第35話:同じ、設計図
三日、かけて、集めた、紙が、机の上に、並んでいた。
予防退魔事業部の、点検ログ。規定では、月に、一回のはずの、点検が、二か月に、一回、季に、一回へと、間引かれた、周期の、空白。客先で、起きた、事故の、報告書。そして、黒瀬の名で、現場に、降りた、営業目標の、通達。断片は、揃っていた。契約数を、伸ばせ。点検は、後回しで、いい。そう、読める、一枚だった。
「揃いましたね」椎名が、言った。「点検の、間引き。偽装された、点検票。客先の、事故。それを、間引けと、指示した、黒瀬の、通達。……材料は、これで、全部です」
「ああ」サトルは言った。「でも、材料が、揃っただけだ。並べないと、意味を、持たない」
サトルは、その、紙の、束を、一度、脇に、寄せた。そして、引き出しから、別の、綴りを、出した。二か月前の、九鬼の、事件の、記録だった。取締役会に、出した、あの、内部告発申立書の、控え。表紙を、めくると、目次の、一段目に、見覚えの、ある、図が、あった。⓪から、⑤まで、番号を、振った、あの、構造図だった。
サトルは、二つの、束を、机の、上に、並べて、置いた。左に、九鬼の、構造図。右に、予防退魔事業部の、紙。そして、右の、断片を、左の、番号の、順に、並べ替えていった。
「見てくれ」サトルは言った。「九鬼さんの、ときは、こうだった。まず、⓪。安全投資抑制方針。経営が、安全を、コストと、決めた。次に、①。装備が、削られた。結界札が、二十枚から、十枚に。②。現場で、事故が、起きた。人が、死んだ。③。示談書で、それを、本人の、不注意に、した。④。声を、上げた者は、面談で、通報を、取り下げさせられた。⑤。それでも、残る者は、配置転換で、飛ばされた」
「順番も、覚えました」椎名が、静かに言った。「六段。上から、下へ。方針が、いちばん、上に、あって、いちばん、下に、飛ばされた、人が、いる」
「その、同じ、図に」サトルは言った。「今度の、紙を、当てはめる」
サトルは、右の、束を、指で、辿った。契約数の、KPI。黒瀬の、間引き指示。偽装された、点検票。客先の、事故。本人の、不注意。――辿り終えて、サトルは、しばらく、黙った。
同じ、形を、していた。舞台は、違う。被害者も、違う。九鬼のときは、自社の、退魔師が、死んだ。今度は、契約先の、建物に、いた、他人が、削られた。それでも、番号を、振ると、二つの、図は、寸分、違わず、重なった。
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構造対照表 九鬼透 事案(第三事業部)/予防退魔事業部 現行
〔九鬼透 事案・関東第二班〕
⓪ 方針:安全投資抑制方針(経営会議決定・議長 財前)
① 削減:結界札 規定20枚 → 配備10枚
② 事故:現場で退魔師 死亡(九鬼透・享年29)
③ 付替:示談書で「本人の不注意」に処理(決裁 大鷲)
④ 取下げ:面談ガイド(配布資料03)で通報 45件を撤回
⑤ 排除:声を上げた者を配置転換(篠田 他)
〔予防退魔事業部 事案〕
⓪ 方針:契約数KPI(予防退魔サブスク・設計 経営企画)
① 削減:点検の間引き指示(企画部長 黒瀬・営業目標通達)
② 偽装:未点検を点検票に「異常なし」と記録
③ 事故:客先で怪異事故(契約先社員 森下和也 被災)
④ 付替:事故報告書で「本人の不注意」に処理
※舞台・被害者は相違。方針から付替までの手順は同型。
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「同じ、設計図です」椎名が、その、対照表を、見て、言った。声は、平板だった。だが、その、平板さが、かえって、重かった。「部署が、違う。事業が、違う。死んだ人と、怪我をした人も、違う。……なのに、図面は、一枚です。まるで、同じ、設計図から、二つの、現場を、建てたみたいに」
サトルは、右の、④を、見た。付替。事故報告書で、本人の、不注意。その、報告書の、被害者の、欄には、名前が、あった。森下和也。三十四歳。立花物流の、倉庫で、夜勤に、入っていた、男だった。結界の、切れた、区画で、崩れるように、倒れ、原因は、立入注意表示を、無視した、本人の、不注意と、書かれていた。会社の、点検とは、関係が、ない。――そういう、報告書だった。妻と、四歳の、娘が、いるという。まだ、意識は、戻っていない。
