第36話 強い盾を足しても四人分にはならない
「これを外で使えって?」
ネイラの工房で折り畳み台を受け取ろうとすると、職人本人が入口を指した。
昨日ミレアが受け取った伝言には『たぶん立つ』と書いてあった。
試作品は二本の脚に布と小さな板が付いただけのものだ。工房の床では確かに立ちそうだった。
「立つかどうかを調べろ。使うのは迷宮だろ」
「でも地面が平らなら問題ないですよね」
「平らな迷宮を探してから言え」
反論できなかった。
ネイラは台を開いて留め具を見せ、手を離しても脚が畳まれないことを確かめた。
セオは救護鞄から空の小瓶を出した。薬入りの瓶を落とすのは試験でもごめんだそうだ。
工房の前の石畳へ置くと、台はきれいに立った。
小瓶を中央の硬い板へ載せても揺れない。片手で開くこともできたので、俺は早くも完成の判定を出しかけた。
「次。あっちの土」
ネイラが工房の脇を指した。
土の上へ置いた途端、片方の脚が沈んだ。台が傾き、空瓶が硬い板の端へ転がる。
「ちょっと待て!」
慌てて瓶を拾った。
横ではミレアが脚先を引き抜いている。細い金具に泥が付いていた。
「これじゃ雨上がりに使えないね」
「土が柔らかい場所を避ければ――」
「怪我人に場所を選んで倒れてもらいますか?」
セオの言うことももっともだった。
場所を変え、斜めになった敷石へ載せる。今度は片側の脚先が浮いた。角を押さえるたびに反対側が浮き、台ががたがたと音を立てる。
乾いた石畳では脚先が滑った。さらに台を開き直しているうちに布の張りが緩み、端が地面へ近づいてしまう。
「薬を置く場所が泥に触れたら意味がありません」
「四つも問題が出るとは……」
「まだ四つで済んだと思え」
ネイラは俺の図面を広げた。
脚の先を広くし、硬い板の縁には低い返しを付ける。布の留め具も今より高い位置へ移すらしい。
「直せます?」
「直す。ただし斜めの地面でも水平になる道具にはできん。置き場所は選べ」
「そこは変わらないんですね」
「無理に機能を増やしたら重くなる。お前が運ぶんだろ」
そうだった。
「追加二百リルだ」
「無料の修正期間とか……」
「最初に注文した形では立つ。外で見つけた問題を直す材料と手間は別料金」
ミレアが黙って俺を見る。
セオは共同経費帳さえ開かない。
これは俺の私物だ。誰が払うかは聞くまでもなかった。
「……俺が払います」
財布から二百リルを数えて渡した。
試作費千八百リルとは別の出費だ。楽をする道具を作るための仕事と出費だけが順調に増えている。
「明日また来い。今度は直したところを試せるようにしておく」
*
翌朝、工房には見覚えのある台が立っていた。
脚先が少し横へ張り出し、硬い板には小さな縁が付いている。布も昨日より高い位置に張られていた。
「今度は工房の床以外でも立つ。たぶん」
「まだ『たぶん』なんですね」
「保証が欲しければ自分で確かめろ」
三人で石畳と土の路地へ持ち出した。
広くなった脚先は土へ沈みにくい。斜めの敷石では多少傾くものの、昨日ほどがたつかなかった。布を押しても端が地面に触れない。
セオが空瓶を二本並べ、台の端を軽く揺らした。転がりかけた瓶は、硬い板の低い返しで止まった。
「昨日より使えます。ただし、足場の悪い場所では使わない方がいいですね」
「治療中に蹴ったりしたら?」
「蹴らないでください」
「……ですよね」
ミレアは畳んだ台を俺の背中へ当て、金具が服に引っかからないことを確かめた。
「重さはあんまり変わってないね。誰が運ぶの?」
「俺だって言ってるだろ」
「よかった。覚えてた」
ネイラは使い方の説明を終えると、台の固定紐を俺へ渡した。
座ったり重い素材を載せたりすれば壊れる。そこは昨日も今日も変わらない。
「これなら仕事で使えそうだ。ありがとう」
「礼は実際に使ってから言え。それと広場へ行け。ガルムに若いのの相手を頼んである」
「ガルム?」
「戻ってきた。盾が一枚増えたときの動きも試してこい。お前らは三人の形で固まりすぎる」
頼んだ覚えのない訓練まで用意されていた。
ネイラは工房へ引っ込みかけて一言付け足す。
「あいつの盾は頑丈だが、後ろに隠れるだけじゃ仕事にならんぞ」
*
中央広場の訓練場では、大盾を構えたガルムが三人の冒険者を押し返していた。
盾の縁には新しい擦り傷がある。南への遠征から戻ったばかりなのに元気な人だ。
「おお坊主! 三人になったか!」
