第15話 三件まとめれば仕事は早く終わるはずだ
「三件いっぺんに受ければ、三件分の金が入るだろ」
朝食のパンを齧りながら、俺は卓上の地図に指を走らせた。昨日買ったばかりのルーヴェル市内地図には、すでに自分で書き込んだ印がいくつもある。
「そりゃ三件終わらせればね」
「わざわざ一件ずつ宿へ戻るより、まとめて回った方が早い。依頼の場所が近ければ移動も減らせる」
「言ってることは分かるけどさ」
ミレアがパン屑を地図の上から指で払った。
「まず依頼を見てから考えなさいよ。あと地図を汚さない」
「分かってる。だから今からギルドに行くんだろ」
「……それ、あたしが昨日から言ってたんだけど」
細かいことは気にしない。
何しろ、ここはハルディンとは比べものにならない大都市だ。依頼の数も報酬も桁違いに違うに決まっている。
前世のゲームでも、最初の町で効率よくクエストを回せば序盤から資金に余裕ができた。ルーヴェルで稼いで、故郷に便利な施設を増やす。そうすれば俺は、いずれ何もしなくても暮らせるようになる。
完璧な計画じゃないか。
「で、そろそろ行かない?」
ミレアはもう鞄を背負っていた。左肩を軽く回したあと、短剣の位置を確かめている。
「待て。ギルドまでの道をもう一回……」
「次の角を右。そのあと広い通りに出れば着くよ」
「地図を見てないのに?」
「昨日歩いたじゃん」
俺は地図を畳んだ。
なんか負けた気がする。
*
ルーヴェルの朝は忙しかった。
宿の外へ出ると、パン籠を抱えた子供が走り抜け、反対側では店員が石畳に水を撒いている。大きな角を持つ荷引き魔物が通るたびに人の流れが左右へ分かれ、荷車の車輪が絶えず軋んでいた。
道幅はハルディンよりずっと広いのに、ゆっくり歩いているとすぐ後ろが詰まる。
「これだけ人がいるなら、何かしら仕事はあるよな」
「仕事はありそうだけど、あんたにできるかは別でしょ」
「《超成長》持ちだからな。多少難しくても――」
「左腕」
「……できる範囲の仕事を探そう」
出発前から決意を修正させられた。
冒険者ギルドは、通りの先に建つ大きな石造りの建物だった。ハルディンの出張所なら建物ごと三つは入りそうだ。
正面には冒険者らしい人々が出入りし、横の搬入口では職員が持ち込まれた荷物を調べている。
「これで三十束あるだろ!」
麻袋を抱えた男が、職員に食い下がっていた。
「根が付いたままですので、採集条件を満たしていません」
「量は倍あるんだぞ!」
「畑ごと持ってくれば増量扱いになるわけではありません」
男は口を開いたまま固まった。
俺も足を止める。
「……都会のギルドって厳しいな」
「ハルディンでも怒られると思うよ」
たしかに、薬草を根ごと引っこ抜いたら次に生えてこない。農家の息子としては見過ごせない問題だ。
ただし、袋いっぱいに採ってから言われるのは相当きついだろう。
俺は依頼を受ける前に条件を読むと決め、扉を開けた。
中へ入った瞬間、目の前の光景に足が止まる。
掲示板が壁一面を埋めていた。
ハルディンの出張所では依頼票が数枚ある程度だったのに、ここでは何十枚もの紙が並んでいる。受付も一つではなく、受注、完了報告、素材の持ち込みで列が分かれていた。
「……すげえ」
「見てるだけじゃ仕事にならないよ」
「分かってるって」
まずは受付へ並び、二人分の登録札を差し出した。
職員の女性は札と帳簿を見比べ、俺たちの名前とランクを書き込んでいく。
「ハルディンからですね。ルーヴェルでの活動は初めてですか?」
「はい」
「滞在先の宿を教えてください」
宿の場所を伝えると、帳簿の欄に短く記入された。
「お二人ともFランクですので、依頼は白枠の掲示板から選んでください。赤い札の付いた依頼は、受ける前に窓口で確認が必要です」
「赤い札は高難度の依頼ですか?」
「期限が近いものや、条件付きのものです。依頼人との行き違いが起きやすい仕事も含まれます」
「なるほど。特別報酬の付くお得枠じゃないんですね」
「何を期待していたんですか」
真顔で返された。
隣でミレアの肩が揺れている。
……そんなに変な質問だったか?
