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世界の終りまで君と  作者: 佑
第三部 第三章 恋人たち 
172/253

172. 黒豚メニュー

 エリザベスがマリーと二人でダンジョンに潜った日、ダンジョンには新しく『黒豚』が出たらしい。二階層でマリーと遠目に見たらしいエリザベスは「泥だらけで本当に黒いのかどうかはわからなかった」とちょっと残念そうに言った。


 それでもその日は肉屋に寄って厚切りの肉と同じ豚のものだというたっぷりの脂身を購入したそうで、自家製ラードで『とんかつ』を作成。

 カリカリになるまで油を抜かれた元脂身はロイド一家とレイラのおやつになるらしい。


 いい音をさせて『とんかつ』を一口食べたナイジェルは、遠い目になって呟いた。


「エリーが帰って来てくれてよかった……エリーとリディアがいたら俺、もう一生この領地から出なくていい」

「大げさね、もう」


 エリザベスは笑っていたけれど、ダンジョン産の地鶏の卵に、その日の朝焼いたパンを細かく砕いたパン粉を使用した『とんかつ』は、やわらかくてサクサクでジューシーという、なんとも表現に困る食感で、野菜と果物たっぷりの熟成ソースにぴったり。レモンと塩であっさり系も最高。

 

 そこにエールをあわせたナイジェルは今度は涙目になって、「く~~~っ」って言った。

 

 ごく細切りの山盛りキャベツとポテトサラダ付きで、見た目に上品さを求めるパートリッジ家の食卓ではこんなメニューは出たことがなかった。田舎の男爵家、最高。


 ポテトサラダは自家製ヨーグルトとマヨネーズで和えてあって、挽いたばかりの黒コショウの香りがツンと刺激的。

 輪切りのキュウリと蒸し鶏が入っているだけなのに無茶苦茶美味いし、ゆでたてのオクラの緑は目に鮮やかで、それらが合わさった歯ごたえも心地いい。


 ナイジェルの幸せそうな顔を見たら、自分もエールと合わせてみたいな、とつい思った。

 エールを酌み交わすナイジェルとエリックが羨ましい。


 ナイジェルにその組み合わせを勧められたエリックは、試した途端に「俺、昇天するかも」と、夢見心地の顔になった。

 しかもその後何も言わずに食べ続け、きれいに全部飲み込んだ後で「明日もこれ食いたい。エール倍量で」というリクエスト付きだ。


 つまりよっぽど気に入ったんだと思う。


「油もラードを使ってるんだから、こんなメニューを続けたら脂肪だらけになっちゃうわよ。明日はあっさりメニューにする。でもまたそのうち作るわね」


 デザートのカボチャプリンを出しながらエリザベスがちょっと嬉しそうに笑って、それから何か考える様子になったのは――翌日のメニューだろうか。


 その日、ダンジョン土産の瓢箪から出てきたのはお菓子ではなくて「粒入りマスタード」だった。

 エリザベスはマスタードを暫し睨んで、「食べた後にこれを出すの……?」と不満げに呟いていたけれど、すぐに何か思いついたらしく、ご機嫌でそのマスタードを器に移し、保冷庫に入れていた。


 で、その翌日の弁当は――マスタードの効いた『カツサンド』と色鮮やかなお手製ピクルスの乗った山盛りのグリーンサラダだった。

 ミニトマトにセロリに人参、甘すぎない酸味のおかげで、二日続きのカツも食べやすく、すっきり爽やか――エリザベスはこういうの、全部『記憶』から思いつくんだろうか、と職場で首を傾げた。


 だってパートリッジのシェフが作るやつよりずっと美味しいし。


 一緒に入っていたカボチャのミニマフィンは昨日のプリンと同じように甘さ控えめで、乾かした後で炒って皮をむいた、ほんのり塩味のする種が三個ずつ乗っかっていた。


 その日の夜もメインが豚肉だったのはエリザベスにしては珍しい選択で、よっぽど『黒豚』が気に入ったのかなと思ったら「……新素材取り扱いキャンペーン中で黒豚が特売だったの」って、ちょっと恥ずかしそうに言われた。


