第15話:証言者を、記録の裏に隠す
的場ユカから、悲鳴のようなメッセージが届いたのは、その翌朝だった。
「私にも、面談の案内が、来ました。相談員から。……次は、私の番なんですね。」
サトルは、そのメッセージを見て、拳を、握った。里見の、あの部屋。優しく囲い込み、取り下げさせ、そして、飛ばす。証言した的場を、今度は、そのルートに、乗せようとしている。サトルへの内示と、同じ日に。連中は、証言者を、証言者ごと、消しにきた。
「早い」椎名が、メッセージを読んで、言った。「私たちが、稼働資料を開示請求した、直後です。誰が証言者か、向こうは、もう、当たりをつけている」
「的場さんを、守らないと」サトルは言った。「あの子は、俺たちに話したせいで、狙われてる。……俺のミスだ。現場に、行ったのが」
「違います」椎名は、静かに、しかし、きっぱりと言った。「証言者を守るのは、気持ちで、慌てることじゃ、ありません。手順です。落ち着いて、考えましょう」
椎名は、端末を開き、二人が集めた証拠の、全体を、見渡した。
「一つ、確認します」椎名は言った。「今、私たちが握っている証拠のうち、『的場ユカの証言』が、なければ、成立しないものは、どれですか」
サトルは、考えた。装備削減の稟議。台帳改竄のログ。示談書。面談台本。過去45件の面談記録。稼働効率化目標の資料。そして、それらを繋ぐ、構造図。
「……ない」サトルは、気づいた。「全部、文書だ。的場さんの証言がなくても、⓪から⑤まで、文書だけで、繋がってる。的場さんの話は、現場の『裏づけ』にはなるが、立証の、必須要素じゃ、ない」
「そのとおりです」椎名が、頷いた。「私は、最初から、そう組み立ててきました。証言者の口に、依存する立証は、脆い。人は、脅されれば、証言を、翻す。だから、私は、証言を『物証の補強』にしか、使わない。立証の柱は、全部、消せない文書に、置く」
サトルは、椎名の、周到さに、息を呑んだ。彼女が、四十五件の面談記録から「型」を抽出したのも。的場に「アクセスログだけでいい」と言ったのも。すべて、証言者を、立証の中心に、置かないための、布石だった。証言者を、記録の、裏に、隠していた。
「だから」椎名は、続けた。「的場さんを、守る方法は、一つ。彼女を、この件の『証言者』から、記録上、外すことです。私たちの報告書に、的場ユカの名前は、一行も、出さない。彼女は、ただの、一班員。何も、証言していない。……それなら、彼女を飛ばす『理由』が、向こうに、なくなる」
「でも、向こうは、疑ってる」
「疑いは、証拠じゃない」椎名は言った。「大鷲や財前が、的場さんを飛ばすには、辞令に『理由』が要ります。『計画的配置』でも、形式上の根拠が。もし、的場さんが、記録上、何もしていないのに、この時期に飛ばされたら――それこそが、報復人事の、動かぬ証拠になる。向こうは、それを、恐れる。だから、記録上の潔白は、彼女の、盾になります」
サトルは、理解した。椎名は、的場を、証拠の外に、逃がしながら、同時に、彼女への報復そのものを、次の「罠」に、変えていた。もし手を出せば、それが証拠になる。手を出さなければ、的場は、守られる。どちらに転んでも、的場は、助かる。
「……あんた、すごいな」サトルは、素直に、言った。
「手順です」椎名は、また、素っ気なく言った。だが、その耳が、少しだけ、赤かった。
サトルは、的場に、返信を打った。「面談は、行かなくていい。行っても、何も話さなくていい。あなたは、何もしていない。それが、一番、あなたを守ります。……あとは、俺たちが、やります。」
少しして、的場から、短い返事が、来た。「九鬼さんの、こと。……お願い、します。」
サトルは、その一文を、しばらく、見ていた。それから、椎名に、向き直った。
「証拠は、揃った。的場さんも、守る手を、打った。あとは」
「あなたの、九州行きです」椎名が言った。「発令まで、一か月。それまでに、この証拠を、大鷲も財前も、握り潰せない場所へ、届ける。……社内じゃ、無理です。役員が、二人、絡んでる。社内の、どのルートも、途中で、潰される」
「社外だ」サトルは言った。「第三者委員会。あるいは、取締役会。役員の権限が、届かない場所に、この構造図を、置く」
「簡単じゃ、ありません」椎名は、冷静に言った。「第三者委員会への、直接の申し立ては、通常ルートでは、受け付けられない。取締役会に、一調査員が、議題を、上げる方法も、ない。……壁が、いくつも、あります」
「一つずつ、越える」サトルは、立ち上がった。「九鬼さんが、死んでから、一か月、凍結されなかったアカウントから、通報を、送ってきた。……たった一通で、番号を、残した。あの一通が、なけりゃ、俺たちは、ここに、いない」
サトルは、壁の、ポスターを、見た。安全は、すべてに優先する。その言葉を、作った男たちを、その言葉で、追い詰める。あと、一か月。
「行こう」サトルは言った。「あの一通に、応える番だ」
装備削減、台帳改竄、示談、通報潰し、稼働率――人災の全体像は、財前を頂点に、すべて文書で立証された。証言者・的場も、記録の裏に隠して守られた。だが、サトル自身に迫る九州への「計画的配置」の期限は、刻一刻と、近づいている。
次回より第四章。集めた証拠を「握り潰せない場所」へ届ける戦いが始まる。そしてその過程で、報復は、サトルと椎名自身へ、牙を剥く。
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