第28話 薬草を守るだけの仕事が思ったより難しい
「十五束そろえても葉を傷めたら減額です」
セオが依頼票の最後の一行を指した。俺はその上にある報酬欄をもう一度見る。昨日の岩甲虫の背甲四枚より安いのに品質まで問われるらしい。
「また銀葉草か。初めてルーヴェルに来た頃も採ったぞ」
「また、ではなく今の三人でやるのは初めてです。昨日は背甲を持ち帰れなかったでしょう」
「それを言われると弱い」
ミレアが横から依頼票をのぞいた。採集場所は南門の先にある湿地の縁。根を抜かずに銀葉草十五束を集める。納品は夕方までだ。注意欄には沼甲ガエルの名前もあった。
「戦うことになるかもしれないね」
「おっ。魔物も出るのか」
「何で嬉しそうなんですか」
セオが本気で不思議そうな顔をする。俺だって昨日の背甲を取り返すつもりはない。ただ魔石が一個でも手に入れば、安い採集依頼の足しになるかもしれない。
「依頼品を傷める戦闘は避けます。いいですね」
「分かってる。今度は手ぶらで帰りたくないしな」
受付で三人分の受注を済ませて南門へ向かった。
*
湿地へ続く細道に入ると靴底へ泥が張りつくようになった。ミレアは水たまりを避けながら歩き、何度か足を止めて地面を確かめる。
「歩きにくいね」
「猫は水が苦手だもんな」
「猫獣人をまとめて扱わないで。あたしが嫌なのは靴の中まで泥が入ること」
「それなら俺も嫌だ」
「じゃあ分かるでしょ」
湿地の端に少し高くなった場所があった。葉の表面が淡く銀色に光る草がまとまって生えている。足場が比較的硬いので腰を下ろしやすい。
「ここで八束ほど採れそうですね。根を残して葉を折らないようにしてください」
「前にも採ったから分かるぞ」
「一気に刈らないでくださいね」
「そこまで雑じゃないって」
隣でミレアが笑った。畑仕事の経験だってある。次に生える分を残さず収穫したら、また遠くまで探しに行く羽目になるくらい知っている。
傷みのない葉を選び、根元を残して少しずつ束ねた。泥のついた葉は別にする。乾いた布を敷いた場所に置けば、ほかの束を汚さずに済む。
八束目がそろう頃には腰が重くなった。立ち上がって背中を伸ばすと、ミレアの耳が水面へ向いた。
「二人とも止まって。あっちに何かいる」
浅い水の上に波が広がり、緑褐色の背中が浮かんだ。沼甲ガエルだ。もう一匹も後ろから顔を出す。二匹とも水際から銀葉草の方へ体を向けた。
「この辺で戦ったら葉が潰れるぞ」
「採集場所から離してください。俺は袋を下げます」
セオは束を包んで後方へ退いた。二匹はまだ水際にいる。俺は銀葉草のない地面へ移り、剣を抜いた。
「こっちだ!」
声が通じたかどうかは分からない。それでも近い方の一匹が俺へ向き直り、低く飛びかかってきた。避けた場所に泥が跳ねる。銀葉草のすぐ横だった。
「もう少し離れて!」
「分かってる!」
俺は湿地の外へ向かって下がった。ミレアも二匹目の注意を引きながら別の方向へ動く。セオは採集袋を抱えたまま、双方の位置が見えるところで止まった。
沼甲ガエルが再び跳んだ。体に《ブリーズ》を当ててもほとんど向きが変わらない。大きくて重い。なら狙いを変えるしかない。
「《ブリーズ》!」
次の着地点へ風を当て、水を含んだ表面の泥を横へ流す。カエルの足がぬかるみに深く入って体勢が崩れた。俺は硬い背中を避けて首の横へ剣を入れる。
一撃では浅かった。前脚で地面をかく相手から距離を取り、もう一度脚の付け根を狙う。動きが鈍ったところで横へ回り、止めを刺した。
「トウマ! こっちも!」
ミレアは二匹目を石投げと蹴りで牽制していた。短剣は抜いているが、むやみに突っ込まない。俺が合流するとカエルは進路を塞がれ、湿地の方へ向きを変えた。
「追う?」