 ……領主の奥さんって、たぶんこの地域で一番『特売』とか気にしなくていい人なんじゃないのかなって思ったんだけど、恥じらう顔がかわいかったし、突っ込むのはやめた。


 夕食の内容は基本的には宣言通りあっさりで、しゃきしゃきのレタスに超薄切りのキュウリ、水にさらしたスライス玉ねぎ、もやしにトマトに芽を出して一週間やそこらって感じのやわらかいホウレンソウや水菜など、野菜の山。その上に、茹でて冷やした薄切りの豚肉を贅沢に乗せまくった『冷しゃぶ』だった。

 獣臭さが一切感じられない肉は、肉なのに蕩けるようだ。 


 味付けは二種類で『おろしポン酢』と『胡麻だれ』。


 この日は祖父も一緒で、祖父に合わせて東洋の『冷酒』を口に運んだエリックはこの日も絶句した。


 なんか、睨まれたような気がした……。


 メニューはそれだけじゃくて、根菜が山のようにはいった具だくさんの『豚汁』も出てきた。人参、大根、里芋、レンコン、ゴボウ、こんにゃく、油揚げ、シイタケ、マイタケ、ネギ……それにもちろん豚肉。


 祖父には唐辛子と山椒の粉が添えてあって、何種類かの野菜もそうだけれど、『こんにゃく』と『油揚げ』というトリスタンは初めて見る食材に目を細めて、「懐かしいのう……」と呟きながら何度も頷いていた。


「冒険者ギルドの有志が二階層の一部に畑を作っていたの。そのおかげで八百屋さんの品揃えがよくなってて……それに今日はギルドのガラスケースの隅にこんにゃくと豆腐と油揚げが入ってたの。冒険者の誰かがダンジョン内でショップに出くわしたみたい。購入した冒険者から買い取ってはみたものの、どう使うかはわからないみたいだったから、とりあえず食べ方を説明して、自分でも買ってみたの」


 エリザベスが追加でレンコンのてんぷらを出しながらこれもまたちょっと恥ずかしそうに言ったのは――まあ、冒険者ギルドからの報告が事実だってことだろうな、と思う。

 つまりやっぱり俺もジジイも、それにもしかしたらダンジョンも――エリザベスの帰宅を心から喜んでるってことだ。


 サクサクのてんぷらを口に運べば、また幸せのため息――。

 それに気づいたエリザベスが嬉しそうに笑うのは、ホント、領地ならでは。

 トリスタンの前には天つゆだけじゃなくて、お茶の粉が入った塩が添えてあった。


 デザートは栗きんとん。口に入れるとほろほろと崩れてとける温かい甘さに癒される。

 それがまた緑茶にもコーヒーにも合っていて、ほーっと長く息を吐きたくなるような味だった。


 ちなみにダンジョンの瓢箪から出たやつではなくて、エリザベスの自作。

 日中にロイド一家とレイラとエリックと一緒に栗拾いに行ったらしい。

 蒸かして割って、スプーンで中身を取ってグラインドで粉砕し、砂糖と少しの塩を加えて硬さを見ながら水分を飛ばして丸く成形するのだそうで、祖母のレシピブックメニューだ。 

 形が不揃いなやつが混ざっているのはロランのお手伝いの成果。


 祖父がそれを見てまたうんうんと頷いて、「ルークとソフィアも小さい頃は毎年栗拾いに行って、その度に作っとった」と目を細めた。――感無量って感じ。

 砂糖ではなくて蜂蜜で甘みをつけたやつもあって、そっちもいい。

 『ミルク入りの紅茶にはどちらが合うか』をリディアとエリザベスが話しているけれど、結論は出なさそうだ。


 祖父が「今度芋羊羹を作ってくれんか」とリクエストすると、エリザベスが嬉しそうに頷いて「明日のお茶の時間に持って行ってもいいですか」と聞いた。

「それなら明日の午後はダンジョンの一階層で茶としようかのう……マリーも喜ぶじゃろう」


 その言葉にちょっと羨ましそうな顔をしたのがバレたらしく、エリザベスはすぐに「住民ギルドにも届けるわね」と言葉を加えた。

 相変わらずトリスタンがデザートを食べているところをよく観察している――バレバレだ。

 ニコニコしながらこっそり教えてくれる。


「――ロランがうんと頑張ってくれたから栗がたくさんあるの。明日の夜のデザートは洋風にモンブランにするから楽しみにしてて」


 なんていうか――料理上手の奥さんってホント、最高だと思う。

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