07.悪夢の続きは。
地面は泥だらけだ。
周りは墓地で、石が並んでいる。
真っ暗だ。
俺は恐くなって走った。でもうまく走れない。泥に足が取られて。
ぜんぜん前に進めない。それでも後ろから追ってくる。
恐くて、走った。
恐くて、汗が出る。
恐くて、涙が出る。
それでも進めなくて。
ああ、いやだっ……!
夢だ。
また夢だ。
夢なのに、どうしてこんなにリアルなんだ……!
―――来る。
「あああぁっ!いやだああぁぁっ!」
叫ぼうとした瞬間。
喉に声が張り付いた。
足を掴まれる。
地面に這い出した白骨の手に掴まれて。
引きずり込まれる。
足も。腕も。首も。顎も。
白くて冷たい骨が、俺の体を引きずり込む。
真っ黒な泥の中に沈められる。
助けて……!
誰か……!
神様、早く……!
俺の神様!
―――ハルちゃん!!
真っ暗な空から光が差し込んで。
きれいな手が、俺に向かって伸ばされて。
ああ……!
来てくれたんだね……!
俺はその手を掴もうとしたけど。
「っ!?」
俺は初めて、その人の顔を見た。
「は、ハルちゃん……!?」
ハルちゃんだった。
きれいなその人は、俺を見て、今にも泣き出しそうな表情だった。
それなのに必死に俺に手を伸ばして。
俺はそれを見て。
―――絶望した。
やっぱり。
そうだったんだ。
この手は、ハルちゃんだったんだ。
じゃあ、俺は―――……!
俺たちの手が、触れそうになった時。
俺はその手を。
振り払った。
―――落ちていく。
真っ暗なところへ。
驚いているハルちゃんをそのままに。
俺は急速に闇と泥の中に引き込まれていった。
真っ黒な闇で。
もう何も見えない。
俺は怖くて。
叫べなくて。
―――終わりだ。
と、思った。
でも……どこかで。
ほっとしていた。
満足だった。
……連れて行けないよ。
こんな真っ暗で、怖いところに。
ハルちゃんを汚せないよ。
どうかハルちゃんだけは。
きれいなままで、そこにいて。
光差す高みから、落ちていく俺を見ていて。
さよなら。
一番大好きで、一番愛してる人。
さようなら。
一番近くて、一番遠い人―――
その瞬間。
落ちていく俺の右腕を、誰かが掴んだ。
ものすごい力で、ぐんぐん上へ引っ張られる。
俺は一気に、真っ暗な泥の中から引き抜かれた。
「!!」
びっくりして目を開くと。
目に飛び込んできたのは、ハルちゃんの鮮やかな顔。
「落ちるぞ、友宏。」
ハルちゃんは思いのほか、冷静な声で言った。
「え……」
ハルちゃんは片手で俺の腕を掴んでいた。
俺は震えた声で言った。
「は、ハル……?」
俺はリビングのソファから滑り落ちそうになっていた。上半身がソファからずれている。ハルちゃんは呆れたように言った。
「まったく……土曜日だからって朝からソファで寝やがって。掃除する方の身にもなれよ。」
「ハルちゃ……」
俺は呆然として、がくがくと震える身体で起き上がった。
俺はスーツでも仕事着でもなかった。
ただの部屋着だった。
高校の時の、青いジャージ。
ああ……そうだった。
家に帰ってきて着替えて、朝からソファでうたた寝を……
鮮やかなハルちゃんは俺を覗き込んだ。
「ん……?どうした?友宏。」
「ハルちゃぁぁぁん!恐かったよぉぉー!!」
俺は我慢できなくて、がばぁぁっ!!とハルちゃんに抱き付いた。
「うわあぁっ!!なんだ!?」
ハルちゃんは慌てて言ったけど。
俺は構わず、ぎゅーっと強く抱きついた。
「ななななんだよ!急に!」
「恐い夢見たよぉぉー!!」
「子供か、お前は!」
「うえぇぇーっ!」
俺が泣きながら抱きついていると、ハルちゃんはヨシヨシと背中を撫でてくれた。
「……まったく、どんな夢見たんだ?言ってみろ。」
「うぅっ……転んで泥まみれになる夢……」
ハルちゃんは呆れたように言った。
「またそれかよ、もう子供じゃないんだぞ。」
「だって、怖かったんだぁぁー!」
「ああ、わかったわかった。」
ハルちゃんはポンポンと背中を軽く叩いてくれた。
「ちゃんと布団をかけないから、怖い夢を見るんだぞ?」
「うぅぅ……そうなの?」
「ああ、体温が低下すると夢見が悪くなる。実証されているんだ。夜もちゃんと布団をかけろよ?本当は、うたた寝なんか論外なんだぞ?」
「でも怖かったよおぉ~……!!」
ハルちゃんは呆れたように笑った。
「はいはい。もう大丈夫だ、ここは現実だからな。」
「……!」
俺は、あったかいハルちゃんに抱きついたまま、呆然として。
……ふっと目を閉じた。
「―――うん……」
END…
ここまで読んでくださった方々、ありがとございました。
これで友宏編は終了です。
友宏のことがよくわからない方へ。
表現力が足らなくて申し訳ないので、説明を……
友宏は、春人のことをバイだと思っています。
しかも、春人の演技が完璧なので、自分を想っていた事を知りません。
そして、大事な春人になるべく近付きたくなかったので、今まではプライベートを探るようなことはしていなかったのです。ただし、異変があれば気付けるように一緒に住んでいます。
春人の方も……
最初は確かに恋愛感情だった友宏への想いは、雪成の登場によって少しずつズレていきます。自分でも気付かない内に、そっと……恋愛感情から、ただの愛情へ。
互いを聖域にしていく二人。
そこに、どうやって雪成が入っていくか……応援、よろしくお願いします。
<(_ _)> ぺこり。