第19話 十件の依頼は昇格への切符じゃなかった
「八件目ですね」
受付の男が農園の完了票に印を押し、俺たちの登録札へ記録を付けた。昨日まで七件だったから、これで八件。ちゃんと仕事をした分だけ数字が増えるのは気分がいい。
「じゃあ、あと二件でEランクか!」
「件数だけなら、です」
男は報酬の袋を渡してくれたものの、それ以上は何も言わなかった。妙な言い方が気になって聞き返そうとしたが、後ろの列が動き始めている。昇格については明日、改めて相談することにした。
帰り道でミレアは、さっき受け取った完了票をもう一度見ていた。
「農園の人、柵を見つけたことまで書いてくれてるね」
「次の依頼で探す手間が減るからな。自分のためにもなる」
「……それ、受付でも言えばよかったのに」
「言ったら追加の仕事を頼まれそうだろ」
ミレアは票を畳み、俺に返した。
*
「またそこ見てる」
翌朝、ギルドの掲示板の前で立ち止まっていたら、背後からミレアに袖を引かれた。
「見るだけなら無料だろ」
「昨日もそう言ってた」
目の前に並んでいるのは北西迷宮の依頼票だった。苔の採集、岩甲虫の背甲、管理所への物資運搬。仕事はそれぞれ違うのに、受注条件は見事に同じだ。
Eランク以上。
「迷宮だぞ。地下に道が続いてて、昔の道具が出ることもあるらしい」
「知ってる。宿でも聞いた」
「昔、小さいけど空間収納の鞄が見つかったんだってさ」
「その話、三回目。今も出るとは限らないんでしょ」
以前、受付の近くで冒険者が話していた内容だ。どこの階層で見つかったかも曖昧で、本人が拾ったわけでもない。だから確かな情報とは言えないが、魔法鞄の値札を思い出すと無視できなかった。
「自力で拾えば買わなくて済む」
「拾えるまでに使うお金は?」
「そこは……先にEになってから考えよう」
「今から考えて」
まったく厳しい相棒だ。それでも迷宮へ入るにはランクが必要らしい。昨日の受付の言い方も気になるし、先に昇格条件を聞いておくことにした。
*
「十件以上が条件の一つです」
昇格相談窓口の男は登録札を確かめてからそう言った。
「一つ?」
「一つです」
棚から薄い板札が出てきた。机に置かれたそこには、細かな字で条件が並んでいる。
正式依頼十件以上。三種類以上の依頼経験。直近五件で重大な失敗なし。重大な規則違反なし。成功率はおおむね八割以上。
さらに危険の判断、依頼人への対応、報告ができること、と続いていた。
「最後に昇格確認の依頼を別に受けてもらいます」
「十件目がそれじゃないんですか?」
「別です」
「じゃあ最低でも十一件じゃないか」
「件数だけ数えるなら、そうなります」
俺は板札を裏返した。何も書いていない。ひっくり返せばお得な条件があるかと思ったのに、そんな都合のいい話はなかった。
「ハルディンじゃ十件って聞いたぞ」
「十件やれば必ず昇格、とは聞いてないんじゃない?」
ミレアに言われて記憶をたどる。そういえば『十件が目安』とは聞いたが、その先を確かめていなかった。ゲームだって、レベルだけ上げれば進めるとは限らない。面倒な解放条件が別にあるものだ。
隣の窓口で椅子が鳴った。
「十五件だぞ! 十五件も終わらせたんだ!」
革の前掛けを着けた男が、机に依頼完了票を並べていた。受付の女性は票を一つずつ見ている。
「運搬が十四件、倉庫整理が一件です。依頼の種類が足りません」
「野菜も鉄板も運んだ! 荷物が違うだろ!」
「品物が違っても運搬は運搬です」
「鉄板と野菜を一緒にするなよ!」
言いたいことは分かる。鉄板を運ぶのと野菜を運ぶのでは、重さも気の使い方も違うはずだ。でもギルドの分類が同じなら、板札の条件を満たすことにはならない。
「数を先に増やそうとして、種類が足りなくなる方もいるんです」
相談窓口の男が小声で言った。
「それ、向こうに聞こえますよ」
「聞かせてるんだ!」
