第42話 灯りの交換なら戦わず稼げるはずだった
「この踏み台も持っていくんですか?」
北西迷宮管理所で支給品を確かめながら、俺は箱の底に畳んである小さな踏み台を指した。その上には交換用の魔道灯が三基、布で仕切られて並んでいる。
「灯り三つなら、そんなに時間は掛からないと思うんですけど」
「高い位置の固定具を外すんだ。必要なら使ってくれ。忘れると取りに戻ることになるぞ」
職員の言うことにも一理ある。
俺が持っている折り畳み台とは用途が違う。あれは物を置く道具で、人が乗れば壊れる。ネイラに注意されてからは座ろうとも思わなくなった。ガルムは別だが。
「今日は戦わずに報酬がもらえるんだろ。いい依頼じゃないか」
「三基を交換して、古い物を全部持ち帰る仕事です。運ぶ量も考えてください」
セオは支給品の一覧と箱の中身を照らし合わせた。
魔道灯三基、予備の固定具、作業用の工具、踏み台。交換した古い灯具を収められるよう、箱には仕切りも付いている。
数を確認してから荷物を分けた。ミレアが灯具の箱、セオが工具袋と記録板、俺が踏み台を運ぶ。
「何であたしよりトウマの方が軽いの?」
「俺は自分の台も背負ってるから」
「それを持っていくって決めたのはあんたでしょ」
「現場で役に立つかもしれないだろ」
「じゃあ役に立たせてね」
ミレアが箱の持ち手を握り直した。俺の背中にある折り畳み台は、返事の代わりに小さく金具を鳴らす。
「青札一番から三番までの通常経路ですね」
セオが依頼票を開く。
「灯具の番号を確かめて交換。壁の損傷などがあれば作業を止めて報告。交換できなかった場合も、場所と理由を記録すること」
「全部読んだ。今回は大丈夫だって」
「前にもそう言ってましたよね」
信用の回復には、もう少し時間が掛かりそうだ。
*
青札一番の少し先で最初の灯りを見つけた。
壁に取り付けられた魔道灯が明るくなったり暗くなったりを繰り返している。通り過ぎる冒険者が、光の弱まるたびに足元を見直していた。
「これか。確かに歩きづらいな」
ミレアが人通りを確かめ、作業中の札を置いた。セオは灯具の番号と不調の状態を記録する。
俺は工具を取り出し、支給された図に描かれた固定具を探した。
「……高いな」
「トウマなら届きそうじゃない?」
「指先なら届く。でも工具を回すのは無理だ」
ミレアの目が俺の背中へ向いた。
「駄目だからな。俺の台には乗れないぞ」
「あたし何も言ってないよ」
「座るのも駄目だ」
「そこまで言ってない!」
セオが踏み台を開いた。
「こちらを使いましょう。そのために借りてきたんですから」
「……俺の台の出番がない」
「壊さなくて済むなら、それが一番です」
床の平らな場所を選び、踏み台がぐらつかないことを確かめる。セオに脚を押さえてもらい、俺は上へ乗った。
二つの固定具を緩める。古い魔道灯を手前へ傾けた瞬間、黒い埃が顔の前へ落ちてきた。
「うわっ!」
顔を背けながら灯具を支える。
「目、入ってない?」
ミレアは少し離れた場所からこちらを見上げていた。
「大丈夫。びっくりしただけ」
「それなら処置布は使いませんね」
セオは取り出しかけた布を救護鞄へ戻した。
「念のため、目をこすらないでください」
「分かってるって」
古い灯具を外し、空いた固定位置へ新しい魔道灯を取り付ける。金具を締めてから軽く動かし、ぐらつかないことを確かめた。
淡い光が通路を安定して照らし始める。
「おお、直った!」
「まだ終わってません。古い方を箱へ」
「はいはい」
外した灯具を布で仕切られた空き場所へ収め、番号を記入する。
一基目は成功だ。
「助かったよ。さっきは足元が見えなくてな」
通りかかった冒険者が声を掛けてきた。
「あと二つです。任せてください!」
言ってから少し後悔した。
次も同じように交換できるとは限らない。
*
青札二番へ向かう途中、前の通路から硬い物が石床を擦る音がした。
現れたのは岩甲虫だった。
硬い甲殻をこちらへ向け、通路の真ん中をゆっくり進んでいる。
「戦闘なしの依頼だったはずなのに」
「魔物が依頼票を読むわけないでしょ」
ミレアが短剣を抜いた。
俺も剣へ手を掛けたが、セオが先に灯具の箱を指した。
