第39話 冷やせばいい箱ばかりじゃなかった
「急ぎの運搬補助! 手の空いている冒険者はいませんか!」
ギルドの受付から大声が飛んだ。
俺は手に取ろうとしていた討伐依頼を戻した。どうやら何かあったらしい。
「北市場の共同冷蔵庫が止まりました! 生鮮品を別の保管庫へ移します。人数優先、Eランク以下でも参加できます!」
「冷蔵庫?」
聞き覚えのある言葉に振り返った。
ルーヴェルの北市場には、魔石の力で中を冷やす大型の魔道具がある。肉屋や魚屋、薬舗などが共同で使っているらしい。前世では当たり前にあった設備だが、この世界で個人が買うには相当な金が必要だという。
「魔道具が壊れたなら、ネイラに直してもらえば?」
ミレアが言うと、セオは受付の横に張られた急募の依頼票を読んだ。
「修理が終わるまで中身が傷まなければいいんですけどね」
「なるほど。中身の方が先に駄目になるのか」
依頼内容は、冷蔵庫内の食材と薬材を商人組合の保管施設へ移すこと。現場責任者の指示に従い、運ぶ順番や箱の扱いを勝手に変えない。破損があれば必ず報告する。
「討伐より報酬は安いな」
「肉を腐らせたら、弁償の方が高そうです」
セオの一言で、依頼票の注意書きが急に気になり始めた。
「行く?」
「行こう。迷宮の調査は明日でもできる」
「肉は明日まで待ってくれないしね」
三人で受注印をもらい、北市場へ向かった。
*
市場の通りには荷車が並び、石造りの大きな倉庫の前で店員たちが声を張り上げていた。
肉屋は木箱を運び出し、魚屋は中身が見えないよう布を掛けている。薬舗の店員が箱の番号を読み上げていたが、周囲の声にかき消されていた。
開け放たれた倉庫の扉から、生温い空気が流れてくる。
「冒険者の人はこっち!」
腕章を付けた女性が俺たちを呼んだ。
「現場責任者のマーニです。先に説明します。運ぶのは重い物からじゃありません。傷みやすい物からです」
マーニは帳面を開き、倉庫の奥を指した。
「薬材、内臓、切り身の順。奥にある樽はまだ冷気が残ってるから最後! 積み荷を崩さないで運んでください」
倉庫の前には空の手押し車が四台ある。全部使えばかなりの量を運べそうだ。
「一台に積めるだけ積んで往復した方が早くないですか?」
「崩したら全部やり直し!」
「はい」
「箱の番号と店名も見て。勝手に開封しないこと。中身が分からなければ聞いて! 向こうでの置き場所も受け入れ担当の指示に従ってください」
説明が終わると、マーニはすぐ別の店員へ指示を出し始めた。ここでは冒険者を待っている余裕もないらしい。
倉庫に入ると、壁際の大きな魔道具が目についた。青く光るはずの魔石窓は暗い。
床に近い場所にはまだ冷たい空気が残っているが、奥まで入っても以前ほどの冷たさは感じられなかった。入口寄りの棚と奥の棚では、残っている冷気にも差がある。
「薬材はどれです?」
セオが店員に尋ねる。
「赤札の箱! 濡らさないでください!」
「分かりました」
セオは赤札の木箱を持ち上げ、底に水滴が付いていないか確かめた。
「トウマさんは、次に運ぶ肉箱をお願いします。ミレアさんは小箱を先に外へ」
「何でセオが仕切るの?」
「薬材の箱に肉の汁が付いたら困るので。別の手押し車に積んでください」
「それなら先に言ってよ」
ミレアは小箱を二つ抱えた。セオが薬材用の車を見ている間に、俺は重い肉箱を別の手押し車へ載せる。
二段まではうまく積めたが、三段目を置こうとしたところで幅が合わなくなった。
「その箱は横向き!」
肉屋の店員が声を上げる。
「こうですか?」
「違う! 印が上になるように!」
「横向きなのに印が上?」
「逆にすると蓋がずれるんだよ!」
慌てて箱を下ろした。店員に正しい向きを教えてもらい、二段目の隙間へ入れ直す。
運ぶ前からやり直しとは先が思いやられる。
けれど中身を知っている店員に聞けば一度で済む。俺が全部考える必要はなかった。
*
薬材を載せた車が先に出発し、俺たちの肉用の手押し車もいっぱいになった。
「先はあたしが見る。トウマはゆっくり押して」
ミレアが前を歩き、通行人へ声を掛ける。俺は車を押し、セオは後ろから積み荷の揺れを見た。
