第18話 剣の勝負は仕事の勝ち負けと違うらしい
「同じ農園の依頼が、二枚あるぞ」
ギルドの掲示板で依頼票を見比べていた俺は、思わず首を傾げた。
どちらも南西門の外にある共同農園の害獣駆除。場所も仕事内容もほとんど同じなのに、片方は東側の畑、もう片方は西側の畑と書かれている。
「広い農園なんじゃない?」
ミレアが横から覗き込んだ。
「だったら一件にまとめた方が早くないか?」
「昨日、三件まとめて一日働いた人が何か言ってる」
「……あれは想定外の仕事が多かっただけだ」
結局、二人で東側の依頼票を取った。
農園なら地形も読みやすいし、畑ネズミや角ウサギの対処はハルディンで何度も経験している。傷が治りきっていない今でも、罠を中心にすれば無理なく働けるはずだ。
ところが、受付へ向かおうとしたところで、隣から別の手が伸びてきた。
西側の依頼票が掲示板から外される。
「そちらを受けるんですか?」
声を掛けられて振り向くと、背の高い青年が立っていた。
きっちり整えた服の上に軽い防具を着け、背には両手剣。立ち姿からして、俺が知っている農家の剣術とは違う。
隣には女性が一人。
落ち着いた服装で、小さな帳面と筆記具を持っている。
「ああ。東側の方を受けるつもりだ」
「そうですか。では、私たちは西側を」
青年は一度だけ俺の依頼票へ目を向けた。
「同じ農園なら現地で顔を合わせるでしょう。私はヴァルト・アーレンスです」
「俺はトウマ。こっちはミレア」
「あたしの紹介くらい自分でできるって」
ミレアが俺を押しのけた。
「よろしく。そっちは二人?」
「はい。カミラと申します」
女性は軽く頭を下げた。
受付に並ぶと、先にヴァルトたちの登録札が確認される。
「アーレンス隊ですね。ヴァルトさんはEランク。今回の依頼はFランクから受注可能ですが、問題ありませんか?」
「ありません。農園の被害を止めるのが仕事ですから」
Eランク。
俺たちより一つ上だ。
横を見ると、ヴァルトは依頼票の期限と条件を確認している。カミラは受付職員の説明を聞きながら、帳面へ手早く書き込んでいた。
……なるほど。
いかにも強そうな剣士に、記録係らしい相棒。
これはあれだな。
冒険を始めて少し進んだところで登場する、ライバルパーティーというやつだ。
「何笑ってんの?」
「いや、とうとう来たなと思って」
「何が?」
「ライバルイベント」
「……あんた、依頼票をちゃんと読んだ?」
読んだとも。
むしろ、こんなに分かりやすいイベントはない。
*
農園へ着くと、依頼人の男が畑の間を案内してくれた。
朝から作業していたらしく、袖には土が付き、指の節は固くなっている。畝の向こうには若い苗が並んでいたが、何列かは葉を食いちぎられていた。
「昨夜も入られたんだ。角ウサギだと思う。東も西もやられてる」
「侵入口は分かっていますか?」
尋ねると、男は首を振った。
「見回りはしてるんだがな。柵の壊れたところも、ついでに見てくれると助かる」
「分かりました」
俺が答えるより先に、ヴァルトが畑へ目を向けた。
苗の間で何かが動いている。
「まず害獣を処理します。カミラ、右側を頼む」
「承知しました、ヴァルト様」
カミラは帳面を閉じ、杖を手に取った。
ヴァルトが歩き出す。
俺たちも東側の畑へ向かったが、すぐに西側から鋭い物音が聞こえた。
振り返る。
角ウサギが一匹、畝を飛び越えて逃げようとしていた。その進路をカミラの氷魔法が塞ぐ。地面から伸びた氷は低く、苗を傷つけていない。
進む方向を失った角ウサギが横へ跳ねた。
そこへヴァルトが踏み込む。
両手剣が一度だけ振られた。
角ウサギは逃げきれなかった。
「……速っ」
つい声が出た。
ヴァルトは剣を引き、すぐ次の獲物を探している。
無駄な動きがない。
しかも、大きな剣を振ったのに、周りの苗がほとんど傷ついていない。
「すごいね、あれ」
ミレアも足を止めていた。
「ああ。Eランクって、あんなに違うのか」
「剣の腕も相当だと思う」
次に現れた角ウサギも、ヴァルトとカミラの連携で逃げ道を失った。
また一瞬で勝負が終わる。
カミラは倒した場所を確かめ、帳面へ何かを書き込んでいた。
……強い。
俺の剣じゃ、あんな真似はできないだろう。
そもそも今は左腕に負担をかけたくないし、剣の間合いにも慣れ直している途中だ。
「トウマ、こっちもいるよ」
ミレアの声に振り返る。
東側の畑で、苗が揺れていた。
*
「追うなよ。端へ回ってくれ」
「分かってる」
ミレアは腰を低くし、角ウサギの逃げ道を見て回り込んだ。
俺は地面へ目を向ける。
