第3話 測定石は俺のチートを測りきれない
「その剣は渡す。だが、今日一日、絶対に抜くな」
父さんが俺の前へ片手剣を置いた。
革の鞘に収まった、ボルド製の剣だ。成人祝いとして用意してくれたものだが、事故のあと、ずっと父さんに預けられていた。
「……それ、持っていく意味ある?」
「登録するときに使う武器を聞かれるだろう」
「なるほど」
「だから抜くな」
「二回言わなくても分かってる」
父さんから剣帯を受け取り、腰へ巻く。
柄に手をかけると、久しぶりの重みが伝わってきた。
成人祝いの剣。転生者の初期装備としては、なかなか悪くない。
「少し振ってみても――」
「抜くなと言った」
「……はい」
どうやら今日の父さんは、母さんと同じ陣営らしい。
*
三週間の安静が終わり、さらに数日。四の月に入った。
最初は起き上がるだけで頭が痛かったが、今では朝から畑の端まで歩いても平気だ。母さんに水の入った杯を渡され、家の中を往復したときも一滴もこぼさずに済んだ。
剣の訓練は、まだ少しずつしか再開していない。
それでも今日、ようやく冒険者登録へ行ける。
家を出ようとすると、玄関脇で父さんが槌を振るっていた。
畑を囲む柵の補強らしい。事故のあとに修理した部分へ、さらに杭を打ち足している。
新しい木の切り口だけが白く、古い柵の中で目立っていた。
「父さん。そういえば、あのボアは結局どうなったんだ?」
「分からん。森へ戻ったんだろう」
「また来るかな」
「来るかもしれん」
父さんは杭の傾きを確かめた。
「あいつは大きかった。左の耳も裂けてたから、見かけたら分かるだろう」
「左耳?」
「ああ。古い傷だろうな」
父さんは槌を置き、俺の腰にある剣を見た。
「見つけても追うな。柵の外へ出たら、まず戻って報告しろ」
「分かってるよ。俺だって二度とはねられたくない」
「ならいい」
父さんは再び杭を打ち始めた。
俺は補強された柵を見てから、家を出た。
ボアには、もう近づかないでおこう。
前世でも今世でも、ああいうのにぶつかってろくな目に遭っていない。
……車に轢かれた記憶がある転生者なんて、俺くらいじゃないだろうか。
*
「遅い!」
村の道へ出ると、ミレアが待っていた。
腰には短剣が二本。動きやすそうな服を着て、靴紐まできっちり結んでいる。
俺よりずっと準備がいい。
「まだ約束の時間前だろ」
「待ってる方には長いの」
「それはお前が早く来すぎただけじゃないか?」
「細かいこと言わない!」
ミレアは俺の片手剣に目を向けた。
「……ボルドの剣?」
「ああ。父さんからもらった」
「いいじゃん。ちゃんと手入れしてある」
「俺もそう思う。だから少しくらい振っても――」
「母さんに止められたんでしょ」
「……何で知ってる」
「昨日、家に寄ったから」
情報が筒抜けだった。
ミレアは俺の顔を確かめてから、出張所へ向かって歩き出した。
「頭はもう平気なの?」
「問題ない。木剣も少し振った」
「何回?」
「……少し」
「何回?」
「二十回くらい」
「それでやめたの?」
「母さんが見てたから」
ミレアは前を向いたまま、肩を揺らして笑った。
「だったら今日は登録だけね。あたしも付き合うから」
俺もそのつもりだ。
今日は冒険者になる日であって、依頼をこなす日ではない。そのくらいの区別はできる。
ただ、登録だけで帰るのは少しもったいない。
せめて、どんな仕事があるか確認しておきたいところだ。
*
ギルドの出張所は、今日も小さかった。
扉を開けると、乾いた紙の匂いがした。壁には数枚の依頼票が貼られ、奥の机では職員が一人、帳面を書いている。
「冒険者登録をお願いします」
俺が声をかけると、職員は顔を上げた。
「ああ、トウマか。頭の怪我はよくなったの?」
「はい。三週間、しっかり休んだので」
「そう。よかったね」
職員は机の脇から紙を二枚取り出した。
