第32話 犯人を追う前に出口を確かめたい
「君は道標を動かした男を見逃したのか」
北西迷宮管理所の帳場でいきなり責められた。昨日の目撃内容を確認したいとグレンから連絡があり、三人で来たところだった。机の向こうに立っているのは見覚えのある青年だ。
農園の依頼で一度張り合ったヴァルト・アーレンス。今日も背筋が妙に真っすぐだった。
「逃がしたというか、俺には捕まえる権限がないんだけど」
「私ならその場で引き留めて職員を呼ぶ。君は追いかけようともしなかったのか」
「足を痛めた人がいたし、出口の札も逆だったからな」
「その男が別の札を動かせば被害が増える」
言い返そうとして口を閉じた。確かにそこは困る。あの場で台車の男を追えば負傷者を残すことになるが、放っておくのも危なかった。
「じゃあ聞くけど、俺が追いかけてる間に怪我人が立とうとしたらどうする?」
「ミレアがいただろう」
「そのミレアは別の冒険者を案内してたんだよ」
「ならば先に職員を呼ぶべきだった」
「セオが呼びに行ってた!」
ヴァルトが口を閉じた。
後ろに控えていたカミラが帳面を開く。農園で会ったときと同じように、必要な情報だけを書き留めていた。
「ヴァルト様。こちらも依頼の範囲を確認しましょう」
「分かっている」
「ギルドから頼まれたのは関係者の所在と証言の確認です。拘束の権限まで与えられたわけではありません」
「承知している。だから引き留めると言った」
「相手が拒んだ場合は?」
「無理にはできん。管理所へ報告する」
「なら最初にそう説明してください」
ヴァルトは小さく咳払いした。
どうやら彼もギルドの依頼で別の経路から道標事件を調べているらしい。俺たちが道標の点検をしている間、向こうは関係者を調べていたわけだ。
同じ事件でも仕事の内容が違えば考え方も変わる。とはいえ最初から怒鳴られると話しづらい。
*
グレンが戻ると机へ二枚の記録を並べた。俺が提出した点検票とカミラの聞き取り記録だ。
「まず事実を確認する。道標に手を掛けたところを見た。だが実際に回したところは見ていない。間違いないな?」
「はい。ミレアも見てます」
「うん。板をつかんでたところで声を掛けた」
「以前にも動かしたか?」
「聞いたけど答えませんでした」
グレンは点検票の端を指で押さえた。
「一つ目の柱には擦れ跡。二つ目には半乾きの泥。どちらも記録されているが、同じ人物が付けたとは書いていないな」
「そこまでは見てませんから」
「それでいい。まだ決めるな」
カミラが帳面を近づけた。
「台車の特徴も教えてください。西回廊で同じ男性と二度すれ違ったそうですね」
「片方の車輪が床の継ぎ目を踏むたび音を立ててた。かたんって。荷台には麻布が掛かっていて青い石が見えた」
「左右どちらの車輪ですか?」
「そこまでは見てない。ミレアは?」
「あたしも音で気づいただけ。どっちの車輪かは分からない」
カミラはすぐに『片輪に異音。左右不明』と書いた。
「青い石を運んでいた点と合わせれば、男性の確認に使えるかもしれませんね」
「採掘場所を隠したいとも言ってたぞ」
「本人の発言として記録します。ただし動機と行為の確認は別です」
グレンが頷いた。
俺なら『採掘場所を独占したい男が道標を動かした』とまとめたくなるところだが、それでは見ていないことまで書くことになる。
ゲームの攻略メモも曖昧な情報を混ぜると困る。『宝箱があるかもしれない』と『宝箱を見つけた』は全然違うからな。
「証拠がそろう前に相手を見失えば調査は難しくなる」
ヴァルトはまだ納得していないらしい。
「でも捕まえることだけ考えて怪我人を置いていくのも困るだろ。実際に何人も奥へ迷い込んでたんだぞ」
「それは理解している。私が言っているのは再発を防ぐ方法だ」
「俺も同じだよ」
「やり方が違う」
同じ目的なのに意見が合わない。面倒なライバルだな。
セオが救護鞄を足元に置いた。