畑の畝の間には、小さな足跡がいくつも残っていた。苗の食べられた場所と足跡の向きから、角ウサギがどこへ逃げようとしているかは何となく分かる。
網を広げ、通りそうな場所へ構える。
ミレアが短く声を上げた。
「そっち行くよ!」
角ウサギが飛び出した。
予想した場所より少し外側を通る。
「うわっ!」
慌てて網を動かすが、届かない。
角ウサギは俺の横をすり抜け、畝の向こうへ消えた。
「……外した」
「だから、もうちょい端だって」
「今のは分かった。次は大丈夫」
「一回逃がしてから言うな!」
西側では、もう剣を収める音がしていた。
早すぎる。
ヴァルトたちが終わるまでに、こっちは一匹も捕まえていない。
思わず腰の剣へ手を伸ばしかけたが、途中でやめた。
無理に追えば苗を踏む。
それに、傷が治りきっていない状態で無茶をしても、あとで自分が困るだけだ。
「ミレア、さっき逃げた方へ回れるか?」
「追い込む?」
「いや。今度は俺が先に待つ」
畝の端でしゃがみ込み、足跡の向きを確かめる。
何度か通っているらしく、草が倒れて細い道ができていた。
その先へ網を置き、邪魔にならない位置で身を低くする。
ミレアは反対側からゆっくり近づき、角ウサギがこちらへ向くように位置を取った。
慌てて動けば、また違う方向へ逃げる。
だから、じっと待った。
しばらくして、葉の間から角ウサギが顔を出した。
耳が動く。
こちらには気づいていない。
ミレアが足を一歩動かすと、角ウサギは驚いて走り出した。
今度は予想どおりの道を通る。
「よし!」
網が上から落ち、角ウサギの身体を包んだ。
逃げようと暴れるが、ミレアが右手で網の端を押さえる。
俺も反対側を閉じ、足を傷つけないように押さえた。
「捕まえた!」
「やっと一匹ね」
ミレアは息を吐いた。
西側の畑を見れば、ヴァルトたちはもう作業を終えて依頼人へ報告している。
……負けた。
戦闘の速さでは、勝負にならなかった。
ただ、角ウサギを捕まえた場所を見て、少し引っかかった。
足跡が畑の外へ続いている。
しかも一つだけではない。
「……ちょっと待て」
「どうしたの?」
「こいつら、どこから入ってきたんだ?」
網の中の角ウサギを、ミレアが鞄から出した縄で安全に押さえる。
俺は足跡の続きを追った。
畝の外側を回り、草の倒れた場所を辿る。
やがて、柵の根元へ出た。
「あった」
横木の一本が外れかけている。
下の土も削られ、角ウサギが通れるだけの隙間ができていた。
その外側には、草の折れた細い獣道が続いている。
「ここから入ってきてたのか」
ミレアも近づき、柵を確かめた。
「横木、腐ってるね。押したら外れそう」
「触らない方がいい。完全に外れたらもっと入りやすくなる」
位置を覚えるため、地図の余白へ簡単な図を描いた。
畑の端からどれくらい歩いたか、どの柵が傷んでいるか、外側の道がどこへ続いているか。
こんなもの、普通のゲームなら地図に最初から印が付いているはずだ。
ただ、ここでは誰も付けてくれない。
「何してんの?」
「次に同じ依頼を受けたとき、探す時間を減らせるだろ」
「次も来るつもりなの?」
「楽に稼げる場所は覚えておきたいからな」
「……あんたらしいね」
ミレアは呆れたように笑った。
*
「そんな場所があったのか」
依頼人は図を見て、すぐに農園の端へ歩き出した。
俺たちもついていく。
壊れかけた横木を確かめると、男は柵の内側へしゃがみ込んだ。
「こりゃ駄目だ。また入られるな」
「外側にも獣道が続いてます。ここを直さないと、別の角ウサギが来ると思います」
「そうだな。今日のうちに修理の手配をしないと」
男は腰を上げ、俺の図をもう一度見た。
「助かったよ。何度追い払っても入ってくるから、困ってたんだ」
「次から探す場所が分かれば、仕事も早く終わりますから」
「次の依頼のことまで考えてくれるのか。若いのにしっかりしてるな」
……いや、俺が楽をしたいだけなんだけど。
もっとも、依頼人が困らなくなるなら、それに越したことはない。
農園の入口へ戻ると、ヴァルトたちが待っていた。
「そちらも終わりましたか?」
「ああ。時間はかかったけど、角ウサギは捕まえた」
ヴァルトは静かに頷いた。
「こちらは討伐を終えました。農園内の確認も済んでいます」
カミラが帳面を開き、記録を依頼人へ見せる。
場所、数、倒した順番。
きっちり書き込まれている。
「早かったな。助かったよ」
依頼人はヴァルトたちへ礼を言い、それから俺の図を取り出した。
「それと、東側の二人には柵の壊れた場所まで見つけてもらった。あそこを直さなきゃ、明日もまた入られるところだった」