「右に段差!」
「見えてる!」
「さっき靴を引っかけたでしょ」
「見えてたけど足が遅れただけだ」
「それ、見えてないのと同じじゃない?」
北市場の通りには買い物客も荷運びの人もいる。荷車を押せば向こうが避けてくれるわけではない。ミレアが進路を空け、俺が段差の手前で速度を落とした。
商人組合の保管施設は、市場から三本先の通りにあった。大きな冷却用の保管庫のほか、常温で荷物を置く部屋や乾燥品用の部屋もあるらしい。
入口では受け入れ担当の男が箱を一つずつ確かめていた。
「急いでるのに全部数えるんですか?」
「急いでるから数えるんだよ」
男は箱の番号を帳面へ書いた。
「どこの店の肉が消えたか分からなくなったら、夕方まで揉めるぞ。運んだ側も困るだろ」
「確かに」
どんなに早く運んでも、一箱なくなれば弁償の話になる。
俺たちは受領を確認してから、空の手押し車を戻した。
二往復目はミレアが車を押し、俺が先を歩いた。三往復目になると、俺も箱の印を見る余裕が出てきた。
重い箱を無理に抱え込まず、荷車の上で位置をずらして積み直す。持ち手のある箱なら、そこを使った方が楽だ。
「慣れてきたね」
「三人なら結構早いな。やっぱり《超成長》のパーティー補正が――」
「箱が増えるから手を動かして」
ミレアに先を越された。
四往復目で思わぬ問題が起きた。
薬舗の細長い箱を仕分けようとしたところ、保管施設の作業台が別の荷物でいっぱいになっていた。
「置く場所がありませんね」
セオが箱を抱えたまま周囲を見回す。床へ置けば通る人に蹴られるかもしれない。番号を確かめる間だけでも台が欲しかった。
「トウマさん。背中のあれを使いましょう」
「折り畳み台か!」
迷宮の記録に続いて、街の仕事でも出番が来た。
受け入れの通路を塞がないよう、仕分け場所の壁際を空けてもらう。折り畳み台を開いて脚先が滑らないことを確かめ、中央の硬板に記録板を載せた。
低い縁があるので、帳面を動かしても記録板がずれない。
布の部分には、軽い薬材の小箱を一つずつ置いて番号を確認する。重い荷箱は手押し車から下ろさず、店員に番号を読み上げてもらうことにした。
「おお。これなら――」
「感動はあとでお願いします」
セオが帳面を開いた。
「十二番、十四番、十七番。十六番がありません」
「次の手押し車じゃない?」
ミレアが言う。
「確認してきます」
セオは運搬担当へ番号を尋ねた。十六番はまだ市場側にあると分かり、帳面には未到着として記録する。
折り畳み台は見事に役立っていた。
宝箱を開ける道具でも戦闘用の装備でもない。ただの仕分け台だ。
……二千リルも掛かったが、仕事で使えているならいい買い物だったことにしよう。
「待って! その赤札二十一番は冷たい保管庫へ入れないで!」
通りの向こうから薬舗の店員が駆け込んできた。
*
「二十一番? これですか?」
セオが細長い箱を指した。店員は息を切らしながら何度も頷く。
「その茸は冷やしすぎると傷むんだ! 元の冷蔵庫でも入口側の冷え方が弱い棚に置いてた。向こうの保管庫の奥へ入れないでくれ!」
「薬材なら冷やした方がいいんじゃないんですか?」
「全部じゃない! 赤札は薬材って印だ。温度の条件は札の裏に書いてある!」
セオが札を裏返す。細かな文字がぎっしり書かれていた。
「……保管条件が裏にあるとは聞いていません」
「俺もさっきまで忘れてたんだ!」
「それはもっと困ります」
セオの声が低くなった。
店員は胸元の帳面を開き、別の薬材の名前を指で追い始めた。どうやら二十一番だけの問題ではないらしい。
騒ぎを聞いた受け入れ担当が市場へ人を走らせた。ほどなくしてマーニが駆けつける。事情を聞くと、二十一番の箱を冷却用の部屋から離れた仕分け場所に置くよう指示した。
「薬材の運搬を一度止めます! 保管条件を確認してから行き先を分け直して!」
「薬材から運ぶって言ってませんでした?」
俺が尋ねると、マーニは帳面を指した。
「運ぶ順番と保管する場所は別! 傷みやすいから先に出すけど、全部を同じ温度で冷やすわけじゃないの!」
なるほど。
冷たい箱へ何でも入れればいいという話ではなかった。
