第37話 受けたい攻撃は、守る仕事と別だった
「また左上を潰したな」
南門近くの鍛冶場で、親方が大盾の縁を指でなぞった。
トウマたちとの訓練を終えたガルムは、盾を作業台へ立てかけた。左上の金具が内側へ曲がり、中央にも浅いへこみがあった。
「よく分かったな」
「毎回同じ場所だ。ネイラからも補強の話を聞いてるぞ」
盾の修理はネイラに頼んであった。彼女は金具の形を見直し、鉄を打つ作業をこの鍛冶場へ回した。
「左上をもう少し厚くしてくれ。中央はそのままでいい」
「板を丸ごと厚くした方が丈夫だ」
「重くなると走れん」
「受けるのが好きなくせに、逃げ足は気にするのか」
「逃げる足がなきゃ、守る相手まで置いていくことになる」
親方は鼻を鳴らした。
盾の傷は南の遠征で付いたものだ。
帰り道で草原ジャッカルの群れに囲まれたとき、一匹が車輪を交換していた御者へ飛びかかった。
大盾で正面から受ければ、御者まで荷車へ押し込まれる位置だった。
ガルムは空いている手で御者の襟をつかみ、横へ引き倒した。
飛びかかったジャッカルは止まりきれず荷車の側板へぶつかった。板が割れる音がして、ほかのジャッカルまで一斉に吠えた。
あとで修理代を巡って散々言われたが、人を運ぶより板を取り替える方が安い。
「ネイラの言うとおり左上を補強する。夕方までに仕上げるが、次はもう少し避けろよ」
「考えておく」
「考えるだけじゃなく避けろ」
修理代を前払いして受取札をもらった。
金額の書かれた控えは自分の財布へしまう。盾は預けたので、次の仕事までに取りに来る必要があった。
*
「三台と聞いていた荷車が四台になった?」
南門の荷運び組合で契約書を開き、ガルムは受付の男へ聞き返した。
明後日から同行する護衛隊の仕事だ。事前に受け取った予定では三台だったのに、帳面には新しい番号が一つ増えている。
「途中の村までだ。道も距離も変わらん」
「守る荷車は増える。報酬は?」
「距離が同じだぞ」
「なら四台目だけ別の護衛を雇った方が安いか?」
男は口を閉じた。
ガルムは契約書を返さず答えを待った。
金を上乗せしてほしいだけではない。四台目が加われば列が伸び、前後の見通しも変わる。
「百五十リル追加でどうだ」
「三百」
「二百」
「二百五十」
「……二百五十だ」
「決まりだ。四台目の積み荷を教えてくれ」
「布と油樽だ。村の灯具に使う」
ガルムは並んだ荷車の番号へ目を落とした。
前の三台には農具、塩、乾燥豆が積まれる予定だった。そこへ油樽を載せた車が加われば、街道で火を使うときまで気を配らなければならない。
「油を載せる車は最後尾だ。前の車とは間を空けろ」
「最後尾じゃ狙われやすくないか?」
「だから後ろにも護衛を置く。火が移ったら盾では消せん。夜の休憩場所も先に確認したい」
「今からそこまで?」
「四台になったからな」
男は面倒そうに筆を取った。
契約書に追加の報酬と積載順を書き込み、ガルムが内容を確かめてから印を押す。
組合を出ると、門脇の掲示板が目に入った。
『荒地角牛の誘導補助。畑へ入った個体を街道側へ追い出すこと。討伐不要』
角牛なら大きな角で真正面から突いてくる。
盾を構えてその一撃を受けるところまで想像し、ガルムは依頼票へ手を伸ばした。
……いい突きだろうな。
足を踏ん張っても押されるほどの重さ。盾から腕へ伝わる衝撃。そこを耐えきった瞬間が――。
伸ばした手が止まった。
修理中の盾は今ない。
明後日には四台の荷車を守る。肩でも痛めたら、契約を引き受けた意味がなくなる。
「……今日はやめとくか」
依頼票はそのままにした。
角牛を追い出す仕事には別の冒険者が行けばいい。
受けたい一撃があることと、今受けていいことは別だった。
*
「盾は腕だけで持つものじゃねえぞ」
昼過ぎの中央広場では、若い冒険者が木盾を構えていた。
先ほど訓練場にいた三人のうちの一人だ。片腕だけで盾を前へ突き出し、すぐに肘を下げてしまう。
「ガルムさん! 盾の持ち方を教えてもらえませんか?」
「仲間は何人だ」
「俺を入れて三人です。あとは剣と弓で」
「治癒役は?」
「いません」
「じゃあ怪我を増やさないところからやろう」
ガルムは訓練場の小盾を借りて足を開いた。