ヴァルトの眉が少し動いた。
「柵ですか?」
「ああ。最初に言っただろ。壊れたところも見てくれると助かるって」
「……依頼票の内容は害獣駆除でしたので」
「それはそうだがな。もちろん、あんたたちの仕事も早くて助かったよ」
依頼人はカミラの帳面を受け取り、確認する。
「ただ、農園にとっては、次に入られないことも大事なんだ。そっちまで教えてくれたのはありがたい」
それぞれの仕事を確かめたあと、男は依頼確認の書類へ評価を書き込んだ。
ヴァルトたちには、討伐を速く正確に終えたと記す。
俺たちの方には、害獣の捕獲に加え、侵入経路と柵の破損箇所を特定したと書いてくれた。
「次に何かあったら、また頼みたいね」
俺へ向けられた言葉に、思わず顔が上がる。
「本当ですか?」
「ああ。次はもっと早く済みそうだ」
それは素晴らしい。
仕事が早く終われば、その分だけ休む時間が増える。
俺が喜んでいる横で、ヴァルトは何も言わずに書類を見ていた。
カミラが一歩近づく。
「ヴァルト様。依頼人の追加のご希望は、私の記録にも残っております」
「……ああ」
「次からは、討伐後に確認する時間も必要かと」
ヴァルトは短く息を吐いた。
「そうですね。そこは私の判断が足りませんでした」
すぐに言い返さないあたり、やっぱり真面目な人らしい。
戦闘では完敗だったが、仕事では一つ勝てた。
ゲームなら、これでライバルの好感度が上がるところだろう。
*
農園からの帰り道、ヴァルトたちと並んで歩くことになった。
「君たちはFランクでしたね」
ヴァルトがこちらを見た。
「ああ。ルーヴェルへ来たばかりなんだ」
「そうですか。それにしては、依頼人への対応に慣れているようですね」
「ハルディンで畑の仕事をよくやってたからな」
「なるほど。農家の経験ですか」
ヴァルトは納得したように頷いた。
「侵入経路を調べる発想は、私には足りませんでした。参考にさせてもらいます」
おお。
ライバルキャラから評価された。
「まあ、俺には《超成長》があるからな!」
「……何ですか、それは」
「転生したときに女神からもらったチートだよ。訓練でも仕事でも、やればやるほど強くなれるんだ」
ヴァルトの足が止まった。
「女神から、もらった?」
「そう。だから経験を積むほど得するんだよ。今日だって柵を見つけたし、そういう積み重ねが大事なんだ」
隣でミレアが小さくため息をついた。
「またその話……」
ヴァルトは俺の顔をまっすぐ見ていた。
「君は、自分がしてきた努力を、その女神とやらのおかげだと言うんですか」
「まあ、チートがあるからこそ努力しないともったいないんだよ」
「……そうですか」
声が低くなった。
今までの丁寧な口調は変わらない。けれど、何かが違う。
「君は、農園で足跡を調べたでしょう。畑仕事の経験があるから、獣道を見つけられた。そうではありませんか」
「それはそうだけど」
「では、それは君が積んできた経験です」
「でも、その経験をもっと活かせるのが《超成長》で――」
「違います」
ヴァルトの言葉が、俺の声を遮った。
カミラが顔を上げる。
「ヴァルト様」
「……すみません」
いったん息を整えたものの、ヴァルトは視線を外さなかった。
「私は、才能の差だけで努力を片づける言葉が嫌いです。君の話は、その逆をしているように聞こえる」
「逆?」
「努力の成果を、最初から与えられたものの手柄にしている」
胸元で拳が握られる。
それから、ヴァルトは初めて敬語を捨てた。
「お前にチートなんてない。お前の強さは、お前が積んだものだ。女神の手柄にするな」
……おお。
これは本格的なライバルイベントだ。
こちらの力を認めたくない相手が、真正面から否定してくる。
しかも、あれだけ剣が強い相手だ。今後何度も戦うことになるのかもしれない。
ちょっと楽しみになってきた。
「そうか。お前には見えないもんな」
ヴァルトの表情が固まった。
ミレアが隣で顔を覆う。
「トウマ……」
カミラは何か言おうとして、結局黙った。
ヴァルトはしばらく俺を見つめていたが、やがて静かに言った。
「……君とは、もう一度話す必要がありそうですね」
口調は元に戻っていた。
ただ、その目はさっきまでよりずっと鋭い。
俺は思わず笑った。
どうやらルーヴェルでは、依頼のほかにも面白いイベントが待っているらしい。
その横でミレアがぼそりと呟いた。
「……あんた、今の完全に喧嘩売ったからね」
えっ。
向こうからライバルイベントを始めてきたんじゃないのか?ち負けと違うらしい




