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世界の終りまで君と  作者: 佑
第三部 第三章 恋人たち 
173/253

173. お月見イベント

 住民ギルド&冒険者ギルド主催のイベント、『お月見』は、肌寒い季節にもかかわらず大盛況だった。


 午後一でマリッサとレオノーラ主体の『月見団子作り』が始まり、子どもたちがわーわー言いながら丸めた団子を母親たちが茹で上げた。冷水でひやして餡をかけるやつ、粉をまぶして積み上げるやつ、それに串団子も作って会場に運ぶ。

 もちろん月が出るのを待たずに家に持ち帰って食べてもいい。そのあたりは自由だ。


 お月見の会場は街の中心部からもほど近い丘の上で、ギルドメンバーの手によって草刈りを終え、簡易ベンチを並べたり、直径四十センチ~の丸太を輪切りにしたものを並べて切り株型の椅子代わりにしてある。イベントが終われば割って冬場の薪にするのだからたいした手間にもならない。

 冒険者ギルドのメンバーが竹にたくさんの穴をあけて作った灯篭も並べてある。椅子の周辺をメインに丘のふもとまでぽつりぽつりと立っているそれには、中に蝋燭が入れてある。日が落ちてきたら点火する予定。

 穴のあける位置や大きさによって、流れるようなきれいな模様の光が浮かび上がるようになっている。


 作ってみたいとエリザベスに言われたものの、どういうことかよくわからなくて、一度住民ギルドで試した。

 言われるままにトリスタンがいくつも穴をあけた試作品の小さな竹灯篭の中に蝋燭を入れて窓のカーテンをひいたら、その柔らかい光にギルドの女性たちの口からため息が漏れた。

 丘のふもとでは同じような灯篭のミニチュア版製作体験コーナーをやっているし、きっと今日もみんなに喜んでもらえると思う。


 その工作コーナーの横では『竹とんぼ』なる物も製作中――そっちはもっと小さな子ども向けだ。

 角度をつけた薄切りの竹の真ん中に細い竹の串を挿して両手に挟み、勢いよく手のひらをこすり合わせて回転させるとふんわりと飛びあがる。

 トリスタンはそこの係りで、遊んでいる子どもたちの『竹とんぼ』に下から魔法で風を当てたり、上手く飛ばない子に飛ばし方を教えたり。魔法ってこんな使い方をするんだったかな? と思うような楽しい仕事だ。


 今日のエリザベスはまたエプロン姿で、前回のお汁粉の時とは比べ物にならない大きさの鍋(工業ギルドに特注したって言ってた)で、どどーんと『豚汁』を作っている。

 リディアだけでなく前回手伝ってくれたおばちゃんたちがまた手伝っていて、他にも三人、地元の女性が賑やかに話しながら下ごしらえ済みの野菜や肉を豪快に大鍋に投入しては笑っている。楽しそうだ。


 前回作ったバーベキューグリルで子どもたちが作った串団子を焼いているのは冒険者ギルドの職員だ。網を渡す部分に横渡しできる特殊な形の棒が欲しいと言われた意味がよくわかった。串の先端を波打った形の棒にひっかければ、串が転がらない。


 最初に住んでいたあの小さな家でやった焼き鳥のことを思い出した。あれの超でっかいやつだな――そう思っていたら、案の定で、団子の向かい側にもう一本棒を渡して、そこでテオが焼き鳥を焼き始めた。向かい側で団子を焼いている男性と笑いながら何か話している。

 周りの人間が顔を上げて辺りを見回した――タレの焦げる香ばしい匂いに釣られないやつなんていないんじゃないかな。


 夕方に近づいて気温が下がって行くにつれ、温かい飲み物や食べ物が飛ぶように消えていく。

 『お月見』と言いつつ、みんな『月』より『食い物』って感じで――笑い声が響く。

 空ではなくて地面に並べられた竹灯籠の蝋燭に火が灯されると、その幻想的な光景に見とれる人もいる。この灯篭は明日ギルド前に並べることになっていて、欲しい人は持って行っていいとしてある――ラグドルは「店の前にいくつか並べたい」と言っていた。


 日が落ちるころには子どもたちやその保護者が帰り始めた。中には眠った子どもを抱っこして「後でまた来る」って言って戻って行く人もいる。

 その頃には団子は消え失せて(子どもたちが作ったから数に限りがあるし)、後は何度目の追加作成かわからないけど豚汁と焼き鳥と――ウーリッヒの土産の酒が出て大人の時間になったところに、のんびりとした歩調で祖父もやって来た。


