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大手退魔会社のコンプラ室に異動したら、怪異被害は全部「人災」でした 〜安全装備を半分に減らした役員を、社内文書だけで失脚させます〜  作者: 氷室 累


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第11話:台本を知る者は、潰されない

 面談室は、想像していたより、居心地のいい部屋だった。


 柔らかな照明。観葉植物。角の丸いソファ。圧迫感を、徹底的に排した空間。ここで四十五人が、優しく、囲い込まれてきた。サトルは、そのソファに、静かに腰を下ろした。


「木村さん。お忙しいところ、ありがとうございます」


 相談員は、柔和な笑みの、四十代の女性だった。名を、里見といった。声は、穏やかで、温かい。まさに、味方の顔だ。


「最近、少し、無理をされているのではないかと、心配していまして」里見は、優しく切り出した。「九鬼さんの件。……熱心に、調べていらっしゃると聞きました。とても、立派なことです。でも、木村さんご自身が、すり減ってしまわないか、心配で」


 台本、一項目め。あくまで通報者の「味方」として接する。サトルは、内心で、頷いた。来た。


「ご心配、ありがとうございます」サトルは、穏やかに応じた。


「ただ、ね」里見は、少しだけ、声を落とした。「この件を、正式な調査に進めると……第三事業部の全体が、対象になります。関東第二班の、皆さんも。事情を、根掘り葉掘り、聞かれることになる。今、必死に現場を守っている人たちが、動揺してしまう。……木村さんは、そういう同僚の方々を、追い詰めることに、なりかねないんです」


 台本、二項目め。「事業部全体への影響」「同僚への波及」を盾にする。サトルは、篠田の言葉を、思い出した。同僚を、人質にするんだ。


「それは、つらいですね」サトルは、静かに言った。「同僚を、追い詰めるのは」


「そうなんです。分かってくださって、嬉しい」里見は、微笑んだ。「だから、どうでしょう。この件は、いったん、私と一緒に、穏便な形を、探しませんか。木村さんのためにも、その方が」


 台本、三項目め。「いったん取り下げて、一緒に穏便な形を」。一言一句、配布資料03の、とおりだった。


 サトルは、里見の目を、まっすぐ見た。そして、ゆっくりと、言った。


「里見さん。今のお話、『配布資料03』の、二番と、五番ですね」


 里見の笑みが、一瞬、止まった。


「――え?」


「『通報の早期解決に向けた面談ガイド』」サトルは、静かに続けた。「相談員限り、複製・持出し厳禁。承認、大鷲。……あなたが今、俺に話しているのは、そのマニュアルの、二番『事業部全体への影響を説明する』と、五番『いったん取り下げて穏便な形を提案する』です。順番も、台本どおりだ」


 里見の顔から、柔和さが、抜けていった。


「何を……おっしゃっているのか」


「同じ言葉を、あなたは、四十五回、繰り返してきた」サトルは言った。「篠田さんにも。三年前に。同僚を人質にして、優しく、取り下げさせた。……俺は、その面談記録を、四十五件、全部、読みました。里見さん。あなたの言葉は、記録に残る。あなたが書く記録じゃない。あなたが、今、この部屋で、何を言ったかは――こっちが、覚えている」


 里見は、しばらく、黙っていた。それから、笑みを完全に消して、低い声で言った。


「……面談は、これで、終わりにしましょう」


「一つだけ、教えてください」サトルは、引かなかった。「あなたは、面談で取り下げさせるだけだ。その後の、配置転換は『関知しない』と、マニュアルに書いてある。……じゃあ、聞きます。取り下げた後、その人を地方へ飛ばす辞令は、誰が、出すんですか」


 里見の目が、揺れた。


「私は」里見は、ほとんど、反射的に言った。「私は、辞令には、関与していません。私は、面談を、するだけ。異動は、上が」


「上、というのは」


「――人事の、役員決裁ラインです」里見は、そこまで言って、口をつぐんだ。自分が、何を漏らしたかに、気づいた顔だった。「もう、いいでしょう。お引き取りください」


 サトルは、立ち上がった。目的は、果たした。⑤の、欠けていた矢印。取り下げ後の配置転換を出す決裁ライン。里見は、認めた。「人事の役員決裁ライン」――大鷲の、権限だ。


「ありがとうございました」サトルは、頭を下げた。「とても、参考になりました」


 部屋を出る間際、里見が、背中に、声を投げた。優しさの、欠片もない声で。


「木村さん。……あなたは、賢い。だから、忠告します。あなたが、賢く立ち回れば立ち回るほど、上は、あなたを『処理』する必要を、感じますよ。九鬼さんは、真面目なだけの人だった。それでも、ああなった。あなたは、もっと、危ない」


 サトルは、振り返らずに、部屋を出た。だが、その言葉は、胸に、冷たく残った。


 席に戻ると、椎名が、待っていた。


「どうでした」


「⑤が、埋まった」サトルは言った。「取り下げ後の異動は、人事役員決裁ライン。里見さんが、口で認めた。……大鷲の、権限だ」


「口頭の証言は、憶測になります」椎名は、冷静に言った。「でも」彼女は、自分の端末を、サトルに向けた。「面談中、私は、辞令の決裁ログを、洗っていました。過去の取り下げ45件のうち、その後に異動があった38件。その辞令の、最終決裁権限コード。……38件中、35件が、人事役員決裁ライン。里見さんの証言と、記録が、一致しました」


 サトルは、椎名を見た。彼女は、サトルが面談で証言を引き出す間に、その裏づけを、記録から取っていた。口頭の言葉を、物証で、固めていた。


「憶測じゃ、なくなりましたね」椎名が、静かに言った。


「ああ」サトルは頷いた。だが、里見の最後の言葉が、消えなかった。上は、あなたを「処理」する必要を感じる。「……椎名さん。ここから、少し、危なくなるかもしれない。あんたは、無理に付き合わなくても」


「木村さん」椎名は、彼を、遮った。「私は、記録が、都合で書き換えられるのが、一番、嫌いなんです。……私を、心配で、外そうとするのも。それ、記録の書き換えと、同じですよ」


 サトルは、少し、笑った。この人は、たぶん、逃げない。


 面談は、逆に、⑤の矢印を埋めた。だが里見の忠告は、本物だった。サトルは今、九鬼よりも「危ない」存在として、上に認識されている。


 次回、二人は構造図の裏づけを固めるため、ついに現場――関東第二班に、直接、足を運ぶ。だが、そこで待っていたのは、証言ではなく、固く閉ざされた、沈黙だった。


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