した。
*
「今日は降りませんよね」
セオがグレンへ確かめた。
「降りない。足掛けの強度も、底の空気の状態も確認できていない。水が増えたときの退避方法もない」
「じゃあ今はどうするんです?」
「深さと水位を測る。見える足場の位置も記録する。それから閉じる」
灯り石の位置を確かめたあと、職員たちは別の縄を用意した。
先端には重りと短い測り棒が付いている。水面の見えた場所へゆっくり下ろし、底に触れたところで止めた。
「そこだ。引き上げろ」
濡れた棒を確かめる。
水に浸かった長さは、膝より浅い程度だった。
「思ったほど深くないな」
「測ったのはあの位置だけです」
セオが記録板を指した。
「奥まで同じ深さとは限りません」
「分かってるよ」
水位の変化も、流れの強さもまだ不明だ。
しかも落ちれば十歩分以上の高さがある。水が浅いからといって、安全に着地できるわけではない。
セオは錆のひどい足掛け二本を図に描き、使用が危険だと書き添えた。
俺も測定値を地図へ書き足す。
『深さ十歩分以上。底に浅い水と石の足場。鉄の鎖あり。格子への接続は不明』
せっかくの隠しダンジョンなのに、攻略情報は危険な話ばかりだ。
「次に調べるなら、縄と灯りが要りますね」
「引き上げる手段もだ。今日はその準備を決める材料を持ち帰る」
グレンが指示すると、職員たちが縄と道具を回収した。
穴の周囲を空け、石の蓋を元の位置へ戻す。
先ほど開けるのに苦労しただけあって、閉めるときも慎重だった。支え木を一本ずつ外し、石が床へ収まるまで縄を緩めない。
完全に閉じたことを確かめると、穴の前に赤い札が立てられた。
『開放禁止・調査中』
「せっかく見つけたのに閉めるのか」
「見つけたから閉めるんだ。知らずに上へ荷物を積まれたら困る」
グレンは周囲の資材を元の場所へ戻さず、通れる幅だけ確保するよう指示した。
ハーシュは古い鉄枠を別の置き場へ移し始める。
「それなら俺も手伝います」
「さっきは鉄輪へ手を出しかけたのにな」
「運ぶ許可は出てるだろ」
「そうだな。無理に重い物を持つなよ」
俺は鉄枠のそばに残った小箱を運び、職員たちの通り道を空けた。
宝箱を見つけたときより肩が疲れている気がする。
楽をするための調査なのに、また運搬作業が増えてしまった。
*
管理所へ戻ると、今日の依頼は達成と認められた。
セオが受け取った報酬を三つに分ける。金額はともかく、穴を開けて戻しただけに見える仕事にも、ちゃんと報酬が付くのはありがたい。
「次も俺たちに頼むんですよね?」
「まだ決めてない。確認することが残っている」
「最初に風を見つけたのはミレアなんですけど」
「それは記録に残してある」
「じゃあ、次はあたしだけ呼ばれるかも」
ミレアが楽しそうに耳を立てた。
「待て! あの縦坑を見つけるまで、俺だって働いたぞ」
「働いた分は今受け取ってるでしょ」
セオが俺へ報酬袋を渡す。
「次の仕事は、依頼が出てから話してください」
「でも、せっかく入口を見つけたんだぞ」
「見つけたことと、入っていいことは別です」
俺は報酬袋を受け取り、地図を折った。
次の調査に呼ばれなかったら、あの空白はずっと埋まらないかもしれない。
宝箱より、そっちの方が気になってしまう。
「……なあ。次の依頼票って、いつ出るか聞いてもいいよな?」
「聞くのは自由です」
セオは共同経費帳を閉じた。
「ただし、勝手に受注しないでくださいね」
「まだ何もしてないだろ!」
ミレアが横で笑った。
俺は地図をしまい、さっそく受付の方を見た。