「まず荷物を避けます。割れ物を抱えたまま戦えません」
「そうだな。ここは狭いし、少し戻ろう」
俺たちは来た道を下がり、通路の幅が広がる場所まで移動した。ミレアが箱を下ろすと、セオが岩甲虫の進路から外れた壁際へ寄せる。
「ここなら踏まれません。退路も空いてます」
「よし。右を空ける!」
俺が声を出すと、ミレアが横へ動いた。
岩甲虫がこちらへ向きを変える。
石床の継ぎ目にたまった砂へ《ブリーズ》を流すと、細かな粒が魔物の脚元を走った。
岩甲虫が向きを変えようとした瞬間、片側の脚が滑る。
「今!」
ミレアの短剣が脚の付け根へ入った。
俺は反対側を狙う。
甲殻へ剣を打ち込んでも刃を傷めるだけだ。初めて戦ったときの苦労を思い出し、露出した付け根を浅く突いてすぐに下がった。
岩甲虫が身体をこちらへ向け直す。
「左へ回る!」
「分かった!」
俺が左へ動くと、ミレアは反対側から回り込んだ。
甲殻の正面を避けて脚を狙う。ミレアが一方の動きを止め、俺が空いた付け根へもう一撃入れると、岩甲虫は大きく傾いた。
脚をばたつかせたあと、そのまま動かなくなる。
「……前より早く終わったな」
「何度も戦ってるんだから。あんたの剣も当てる場所が変わったし」
それは確かだ。
以前なら硬い正面へ何度も打ち込んでいただろう。今はどこを狙えば刃を傷めずに済むか考えられる。
《超成長》で積み重ねた経験が効いているわけか。
「また変な顔してる」
「いや。パーティー補正が順調だなって」
「訓練の成果って言いなよ」
セオが箱のそばから声を掛けた。
「魔石を回収するなら早くしてください。交換の仕事が残っています」
「分かってる!」
魔石だけを回収し、岩甲虫の位置を記録した。
討伐報酬が付くかどうかは管理所へ戻ってから確認するつもりだ。
それにしても、灯りを三つ交換するだけの仕事で剣を抜くことになるとは思わなかった。
*
二基目の灯具は青札二番の近くにあった。
明るくなる時間が短く、すぐに光が弱まってしまう。一基目よりも状態が悪そうだ。
踏み台を置こうとしたところで、ミレアが壁を指した。
「待って。固定具の横、割れてない?」
「え?」
近づいて確かめると、灯具の根元から壁の石へ細い亀裂が延びていた。
石の表面だけなのか、奥まで割れているのかは分からない。固定具の周りにも小さな欠けがある。
「灯具を外したら、壁の方が崩れたりしないか?」
「その可能性はあります」
「じゃあ横へずらして付け直すのは?」
「勝手に取り付け位置を変えちゃ駄目でしょ」
ミレアに言われ、セオが依頼票を開いた。
「壁面に異常がある場合は交換を保留し、異常札を付けて報告。ここに書いてあります」
「……ちゃんと書いてあるな」
「読んでください」
固定具には触れず、亀裂の長さと向きを測った。ミレアが簡単な図を描き、セオは異常札を通路側から見える位置へ取り付ける。
「これで二番は保留ですね」
「新しい灯具が一つ余るな」
「持ち帰って返すんでしょ」
ミレアがこちらを見た。
「分かってるよ。お前、俺が欲しがると思っただろ」
「思った」
図星だった。
故郷の畑に一基あれば、夜の見回りがずいぶん楽になる。
しかし管理所の支給品を勝手に持って帰ったら、楽になるどころか事情聴取が待っている。交換を見送った灯具も、箱の中へ戻すしかない。
「ここは直してもらうまで待つしかないか」
「そういう仕事ですよ」
セオは点検票に保留の理由を書き加えた。
*
青札三番の手前にある三基目は、さらに高い位置へ取り付けられていた。
踏み台を開いて壁へ寄せる。だが、灯具の下には石の出っ張りがあり、俺が踏み台に乗ると肩がつかえてしまった。
「……これ、手を横から回すしかないな」
工具を当ててみたものの、固定具がよく見えない。無理な姿勢で回せば、金具を傷めそうだ。
「ちょっと代わって」
ミレアが俺の脇から固定具をのぞいた。
「あたしなら出っ張りの内側に入れる。手元も見えるよ」
確かにミレアの方が身体が細い。踏み台を壁へ寄せたままでも、石に肩をぶつけず正面から手を伸ばせそうだった。
「届くか?」
「乗ってみる」
俺が踏み台を下りると、ミレアが代わって上がった。
固定具へ工具を当て、手首をゆっくり動かす。