「今後また負傷者が出れば治療用品も必要になります。俺としては道標を安全にする作業を先に進めてほしいです」
「それも必要だ。だが動かした人物を調べなければ繰り返される」
「だから両方やればいいんじゃない?」
ミレアが地図を指した。
「管理所の人は道標を直す。ヴァルトたちは男を調べる。あたしたちは見たことを伝える。それじゃ駄目なの?」
グレンが机を指で叩いた。
「話はまとまったな。現場の位置をもう一度確認する。職員を付けるから一緒に来い」
*
青札二番から西回廊へ入った。
ミレアが先頭で警戒し、セオが後ろから続く。ヴァルトは俺の隣を歩いた。カミラは最後尾で地図の分岐を確かめている。
最初の道標には昨日グレンが設置した仮設札があった。古い矢印は奥を向いたままだが、新しい札は出口の方向を示している。
「ここで二人組に声を掛けたんだ。奥へ行こうとしてた」
俺は地図に印を付けた場所を示した。
「地図を持っていたのに?」
ヴァルトが聞いた。
「持ってたよ。でも先に道標を見たらしい」
「地図を確かめるべきだったな」
「そうだけど、出口って書いてあったら普通は信じるだろ」
ヴァルトは道標の前へ立った。そこから入口側を見ると青札は曲がり角の陰に隠れている。奥は暗いが大きな『出口』の文字は目についた。
「……なるほど」
「何が?」
「初めて来た者には誤解しやすい配置だ」
「だろ?」
「だからといって地図の確認を省く理由にはならん」
「そこは譲らないんだな」
次の道標でも位置と状態を確認した。職員は仮設札の固定具を調べ、古い矢印には触れずに記録を残す。
「こんなものは最初から正しくしておけばいいんだ」
俺が言うとグレンから同行を命じられた職員が首を振った。
「調査前に動かせば傷や付着物が変わることがあります。正式な交換までは職員が管理します」
「じゃあ今は仮設札で案内するしかないか」
「そうなります」
そこへ西側の通路から冒険者が一人現れた。道標の前で立ち止まり、古い矢印と仮設札を見比べている。
「なあ。どっちが出口なんだ?」
答えようとした俺より先にヴァルトが地図を開いた。
「仮設札の方向だ。ここは管理所が点検中だから青札二番まで戻ってくれ」
「助かった。古い方を信じるところだった」
冒険者が頭を下げて歩き出した。ヴァルトは古い矢印を見上げ、職員に声を掛ける。
「古い板を覆うことはできますか。知らずに見た者が迷う」
「交換まではこちらで管理します。戻って伝えます」
職員が記録を付ける。
「職員に任せるなら私たちが勝手に手を出す必要はないな」
ヴァルトは矢印に触れなかった。
なんだ。分かってるじゃないか。
*
管理所へ戻るとカミラは聞き取りの控えをグレンへ提出した。ヴァルトは台車の男の所在を確認し、関係者から話を聞く手順を職員と相談している。
俺たちの点検依頼は昨日達成している。今日は目撃内容を確認するために来ただけなので、新しい報酬はない。
「トウマ」
呼び止められて振り返った。
ヴァルトが俺の点検票を持っている。昨日グレンに提出したものだ。余計な宝箱候補のメモは別紙へ移してある。
「二つの標柱の位置が正確に記録されていた。擦れ跡と泥も分けてある。負傷者の通った道も追えた」
「そんなに褒められると照れるな」
「褒めたつもりではない」
「えっ」
「記録が使えると認めただけだ」
カミラが横から口を挟んだ。
「ヴァルト様。それは普通は褒めたことになります」
「……そうなのか?」
「はい」
真面目に言い切る二人を見て、ミレアが笑いをこらえている。
「まあ地図を描くのは前から好きだしな。ダンジョンはマッピングが基本だろ。次に来たとき迷うのも嫌だし」
「君はいつもそういう言い方をする」
ヴァルトの眉が寄った。農園で会ったときも同じ顔をされた気がする。
「積み重ねた記録が役に立ったのだろう。仕事で覚えたことを毎回続けてきた。それもお前が積んだものだ。チートではない」
「……見えないもんな」