少年の手首と肘の位置を確かめ、盾を身体の前へ少し斜めに構えさせる。
「正面を全部隠すと足が止まる。剣士の通る場所もなくなるぞ」
「盾って隠れるための道具じゃないんですか?」
「守るための道具だ。後ろの味方まで閉じ込めるな」
トウマたちとの訓練では、ガルム自身も同じ失敗をした。
大盾を正面に置いたせいで二人の動きを塞ぎ、位置を変えるまで味方の剣が出せなかった。
「ガルムさんでも失敗するんですか?」
「さっき失敗したばかりだ。でかい盾だから失敗もでかい」
少年が笑ったのでガルムも笑った。
そこへ訓練相手の一人が木剣を持ってきた。
振り下ろした木剣を少年は真正面から受け、後ずさる。
「もう一回。今度は少し斜めだ」
二撃目は盾の縁を滑った。
少年の足が残り、構えも崩れない。相手役が横へ回ろうとすると少年は盾を合わせて移動し、今度は自分の仲間の通り道を空けた。
「今のは?」
「いいぞ。だが重い一撃まで同じように受けるなよ。逃がすべきものは逃がせ」
「ガルムさんは全部受けるって噂ですよ」
「誰から聞いた?」
「食堂です」
「……食堂の噂を訓練場へ持ち込むな」
少年がまた笑った。
ガルムはもう一度構えを見せた。
受ける場所と避ける場所の区別は、口だけでは覚えられない。
*
夕方に鍛冶場へ戻ると、大盾の左上に新しい補強板が付いていた。
持ち上げれば少し重いが、腕に掛かる負担は許せる範囲だ。盾を動かして留め具が引っかからないことを確かめる。
「どうだ」
「悪くない」
「次に同じ場所を潰したらもっと厚くするぞ」
「それは困る」
親方は鼻で笑った。
受取札を返して盾を背負い、食料屋へ向かう。
乾燥肉を一袋、水袋の補修紐、盾の留め具に使う油を買った。
荷車隊用の水と食料は依頼人が用意する。それとは別に、自分が使う予備の数も確かめておく。
「依頼人持ちじゃなかったか?」
店主が乾燥肉を包みながら聞いた。
「そうだ。足りなかった場合を考えてる」
「使わなきゃ無駄だろ」
「次に回せる。使いたい場面でなくて困る方が面倒だ」
紙包みを抱えて通りへ出たところで、トウマたち三人と行き会った。
トウマの背中には折り畳み台がくくり付けてある。
「盾の修理は終わったんですか?」
「ああ。左上を補強した」
「次の依頼に一緒に行けません?」
「明日は準備。明後日から護衛だ」
「やっぱり忙しいなあ」
「坊主らも自分の仕事を取れ」
ミレアが笑い、セオは補強板の厚さを目で確かめた。
「修理代はどれくらいでした?」
「まずそこから聞くのか」
「道具を長く使うための参考です」
控えに書かれた金額を見せると、セオは眉を上げた。
「それだけ掛かるなら、受ける攻撃を選んだ方がいいですね」
「もう選び始めてるぞ」
「いいことです」
治癒役から褒められたのに、少し負けた気がした。
トウマは補強板を指差した。
「故郷の荷車にもこんな金具を付けたいな。壊れるたび俺が直すのは面倒で」
「自分が楽するために村の荷車まで考えるか。坊主らしいな」
「そこは感心するとこなんですか?」
「直してきた奴だから気づくんだろ。悪いことじゃねえ」
トウマは少し首を傾げた。
たぶん自分が褒められた理由を分かっていない。
*
宿の食堂では、ネイラが先に酒を飲んでいた。
ガルムの盾を見ると杯を置く。
「直したのね。左上は?」
「補強してもらった。荷車も一台増えたぞ」
「報酬も増やした?」
「二百五十リル。書面に残した」
「ならいい。明後日の護衛は私にまで押し付けないでよ」
「お前にはお前の仕事がある」
ガルムは自分の杯を頼み、翌日の準備票を広げた。
四台の番号、油樽の位置、予備食と留め具。
先頭と最後尾の御者名が空欄になっている。
「いつか自分たちのギルドを持てたら、若い連中が無茶な依頼を断っても食える場所にしてえな」
「その前に契約書は読ませるわよ。自分の仕事くらい選べないと」
ネイラは準備票を指で押さえた。
「その二つの空欄。明日までに埋めてきなさい」
ガルムは杯を持ち上げかけた手を止めた。
「……一杯飲んでからじゃ駄目か?」
「飲んだあとで名前を間違えたら、私が書き直すの?」
「それは困るな」
杯を置き、ガルムは筆を取った。




