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俺の転生チート《超成長》がどう考えても壊れている ~楽するために努力していたら故郷が発展していきます~  作者: MIYA
第4章 迷宮では逃げることも仕事

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第35話 右の路地は、外れだったはずなのに

「一人で受けるんですか?」


 受付の職員が登録札を見直した。


 ミレアは頷(うなず)いて依頼票を差し出した。トウマでもセオでもなく、自分の名前だけで依頼を受けるのは久しぶりだった。


「今日は一人。場所を知らせるだけならいいんでしょ?」


「はい。捕まえようとしないでください。驚くと走りますから」


「分かってる」


 依頼は南市場で逃げた荷引き魔物の捜索。見つけた場所を知らせれば達成だ。報酬は高くないが、相手を倒す必要もない。


 今日は三人で受ける依頼がない。トウマは朝からネイラの工房へ出かけ、セオは薬舗で包帯の入荷を確かめると言っていた。


 宿で休んでいてもよかった。それでもミレアは、自分の足で掲示板の前まで来ていた。


 昨日の青い石の壁が頭から離れない。


 誰より先に危ない気がして下がった。そのあとグレンが石の浮きを見つけた。


 前にも似たことはあった。森での捜索や魔物との戦い、ひびの入った魔石を見たとき。思い返せば気になる場面がいくつもある。でも、外れた勘だってあったはずだ。そっちを忘れているだけかもしれない。