「ガルムさん。昨日戻ったんですか?」
「昨夜だ。ネイラがお前たちをよこすと言ってな。訓練場は取ってあるぞ」
「二人で仕事してるんですね」
「九年も組んでりゃ、勝手に予定を入れられることもある。そっちが新しい治癒役か?」
「セオです」
「ガルムだ。前に立って受けるのが仕事だ!」
「攻撃を受けるのが好きな方だとも聞きました」
「そこまで聞いたか!」
ガルムは豪快に笑った。
南の集落へ資材を運んだ帰りに、草原ジャッカルの群れに二度襲われたらしい。荷車の車輪が割れ、交換する間も群れが離れなかったという。
「追い払ったんですか?」
「近寄った分だけな。車輪を直してる間に俺が追えば、荷車が空く。守るものがなくなっちまうだろ」
ミレアが俺の方を見た。
なぜか昔の護衛依頼が頭をよぎった。
「で、俺たちの組へ入ってもらえるわけじゃないんですよね」
「明後日から別の護衛だ。今日は一回だけ合わせよう」
ガルムが木剣を訓練場の端へ並べると、セオがすぐに確認した。
「場所代は?」
「今日は俺が取ってある」
「お願いします」
「返事が早いな!」
ガルムを前衛に加え、俺とミレアが左右から木剣で攻撃する。
相手役は、先ほどガルムに押し返されていた三人が引き受けてくれた。セオは後方に下がり、危険な打ち込みがあったときに中止を知らせる木札も持つ。
「遠慮なく来い!」
左腕に余計な負担をかけないよう、木剣は右手で扱う。
ガルムが大盾を構えた。
正面が見事に塞がる。
俺が盾の左から出ようとすると、相手の木剣が見えない。右へ動けばミレアと肩がぶつかりかけた。
「こっちに来ないで!」
「盾で見えないんだよ!」
「出るなら声掛けて!」
距離を取り直す。
《ブリーズ》で砂を巻き上げる代わりに、足元の砂を小さく蹴り上げて相手の視界を遮ろうとした。
ところが砂はガルムの盾に当たり、ほとんど俺の方へ戻ってきた。
「うわっ、目!」
「何してんの!」
「盾が壁すぎる!」
「中止です」
セオが木札を上げた。
砂を払っている間、相手役の三人には待ってもらった。
「ガルムさんが悪いわけではありません。人数が増えたのに、三人で動くときの位置取りを変えていません」
「じゃあ俺が左前へ出よう。坊主は俺の後ろから左に抜けろ。ミレアは右を空けておけ」
ガルムが盾の角度を変えた。
大盾は正面を塞いだままだが、左右には俺たちが通れる幅が残っている。
「左出る!」
「了解!」
声を掛けてから俺が左へ回り、ミレアは右から相手役の側面へ入った。
ガルムが一歩だけ前へ出ると、相手役の進路が狭まる。ミレアが木剣を合わせる前に、相手の足が止まった。
「見える! 今度は見える!」
「盾の後ろで叫ぶな。耳に響く!」
相手役の一人がガルムを避け、後方のセオへ抜けようとした。
ガルムが素早く盾を斜めに動かして進路を遮る。そこへ振り下ろされた木剣を受けようとしたが、セオから声が飛んだ。
「その打ち込みは避けられます!」
「盾役なのに?」
「訓練の怪我は自腹です!」
「避ける!」
ガルムが半歩引くと、木剣は盾の前を空振りした。盾はセオへ続く道を塞いだままだ。
訓練場に笑い声が起きた。
何度か繰り返すうち、ガルムは全部の攻撃を受けなくなり、俺も盾の後ろから無理に剣を出さなくなった。
ミレアの足を邪魔しなくなった分だけ、相手役を追う時間も短くなる。
終わる頃には、ガルムが額の汗を拭っていた。
「前に会ったときは、盾も治癒も荷物持ちも一人に欲しそうだったな」
「今も魔法鞄持ちは歓迎ですよ」
「そこは変わらんか」
「人数が増えれば強いってわけじゃないんですね」
「相手がいる場所へ出られなきゃ剣も振れねえ。ま、三人の形ができてるのは悪くない」
最初の頃は大盾が邪魔でしかなかったのに、声と位置を変えただけで頼りになる。
これも《超成長》のパーティー補正が効いてきた証拠だろう。自分で考えて動ける仲間が増えるほど得をするタイプのチートなのかもしれない。
「じゃあ次は一緒に仕事を――」
「明後日から護衛だ」
「強い人は忙しいなあ」
別れ際、ガルムが俺の背中の折り畳み台を指した。
「それは何だ。新しい盾か?」
「違います」
三人の声が重なった。
説明して台を開いてみせると、ガルムは満足そうに頷いた。
それから大盾を脇へ置き、台の前で膝を曲げる。
「座れるか?」
「座るな!」
三人の声だけは訓練なしでぴたりとそろった。
ガルムは腰を落としかけた姿勢のまま止まった。




