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大手退魔会社のコンプラ室に異動したら、怪異被害は全部「人災」でした 〜安全装備を半分に減らした役員を、社内文書だけで失脚させます〜  作者: 氷室 累


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第9話:門番が、鍵を渡すとき

 西野室長は、バックアップ開示の請求書を、長いこと、見ていた。


「木村くん」ようやく、西野は口を開いた。「これは……前の受理登録とは、話が違う。きみは、人事部の相談員研修の中身を、掘り出そうとしている。役員決裁で削除された、資料を」


「はい」


「これを開示すれば」西野の声は、疲れていた。「私も、きみも、ただでは済まない。分かっているのか」


 サトルは、西野の目を、まっすぐ見た。


「室長。四十五件です」サトルは言った。「五年で、四十五人が、声を上げて、消されました。安全と、労働の通報だけが。全部、受理番号がつく前に。……九鬼さんは、四十六人目に、なるはずでした」


 西野は、目を伏せた。


「室長は、前に、言いました。『押し潰された通報を、たくさん見てきた。見て、見ぬふりも、してきた』と」サトルは、続けた。「四十五件の中に、室長が、見て見ぬふりをした通報は、ありますか」


 部屋が、静かになった。西野は、しばらく、答えなかった。それから、老眼鏡を外し、目頭を、押さえた。


「……あるよ」西野は、低く言った。「一件じゃ、ない。私は、この部署の室長だ。取り下げの報告は、全部、私の机を通る。私は、それを、見た。『本人の申し出』と書いてあれば、判を押した。おかしいと、思っていても。……波風を立てずに、定年まで、と。そう思って、ずっと」


 サトルは、何も言わなかった。責める言葉は、持っていなかった。西野は、篠田を潰した相談員とは違う。ただ、止められなかった、一人だ。かつての、サトル自身のように。


「木村くん」西野は、顔を上げた。「私はね、あと二年で、定年だ。この二年、静かに過ごせば、退職金も、再雇用も、全部、手に入る。……それを、棒に振るのは、怖い。正直に言う。怖いんだ」


 そして、西野は、震える手で、判を、手に取った。


「だが、私はもう、四十六人目を、見たくない」


 判が、請求書に、押された。


「バックアップ開示、承認する」西野は、請求書を、サトルに返した。「……私にできるのは、ここまでだ。あとは、きみたちが、やってくれ。番号を、つけてくれ。消せない、番号を」


 サトルは、深く、頭を下げた。門番は、鍵を、渡した。保身のためではなく、初めて、良心のために。


 その日の午後、椎名が、バックアップから、削除された配布資料03を、復元した。


──────────────


配布資料03:通報の早期解決に向けた面談ガイド(バックアップ復元)

 目的:通報案件の長期化・拡大を防ぎ、事業運営への影響を最小化する。

 面談の基本方針:

  1. 相談員は、あくまで通報者の「味方」として接すること。対立的な態度は逆効果。

  2. 正式受理に進んだ場合の「事業部全体への影響」「同僚への波及」を、通報者に丁寧に説明すること。

  3. 「自発的な取り下げ」への合意形成を、面談内で完了させること。

  4. 面談記録は相談員が作成し、「本人が納得の上、取り下げた」旨を明記すること。

  5. 取り下げ後の人事措置(配置転換等)は、相談員は関知しない。

 監修:人事部 / 承認:大鷲

 配布区分:相談員限り(複製・持出し厳禁)


──────────────


「――承認、大鷲」サトルは、その一行を、二度、読んだ。


 台本は、実在した。通報者を「味方として」囲い込み、「同僚への波及」を盾にして、「自発的な取り下げ」に追い込む。面談記録には「本人が納得の上」と書けと、明記されている。そして、その台本を承認したのは、大鷲だった。九鬼の稟議書と、同じ署名で。


「これで」椎名が、静かに言った。「繋がりました。全部」


 彼女は、証拠を、一枚の流れに、並べていった。


「大鷲は、稟議2025-J-0088で、安全装備を減らし、台帳を維持しろと決裁した。同じ大鷲が、この面談ガイドを承認し、安全の通報を、受理前に潰す仕組みを作った。……装備を減らして、事故が起きて、声が上がったら、優しく潰す。四十五件、そうやって、回してきた。九鬼さんは、その仕組みの、犠牲者です」


「安全は、すべてに優先する」サトルは、壁のポスターの言葉を、口にした。「その言葉を作った男が、安全の声を、一番、恐れてた」


 だが、椎名の表情は、晴れなかった。


「木村さん。一つ、気になることが」彼女は、面談ガイドの、最後の行を指した。「配布区分。『相談員限り、複製・持出し厳禁』。これは、大鷲が、自分の指示を、外に漏らさないための管理です。……つまり、大鷲は、慎重な人間です。自分の名前が残る文書を、そう簡単には、作らない」


「なのに、この台本には、署名がある」


「ええ」椎名は、頷いた。「慎重な人間が、なぜ、これに署名したのか。……私は、大鷲でさえ、誰かに『これを承認しろ』と、言われたんじゃないか、と思っています」


 サトルは、椎名を見た。


「大鷲の、上に」椎名は、静かに言った。「まだ、誰かが、いる」


 台本の署名は、大鷲を、四十五件の通報潰しの中枢として、確定させた。だが椎名は、その慎重な大鷲さえ動かした「もう一つ上の影」を、感じ取っていた。


 次回、二人は集めた証拠を一つの構造図にまとめる。だがその作業机に、サトル自身を狙う、最初の「人事の動き」が、忍び寄る。


 ※ここまでの調査に付き合ってくださって、感謝します。続きを追いたい方は、ブックマークと★で、背中を押してください。


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