「九鬼さんのときと」サトルは言った。「言葉まで、同じだ。本人の、不注意。あのときも、そう、書いてあった。半分の、装備で、現場に、出しておいて、死んだのは、本人が、油断したから、だと」
「常套句、ですから」椎名が言った。「削った側が、削られた側に、責任を、移す。いちばん、安く、済む、言葉です。……この、森下さんも、退魔とは、縁の、ない、人でした。ただ、契約先の、倉庫で、夜勤を、していた。それだけで、間引かれた、周期の、先に、立たされた」
別の、部署で、別の、人が、同じように、削られていた。サトルは、二つの、図を、見比べながら、思った。九鬼の、事件を、一つの、事業部の、たまたま、腐った、一角だと、思いたければ、思えた。誰か、一人の、悪意の、産物だと。だが、こうして、並べてしまうと、それは、通らなかった。舞台を、変え、被害者を、変えても、同じ、形が、立ち上がる。それは、偶然では、ない。誰かが、同じ、図面を、二か所に、配った。設計図は、一枚、だった。
「これは」サトルは、ゆっくり、言った。「一つの、事業部の、話じゃ、ない。予防退魔事業部が、たまたま、悪いんじゃ、ない。九鬼さんの、班が、たまたま、腐ってたわけでも、ない。……同じ、図面が、二つの、現場で、回ってるってことは。これは、会社の、構造だ。全社の」
椎名は、答えず、対照表の、右側を、もう一度、辿っていた。その、指が、点検ログの、写しの、一点で、止まった。間引かれた、周期の、記録の、いちばん、古い、行。そこに、印字された、日付。椎名の、指は、その、数字の、上で、ほんの、一瞬、動きを、止めた。それから、何事も、なかったように、次の、行へ、滑った。サトルは、その、間を、見ていた。だが、椎名は、何も、言わなかったので、サトルも、問わなかった。手元に、留めるだけに、した。
「順番を」サトルは、対照表に、視線を、戻して、言った。「もう一度、上から、辿る。九鬼さんの、ときも、今度も、いちばん、下に、削られた、人が、いる。その、上に、実行役が、いる。大鷲と、黒瀬。……でも、実行役の、上に、いつも、同じ、一段が、ある」
「⓪です」椎名が言った。「方針。九鬼のときは、安全投資抑制方針。今度は、契約数KPI。……呼び名は、違います。でも」
「同じ、机から、出てる」サトルは言った。「経営企画。財前の、領域だ」
二つの、⓪は、別々の、言葉で、書かれていた。だが、その、両方を、設計したのは、同じ、部署だった。安全を、コストと、呼び、それを、数字に、翻訳して、全社に、配った、机。実行役は、切り替えが、利いた。大鷲が、去れば、黒瀬が、いた。黒瀬が、切られても、次が、来るだろう。だが、設計図を、引いた、机は、一つだった。そこだけは、二か月前から、一度も、動いて、いなかった。
「材料は、揃った」サトルは、二つの、束を、重ねながら、言った。「間引きも、偽装も、事故も、付替も。実行役の、黒瀬まで。……でも、ここで、止めたら、また、尻尾を、切られる。大鷲と、同じだ。黒瀬を、倒しても、⓪は、残る」
「⓪を、引いた、机へ」椎名が、言った。「行くしか、ありません。今度こそ」
サトルは、対照表の、いちばん、上の、一段を、見た。方針。設計図の、原本が、置かれた、場所。同じ、設計図が、別の、部署でも、回っていた。ならば、この、一枚を、刷って、全社に、配ったのは、誰か。答えは、もう、⓪の、欄に、書いてあった。数字の、机の、いちばん、奥。経営企画。
九鬼の事件と、予防退魔事業部の新しい事件を、番号ごとに並べ替えると、二つの図面は寸分違わず重なりました。舞台も被害者も違うのに、方針から付替まで手順は同型――これは一つの事業部の偶然ではなく、全社に配られた一枚の設計図だと、サトルは気づきます。そして、その原本が置かれた机は、二か月前から一度も動いていません。
次章、二人はついに⓪の一段へ――設計図を刷って全社に配った机、財前の数字の帝国へと踏み込みます。
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