隣の男から声が飛んできた。本人も分かっていて、まだ納得できないらしい。
「俺たちの記録は大丈夫ですか?」
「確認しましょう」
受付の男が帳簿を開いた。ハルディンの仕事も含めて、依頼の種類と結果をたどっていく。
「捕獲、駆除、採集、調査……分類は十分です。直近の記録も、今のところ昇格相談に支障はありません。ただし審査を受けるのは、規定数を満たしてからです」
「よし。今は八件だから、あと二件!」
「十件は申請を検討するための条件です。自動昇格ではありませんよ」
「分かってます。その次に確認依頼ですね」
「ええ。危険判断や報告の仕方も、そこで確認します」
昨日の農園で捕まえた角ウサギは一匹だけだったが、柵の破損も調べて依頼人には喜ばれた。ああいう仕事が評価されるなら、戦闘ばかりやる必要はない。
「じゃあ、共有猟場で捕まえた七匹も記録に――」
「正式依頼として受けていない狩りは、件数に含まれません」
先回りされた。ちょっとくらい期待したのに。
窓口を離れる前に、迷宮の札についても尋ねてみた。
「Eになったら、すぐ迷宮へ入れます?」
「第一層は基本的にEランク以上です。ただし入場記録と地図の確認が必要です。管理所の指示にも従ってください」
「宝箱を見つけたら?」
「管理規則に従ってください」
「魔法鞄が出たら?」
「迷宮に注文しておいてください」
俺が返事に困っていると、ミレアが背中を向けて肩を揺らしていた。
*
「あと二件なら、危ない討伐をまとめて受ければ……」
「さっき何を聞いてたの?」
依頼板へ戻る途中で、ミレアに遮られた。言われてみれば、十件目までに失敗したら余計に遠回りになる。今の俺たちには怪我だって残っている。
昨日ヴァルトが見せた剣の速さを思い出した。あの調子で魔物を倒せれば簡単なんだろうが、今の俺が真似をしたら、剣より先に左腕が悲鳴を上げる。
「これ、どう?」
ミレアが白枠の依頼板から一枚抜いた。
共同農園への運搬護衛。南西門から農園まで資材を積んだ荷車一台に付き添い、無事に届ける仕事だ。道を大きく外れないこと。荷物と荷引き魔物の安全を優先すること。魔物を発見しても、追跡は依頼外。
「またあの農園か」
「道は分かってるでしょ。荷車について行くだけなら、今のあんたの腕でもできそうじゃん」
「魔物が来たら、いつまでも座ってられないぞ」
「だから、どう守るか先に考えるの」
依頼票の最後を読み直す。追跡は依頼外。荷車を置いて魔物を倒しに行ったら、戻ったときには運ぶべき荷物がなくなっているかもしれない。
「……追いかけた方が強くなれる気はするんだけどな」
「荷車を守った方が依頼は終わるよ」
「それもそうか」
仕事を無事に終わらせれば、報酬が出る。報酬が出ればハルディンの資金も増える。早く楽をしたい俺にとっては、魔物一匹より荷車一台の方が大事だ。
受注窓口へ票を運ぶと、さっきの前掛けの男がまだ近くにいた。
「おい若いの。それ、護衛だな?」
「はい」
「護衛は運搬とは別分類だからな! ちゃんと覚えとけよ!」
「ありがとうございます!」
「俺も先に知りたかったんだよ!」
受付の女性が一度だけ目を閉じ、受注印を押した。
これで九件目になる予定の仕事を一つ確保した。あとは無事にやり遂げるだけだ。昨日の農園で描いた道の図を取り出してみると、南西門から畑までの曲がり角も覚えていた。
「護衛対象から離れない。寄り道しない。魔物を追わない」
忘れないよう、依頼票の控えの裏へ書き足す。受付の女性が目を留め、短く頷いた。
「準備は十分ですね」
俺は面倒なやり直しを防ぎたいだけだったのだが、どうやら準備熱心な新人だと思われたらしい。
ミレアが横から手を伸ばし、最後に一行付け加えた。
『トウマが先に走り出したら止める』
「お前、それは護衛の仕事じゃないだろ」
「ほら、もう一個増えたね」