「二人とも登録するんだね。名前と年齢、使える武器をここに書いて」
俺は筆を取った。
名前と年齢を埋め、使用武器には片手剣と書く。魔法は《ブリーズ》《ライト》《イグナイト》。それから、父さんに教わった罠の扱いも記入した。
ここまでは問題ない。
ただ、特技の欄にはまだ余白がある。
……これは書いておくべきだろうか。
ユニークスキル《超成長》。
でも、最初から切り札を全部見せるのは危険かもしれない。
前世のゲームでも、隠し能力はむやみに公開しない方が得することがあったはずだ。
俺が筆先を止めていると、ミレアが横から覗き込んだ。
「何悩んでるの?」
「いや、奥の手をどこまで書くか……」
「奥の手?」
「秘密兵器ってやつだ」
「そんなのあったっけ?」
ミレアが真顔で聞いてくる。
あるんだよ。
目には見えないが。
「申告するのは、実際に使える技だけにしてね」
職員が帳面から顔を上げた。
「依頼先で使えない技を頼りにすると、危ないから」
「……分かりました」
俺は《超成長》を書かずに筆を置いた。
なるほど。ギルドへの能力申告は慎重にすべきらしい。
最初の依頼からユニークスキルを披露するのは、確かに目立ちすぎる。
「はい、書けました」
登録用紙を差し出すと、職員は書き漏らしがないか確かめた。
いくつか質問に答えたあと、職員が机の奥へ手を伸ばす。
「じゃあ次は、レベルの測定ね」
来た。
ついに、これが来た。
*
机の上に置かれたのは、手のひらより少し大きな石だった。
表面には細い筋が入っている。
「この石に手を当てて。動かさないでね」
測定石。
俺の《超成長》がどれほどのものなのか、確かめる最初の機会だ。
転生してから三週間以上。そのほとんどを寝て過ごしたとはいえ、俺にはチートがある。
普通の人間とは、成長速度が違うはずだ。
……どんな数字が出るんだろう。
「トウマから測ろうか」
「はい!」
俺は石の前へ立ち、右手を乗せた。
ひんやりとした感触が手のひらに広がる。
少し待つと、石の表面に白い文字が浮かび上がった。
――3。
「レベル三ね」
職員が言った。
俺は石を見つめた。
三。
レベル三。
……三?
「すみません。これ、俺の数字ですよね?」
「そうだよ」
「間違いじゃなく?」
「うん。レベル三」
やっぱりだ。
俺の視界にあるステータス画面には、今もLv1と表示されている。
それなのに、測定石は三。
つまり……。
「……寝てる間に、もう二つも上がってたのか」
「え?」
ミレアが振り向いた。
「だって俺、ほとんど寝てたんだぞ。それなのに三になってる。《超成長》って、休んでる間まで成長するのか!」
「は? 違うでしょ」
「何でだよ」
「あんた、事故の前から畑仕事してたじゃん。木剣の練習も、罠作りも」
「もちろん覚えてる」
「だったら、その分じゃないの?」
俺は少し考えた。
確かに、畑仕事はずっとやっていた。
父さんと柵を直し、害獣の通り道を探して、罠を作る。ミレアとの木剣の練習だって何年も続けている。
けれど、それだけで説明できるだろうか。
いや。
きっと、これまで積み重ねた経験が《超成長》の効果で一気にレベルへ反映されたんだ。
測定石の方が、俺の画面より先に成長を拾ったのかもしれない。表示の更新が遅れる仕様なのだろう。
過去の経験まで成長に変わるなんて。
「……このチート、思ったよりすごいぞ」
「また始まった……」
ミレアは額に手を当てた。
「ちなみに、今までレベルを測ったことはある?」
職員が尋ねてきた。
「いえ。今日が初めてです」
「それなら、いつから三だったのかは分からないね」
「そうなんですか?」
「測定石で分かるのは、今のレベルだけだから。畑仕事や訓練を続けてきたなら、三でもおかしくないよ」
なるほど。
職員も、俺の成長ぶりには納得しているらしい。
ただ、《超成長》の本当の力までは分からないのだろう。
仕方ない。これは俺だけの秘密にしておこう。
