第24話 昇格確認は見つけたあとが長すぎる
「そこから先は見えなくなるなら戻れ!」
曲がった木の向こうへ、ミレアの尻尾が消えた。三枚目の布を見つけたところまでは確かめられたが、そこから先は地面が下がっているらしい。俺が立ち上がりかけると、倒木に寄りかかった男が手を伸ばした。
「嬢ちゃん、一人で大丈夫か」
「足は速いです。無茶するなって言えば、一応聞きます」
「一応なのか」
「……だいたい」
男は笑いかけ、すぐ顔をしかめた。右足首はさっきよりも腫れて見える。本人の話では昨日、一度は林道へ戻ろうとしたが、数歩で痛みに耐えられなくなり、斜面を滑ってここまで落ちたそうだ。
「もう動かないでください。ミレアには声が届く範囲にいてもらいますから」
水筒を渡し、転がっていた採集籠を引き寄せた。中には樹皮と薬草が半分ほど残っている。これを背負って動くのは、足が治ってからでいい。
「トウマ!」
上から声が飛んできた。
「見つけた! 生きてる!」
男が地面へ手を突いた。
「ミーナ! ミーナなのか!」
「返事はできる! 今、戻るから!」
木々の奥から届いた返事に、男は何度も頷いた。俺も一度だけ肩の力を抜いたが、まだ喜ぶには早い。二人を見つけても、ここは林道から外れた斜面の途中だ。
*
戻ってきたミレアの頬には、細い擦り傷ができていた。
「その顔、どうした?」
「枝に引っかけただけ。ミーナは崩れたところの向こうにいる。昨日渡ろうとして土が落ちたみたいで、戻るのが怖くなって動けなかったって」
「怪我は?」
「手のひらと膝を擦ってる。でも歩ける。水はほとんど残ってないって」
男が立とうとするので、慌てて止めた。
「俺たちが迎えに行きます。ラドさんはここで待っていてください」
「そういえば、名前も聞いていませんでした」
「ラドだ。……ミーナを頼む」
そう言って男は倒木に背中を戻した。俺たちは採集籠を手の届く場所に置き、戻る方向をもう一度確かめる。
「すぐ戻ります。声が届かなくなっても、動かないでください」
「分かった。ミーナを頼む」
ミレアに続いて斜面を上った。布の目印が続く先は、浅い谷に沿って地面が崩れていた。幅はそれほどないが、足元の土をつま先で触ると小石が落ちていく。真正面を渡る気にはなれない。
「昨日、ここを越えようとしたのか」
「渡りきったあとで崩れたみたい。あたしも先へ行かずに声だけ掛けた」
向こう側で、若い女性が木の根につかまって待っていた。こっちを見ると何か言いかけ、最初に出てきたのは名前だった。
「ラドは?」
「見つけました。足を痛めていますが、話せます」
「……よかった」
女性は膝を折りかけた。ミレアが声を掛け、立ったまま待ってもらう。ここで座り込めば、かえって起き上がるのがつらくなる。
渡れそうな場所を探して、崩れた箇所の少し上へ回った。木の根が何本も張り出し、足場の土を押さえている。ミレアが先に渡って確かめ、俺は対岸から足を置く場所を伝えた。
「そっちの根を踏んで。急がなくていいです」
「はい……」
拾った丈夫な枝を杖代わりに渡す。ミーナは膝をかばいながら、一歩ずつこちらへ進んだ。無事に渡ると、ミレアから水筒を受け取って少し飲み、ふたを閉める。
「私、助けを呼びに行ったのに……」
「その布のおかげで見つかりましたよ」
「でも、戻れなくて」
「ここまで見つけに来られました。今はラドさんのところへ戻りましょう」
三人で引き返す間、ミーナは布の目印を一枚ずつ確かめていた。結んだ場所を自分でも覚えていたらしい。俺は迷わず帰れるのがありがたくて、足元の枝を除けながら歩いた。
*
「ばか。なんで動いたの!」
「お前が戻らんからだろ!」
「戻れなかったの!」
「見りゃ分かる!」
再会した二人は、最初に喧嘩を始めた。
「感動の再会って、もっとこう……」
「昨日から大変だったんだから、好きに言わせときなよ」
ミレアに小声で言われ、俺は口を閉じた。ミーナは水をラドへ渡そうとして、ラドに押し返されている。最後には二人で少しずつ飲み、ようやく声の調子も落ち着いた。
残る問題は帰り道だった。ミーナは歩けるが、ラドは立ち上がることも難しい。二人で肩を貸して斜面を上る案が頭をよぎる。