「薬草から離れるなら追いません」
セオの声が飛んだ。俺も剣を下げる。二匹目は泥の水面へ戻り、しばらくして姿が見えなくなった。
「魔石は一個か」
「今日は銀葉草の依頼ですよ」
「分かってるって」
討伐した一匹から魔石を回収し、採集場所へ戻った。銀葉草は倒れていなかったが、端の束に泥が跳ねていた。
「これを洗っておく?」
「やめましょう。葉を水に浸して傷めたら減額です。泥の付いた束だけ分けて納品先に判断してもらいます」
セオは袋の中を調べ、汚れたものがほかの葉に触れない位置へ移した。十五束採っても買い取ってもらえなければ意味がない。魔石一個を喜んでいる場合でもなさそうだ。
*
「残り七束。今度は一人が周りを見ます」
セオの提案で俺が警戒を担当し、ミレアとセオが採集を再開した。水面の揺れを見ながら待つ。剣を持って立っているだけなら手間は少ない。
「セオ。こういう仕事は好きなのか?」
「好き嫌いで選んでいません。三人で採集品を守れるか試したかったんです」
「昨日は戦いながら素材を集める方だったからな」
「戦える二人がいても運ぶ物を壊したら利益にはなりません。次に受ける仕事でも同じでしょう」
セオは葉を選んで束ねる。手付きに迷いがなく、汚れた葉を先に外していた。
「薬舗と顔をつないでおくと包帯や薬も頼みやすくなります」
「そっちが本命か」
「どちらもです」
ミレアが笑った。
「トウマとは違う方向でお金に細かいね」
「無駄な出費が嫌いなだけです」
「俺も同じなんだけど」
「あんたは儲け話を増やしてから困るでしょ」
反論しようとして昨日の背甲を思い出したのでやめた。
十五束がそろっても、その場で袋を閉じることはしなかった。二人が束を数え直し、汚れた分を別に包む。警戒役を交代して袋の口を確かめたあと、来た道を引き返した。
夕方になる前に薬舗へ着いた。店主は銀葉草を一束ずつ手に取り、泥の付いたものだけ脇に寄せた。
「これは洗って乾かせば使えるね。葉も折れていないし減額はしないよ」
「よかった……」
セオの肩から少し力が抜けた。十五束すべてが受け取られ、報酬が支払われた。泥だらけになった分の割増しはないが、昨日と違って三人の仕事が金になった。
*
「で。試用はどうする?」
ギルドの食堂で水を飲みながらミレアが尋ねた。セオは一度救護鞄を足元へ置き、俺たちを見た。
「俺はこの三人で続けてもいいです。ただし条件があります」
「薬代の記録だろ?」
「それもです。依頼を決める前に危険を確認すること。重傷者が出たら依頼品を捨てて撤退すること。俺が治せるから続行できるとは判断しないでください」
「了解。あたしからも一つ」
ミレアはセオの方へ体を向けた。
「危ないと思ったら遠慮しないで言って。昨日みたいにあたしたちが欲張ってても止めてほしい」
「言います。黙って怪我を待つ方が困るので」
「じゃあ俺からも。余計な費用を出さずに済むよう帳簿を――」
「そこは俺が付けます」
「早いな!」
セオが少し笑った。俺が欲しかった三人目は、俺より先に出費を減らす方法を考える人間らしい。
ハルディンに治療師を呼べるようになっても薬や包帯の代金が曖昧だったら困る。俺は拠点メモへ「治療の費用」と書き足した。これでまた一つ便利な村へ近づけるはずだ。
「では三人で続けましょう」
「よろしく!」
握手を済ませるとセオは小さな帳面を開いた。今日使った薬も包帯もないことを確認し、最初のページへ短く書き込む。
『共同経費 消耗品支出なし』
「加入して最初の仕事が帳簿か」
「いいえ。次の依頼が最初の仕事です」
セオが帳面を俺の方へ向けた。
「その前に今の装備の重さをもう一度確かめましょう」
……新しい仲間が増えたのに、俺の荷物はまだ減らされるらしい。