「はい。じゃあ次はミレアね」
「あたしの番じゃん。そこ空けて」
俺は言われたとおり脇へ寄った。
ミレアが測定石に手を置いている間も、俺は視界の端にあるLv1の文字が気になって仕方なかった。
寝ているだけで二つも上がったなら、ここから本気で訓練すればどうなるんだろう。
……チートがあるなら、努力しない方が損だろ。
*
「はい。登録完了」
職員が二枚の登録証を机に置いた。
俺とミレアは、それぞれ一枚ずつ受け取る。
名前と登録情報を確かめ、最後の項目で目が止まった。
Fランク。
「……F?」
顔を上げると、職員が頷いた。
「最初はFランクからだよ」
「レベル三でも?」
「レベルとランクは別だからね。依頼をきちんと終わらせたか、報告ができるか、危ないときに無理をしないか。そういう実績を見て決まるんだよ」
職員は帳面の空いている部分を指した。
「だから最初は、無理なくできる仕事を選ぶといいよ」
なるほど。
強い魔物を倒すだけではランクが上がらないらしい。
だとすれば、まずは簡単な依頼で実績を作るのが得策だ。
危険が少なければ怪我もしにくいし、村の仕事なら家から近い。帰ったあと、すぐ休める。
……悪くないな。
「できるだけ安全な依頼を選んでもいいですか?」
「もちろん。受ける前に内容を確認するのは大事だよ」
「じゃあ、明日からそうします」
「いい判断だね。怪我が治ったばかりなんだから」
俺は思わず頷いた。
どうやら序盤の安全重視は正解らしい。
危ない仕事を避けて、こつこつ稼ぐ。そして早く楽な暮らしを手に入れる。
俺にぴったりの方針じゃないか。
*
出張所を出ると、ミレアが登録証を日の光にかざしていた。
「……あたしも、冒険者になったんだね」
「そうだな」
「最初は二人で仕事して、それから外の町にも行こうよ」
「もちろん。ルーヴェルなら、ここより依頼も多いだろうし」
「うん。でも、あたしはちゃんと自分でも戦えるようになりたい」
ミレアは登録証をしまい、短剣の柄に触れた。
「トウマと一緒にやるのはいいけど、全部あんた任せにはしたくないんだよね」
「何で?」
「自分の足で、どこまで行けるか知りたいから」
そう言って、先に歩き出す。
俺もその後を追った。
俺は楽な暮らしのため。ミレアは、まだ知らない世界を見るため。
目標は違っても、一緒に仕事をするなら何かと助け合えるだろう。
「……そうだ、ミレア」
「何?」
「最初の依頼、二人でやらないか?」
「いいよ。でも今日は登録だけだからね」
「分かってるって」
俺は掲示板へ戻り、数枚の依頼票を読み直した。
畑の手伝い。荷物運び。害獣駆除。
その中に、角ウサギの捕獲依頼があった。
「……これ、よさそうだな」
ミレアも紙を読む。
「角ウサギ? あいつら、近づくとすぐ逃げるよ」
「知ってる」
「それに、畑の中で追いかけたら作物を踏んじゃうし」
「だから追わない」
「……どうするの?」
俺は依頼票に書かれた畑の場所を確かめた。
角ウサギは、いつも同じような場所を通る。父さんと害獣の罠を作ってきたから、それは知っている。
逃げ足の速い相手を追い回すくらいなら、通り道を利用した方がずっと楽だ。
「ウサギの方から、俺たちのところへ来てもらう」
「……そんな都合よくいく?」
「いくように準備するんだよ」
ミレアは依頼票を見つめてから、口角を上げた。
「じゃあ明日、試してみよっか」
「おう。朝、依頼を受けてからな」
今日は登録だけ。
実際の捕獲は明日だ。
何しろ俺には《超成長》がある。最初の仕事から大成功して、あっという間に金持ちに――。
「……ねえ、トウマ」
「何だ?」
「罠が失敗したら、ちゃんと走って追いつける?」
俺は黙った。
ミレアが笑った。
「じゃ、依頼が終わったら走る練習もね」
……待て。
金を稼いで楽をするための初仕事なのに、もう追加の訓練が決まってないか?




