第14話:効率化という言葉で、人は削られる
椎名は、的場の名前が、どこにも出ない開示請求を、組み立てた。
「的場さんの、個人アクセスログは、使いません」椎名は、請求書を作りながら、説明した。「その代わり、『第三事業部の月次会議で配布された資料一式』を、会議体の記録として、まとめて請求します。会議資料なら、特定の個人が漏らした、という話に、ならない。正規の、業務記録の開示です」
「うまいな」サトルは、感心した。
「手順です」椎名は、素っ気なく言った。「証言者を守るのは、気持ちじゃない。手順で、やる」
だが、その請求も、また、西野の判を、必要とした。会議体の記録開示は、室長権限を、通る。前回、西野は、バックアップ開示に、判を押した。だが、今度は、経営企画が絡む。装備の削減より、もっと、上の領域だ。
サトルが請求書を持っていくと、西野は、それを見て、深い、ため息を、ついた。
「木村くん。……今度は、経営企画か」西野は、老眼鏡を、外した。「大鷲役員じゃ、ない。財前役員の、領域だ。分かっているのか。きみは、この会社の、一番、太い柱に、手を、かけようとしている」
「稼働効率化目標です」サトルは言った。「装備を半分にして、人を増やさず、件数を一・五倍に。……九鬼さんは、非番の日に、寝ていない体で、半分の装備で、一人で現場に、行かされました。それは、事故じゃない。効率化という言葉で、静かに、殺されたんです」
西野は、しばらく、請求書を、見ていた。
「私はね」西野は、低く言った。「若い頃、その『効率化』を、推進する側に、いたんだ。経営企画に、二年。……素晴らしいと、思っていた。無駄を、削る。数字が、良くなる。褒められた。誰も、死ぬなんて、思っていなかった。数字の、向こうに、人がいるなんて、考えもしなかった」
サトルは、黙って、聞いていた。
「効率化は、麻薬だよ」西野は言った。「一度、数字が良くなると、止められない。もっと、もっと、と。……気づいたときには、削る場所が、安全と、人の、体力しか、残っていない。それでも、止められない。私は、それを、見てきた。見て、見ぬふりを、してきた」
西野は、判を、手に取った。前回より、その手は、震えていなかった。
「私に、残された時間で」西野は、判を、押した。「せめて、一つ、止められるものが、あるなら」
開示は、承認された。門番は、二度目の鍵を、渡した。今度は、ためらいなく。
数日後、開示された会議資料の中に、それは、あった。
──────────────
第三事業部 月次会議 配布資料:稼働効率化目標について
基本方針:限られた人的資源で、退魔案件の処理件数を最大化する。
目標:退魔師一人あたり月間出動件数を、前年比 150% とする。
施策:
・「研修出動」の活用により、正規稼働時間外の実働を確保する。
・班単位で達成率を可視化し、未達班には改善指導を行う。
・安全確認・事前準備工程は、標準時間を短縮し、効率化を図る。
備考:本目標は全社コスト最適化方針の一環である。
策定:経営企画部 / 承認:財前
──────────────
「――安全確認・事前準備工程は、標準時間を短縮」サトルは、その一行を、読み上げた。「安全確認を、削れと、書いてある。文書で。財前の、署名で」
「これで」椎名が、静かに言った。「構造図の、一番上が、埋まりました」
彼女は、完成した構造図に、最後の行を、書き加えた。
「①装備削減(大鷲)の、さらに上に。⓪稼働効率化目標(150%)・安全工程短縮(財前)。……装備を半分にして、人を増やさず、安全確認を削って、件数を一・五倍に。この、⓪があったから、①以下の、全部が、回りはじめた。財前が、蛇口を、開けた。大鷲が、水を、流した」
サトルは、その、たった一枚の図を、見つめた。九鬼透という、一人の退魔師の死に、これだけの、決裁が、重なっていた。全部、綺麗な言葉で。効率化。最適化。適正化。誰も、殺すつもりは、なかった、と言うだろう。だが、人は、確かに、死んだ。
「証拠は、揃った」サトルは言った。「⓪から⑤まで。全部、文書で、繋がった。財前、大鷲、里見。全員の、署名が、ある」
だが、椎名の表情は、硬かった。彼女は、別の画面を、見ていた。
「木村さん」椎名が言った。「今朝、人事から、通知が、来ています。あなた宛に」
サトルは、自分の、社内メールを、開いた。
──────────────
人事異動 内示
木村サトル 殿
下記のとおり、異動を内示します。
新所属:九州支社 総務課(※現・コンプライアンス室 主任調査員より)
発令予定日:翌月1日
理由:人材育成のための計画的配置
決裁:人事部 役員決裁ライン
──────────────
「……計画的配置」サトルは、その言葉を、二度、読んだ。篠田と、同じだった。四十五人と、同じだった。声を上げた人間が、静かに、飛ばされる。今度は、サトルの、番だった。
「証拠を揃えた、その日に」サトルは、低く笑った。「見事な、タイミングだ」
「木村さん」椎名の声が、硬かった。「これは、報復です。あなたを、九州に、飛ばして、この調査から、引き剥がす。……取締役会に、間に合わなくなる」
サトルは、内示を、見つめた。発令予定日は、翌月一日。それまでに、この証拠を、大鷲でも財前でも握り潰せない場所へ、持っていかなければ、すべてが、なかったことに、なる。九鬼も。四十五人も。的場も。
そして、もう一つ。サトルが飛ばされれば、証言してくれた、的場は――どうなる。
証拠は、⓪から⑤まで、財前を頂点に、すべて繋がった。だが同じ日、サトルに「計画的配置」の内示が下りた。四十六人目を、消すために。
次回、残された時間はわずか一か月。二人は、揃えた証拠を「握り潰せない場所」へ届ける最後の戦いに入る。だがその前に、最も守らなければならない証言者――的場ユカの身に、影が伸びる。
※ここまで読んでくださって、感謝します。続きを追いたい方は、ブックマークと★で、背中を押してください。




