第17話 魔道具の工夫は魔石を付ければ済むはずだ
「もう一匹いるのか?」
床下から聞こえた音に、倉庫番が思わず足を引いた。
「分かんない。さっきのが移動しただけかもしれないし」
ミレアは床板の隙間を見つめていた。ただ、音が止まってからは、それ以上何も分からないようだった。
俺も耳を澄ませてみたが、聞こえてくるのは建物の外を通る荷車の音ばかりだ。
「とりあえず、石歯トカゲがいることは確認できました。床下のどこまで動けるかは分かりませんけど」
「……それで依頼は終わりか?」
「原因を調べる仕事でしたから。床を外すなら、持ち主の許可が必要でしょう?」
倉庫番は床板を見下ろし、しばらく考えてから頷いた。
「持ち主に話す。今日は荷を奥へ入れないようにしておくよ」
俺たちは袋の傷と床板の穴の位置を確かめ、確認できたことだけをギルドへ持ち帰った。
報告書に書いたのは、石歯トカゲを一匹目撃したことと、床下の別の位置からも音がしたこと。個体数は「未確認」とした。
勝手に二匹と決めつければ、あとで余計な騒ぎになる。
受付の職員は報告書に目を通し、俺たちへ顔を上げた。
「床板は外していないんですね?」
「はい。持ち主の許可が必要だと言われたので」
「分かりました。調査依頼として受理します。駆除が必要なら、倉庫側と相談して別途手配することになります」
最後の控えに完了印が押された。
銀葉草と貸し籠の報告も済ませ、ようやく三件分の仕事が片づく。
報酬は合計三千二百リル。
悪くない。
ただし、三件まとめれば早く終わるはずだった俺の計画は、朝から夕方まできっちり働く結果に終わった。
「明日は一件ずつにしたら?」
「いや、今日は初回だったからな。次はもっと上手くやれる」
「反省してる?」
「もちろん。だから明日もまとめて――」
「してないじゃん」
*
翌朝、冒険者ギルドの掲示板で一枚の依頼票が目に留まった。
「魔道具工房の作業補助、二名。部品整理、清掃、運搬……」
最後の一行を読んで、思わず声が止まる。
「『壊した場合は必ず申告すること』か」
「それ、あんた向けじゃない?」
横から覗き込んだミレアが笑った。
「俺は壊すつもりで仕事を受けたりしない」
「昨日、倉庫の床板を外そうとした人が言う?」
「あれは許可を取ろうとしただけだろ!」
そもそも、この依頼に興味を持ったのは報酬の額ではない。
魔道具工房である。
魔石を使った道具を作ったり、直したりする場所だ。前世の便利な暮らしを再現するなら、役に立つ仕組みが見つかるかもしれない。
ハルディンには魔道具を専門に扱う職人がほとんどいない。ボルドは腕のいい鍛冶師だが、魔石を使った仕組みとなれば専門外だ。
「工房の中を見られるんだぞ。何かいいものが見つかるかもしれない」
「触るなって言われると思うけど」
「見るだけなら問題ない」
「目で分解しそう」
……こいつ、俺のことを何だと思ってるんだ。
「で、あんたは受けるの?」
「ああ。二人募集だから一緒にどうだ?」
「いいよ。あたしも魔道具って気になるし」
ミレアは依頼票を受け取り、受付へ歩き出した。
俺も後を追う。
*
工房の看板には、火花を散らす歯車と杖が描かれていた。
扉を開けると、金属を削る音より先に、焦げたような匂いが鼻へ飛び込んでくる。
壁一面の棚には大小の箱が並び、作業台には見慣れない工具や細い金属線が広がっていた。
「依頼で来ました!」
「そこに札を置いて。靴の泥を落として。奥の赤線より先には勝手に入らない」
顔を上げずに答えたのは、作業台の向こうにいる女だった。
黒に近い紫色の髪を後ろでまとめ、額の左右から短い角が伸びている。
魔人だ。
肘まで袖を捲り、手のひらほどの金属箱を細い工具で開けていた。
「ネイラ。ここの主よ。二人の名前は?」
「トウマです」
「あたしはミレア」
「分かった。トウマは右の棚、ミレアは左。箱の番号と中身が合っているか確認して。違うものがあったら、勝手に直さず箱ごと私へ持ってきなさい」
「番号順に並べ直せばいいんですか?」
ネイラの工具が止まった。
「……番号順に並んでいたものを、前の手伝いが大きさ順に直して帰ったのよ」
「なるほど」
「善意だったらしいわ」
声が少し低くなった。
これ以上は聞かない方がよさそうだ。
指定された棚へ向かい、箱を一つずつ調べ始めた。
中には小さな留め具、薄い金属板、魔力を通す細い線、用途の分からない輪っかが入っている。
俺が想像していた光る魔法陣や謎の装置は見当たらない。
……地味だな。
だが、部品を調べているうちに面白くなってきた。
同じ形に見える留め具でも穴の位置が違う。金属線は太さだけでなく、曲げたときの戻り方にも差があった。
