第12話 修理した剣は少し短くなっていた
「左腕、出しなさい」
母さんの前で袖をまくると、包帯の端が傷に引っかかった。
「痛っ」
「だから動かすなって言ってるでしょう」
母さんは俺の手を押さえ、包帯を少しずつほどいた。洗ってもらった傷は三本とも浅いらしいが、爪で引っかかれた部分が赤くなっている。
「頭が治ったと思ったら、今度は腕かい」
「今回は頭を守ったから、前より成長してる」
「次は腕も守ってちょうだい」
「もちろん。そのために剣も――」
「剣はしばらく禁止」
即答だった。
ギルドで怪我人扱いされ、ボルドのところでも帰れと言われ、ようやく家へ戻ったらこの有様だ。
せっかくレベル四になったというのに、訓練できないなんてもったいない。
「《超成長》持ちが休んでばかりだと、損するんだけど」
「休んで治るなら、それが一番得だよ」
母さんは新しい包帯を巻き終えると、俺の左手を軽く持ち上げた。
「指は動くね。熱は?」
「ない」
「傷がふさがるまでは、重い物も持たない。いいね?」
「……はい」
どうやら今回も、休養が最適解らしい。
*
その晩、俺は机の上に硬貨を並べていた。
最初の財布には十二リル。そこへ、角ウサギと畑ネズミの依頼で受け取った報酬袋、それから宿屋に角ウサギ二匹を売った代金を加える。
どの袋も、あとで数えようと思って放っておいたものだ。
金を稼ぐのは好きだが、数えたところで増えない。そう思っていたのに、いざ使うとなると話が違う。
「……これ、修理でほとんど消えるんじゃないか?」
硬貨を少しずつ数え、四百リル分を別の布に包む。
今日ボルドに剣を見せたとき、修理代の見当を聞いた。刃の傷が深いから、簡単に研ぐだけでは済まないらしい。
四百リル。
角ウサギを追いかけずに捕まえ、畑ネズミに二重の罠を仕掛け、七匹もの獲物を背負って歩いた。
その成果のかなりの部分が、剣一本を直すために消える。
これ、ゲームなら装備の耐久値が減っている状態だよな。しかも修理費が安くない。
「兄ちゃん、何してるの?」
リナが机を覗き込んだ。
「修理代の準備」
「そんなに?」
「剣が傷んだんだ。四百リルかかるらしい」
「へえ。じゃあ、新しい剣を買えば?」
「……それができるなら苦労してない」
リナは並べられた硬貨を眺め、それから俺の左腕を見た。
「兄ちゃんの腕を直すのは、いくら?」
「腕は母さんに包帯を替えてもらった。まだ治ってないけど」
「じゃあ、ボルドさんより母さんの方が安いね」
「そういう計算じゃないぞ」
リナは納得したのかしていないのか、首を傾げた。
「でも、兄ちゃんがまた怪我したら、お金も減るんでしょ?」
「……そうだな」
「だったら、もう怪我しない方がいいね」
十二歳の妹に、今回の収支をまとめられてしまった。
しかも、正しい。
*
傷がふさがるまでの間、俺に許された仕事は少なかった。
父さんの頼みで畑の道具を並べたり、母さんの言いつけで水を運ぶ桶の傷みを調べたり。剣の稽古はもちろん禁止だ。
ミレアも左肩を休ませているらしい。
ときどき顔を合わせると、右手だけで短剣を動かしたくなると言っていた。
「片手だけでも練習できるんじゃないか?」
「できるけど、肩を動かしそうになるんだよ。今は足運びだけ」
「それ、俺もやろうかな」
「まず傷を治しなさいって」
……母さんが二人に増えた気分だ。
五の月に入った頃、ようやく俺の左腕の包帯が外れた。
傷跡は残っているが、指を曲げても痛みはほとんどない。母さんに何度も確かめられてから、俺はボルドの鍛冶場へ向かった。