「うん。これならできる」
「無理するなよ」
「分かってるって」
俺は下で古い灯具を受け取る役になった。セオは踏み台の脚を押さえ、通行人が近づくたびに声を掛ける。
「右の固定具が固い」
「強く回すと折れるかもな」
「一度戻してみる」
金具が小さくきしんだ。
ミレアは手を止め、工具の角度を変えて少しずつ緩める。
「……取れた。トウマ、受けて!」
「おっと!」
下ろされた灯具は思ったより重かった。
右腕で重さを受け、左手は姿勢を整えるだけに使う。灯具が揺れないように気を付けながら、箱の空いた仕切りへゆっくり下ろした。
「左腕は?」
セオが踏み台を押さえたまま尋ねる。
「重さは掛けてない。大丈夫だ」
「ならいいです」
未使用の魔道灯を箱から取り出し、ミレアへ渡す。
新しい固定具を締め終えると、淡い光が通路を安定して照らし始めた。
「よし!」
ミレアが手を離し、灯具が動かないことを確かめる。
それから三人で交換時刻と番号を記録した。
「結局あたしが一番高いところを交換したね」
「身長だけで仕事は決まらないってことだな」
「最初からあたしに任せればよかったんじゃない?」
「二番までは俺がやるつもりだったんだよ」
セオが踏み台を畳んだ。
「適材適所で終わったんですから、いいじゃないですか」
その通りだ。
俺が無理に全部やる必要はない。三人で手分けすれば早く終わる。
……これも《超成長》のパーティー補正が、うまく働いているということだろう。
*
管理所へ戻ると、職員が支給品を一つずつ数え始めた。
交換済みの古い灯具が二基。未使用の新しい魔道灯が一基。固定具の残りと工具、それに踏み台。
返却品の数は合っていた。
「二番だけ交換できませんでした。壁の固定部分に亀裂があります」
「場所と向きは?」
職員に聞かれ、俺は手で形を示そうとした。
その横からセオが点検票を差し出す。ミレアの描いた図も付いていた。
「……いつの間にこんなに詳しく?」
「トウマが魔石を回収していた間です」
「俺も仕事してたのに」
「だから分担したんですよ」
職員は記録を確かめ、二番の灯具には壁面修理が必要だと書き加えた。
「交換二基、保留一基。異常の報告も確認した。依頼は達成だ」
「一基残したのに達成でいいんですか?」
「交換できない理由を確認して報告するのも仕事だからな。勝手に場所を変えて取り付けられる方が困る」
なるほど。
無理に三基とも交換するより、危ない一基をそのまま残して報告した方がいいわけだ。
戦わず稼ぐつもりが岩甲虫とは戦う羽目になったが、灯具は壊さずに済んだ。討伐分の報酬については別に確認が必要らしい。
「こっちの記録はどうします?」
俺が岩甲虫の位置を書いた紙を出すと、職員が受け取った。
「巡回担当へ回す。魔石を取ったなら、そのことも記録しておく」
「追加報酬は?」
「討伐依頼じゃないからな。確認してからだ」
「……ですよね」
少し残念だが、依頼料は予定どおり受け取れた。
それに、危ない灯具を勝手に交換しなかった判断も評価されたらしい。
俺の《超成長》は、戦闘だけでなく判断力にも効いているのかもしれない。
支給品の返却を終えたところで、入口からグレンが顔を出した。
「ちょうどいい。お前たち、明日時間を空けられるか」
「空けます!」
「まだ内容を言ってないぞ」
「空けます!」
ミレアが俺の肩をつかんだ。
「先に話を聞きなって」
グレンは一枚の紙を差し出した。
「旧縦坑らしい場所を絞った。資材置き場の床を明日確認する。床を調べて動かす作業は管理所の職員がやる。お前たちは周囲の警戒と記録だ」
「床の下に何かあるんですか?」
「まだ分からん。だから調べる」
「分かりました。行きます!」
セオが紙を受け取り、依頼内容を読み始める。
「報酬と作業範囲を確認してから返事してください」
「もう返事しちゃったんだけど」
「それが問題なんです」
旧縦坑。
宝箱の文字はどこにもない。
けれど、地図にない空間があるかもしれないと聞けば、気にならないはずがなかった。
俺の地図には、資材置き場の下を描くための余白がまだ残っている。
今夜はきっと、その空白を何度も見直すことになるだろう。