試しに一本持ち上げると、背後から声が飛ぶ。
「それは青い箱」
「えっ、同じ銀色ですけど?」
「曲げてみなさい」
指先で軽く曲げると、金属線は元の形へ戻った。
「じゃあ、こっちは?」
渡された別の線を曲げてみる。
今度は曲がったままだ。
「見た目だけで分けない。用途が違うんだから」
「なるほど。勉強になります」
「感心する前に戻しなさい」
俺は慌てて線を箱へ戻した。
隣の棚では、ミレアが黙々と作業を進めている。
札を読んで中身を確かめ、違う部品を見つければ箱ごとネイラへ持っていく。
俺より明らかに早い。
「お前、こういう仕事も得意なんだな」
「得意っていうか、書いてあるとおりにやってるだけだけど」
「もっと途中で飽きるかと思ってた」
「報酬が出る仕事で、飽きたから帰るわけないでしょ」
正論だった。
ミレアは俺に一言返すと、また箱の番号を確かめ始めた。
こいつが俺よりレベルが高いのも、こういう積み重ねを見れば納得できる。
……もちろん、《超成長》のパーティー補正が効いている可能性も残っているけどな。
「……何か変なこと考えてない?」
「いや、何でもない」
「なら手を動かして」
言われなくてもやってます。
*
昼前になると、ネイラが奥から木箱を一つ運んできた。
「次の仕事。これは回収品から外した魔石よ」
中には指先ほどの魔石が二十個ほど入っている。
どれも弱い光を帯びていたが、明るさにはかなり差があった。
「表面を拭いて仕分けなさい。割れていないものは右の布。欠け、ひび、濁りがあるものは左。迷ったら勝手に決めず、私に渡して」
「割れてなければ再利用できるんですか?」
「容量が残っていればね。照明の予備や試験用に使える。何でも新品を使っていたら店が潰れるわ」
なるほど。
魔石にも残りの容量があり、状態によって使い道が違うらしい。
俺は一個ずつ布で表面を拭き、灯りへかざした。
擦り傷だらけのものもある。
「これも不良品ですかね」
ネイラが横から見た。
「その程度なら使えるわ。表面の傷まで全部不良にしたら、再利用する意味がないでしょう」
「基準が難しいですね」
「だから迷ったら私に寄こしなさい」
俺は頷き、作業を再開した。
七個目を手に取ったところで、ミレアの動きが止まる。
「……これ、やめた方がいいと思う」
手のひらに載せた魔石を、じっと見つめていた。
「何かおかしいのか?」
「分かんない。でも、なんか嫌」
横から見せてもらう。
色も形も、ほかの魔石と変わらない。ひびも見えず、手触りも普通だった。
「どこが変なんだ?」
「だから分かんないって」
ネイラもこちらへ来た。
「どこがおかしい?」
「……説明できない」
「音? 熱?」
「音じゃないと思う。熱くもない」
「なら、今は分からないのね」
ネイラは魔石を受け取り、作業台へ運んだ。
「いいわ。調べてみましょう」
細い金具で魔石を固定し、小さな測定具を両端に当てる。
「反応はあるわね」
「使えるんですか?」
「まだ分からない」
向きを変えてもう一度調べ、今度は表面に薄い油を一滴落とした。
油が広がったところに、細い筋が浮かび上がる。
「……あら」
ネイラの声が変わった。
灯りの下で魔石を傾けると、今度は俺にも分かった。
表面から内部へ、細いひびが一本伸びている。
「内部にひびがあるわ。表面の割れ目が細すぎて、油を付けるまで分かりにくかったのね」
ミレアの耳がぴくりと動いた。
「……本当に?」
「ほら、ここ。油が入り込んでいるでしょう」
ネイラが示した場所を、ミレアが覗き込む。
「でも、あたしには見えてなかった」
「じゃあ、どうして止めたの?」
「それが分かんないんだって!」
俺は思わず口を挟んだ。
「やっぱり《超感覚》が――」
「その名前は採用してない!」
ミレアが即座に振り向いた。
ネイラは二人を交互に見た。
「何、それ」
「こいつ、前にも見えないところにいる魔物の動きが分かったことがあって――」
「トウマ」
「はい」
睨まれたので、口を閉じる。
ネイラはひびの入った魔石を、不良品の布へ置いた。
「理由が分からないものは、仕事では『分からない』として扱うの。次に同じことがあったら、勝手に捨てず私を呼びなさい」
「……分かった」
「それと、分からないからって無視する必要もないわ。確認すればいいだけよ」
ミレアはまだ魔石を見ていたが、やがて頷いた。
ネイラは何事もなかったように作業台へ戻っていく。
……格好いいな、この人。
普通なら勘違いだと片づけられそうな話を、実際に調べてみせた。
それに、魔石の中のひびまで見つけるとは。
やっぱり専門の職人は違う。
ハルディンの拠点メモには、「職人」も足しておいた方がよさそうだ。
*