マーニは薬舗の店員を集め、札の裏に書かれた条件を確認した。冷たい保管庫へ運ぶ箱。常温の部屋へ置く箱。湿気を避けて乾燥品用の部屋へ運ぶ箱。
行き先は三つに分かれた。
すでに運び込んだ薬材も、受け入れ担当と一緒に番号を照らし合わせる。赤札二十一番は冷たい保管庫へ入れずに済んだが、ほかの薬材まで正しい場所に置かれているとは限らない。
「全部の赤札を確かめましょう」
セオが言う。
「今から? まだ結構あるよ」
「間違った場所へ運んでから戻す方が時間が掛かります」
ミレアが俺を見る。次に何をするか聞く目だった。
「……行き先ごとに手押し車を分けたらどうだ?」
「三か所なら札を大きく付ければいいね」
「積む前に、誰かが裏の条件を確かめる役も必要だな」
二人でマーニへ提案すると、彼女は少し考えてから手を叩いた。
「それで行こう! 行き先札はこっちで書く。箱の分類は店員が確認してからにして!」
「はい!」
勝手に分類するなという最後の条件は大事だった。中身を知らない俺たちが勘で決めれば、また同じ間違いをする。
マーニの指示で、三種類の行き先札が用意された。
ミレアが指定された箱を運び出す。セオが店員と保管条件を照らし合わせて行き先を読み上げ、俺が札の付いた手押し車へ積む。
「常温、二十一番!」
「こっち!」
「湿気を避ける方、二十三番!」
「そっちは別の車!」
箱を取り違えそうになったら、積む前に止める。
行き先ごとの車が決まると、受け入れ側も札を見て荷物を引き取れるようになった。番号の確認も進み、さっきまで詰まっていた仕分け場所に少しずつ空きができていく。
途中でマーニが一つの手押し車を止めた。
「そこまで! 上に積むと崩れる。次の車へ回して!」
俺は積みかけた箱を戻した。
早く終わらせたい気持ちはあるが、壊して最初からやり直す方がずっと面倒だ。
*
昼前には、生ものの大半を移し終わった。
残ったのはまだ冷気のある奥の樽と、すぐには傷まない乾燥素材だけだった。残りの運搬は店員たちが引き継ぐという。
マーニは汗を拭きながら帳面を閉じる。
「冒険者のみんなは一旦ここまで! 魔道具の修理担当は午後に来る予定です。お疲れさま!」
「ネイラですか?」
「誰が来るかまでは聞いてないわ」
最後の箱番号と破損の有無を確認し、俺たちの依頼は達成となった。破損はゼロ。報酬は三人で分けると、討伐依頼ほどではない。
「でも折り畳み台は役に立ったな」
「記録と仕分けには便利でした」
セオが台を畳みながら言った。
「本当は治療道具を置くための台なんだけど」
「それにも使えます。用途が増えたのはいいことですね」
「だろ? つまり多用途化は正しかった!」
「解体台にするのはやめてくださいね」
「まだ言ってない!」
ミレアは市場で買った冷たい果実水を飲んでいた。
「今日は戦ってないのに結構疲れたね」
「でも三人の役割分担は速くなってたぞ。これも《超成長》のパーティー補正かもしれない」
「さっきから同じこと言ってる」
「いや、最初の一台と最後の一台じゃ動きが全然違っただろ」
「慣れたんです」
セオが即答した。
現実的すぎる仲間たちだな。俺には見えている成長の仕組みが、二人にはまだ分からないらしい。
ギルドへ戻ると、報酬の受け取り手続きを済ませた。
今日見た共同冷蔵庫のことは、拠点メモの「倉庫」に書き足しておく。
ハルディンにも冷蔵庫があれば便利だろう。でも壊れたら中身を運ぶ場所が要る。それに、冷やせば何でも長持ちするわけじゃない。
冷やす設備と予備の保管場所だけでなく、何をどこへ置くか分かる仕組みも必要だ。
そうしておかなければ、結局俺が走り回ることになる。
先に考えることが増えた。
「トウマさんたち!」
受付の職員が近づいてきた。
「北西迷宮管理所から伝言です。東保守路の件で、明日の朝に来てほしいそうです」
「東保守路?」
ミレアが果実水の杯を止めた。
「壁のところかな」
「詳しい内容までは聞いていません。グレンさんからだそうです」
俺は背中に結び直した折り畳み台の紐を締めた。
冷えない箱を片付けたと思ったら、今度は風のある壁の番らしい。