*
白枠の掲示板には、想像以上に細かい仕事が並んでいた。
薬草採集、荷運び、排水溝の泥さらい、店番、逃げた荷引き魔物の捜索。もちろん討伐依頼もあるが、仕事の条件が長い。
俺は報酬の高い討伐依頼を一枚取った。
「これなら結構稼げるな」
横から覗いたミレアが、紙の下を指さす。
「町の外まで片道二時間。討伐証明を持ち帰って、今日中に報告だって」
「二人なら何とかなるだろ」
「左腕」
「……次だな」
「さっきも同じこと言ったよね?」
素直に依頼票を戻した。
無理に戦って治ったばかりの傷を悪くすれば、また休養が必要になる。今は危険な仕事一件より、安全な仕事を複数こなした方が得だ。
そこで掲示板を端から確かめ始めた。
報酬だけを見るのはやめて、場所と時間、それから作業の条件を読む。最初のうちは気になる依頼票を抜いていたが、五枚ほど集まったところでミレアに止められた。
「全部受ける気?」
「いや、比較してる」
「さっきの店番、夕方までって書いてなかった?」
「……倉庫調査と重なるな」
「ほら」
依頼票を戻し、地図を広げ直す。
しばらくして、三枚が残った。
一枚目は、東門の外での銀葉草採集。
必要な数は十二束。根を抜かず、葉を潰さずに採り、昼までに指定の薬舗へ納品する仕事だ。
二枚目は、南市場の周辺に散らばった貸し出し用の籠六個の回収。
番号札を確認して、商人組合の荷置き場へ戻す。期限は夕方までとなっている。
三枚目は、北倉庫街の穀物倉庫の調査だった。
穀物袋が何かにかじられており、荷の出入りが終わったあとには床下から音がするらしい。ただし、依頼内容は原因の確認だけ。倉庫の荷や床を勝手に壊してはいけない。
「これならいける」
地図に三か所の印を付け、指で結んでみせた。
「まず東門へ行って銀葉草を採る。戻る途中で薬舗へ納品。そのまま南市場で籠を拾って、最後に北倉庫街だ」
「倉庫は夕方からなんでしょ?」
「そう。昼間は荷の出入りが多いらしいから、最後に回すのがちょうどいい」
「銀葉草を持ったまま籠拾いするわけじゃないのね」
「薬舗で先に納品すれば荷物は減る。これなら無駄な往復をしなくて済むだろ」
ミレアが地図を見直した。
しばらく無言で指を動かしてから、俺の方へ向き直る。
「……珍しくちゃんとしてる」
「普段もちゃんとしてるだろ」
「転生の話以外はね」
そこは否定できない。
「じゃあ、三件とも受ける?」
「ああ。これで今日はばっちりだ」
俺は三枚の依頼票を重ねて受付へ向かった。
少なくとも、この時点ではそう思っていた。
*
受付の女性は、依頼票を一枚ずつ確かめた。
銀葉草の採集と籠の回収には問題なく受注印が押される。ところが、最後の倉庫調査で手が止まった。
「こちらも受けるんですか?」
「はい。何か問題がありますか?」
「問題があるから依頼になっています」
もっともな話だった。
職員は依頼票の下側を指で押さえた。
「調査を始められるのは夕方の鐘が鳴ってからです。それまでは荷の出入りが多く、床下を確認できません」
「分かりました。夕方に行きます」
「もう一点。原因が魔物でも、差し迫った危険がなければ倉庫内で勝手に戦わないでください。穀物袋を破れば、討伐報酬より弁償額が高くなる場合があります」
……なんだそれ。
魔物を倒したのに、むしろ金が減る可能性があるのか。
ゲームなら敵を倒せば利益になるのに、都会の依頼には財布への攻撃まで仕込まれているらしい。
「つまり、まず状況を調べて報告するんですね」
「安全を確保できるなら、です。人が襲われているのに、報告だけしに戻られても困ります」
「そこは普通に助けますよ」
「それなら結構です」
最後の依頼票にも印が押された。
職員は三枚の控えを並べ、それぞれの期限をもう一度確かめる。
「三件とも別々の依頼です。採集が失敗しても、ほかの二件が自動で失敗になることはありません。逆も同じです」
「なるほど。じゃあ報告だけ一回にまとめても……」
「一件ずつお願いします」
