第38話 宝箱は見つけても勝手に開けられないらしい
『第一層・東保守路 再開前確認補助』
依頼票にある「古い備品の有無」という文字を見つけた瞬間、俺の頭には宝箱が浮かんでいた。
「これ、いいんじゃないか?」
「戦闘依頼じゃないですよ」
セオは備考欄を指した。
「魔物を確認した場合は交戦せず、数と位置を記録して帰還。危険箇所の修理も禁止です」
「ずいぶん地味だね」
ミレアが依頼票をのぞき込む。
「でも古い備品って書いてあるぞ。誰も使ってない通路なら珍しい物が残ってるかもしれない」
「備品でしょ?」
「分かってるって」
「今、宝箱だと思ったでしょ」
長い付き合いというのは困る。考えていることを口に出す前に当てられる。
受注窓口で登録札を出すと、職員が地図を広げた。東保守路は第一層の東側に細く描かれた通路だ。今は一般の冒険者が通らない区画になっている。
「以前は排水路と灯具の整備に使っていた。別の経路ができてから使用を減らしていたが、最近はそちらの通行量が増えている。再利用できるか確認したい」
「それで通路を調べるんですね」
「幅と床の傷みを測ってくれ。古い備品を見つけたら場所と状態を記録。勝手に修理したり持ち出したりするな」
職員は測り縄と番号入りの木札を取り出した。
「入口には一般通行を止める仮設の札がある。今回は依頼を受けたお前たちだけ入っていい。調査が終わるまでは通行再開にならんからな」
「分かりました。ところで備品箱があったら、中身も確認していいんですか?」
「開けずに報告しろ」
「やっぱり駄目か」
「やっぱりって何だ?」
職員は怪訝な顔をしたが、セオが依頼票の裏へ注意事項を写し始めたので、それ以上は聞かれなかった。
*
東保守路の入口には、色あせた青札が残っていた。数字の端が欠けていて、近づかないと読めない。その手前には新しい仮設札が立ち、『管理所点検中・一般通行不可』と書かれている。
俺たちは依頼票を確かめてから、その脇を通った。
ミレアが先頭に立ち、俺とセオがあとに続く。
「狭いね」
「ガルムさんの盾だと大変そうだな」
通路の幅は、二人が並ぶと肩が触れそうな場所もあった。天井は十分な高さがあるものの、壁の出っ張りが多い。
「昨日の訓練をここでやったら、俺の出番がなくなりそうだ」
「ガルムさんも盾を横へ向けられませんね」
「あの人なら壁ごと受けそう」
ミレアが笑った。
最初の測定場所で足を止める。ミレアが縄の端を押さえ、俺が反対側の壁まで伸ばした。セオは床にしゃがんで目盛りを確かめる。
「もう少し右です。壁の出っ張りから測りましょう」
「ここ?」
「はい。通れる幅が一番狭いところで」
縄を張り直した。俺が読んだ目盛りをセオが記録し、ミレアは壁と床の状態を見て回る。
「古い車輪の跡があるよ」
石床には二本の浅い溝が残っていた。壁際には赤茶色に錆びた金具が突き出ている。何かを固定していたのかもしれない。
「この金具も記録しよう。通る人が服を引っかけそうだし」
「番号札はここに置きます」
セオが通路の端に木札を置く。俺は地図へ番号を記入した。
通路を使えるようにするだけでも、結構な手間が掛かるらしい。床を直して灯具を整備し、通る人に危険がないか確かめる。ハルディンでも新しい道を作るなら、同じことが必要になるだろう。
それでも道さえできれば荷車を遠回りさせずに済む。俺が毎回荷物を運ぶことを考えたら、誰かに整備してもらった方がずっと楽だ。
何かいい仕組みがあれば、拠点メモにも書いておこう。
*
「……あっ」
通路が少し広がったところで、俺は足を止めた。
壁際に大きな木箱があった。半分ほど土に埋まり、周囲には鉄の帯が回されている。蓋には錆びた留め具。表面は汚れているが、箱そのものはまだ形を保っていた。
これはどう見ても宝箱だ。
「ミレア。見ろよ」
「言うと思った」
「まだ何も言ってない!」
「顔が宝箱って言ってる」