「担いで戻るのはなしだよ」
ミレアが先に言った。
「まだ何も言ってないぞ」
「今、ラドさんと道を交互に見てた」
確かに見ていた。しかも左腕はまだ力仕事に向かない。ここで四人そろって転んだら、昇格どころか次の捜索依頼の対象にされる。
「救援を呼ぼう。ラドさん、ここで待てますか?」
「昨日から待ってた。もう少しくらい構わん」
「じゃ、あたしが行く」
ミレアが立ち上がった。
「一人で戻れるか?」
「道は覚えた。布も足跡もある。巡回の人に会えれば頼むし、いなかったら門まで戻る。あんたは二人を見てて」
「肩もあるんだから、無理して走り続けるなよ」
「それ、あんたにだけは言われたくない」
尻尾が木々の間へ消えていく。俺はラドのそばへ戻り、足首を動かさないように頼んだ。治癒魔法は使えないし、ここで痛む場所をいじってもよくなる保証はない。
ミーナは自分の布の残りで擦り傷の汚れを拭い、採集籠を背負おうとした。
「荷物は置いておきましょう。先に帰るのは二人の方です」
「薬草が傷んでしまうかも」
「また採れば済みます。人を運ぶ手間より安いですよ」
「……そういうものですか」
ミーナは籠を下ろした。荷物が軽ければ救援の人たちも動きやすい。俺としても、帰りに無理な荷運びをしたくない。
待つ間に、目印の白い石の位置を直した。林道から救援が来たとき、俺たちの居場所を見落とされないようにするためだ。ラドはそれを見て、黙って水筒のふたを閉めた。
日が高いうちにミレアの声が聞こえてきた。ギルド職員が二人、担架を持った冒険者が三人、一緒に斜面を下りてくる。
「そこで止まってください。足元、滑ります!」
俺が知らせると、先頭の職員が進路を変えた。救護に慣れているらしく、ラドの足首を固定してから担架へ乗せる。ミーナは自分の足で歩いた。
全員で林道へ戻り、ルーヴェルへ向かう。俺たちは最後尾を歩き、落とし物がないか確かめた。ミレアの頬に残った細い傷だけは、街へ着いたら洗っておいた方がよさそうだ。
*
「なぜ、ラドさんを担いで連れ帰らなかったのですか?」
ギルドへ戻ってからの事情確認は、捜索より長く感じた。
「足が腫れていて、斜面で転んだら悪化させると思ったので。俺たちも怪我から回復中です」
「では、ミレアさん一人を救援に出した理由は?」
「あたしの方が道を覚えてたし、早く戻れます。トウマが残れば、二人とも一人にならないから」
職員は答えを書き込み、採集人を見つけた経路や布の目印、崩れた場所での判断を順に確かめていく。俺たちは見たものと考えたことを分けて答えた。
しばらくして、登録札が二枚並べられた。
「昇格確認依頼は達成です。救助の判断と報告にも問題はありません。お二人ともEランクへの昇格が認められます」
「よし!」
「登録札の更新と、昇格時の測定を行います。こちらへ」
案内された先には、見覚えのある測定石があった。手を置いて分かるのはレベルだけ。とはいえ、久しぶりに数値が見られるとなれば、期待せずにはいられない。
先に俺が手を置いた。
「トウマさん、レベル六です」
「六!」
前に測ったときは四だった。あれから薬草を集め、荷車を守り、スライムを流し、今日は二人を助けた。剣を振った時間は少なくても、ちゃんと結果が出ている。
続いてミレアが測る。
「ミレアさん、レベル八です」
「八か。やった!」
ミレアは耳を立てた。俺は自分の六と見比べて、ある可能性に気づいた。
「もしかして、パーティーにも経験値が分配されて――」
「は?」
「いや、何でもない」
危ない。せっかくの昇格を前に、また《超成長》を信じてもらう話になりそうだった。
新しい印の入った登録札を受け取る。札そのものは光らないし、音も鳴らない。それでもEランクの文字を指でなぞると、すぐに北西迷宮の依頼板を見に行きたくなった。
「明日の朝、迷宮の依頼を選ぼう」
「初めて入るんでしょ。無理な仕事は選ばないからね」
「分かってる。最初は帰り道を覚えるつもりで行く」
そう答えながら、俺は依頼板の奥に並ぶ白い札へ目を向けた。昨日まで手が届かなかった一枚を、明日なら外せる。




