第26話 強い仲間は都合よく空いていないらしい
「『魔法鞄持ち歓迎』は消して」
募集札を立てる前に、ミレアに最後の一行を消された。ギルドの食堂で三人目を探すことになり、俺は朝から条件を考えてきたのに、最初の一枚から修正が入るとは。
「何でだよ。荷物が軽くなるなら最高だろ」
「仲間を探してるんでしょ。鞄を探してどうすんの」
「仲間が持ってたら両方解決する」
「そんな人が来るまで待つつもり?」
それは困る。昨日の迷宮では岩甲虫の背甲を重くて置いてきたし、二人が同時に怪我をしたら誰も助けを呼べない。今欲しいのは、明日から一緒に動ける人だ。
札には『Eランク以上、迷宮同行、前衛または治癒・補助、まずは一回試用』と書いた。その下に『罠や採集に理解があると望ましい』『荷物を持てる人』を残す。
「まだ多くない?」
「『または』って書いてるだろ。全部できなくていい」
「そのうち料理もできる人って書きそう」
「……いいな、それ」
「増やすな」
受付に勧められた募集用の席は通路からよく見える場所だった。俺が札を立て、ミレアが向かいの椅子に腰を下ろす。これで仲間が現れるのを待つだけだ。
ところが、一刻ほど待っても誰も来ない。依頼を相談する冒険者たちが横を通り、札をちらりと見るだけで行ってしまう。
「Eランクになったら、仲間が向こうから集まると思ったんだけどな」
「何で?」
「成長した主人公には仲間が増えるものだろ」
「その主人公って誰の話?」
「俺」
「はいはい」
ミレアは干し肉をかじり始めた。仲間加入イベントには、何か別の条件があるんだろうか。
*
昼を過ぎたころ、募集札の前に大きな影が落ちた。
「募集してるのは、ここか?」
顔を上げる。背丈も肩幅も大きな男が立っていた。背中には人一人が隠れそうな大盾。腕の太さを見る限り、俺の剣なら片手で止められそうだ。
「はい、トウマです。こっちはミレア」
「ガルムだ」
差し出された手を握ると、指まで分厚かった。登録札はBランク。急に強い仲間が来たものだから、俺の頭の中では三人パーティーがもう完成しかけていた。
「迷宮の経験はありますか?」
ミレアが先に聞く。
「ある。前で受けるのが俺の仕事だ」
「岩甲虫も?」
「ああ、あれはいい」
「いい?」
「正面から来る一撃が重いんだ。身体に響くあの圧がたまらん」
男の口元が緩んだ。俺とミレアは顔を見合わせる。今のは盾役として頼もしい発言なのか、少し考える必要がありそうだ。
「受けるのが得意、ってことですよね?」
「もちろんだ。守る相手がいるときは盾を構える。狭い道なら盾の向きを変えるし、退くときは後衛から先に通す」
ガルムは身振りを交え、立つ位置と退路の取り方を教えてくれた。盾を正面に出せば守れるという単純な話でもないらしい。ミレアは通路の幅について二つ質問し、ガルムはどちらにもすぐ答えた。
「じゃあ一回、試しに一緒に――」
「悪い。今週は無理だ」
「えっ」
「明日の朝から南へ遠征だ。帰りは早くても十日後になる」
「募集の札を見て来たんじゃ?」
「戻ってきたとき、まだ空きがあるならと思ってな。今日は装備の点検と食料の受け取りがある」
「今日だけでもどうです?」
「遠征の支度を放ってまで試す気はない。約束している仲間もいるんだ」
きっぱり言われた。俺たちが困っているからといって、相手の仕事が消えるわけじゃない。
「それに、昨日初めて迷宮に入ったんだろ?」
「はい」
「俺が盾を出せば、その間は二人とも楽だ。だが、自分たちがどこで困るか分からんまま人を増やしても、次の現場で慌てるぞ」
「昨日、少しは分かりました。荷物と、誰かが倒れたときのことです」
ミレアが答えると、ガルムは大きく頷いた。
「なら試すといい。帰ったらまた聞きに来る」
立ち上がると、足元に置いていた遠征用の荷袋を持った。どうやら出発準備のついでに寄ってくれたらしい。
「岩甲虫とやるなら、正面で受けるのも面白いぞ」
「……ありがとうございました」
去っていく背中の大盾を見送り、ミレアが小声で言った。
「変わってるけど、ちゃんとした人だったね」
「逆じゃなくてよかったな」
「逆?」