木箱の周りを見て回る。持ち上げるには大きすぎるし、地面に埋まった部分を無理に引けば壊れそうだ。
「開けてみるか?」
「あんた今朝の説明聞いてた?」
「でも依頼には古い備品の有無を確認って書いてあっただろ。中身を調べれば備品か分かる」
「開ける許可はありません」
セオが箱の側面を指した。
泥が薄く付いている部分に、何かの印が見える。近づいて角度を変えると、汚れの隙間から見覚えのある形が読み取れた。
「あれ? これって……」
「管理所の印だね」
ミレアが入口で見た資材箱を思い出したらしい。俺にも見覚えがある。
「……管理所の備品箱?」
「その可能性が高いですね」
セオは留め具に目を向けた。
「中身が記録と違うかもしれませんが、確認するのは管理所の職員です」
「古代の管理所が宝を隠していた可能性も」
「今の管理所と同じ印ですよ」
「……ですよね」
点検票へ木箱の位置と状態を記録する。
『旧備品箱らしき木箱一個。管理所印あり。半埋没。未開封』
せっかく見つけたのに、文字にすると少しも冒険らしくない。
「でも中身は気になるね」
ミレアが箱の上からのぞき込んだ。
「お前もちょっと期待してるだろ」
「少しだけ。でも勝手に開けるのは駄目」
「分かってるって」
これ以上蓋を見ても開くわけじゃない。俺たちは箱の脇で通路の幅を測ることにした。
ところが床が湿っていて、記録用紙を広げる場所がない。紙を壁へ押しつけると汚れそうだし、膝の上では細かい字を書きにくい。
「ここで台を使ってみませんか?」
セオが俺の背中を指した。
「ついに出番か!」
修正版の折り畳み台を下ろして脚を開いた。少し広くなった通路の中央寄りに、平らな石床がある。そこへ置き、脚先が滑らないか軽く押して確かめた。
安定している。
中央の硬板へ記録板を置くと、低い縁に止まってずれなかった。布も床から離れている。留め具に土や砂が入り込んだ様子もない。
「おお……使える!」
「立つための道具ですから」
「いや、初めて迷宮で使えたんだぞ。感動するだろ」
ミレアが布の端を押した。
「前よりずっといいね。地面にも触れてない」
「これなら処置用の道具も置けそうです」
セオが記録板を動かしながら言った。
ネイラへ千八百リルを払って試作を頼み、追加二百リルで修正した台が、ようやく仕事に役立った。問題はここまで俺が背負って運んできたことだが、今くらいは忘れておきたい。
「ただし、そこに置いたままでは通路を塞ぎますね」
「今ちょうど感動してたんだけど」
「怪我人を運ぶときにも邪魔になります」
「……確かに」
俺は記録板を下ろして台を持ち上げた。壁際に場所を移し、もう一度脚先を押して確かめる。
今度も倒れない。
「これでどうだ?」
「はい。使えそうです」
便利な道具でも、置く場所まで考えなければならないらしい。
セオが記録板を戻し、箱の位置と通路幅を書き足した。俺はその横で台の脚が沈まないか見守る。
初めて仕事に使った台が、初めて見つけた宝箱らしき物の記録に役立つ。
中身を持ち帰れないことだけが惜しかった。
*
通路の奥には古い灯具が二つあった。一つは外枠が割れ、もう一つは汚れたまま壁に取り付けられている。排水溝は泥で半分埋まり、石床には大きな亀裂が一本走っていた。
「ここは踏まない方がいいね」
ミレアが割れた床を避けて歩く。俺は番号札の位置を決め、セオが亀裂の長さと向きを記録した。
「排水溝も詰まってます。このままでは水が流れませんね」
「掃除したら通れるようになるかな」
「掃除だけで済むかはまだ分かりません」
溝の脇には泥が固まっている。手を入れれば取り除けそうだが、今日は修理の依頼ではない。床の割れ目まで広がっている以上、下がどうなっているかも分からない。
「ハルディンでも水路を作るなら、掃除する人がいるよな」
「そりゃそうでしょ。詰まったままじゃ困るもん」
「俺は水くみをしなくて済む仕組みが欲しいんだけどなあ」
「仕組みがあっても、誰かが手入れする必要はありますよ」