 トウマに相談したら、きっと名前まで付けてくれる。


 そんなことをされたら、確かめる前に答えが決まってしまう。


    *


「逃げたのは灰色で背中が丸い。首に革紐(かわひも)が残ってるはずだ」


 南市場の荷置き場で依頼人の男が荷車を指した。空になった荷台には樽(たる)を載せていた跡がある。


「何があったの?」


「積んだ樽(たる)が落ちたんだ。大きな音に驚いて紐(ひも)を切って逃げちまった」


「いつ?」


「朝の二番目の鐘より前だ」


 もう時間が経っている。捜す範囲も広がっているだろう。


 ミレアは荷車の横にしゃがんだ。乾きかけた泥に太い蹄(ひづめ)の跡が残っている。


 南の路地へ向かっていた。途中で足を滑らせたのか跡が一つ深い。壁の低いところには、引きずった革紐(かわひも)で擦(こす)れたような細い線もあった。


「……普通に分かるじゃん」


 耳や鼻を使うまでもなく追える。肩の力が少し抜けた。


 路地を抜けて石畳へ出ると蹄(ひづめ)の跡が薄くなった。代わりに野菜の葉が一束落ちている。


 近くの八百屋の店主が、ミレアを見るなり嫌そうな顔をした。


「灰色の荷引き魔物を見なかった?」


「見たよ。うちの葉物を食いやがった。あっちへ行った」


「追いかけなかったの?」


「野菜一束のために店を空けられるかい。代金を払ってくれるなら別だけどね」


「……ごもっとも」


 店主が指した先へ向かう。


 荷引き魔物は仕事に慣(な)れた家畜だ。人の集まる市場で暴れ続けるとは思えないが、見慣れない者が追えばまた驚くだろう。


 道が二つに分かれた。


 右は木箱が並ぶ狭い裏路地。左は水路沿いの広い道だ。石畳にはどちらにも足跡が見えない。


 ミレアは右を見た。


 気になる。


 理由は分からないのに、何度見直しても右へ目が向く。


「……試してみる?」


 耳を澄ませる。


 荷車の車輪、人の話し声、離れた工房の槌(つち)の音。魔物の鳴き声は聞こえない。市場の魚と香辛料の匂いが混ざり、鼻でも区別できなかった。


 それでも右が気になった。


 ミレアは裏路地へ入った。積まれた木箱の脇を通り、もう一つ角を曲がる。


 行く手には高い壁。


 荷引き魔物はおろか、抜け道もない。


「……外れじゃん」


 何を期待していたのだろう。


 壁を蹴(け)りたくなったが、人の家の壁なのでやめた。引き返そうとして木箱の横を通りかける。


 ふと足が止まった。


 今度は上が気になる。


 見上げても、壁に古い板が立てかけてあるだけだ。何に使う板なのかも、いつから置いてあるのかも分からない。


 別に用はない。ミレアは一歩離れた。


 ぱき。


 板を支えていた細い木片が折れた。


 長い板が傾き、石畳へ落ちる。


 がたん、と乾いた音が響いた。


「危なっ……!」


 さっきまで立っていた場所だった。


 猫耳がびくりと動く。さらに一歩下がって板が動かないことを確かめると、落ちた端が割れていた。


 そばに人がいなくてよかった。


 ミレアは板と、折れた木片を見比べた。


 今のを感じたのだろうか。


 先に右が気になった理由もこれだったのか。でも板が倒れそうだと分かったわけじゃない。たまたま離れただけだと言われても言い返せない。


「……分かんないな」


 路地の入口へ戻る途中、箱を運ぼうとしている住人とすれ違った。


「あの、奥の板が倒れてるよ。端も割れてるから気をつけて」


「えっ。誰か怪我(けが)したのかい?」


「してない。少なくとも、あたしが見たときは」


「そりゃよかった。片づけておくよ」


 住人は荷物を置いて奥へ向かった。


 板が倒れたことは確かだ。


 それ以外は、まだ何も分かっていない。


    *


「勘で探すのはやめ」


 分岐まで戻り、今度は左の水路沿いへ進んだ。


 湿った土が残る場所で、ようやく太い蹄(ひづめ)の跡を見つける。革紐(かわひも)を引きずった細い線まで続いていた。


「最初からこっち見ればよかった」


 間違えて歩いた分だけ時間を使った。


 トウマなら『危険を避けるための特別な感覚だ』と喜ぶかもしれない。けれど荷引き魔物を探すために右へ行った判断は外れだった。


 足跡を追って古い倉庫の裏へ回る。


 途中で跡は途切れたが、壊れた柵(さく)の向こうで草の先が噛(か)み切られていた。切り口はまだ新しい。近くの地面には水をこぼしたような跡もある。


 柵(さく)へ近づくと、奥から鼻息(はないき)がした。


 灰色の荷引き魔物が草を食んでいる。背中は丸く、首には短い革紐(かわひも)が残っていた。


「いた」


 魔物は顔を上げたが、すぐには逃げなかった。


 ミレアが一歩進むと後ずさりしたので、足を止める。


「追わないよ。あんたも逃げなくていい」


 話が通じるとは思わない。それでも低い声で話しかけながら目印を確かめた。


 赤い屋根の倉庫。水路から二本目の道。壊れた柵(さく)。


 依頼人をここへ案内できればいい。


 戻りかけると魔物が鼻(はな)を鳴らした。


 振り返っても、付いてくる様子はない。


「一緒に帰る?」


 魔物は草を噛(か)み続けた。


「だよね」


 ミレアは依頼人の男を呼びに走った。


 男は丈夫な縄と餌袋を持ってやってきた。魔物は餌袋の音を聞くと、自分から柵(さく)へ寄ってきた。


「ほら。こっちだ」


 男が餌を見せる。


 魔物は大人しく近づき、縄を掛けても嫌がらなかった。


「最初から餌を持って探したらよかったんじゃない?」


「どっちへ行ったか分からねえから依頼したんだよ。助かった」


「……それもそうか」


 ミレアが場所を見つけなければ、男もここへ来られなかった。


 壊れた柵(さく)から出てきた荷引き魔物を見送り、ギルドへ戻る。


 受付では足跡と革紐(かわひも)の擦れ跡、八百屋の証言、それから発見場所を報告した。職員は聞き取った情報を依頼票へ記入する。


「発見した場所がはっきりしているので達成です。お疲れさまでした」


 受け取った報酬袋は軽かった。


 それでも自分で依頼を選び、捜して、見つけて帰ってきた。


 右の裏路地へ入った話はしなかった。依頼とは関係がない。


    *


 昼を少し過ぎていた。


 屋台で串焼(くしや)きを一本買い、残りの肉を噛(か)みながら宿へ向かう。


「ミレアさん。今日は別行動だったんですね」


 救護鞄(きゅうごかばん)を肩に掛けたセオが追いついてきた。包帯の入荷を確かめてきたところらしい。


「街の依頼を一つやった。ちゃんと達成したよ」


「怪我(けが)はありませんか?」


「ないよ。捜して報告するだけだったし」


「それなら何よりです」


 セオはそれ以上聞かずに歩きだした。


 少し迷ってからミレアが呼び止める。


「ねえ。勘ってどのくらい信用する?」


「薬を選ぶときは信用しません」


「そういう話じゃなくて」


 セオは足を止めた。


 すぐには答えず、彼女の顔を見る。


「危ない気がするだけでも?」


「勘は逃げる理由には使う。進む理由にはしない。僕ならそう考えます」


「当たったかどうか分からなくても?」


「一歩下がるだけなら安いです。気になるからと知らない道へ進んだら、何があるか分かりません」


 ミレアは串(くし)の最後の肉を食べた。


 右の路地に魔物はいなかった。


 あの感覚を信じて入ったのは自分だ。けれど板が落ちる前に下がったことまで、全部なかったことにはしたくなかった。


「……そっか」


「何かありましたか?」


「いや。ちょっと聞きたかっただけ」


 セオは追及しなかった。


 宿へ戻ると、女将から紙片を渡された。


「ネイラさんの工房から、トウマにって」


「また何か思いついたのかな」


 広げると、ネイラの字で短い伝言が書かれている。


『台の仮組みは終わった。外で試せ。たぶん立つ』


「たぶんって何さ」


「それはトウマさんが聞くべきですね」


「喜びそうだけど。『屋外実装』とか言ってさ」


 紙をテーブルへ置いたあと、ミレアはもう一度「たぶん」の二文字を見た。


 ネイラでさえ、試していない道具に言い切ることはしないらしい。


 右の路地で何があったかは誰にも話していない。


 ミレアは自分の荷物を下ろした。


 トウマが戻ったら、まず台が本当に立つのか確かめさせよう。


 自分の勘が何だったのかは、まだ確かめようがなかった。

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