「普通に見えて、仕事はちゃんとしてない人」
「それが一番困るね」
頼めばすぐ仲間になってくれる強い人。そんな都合のいい設定は、現実にはなかったらしい。
*
募集札を立て直してしばらくすると、今度は細身の青年が立ち止まった。灰色がかった髪に、腰の剣。肩から小さな救護鞄を下げ、手には短い杖を持っている。
「治癒術師を探していると聞きました」
「はい!」
「セオです。十八歳、Eランク。治癒魔法と応急処置ができます。剣は護身程度です」
座る前から必要な情報が全部出てきた。俺たちが名乗ると、セオは募集札を自分の方へ向ける。
「条件を先に確かめます。依頼の報酬は均等ですか?」
「基本はそう考えてます。仕事によって相談したいけど」
「薬代は?」
「薬代?」
「俺が使う包帯や回復薬の費用です。怪我人が出れば消耗品は減ります。誰が負担するか、先に決めたい」
ミレアが救護鞄を見る。
「治癒魔法だけじゃ駄目なの?」
「汚れを洗うことも、止血や固定も必要です。魔法で済むなら救護鞄は持ち歩きません」
「なら、使った分を記録して共同で精算する? 誰か一人だけ損するのも変だし」
セオの指が鞄の留め具から離れた。
「……その話が最初に出るのは助かります。前は揉めましたので」
「前のパーティー?」
「辞めた理由は、精算です」
それ以上は話さなかった。だが、こっちも他人の借金や喧嘩を根掘り葉掘り聞く必要はない。請求書が後から飛んでくる方が怖い。
「あと、重傷者が出た場合は撤退します。治せるから続行できる、とは考えないでください。必要なら採集品も捨てます」
「それは賛成」
「即答ですね」
「俺たち、前に怪我してるんで。持って帰るものを増やしても、帰れなきゃ意味がない」
ミレアが頬の薄い傷に触れた。前の捜索でできた擦り傷も、まだ残っている。
「こいつ、前世の話が始まらなければ仕事の判断はそこまで変じゃないよ」
「フォローになってるか?」
「かなり」
セオが顔を上げた。
「前世?」
「長い話だから今度で」
「では今度にしましょう」
興味が薄い。これは助かる。
「迷宮経験は?」
「第一層なら何度か。以前の組では後方を担当していました」
「じゃあ、一回試用でどうです?」
「依頼を見てから決めたいです。治癒役だけ難易度を知らないまま連れていかれるのは困ります」
ミレアが頷いた。俺も異存はない。迷宮で一から説明する手間が減るなら、最初から一緒に選んだ方が楽だ。
*
掲示板の前で三人並ぶと、セオはまず注意事項を読んだ。俺が報酬欄に目をやる間にも、依頼の対象と危険な場所を確かめている。
「岩甲虫の背甲四枚。第一層。前回通った範囲から遠くないぞ」
「前回は一匹倒せたよ。運べなくて背甲を置いてきたけど」
ミレアがそう説明すると、セオは依頼票の備考欄を指で押さえた。
「最近、同じ区画で複数確認されています」
「四枚ならちょうどいい。三人なら――」
「四匹で済む保証はありません」
返事が速い。俺の頭ではすでに三人分の戦力で討伐の計算が始まっていたのに、セオは帰り道と荷物の重さを気にしていた。
「今日は準備だけにしませんか。前に立つ人、地図を持つ人、怪我人が出たら荷を持つ人を決めておきたいんです」
「そこまで必要?」
「迷宮で決めるより安く済みます」
……安い。
その一言で、妙に話が通じる気がした。俺が早く楽に稼ぎたいのと、セオが余計な治療費を出したくないのは、案外相性がいいのかもしれない。
セオは受付へ持っていく前に依頼票を置き、俺たちを見た。
「危険なら未達でも引き返す。採集品や素材より人を優先する。それでいいですか?」
「いい。次にまた仲間探しからやる方が面倒だ」
「言い方はともかく、あたしも賛成」
セオはそこで初めて少し笑い、依頼票を手に取った。
受付で三人の試用であることを伝え、翌日の依頼として受注を済ませる。正式なパーティーへの加入はまだ決まっていない。まずは一回、互いの仕事ぶりを確かめることになった。
「では、帰る条件も紙に書いておきましょう」
「えっ、依頼を受ける前から?」
「受けてからでは遅いです」
三人目はまだ仮なのに、撤退の約束だけはもう本番だった。