炉の前では、ボルドが赤く熱した鉄を金床に乗せていた。槌が振り下ろされるたび、乾いた音が響く。
「おう。腕は治ったか」
「だいぶ。剣は?」
「そこだ。持ってみろ」
作業台の上に、俺の片手剣が置かれていた。
柄には見覚えがある。父さんから成人祝いにもらった、ボルド製の剣だ。
だが、手に取った瞬間に気づいた。
「……短くない?」
「少しな」
刃先を比べると、以前よりわずかに短い。
俺が黙っていると、ボルドは刃の途中を指で示した。
「欠けた部分の傷が深かった。そのまま残せば、次に強く打ち合ったときに割れる。傷を落として形を整えた分、先が短くなった」
「元の長さには戻せないの?」
「金属を足せば簡単に元通り、ってわけじゃない。使う剣なら、ちゃんとした刃に直す方が先だ」
俺は剣を構えてみた。
少し軽い気がする。
いつもの位置へ剣先を伸ばすと、ほんの少し足りない。
「使う距離が変わるな」
「分かってるならいい。慣れるまでは素振りからやり直せ」
なるほど。
修理すれば新品と同じになると思っていたが、そう都合よくはいかないらしい。
「で、四百リルだ」
ボルドが手を出した。
俺は用意してきた硬貨の包みを渡す。
ボルドは中身を数え、帳面に印をつけた。
「確かに。受け取った」
「……刃が短くなった分、少し安くならない?」
「削る手間が増えたんだぞ」
「でも材料は減ってる」
「その理屈なら、お前の傷を縫うときも、切った糸の分だけ安くなるのか?」
「……なりませんね」
「そういうことだ」
四百リルは、一枚も戻ってこなかった。
*
「カイルの槍はどうなった?」
俺が聞くと、ボルドは作業台の端へ目を向けた。
「柄を替える必要がある。木目に沿って裂けてるから、縛って済ませるわけにはいかん」
「まだ使えないのか」
「ああ。使って折れたら、その方が高くつく」
ちょうどそのとき、戸口からカイルが入ってきた。
「話は聞こえた。俺はしばらく村に残るよ」
「ルーヴェルには行かないのか?」
「修理代を稼がないとな。それに、水路の様子も気になる」
カイルは作業台の槍を見てから、ボルドに仕事の進み具合を尋ねた。
俺たちと違って、カイルにはカイルの仕事がある。修理費のためとはいえ、村に残る理由を自分で決めていた。
「じゃあ、次に会うときは俺ももっと強くなってるぞ」
「そうか。まずその剣に慣れろよ」
カイルは笑って、ボルドとの話に戻った。
俺は修理済みの剣を鞘へ戻した。
これで旅に出る準備が一つ進んだ。
あとは荷物だ。
……荷物。
そういえば、前に角ウサギ七匹を運んだときも、罠道具を持って森まで行ったときも、荷物には散々苦労させられた。
「なあ、ボルド」
「今度は何だ」
「魔法鞄って、いくらくらいするんだ?」
ボルドは手を止めた。
「何を入れるつもりだ」
「罠の道具とか、獲物とか。あれがあれば荷物を運ぶのが楽になるだろ」
「便利なのは確かだが、買う金はあるのか?」
「……今、四百リル払ったばかりです」
「なら諦めろ。あれはその程度の修理代を惜しむやつが、気軽に買う道具じゃない」
即座に却下された。
前世のゲームなら、収納枠の拡張は序盤の便利機能なのに。
現実の魔法鞄は、どうやらかなり高級な装備らしい。
「じゃあさ、普通の道具を小さくできないかな」
「小さく?」
「使うときだけ広げるんだ。終わったら畳んで持ち運ぶ。例えば、野外で道具を広げる台とか」
ボルドは俺の顔を見た。
「お前、何を作りたいんだ」
「だから、持ち運べる台だよ。罠を直したり、荷物を置いたり、怪我人を寝かせたり――」