セオが泥の位置を書き込んだ。
前世みたいに家まで水が来るようになれば、毎朝の水くみがなくなる。でも水路を作っただけでは終わらない。泥を取り除く場所も、壊れたら直す人も要る。
俺は拠点メモへ「排水と保守」を加えた。いつかハルディンで水路を作るなら、掃除する人まで最初に決めておこう。
俺が毎回やるのだけは避けたい。
終点が近づいたところで、ミレアが立ち止まった。
「……風がある」
「風?」
通路の奥は行き止まりに見える。魔道灯は火を使っていないので、炎の揺れで空気を確かめることもできない。
「どこから?」
「右の方。たぶん」
ミレアは右壁を見たまま少し離れた。耳を寄せることはせず、鼻を小さく動かしている。
「湿った匂いもする」
俺は荷物から小さな布切れを取り出した。端を持って垂らすと、布がゆっくり揺れる。
歩いてきたときの空気の動きかもしれない。
全員が立ち止まってしばらく待ち、もう一度右壁の近くで布を垂らした。
布の端が、わずかに横へ動いた。
「……本当だ」
「ほらね」
壁は古い石積みで、見える範囲に穴はない。少し離れた位置から見比べると、石の継ぎ目の一か所だけ埃が薄くなっていた。
「ここに隠し通路があるんじゃないか?」
「まだ分かりません」
セオが地図を広げる。
「この壁の向こうは何も描かれていません。古い排水路があるのかもしれませんが、図面がなければ確認できません」
「古い換気穴かもしれないよ」
ミレアまで現実的なことを言い始めた。
「少しくらい隠しダンジョンを期待してもいいだろ」
「期待するのはいいけど、壁を壊さないでよ」
「そこまではしないって」
俺は石積みの位置を地図に書き込んだ。叩かない。押さない。継ぎ目の形と布の動きだけを確かめる。
依頼票に書くべきなのは隠し通路の発見ではなく、壁際で空気の動きを確認したという事実だ。
『終点手前の右壁。継ぎ目付近で布の微動を確認。湿った匂いあり。地図上は空白。通気先・原因は未確認』
「宝箱候補とは書いてないですね」
セオが記録をのぞいた。
「さすがに学習したって」
「それなら結構です」
別紙へ『隠し通路候補』と書こうか一瞬迷った。でも今の段階では風があるだけだ。
次に調べるときのため、壁の位置だけ自分の地図にも残しておく。
*
管理所へ戻って点検票を提出した。
通路幅、車輪跡、備品箱、灯具、排水溝、床の亀裂。それから終点手前の右壁で確認した空気の動き。
職員は最後の項目で手を止めた。
「風があった?」
「はい。弱いですが、布でも確かめました」
「壁は触ったか?」
「いいえ。位置を見ただけです。石は動かしていません」
「よし。古い図面と照合する」
「隠し通路の可能性は?」
「今分かっているのは、壁の近くに空気の流れがあることだけだ。まだ決められん」
グレンと似た答えだった。
備品箱についても尋ねてみる。職員は俺たちが記録した位置を古い台帳と照らし合わせた。
「記録上は予備の灯具部品と排水用の工具だ。中身は未確認だから、職員があとで調べる」
「宝は?」
「工具が必要な職員には宝だろうな」
ミレアが横で笑いをこらえている。セオは真面目に頷いた。
「工具が不足すると作業が止まりますからね」
「お前までそっち側か」
依頼は達成となった。報告を終えた俺たちは管理所を出る。
宝箱だと思ったものは備品箱だった。折り畳み台は仕事に役立った。右壁の向こうがどうなっているかは分からない。
「次は古い図面を見せてもらいたいな」
「何で?」
ミレアに聞かれて、俺は自分の地図を広げた。
「ここだけ空白なんだよ。埋めないと気持ち悪いだろ」
「また宝箱を探す気?」
「違うって。まずは地図を完成させたいだけだ」
セオが横から地図を見た。
「その前に一つ確認します。図面を調べる依頼が出たら受けるんですよね?」
「もちろん」
「報酬がなくても?」
俺は地図を閉じた。
「……それは困る」
空白の壁は急いで調べたいが、無報酬の仕事だけは避けたいところだ。