 人だかりの中央には近づかずに丘の外れで切り株椅子に座り、燗の付いた酒を片手にゆっくりと焼き鳥の串を口に運ぶ。

 その隣にエリザベスが座って、豚汁の器を両手で包むようにして膝に乗せ、静かに並んでまん丸い月を見上げているのが妙に印象的で、トリスタンも一緒に座って白く光る月を見上げてみた。


 だけど、月は月だ。どうして特別に月を見るイベントなんて――そう思いながら隣のエリザベスを見ると、黙ったまま空を見上げる表情はなぜか少しだけ辛そうだった。

 憧れて焦がれて手を伸ばしても届かない切なさのようなものがそこにはあって、不思議に思ったままエリザベスの向こうに座っている祖父を見たら、祖父の顔にはエリザべスの表情にある以上の憧憬があった。


 まるで月に行きたがっているかのような、そんな表情。

 亡くなった祖母のことを考えているんだと思った。


 ――だったらエリザベスは、誰のことを考えているんだろう。

 『記憶』のお月見では、誰と団子を作ったんだろう。誰と月を見たのだろう。『恋人はいなかった』と聞いた。だけど、そんな切なそうで寂しそうな顔をして思い出すような人が――いたんだろうか。

 抱き締めてやりたくて手を伸ばしかけたら。


「……お祖父様――ダンジョンの中にも月は出るの?」


 ぽつりとエリザベスが聞いた。

 考えていたのは『記憶』にある誰かのことじゃなくて、ダンジョンのこと――またマリーのことだったのかもしれない。今日は来ていないし。


 ちょっとほっとした――。


「わしは見たことはなかったが……夜の訪れがある階層では見れるようになっとるかもしれん……いや、お前がそう言ったからにはきっと見れるようになっとるんじゃろうな」


 ぽん、とエリザベスの頭に手を乗せた祖父の顔はどこまでも優しかった。


「さて、そういうことならわしはもう一潜りして――温泉で月見酒としゃれこもうかの、ユリアがいた頃のようにのう」


 立ち上がった祖父は、ほんの一瞬寂しそうな顔をしたと思った。

 だけどそんな表情はたちどころに消えて、「せっかくじゃ。ユリアはおらんし、マリーを誘うかの」と、笑った。


「お祖父様!! ダメですよ!! そんなことをしてせっかくの温泉が枯れちゃったらどうするんですか!」


 慌てたようにエリザベスも立ち上がり、「ふぉっふぉっふぉっ、冗談じゃわい」と、祖父が笑う。


「もう!!」


 少しも怒っていない顔で祖父を睨んだエリザベスに、「早く休めよ。お前は働きすぎじゃ」と労わる言葉をかけて祖父が丘を下りる。

 見送るエリザベスは――やっぱりなんだか辛そうに見えた。


「……リジー?」

「なに?」


 何か、気になっていることがあるんじゃないのか――そう聞こうと思ったけど、聞けなかった。話さないことにも、理由があるってわかってるから。

 トリスタンのことを心から信頼しているエリザベスだから、たぶん、話せるようになったらきっと話してくれる。

 そう思って質問は引っ込めたんだけど、声をかけた手前何か聞いた方が――ええっと。


「……ダンジョンの温泉って男女混浴で入れるの?」

「ちっ、違うわよっ!?」


 知ってるけど聞いてみたら、即否定された。

 焦ったような驚いたような顔。そこにはさっきまでの辛そうな表情はない。

 だけどそのあとでちょっと眉が寄った。小声で「家族で入れる小さめのお風呂スペースとかも、一応作ってはあるんだけど」って追加して、「需要はあると思う?」って聞かれた。


 ちょっと心配そうな声だから、聞かれたのは一般的な意見だとは思うけど。


「誘ってくれたら断らないよ」


 そう言ってみたら目が丸くなって、その後でちょっと目が泳いで、その後で潤んだ――月明りの下でも真っ赤になったのがわかる。

 この前のエリックみたいに、魚みたいに開いたり閉じたりはするけれど言葉の出て来ない口――その口もとに軽くキスをしてから手を取る。


 ホントに、俺の奥さんってば――かわいすぎて攫いたいくらいだ。

 嬉しくて漏れたトリスタンの笑い声に気がついたエリザベスも笑う。


「シュヘル家からの許可が出たってことで解放しちゃうわよ?」

「いいよ。俺もダンジョンに入れるようになったら使わせてもらおうかな」


 そう言ったらエリザベスはまた魚みたいになった――また笑う。


「行こう。できるぶんだけ片付けたら帰ってゆっくりしよう。次のイベントは『焼き芋、焼き栗の会』って決まってるけど、十二月より後のことはまだ考えてないし、こんなふうに皆が楽しんでくれるなら他のも考えたい」


 エリザベスには笑っていて欲しい。いつだって。

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