午後は小型照明具の外枠を組む仕事になった。
留め具を取り付ける穴は最初から開いており、部品の番号も決められている。
「穴が合わなかったら押し込まないで。私に見せて」
ネイラに念を押され、工具を受け取った。
組み立てながら、つい構造を眺めてしまう。
細い金属板がずれないよう、留め具の形が工夫されている。小さな部品でも、向きが違えばきちんと収まらない。
ふと、ハルディンでボルドと考えた折り畳み台を思い出した。
あれも、こんな金具を使えば作れるかもしれない。
「ネイラさん、少しいいですか?」
「手は止めていい。何?」
鞄から折り畳み台の構想図を取り出し、作業台の端に広げた。
紙には、台の脚を畳むための蝶番と、開いた状態を保つ留め具の案が描いてある。
「こういうのって、ここでも作れますか?」
ネイラは図を一度見てから、手元へ引き寄せた。
「……ドワーフの案?」
「ハルディンの鍛冶師、ボルドに相談したんです」
「何に使うの?」
「野外で罠の道具を広げる小さな台です。今は地面に置いてるんですけど、濡れてると道具が汚れるし、作業もしにくくて」
「なるほど」
ネイラの目が図面の上を動く。
「脚を畳むのね。持ち歩くなら、重さも考えないといけない」
「そうなんです。できれば高さも変えられて、あとは魔石で自動的に開くように――」
「最後はいらない」
早かった。
「えっ、でも自動展開ですよ? 便利じゃないですか」
「手で開けなさい」
「魔道具工房なのに?」
ネイラの手が止まった。
顔を上げ、俺をまっすぐ見る。
「魔道具工房だから言ってるの。人の手で一秒で済むことに、わざわざ魔石を使う理由がある?」
「いや、でも……」
「魔石を組み込むなら固定具も必要。動かす仕組みも必要。壊れたら直す人も必要。それを全部増やしてまで、自動で開く台が欲しいの?」
言葉が詰まった。
確かに、持ち運ぶなら軽い方がいい。魔石を使えば、その分だけ値段も上がる。
俺が欲しいのは、地面に道具を置かずに済む小さな台だ。
勝手に開くかどうかは、正直そこまで重要じゃない。
「……手で開く方が安そうですね」
「そういうこと」
ミレアが隣で笑いをこらえていた。
「何だよ」
「やっと言ってもらえたなって。あたしも前から同じこと思ってたし」
「お前も魔石を付けたら便利になると思わない?」
「手で開けばいい台に?」
「……うん」
「却下」
味方がいなかった。
ネイラは構想図の端を押さえ、脚の部分を見つめている。
「それより、この開き止めの位置。地面が傾いていると使いにくいかもしれないわ」
「じゃあ、もっと外側へ……」
「そう簡単じゃない。脚の長さと角度が変われば、力のかかる場所も変わるの。図のまま作っても、うまくいくとは限らない」
細い工具の先で、図面の余白を指した。
「何を何個置くのか、どこで使うのか。それを先に決めてから持ってきなさい」
「罠用の網と縄と、小道具ですね。あとは解体するときにも――」
「増やさない」
「……はい」
「用途を一つに絞るの。何でもできる道具は、作る側からすると一番困る注文よ」
ボルドと同じことを言われた。
しかも、より具体的に。
「台そのものはまだ作らなくていい。まず載せる道具の重さを量りなさい」
「それならできます」
「次は、畳んだときの大きさ」
「……測ります」
「持ち歩けないほど大きかったら意味がないでしょう?」
「確かに」
話しているうちに、台を作るための仕事がどんどん増えていく。
楽をするための道具を考えているのに、作る前からこんなにやることがあるとは。
ネイラは俺の顔を見て、少しだけ口元を緩めた。
「……いい顔になってきたじゃない」
「えっ?」
「何でもないわ。まず今日の仕事を終わらせなさい」
図面を返され、作業台へ戻った。
今のは褒められたんだろうか。
少なくとも、条件を整理してもう一度持ってくれば、話くらいは聞いてもらえそうだ。
*
依頼を終えてギルドへ戻るころには、手に金属の匂いが染みついていた。
受付で作業完了の確認を受け、今日の仕事も正式依頼の実績として記録される。
報酬を受け取り、登録札をしまったところで、昼間のことが頭に浮かんだ。
ひびの入った魔石。
見た目では分からなかった異常に、ミレアは何かを感じ取っていた。
森でも、倉庫でも、似たことが起きている。
これはやっぱり、俺の《超成長》が仲間へ影響している証拠なんじゃないか?
「なあ、ミレア」
「何?」
「今日の魔石なんだけどさ――」
「《超感覚》って言ったら、報酬から一枚もらう」
「まだ何も言ってないだろ!」
「今、言った」
ミレアが手のひらを差し出した。
……こいつ、本当に俺の考えてることまで分かるんじゃないだろうな。