「同じ日に全部終わらせても?」
「一件ずつです」
「三件まとめて報告すれば、そちらも楽では?」
「確認する担当と書類が違いますので、かえって手間が増えます」
ぐうの音も出なかった。
受付の女性は仕事を終えたように帳簿を閉じたが、ミレアが地図を畳もうとしたところで再び声を掛けてきた。
「少しお待ちください。採集先と納品先、確認していらっしゃいますね?」
「はい。先に納品してから次へ行く予定です」
「では、納品時刻だけは気をつけてください。品物を持ち帰っても、時間を過ぎれば依頼条件を満たせませんから」
「分かりました」
控えを受け取ろうとすると、職員は俺の地図へ目を向けた。
「初めての土地で移動順まで考えているのは結構なことです。無理に三件すべて終わらせようとせず、安全を優先してください」
「もちろんです。無駄に歩きたくないだけなんで」
「移動の負担を減らすのも大切ですね」
どうやら、ものすごく計画的な新人だと思われたらしい。
実際のところ、少しでも早く仕事を終わらせて宿で寝たいだけなんだけどな。
ともあれ、受注は完了した。
三件合わせた報酬は3,200リル。
ちゃんと全部終わらせれば、剣の修理代で減った財布にもようやく余裕ができる。
何より、この町で仕事をすればハルディンに足りないものも見つかるはずだ。大きな薬舗や倉庫がどう動いているのか、依頼を通して確かめられる。
金と情報を同時に手に入れる。実に効率がいい。
「行くよ、トウマ」
「待って。銀葉草の見本を先に確認する」
「え、知ってる草じゃないの?」
「似たやつを十二束集めてから違いますって言われたくないだろ」
さっきの麻袋の男が頭に浮かんだ。
せっかく採った薬草を無駄にして、また森へ戻るなんて御免だ。
ギルドの見本棚には、銀葉草とよく似た二種類の草が並べられていた。
銀葉草は葉の縁が白っぽく、茎の色も少し違う。隣の札には「苦味強・薬用不可」と書かれている。
「こっちは駄目なやつね」
「葉の形も違うな。実物なら見分けられそうだ」
「ちゃんと見せて。あたしも覚えるから」
二人で葉と茎を確かめ、採るときの注意書きも読んだ。
見本を戻したところで、搬入口からさっきの男の声が聞こえてきた。
「根を切ればいいんだろ!」
「切れば採集条件を満たすわけではありません。採取場所へ植え戻してください」
「そこまで戻るのかよ!」
……俺は銀葉草の見本をもう一度見た。
*
ギルドの外へ出ると、朝よりも人通りが増えていた。
まずは東門へ向かう。
地図を開き、最も近い道を指でなぞった。広い通りから一本細い道へ入り、そのまま門へ抜ければいい。
ところが、指の先に赤い線が引かれている。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「この道、工事中って書いてある」
昨日、地図屋が説明してくれた赤い印だ。
そういえば、新しい地図には通れなくなった道が書き直されていると言っていた。安い古地図を買わなくてよかったと喜んだばかりなのに、実際に道が塞がっていることまでは頭に入っていなかった。
「こっちから回ればいいじゃん」
ミレアが別の道を指さす。
たしかに通れるが、最短経路より大回りになる。
「待て。もっと近い道があるかもしれない」
「探してる間に時間が過ぎるでしょ」
「でも、三件まとめるなら移動時間の節約が……」
「銀葉草って昼までだったよね?」
慌てて依頼票を開いた。
間違いない。昼までだ。
ミレアは俺から地図を取り、赤い線を避ける道を指でなぞった。
「とにかく東門へ行くよ。ほかのことは歩きながら考えて」
「……分かった」
地図を畳み、早足で後を追う。
完璧だと思っていた俺の効率化計画は、最初の依頼場所へ着く前から予定が狂い始めていた。
しかも、ミレアが振り返って追い打ちを掛けてくる。
「ねえ、三件まとめたら早く終わるんじゃなかった?」
「まだ一件も始まってないから!」
「それ、もっと駄目じゃん!」




