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大手退魔会社のコンプラ室に異動したら、怪異被害は全部「人災」でした 〜安全装備を半分に減らした役員を、社内文書だけで失脚させます〜  作者: 氷室 累


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第7話:相談員は、優しい声で潰す

 篠田という男は、三年前まで、本社の第二事業部にいた。退魔師の連続稼働について通報し、取り下げ、翌月に地方支社へ異動になった――一覧の、最初の一人だ。


 サトルと椎名は、休暇を使って、その地方支社を訪ねた。会社の調査としてではなく、あくまで個人として。相手を、守るためだ。


 篠田は、最初、二人を警戒した。だが、サトルが九鬼の名前を出すと、その表情が、変わった。


「……九鬼。あいつ、死んだんだってな」篠田は、目を伏せた。「同期だったんだ。あいつ、真面目でさ。俺が飛ばされたあと、それでも、声を上げようとしてた。……止めときゃ、よかったのか。分からねえ」


「篠田さん」サトルは、静かに切り出した。「三年前、あなたの通報は、『本人の申し出』で取り下げになっています。……本当に、あなたが、取り下げたんですか」


 篠田は、しばらく、黙っていた。それから、乾いた笑いを漏らした。


「取り下げた。……ああ、書類上はな。俺が、サインした。間違いない」


「でも」


「『相談員』ってのが、来るんだよ」篠田は、窓の外を見た。「通報すると。すぐに。優しい顔で。『お話を聞かせてください』って。味方みたいな顔して」


 サトルは、椎名と目を合わせた。椎名は、無言で、手元のノートを開いている。録音はしない。ただ、聞いた言葉を、書き留める。彼女のやり方だ。


「面談はな、密室でやるんだ」篠田は続けた。「一対一で。記録も、向こうしか取らない。……そこで、言われる。声を荒げず、優しくな。『あなたの言い分は分かる。でも、これを正式な通報にすると、大ごとになる。事業部全体が調査対象になって、同僚にも迷惑がかかる。あなたが、みんなを追い詰めることになりますよ』ってな」


「……同僚を、人質にする」サトルは呟いた。


「それで、こう言うんだ」篠田の声が、低くなった。「『いったん取り下げて、私と一緒に、穏便な形を探しましょう。その方が、あなたのためです』。――優しくな。ずっと、優しく。断ったら、冷たくされるんじゃない。もっと、優しくされる。逃げ場が、なくなるまで」


 サトルは、拳を握った。怒鳴りつけて潰すなら、まだ、抵抗できる。だが、味方の顔で、同僚を盾に、優しく囲い込まれたら――逃げ場は、ない。


「取り下げに、サインした」篠田は言った。「そしたら、面談の記録には、こう残るんだ。『通報者本人の申し出により、取り下げ』。俺が、自分から、下ろしたことに、なってる」


「異動の話は」椎名が、初めて口を開いた。「取り下げの、前ですか。後ですか」


「後だよ」篠田は即答した。「取り下げて、一か月してから。辞令が来た。地方支社。理由は『人材育成のための計画的配置』。……誰も、報復だなんて、言わない。全部、綺麗な言葉で、包まれてる」


 台帳の二十枚。示談の「本人の過失」。取り下げの「本人の申し出」。異動の「計画的配置」。すべてが、規定違反ではない、綺麗な言葉だった。誰もルールを破っていない。ただ、声を上げた人間だけが、静かに、消えていく。


「篠田さん」サトルは、頭を下げた。「話してくれて、ありがとうございます。……あなたの証言は、九鬼さんの件の、力になります」


「証言、ねえ」篠田は、力なく笑った。「俺の言葉なんて、記録に残ってないぞ。向こうの面談記録には、『本人が納得して取り下げた』としか、書いてない。俺が今、何を言おうが、それは、俺の憶測だ。……あんたら、それ、分かってて来たんだろ」


 サトルは、答えられなかった。篠田の言うとおりだった。証言は、証言でしかない。文書に残った「本人の申し出」を、覆せる物証には、ならない。


 だが、椎名が、静かに言った。


「面談記録は、相談員が作ります。一対一の、密室で。……なら、その相談員が、同じ手口を、四十五回、繰り返したなら」彼女は、ノートを閉じた。「四十五件の面談記録に、同じ『型』が、残っているはずです。同じ言い回し。同じ流れ。本当に本人が自発的に取り下げたなら、四十五件が、こんなに揃うわけがない」


 サトルは、椎名を見た。彼女は、篠田の証言を、感情ではなく、構造として、聞いていた。一人の証言は憶測でも、四十五件の「型の一致」は、物証になる。


「帰って、全件の面談記録を、読み比べます」椎名は言った。「型を、割り出す。憶測じゃなく」


 帰りの電車で、篠田が最後に言った言葉が、サトルの耳に残っていた。


 ――あいつら、優しいんだ。ずっと、優しいんだよ。


 優しさで、人を潰す。そういう仕組みを作った人間が、この会社の、どこかにいる。安全は、すべてに優先する、と書いたのと、同じ手で。


 一人の証言は、憶測にすぎない。だが、四十五件の面談記録に同じ「型」があれば、それは構造の証拠になる。椎名の目が、次の物証を捉えた。


 次回、二人は四十五件の面談記録を読み比べ、「優しく潰す」台本の存在を突き止める。そして、その台本を誰が配ったのかが、大鷲の影に、また一歩近づく。


 ※面白いと感じていただけたら、★とブックマークで応援してください。次の一件を追う力になります。


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