「用途を一つに決めろ」
「……一つ?」
「道具を置く台と、人を寝かせる台じゃ、必要な強さが違う。全部できるようにしたら、重くて持ち運べんぞ」
それは困る。
重い台を持ち歩くくらいなら、最初から荷車を使った方が早い。
「じゃあ、まずは道具を置く小さな台。地面が濡れてても、罠の道具を広げられるやつ」
「そのくらいなら考えられるな」
ボルドは作業台の下から、小さな木箱を引き出した。
蓋を開ける。
金具が動き、蓋が横へ倒れた。
「こういう金具は知ってるか。蝶番だ」
「……ああ、見たことある」
「脚を畳みたいなら、こういう仕組みが使える。ただし、開いたときに勝手に閉じないようにする工夫も要る」
ボルドは紙の端に、二本の脚を持つ簡単な台を描いた。
脚の根元に小さな丸。
横へ倒すと、板の裏へ脚が収まる。
「おお……!」
俺は身を乗り出した。
これだ。
まさに前世の便利道具っぽい。
「魔石を付ければ、自動で開いたりも――」
「いらん」
「まだ最後まで言ってないぞ」
「手で開けろ。その方が軽くて安い」
ボルドは紙を俺に押し返した。
「それに、作るなら材料を選ばなきゃならん。脚を鉄にすれば重い。木にすれば傷む。広げたときの揺れも考えろ」
「……結構、難しいんだな」
「道具は使うために作るもんだ。思いついただけじゃ完成しない」
俺は紙を見直した。
蝶番。
折り畳める脚。
持ち運べる台。
まだ絵だけだが、仕組みは分かった。
あとは、もっと道具を作るのが得意な職人を探せばいい。
ルーヴェルなら、そういう人もいるかもしれない。
*
家へ戻ると、父さんが畑の道具を片づけていた。
「剣は?」
「直った。でも少し短くなった」
「振ってみたか」
「まだ。傷が治ったばかりだから」
父さんは剣を受け取り、鞘から少し抜いて刃を確かめた。
「ボルドが直したなら問題ない。使い方は自分で直せ」
「……はい」
剣を返してもらうと、俺は庭の端へ向かった。
いつもの距離で剣を構える。
刃先が少し手前にある。
ほんのわずかな違いなのに、振ったときの感覚が変わっていた。
無理に大きく振ると左腕が痛みそうなので、右手だけでゆっくり動かす。
一回。
二回。
三回。
以前なら気にしなかった、足を置く位置が気になった。
相手に届かせるには、自分が少し前へ出る必要がある。
でも、前へ出すぎれば、また爪を食らう。
……なるほど。
剣が短くなったなら、その分だけ戦い方を考えればいい。
これも《超成長》を活かすための訓練だ。
「兄ちゃん!」
庭の向こうからリナが走ってきた。
「母さんが、荷物の整理しろって!」
「荷物?」
「ルーヴェルに行くんでしょ? 持っていくもの、ちゃんと決めなさいって」
俺は剣を鞘へ戻した。
確かに、旅に出るなら荷物の準備が必要だ。
剣の修理は終わった。
折り畳み道具の案もできた。
あとは、必要な物だけ選べばいい。
そう思って部屋へ戻ると、床の上に荷物が広げられていた。
縄、罠用の網、着替え、水筒、食料、予備の布。
どれも必要なものばかりだ。
「……これ、全部持っていくのか?」
リナが当然という顔で頷いた。
「兄ちゃんが使うって言ったものだよ」
俺は荷物の山を見下ろした。
せっかく折り畳める道具を考えたのに。
まだ作ってもいないのに。
持っていきたい道具だけで、背負い袋がいっぱいになりそうだった。
「……リナ」
「何?」
「旅に出る前に、一つだけ聞いていいか」
「うん」
「俺、荷物を減らす方法を考えてたんだよな?」
リナは床の上を見回した。
「うん。増えてるね」




