170. 割り振り
そういうことなら、本当にぴったり。
そう思いながらエリザベスがトリスタンを見ると、トリスタンもゆっくり頷いた。
「それなら――あからさまな応援はできないけど、レイラが嫌がらない限り邪魔はしないよ。それに頼みたいことがある」
「なんでも言ってくれ」
二つ返事で了承するエリックも、反対する流れではないことに安心した様子。
うまくいくといいな。そう思いながらトリスタンが話すのを聞く。
「仕事をするとその働きに対して対価が支払われるのはどこでも一緒だろう? 弟さんから聞いていると思うが、ここに来た亜人たちも健康診断で元気なことを確認してからは働いてもらってるんだ。そうやってみんな食事や宿泊場所を確保している」
「ああ、そう聞いているよ。だから私も『下働きでもいい』って言ったんだし」
エリックが頷く。
「王都に行く前のレイラの仕事は、『俺に狩りの仕方を教えること』だったんだ。今はロイドに教えてる。だけどロイドはイヌ科だから勝手が違うらしくて、ちょっと大変そうなんだ」
「え? 仕事? それが――?」
ちょっと面食らった感じになったエリックにトリスタンが説明する。
「あの時はちょうどいい仕事がなくて――レイラは亜人だけど、黒豹のままで受けられる仕事を探していたんだ。だけど害獣の駆除は他の人が受けて品切れだったんだよ。
酒場の用心棒でもいいって言われたんだけど、中身が十五歳の女の子なのにまさかそんなわけにはいかないだろう? 黒豹の見た目は確かに怖いけど。
そしたら『別に野宿でも困らない。食事も山で獲っていいならそれでいい』って――それもないだろ? それでどうしたらいいかな~って話になった時に、俺が『変身するのは得意でも黒豹らしいことはろくにできない』って気づいたレイラが仕事として教えてくれることになったんだよ」
「彼女は十五歳なのか? それはまた――」
驚き顔からは、もっと年上なのだろうと思っていたことがわかった。
「今はリジーが保護者代わりの後見人だ。俺は十七歳で自分も厳密には未成年だから後見人になるのは外聞が悪いだろ。本当は勉強のこととかも考えてやりたいんだ――だけど本人が人の集まるところは苦手だって言うし、黒豹のままだと仕事の見習いにもやれないし、たとえ学校に行けてもすぐに卒業する歳になるだろ? だからこのままここで過ごして――ただいるよりは仕事をして――まあ、そんな感じでいいことにしたんだ」
「なるほどな……」
少し考え込む様子。ここでのレイラの過ごし方は未成年の今と十六歳になってからではかなり変わってくる可能性がある。
今は自分という後見人が必要だけれど、あっという間に本人の意思で結婚もできる年齢になるのよね――。
自分のこともそうだけれど、ここでは女の子が女の子でいる時期はそんなに長くない。『記憶』でなら結婚年齢は二十代半ば以降の人が多いようだったけど、ここのそれは十年近く早いのだ。
「十五歳はダメか? この国では女子の成人は十六歳だ。エリックがちょっと待つつもりでいられるならすぐだろう?
――それにそういう意味でも、口説くのはいいけど、ちゃんと成人するまでは手は出さないでもらいたい。レイラのことは家族だと思ってるんだ」
「ああ、いや、ダメじゃない。もちろん待てるし――ただ随分若いなって思ったんだ。黒豹の姿だとそこまではわからないから」
エリックが納得したように、それで報告にあがって来なかったのか……と呟いたのは、やっぱり手を尽くして探しはしたってことなのだろう。
トリスタンもちょっとだけ苦笑して首を振った。
「俺も見た目だけだとわからなかったよ。話をした後でもしかしたら自分より若いのかなって思ったけど。それに山とかでいきなり黒豹に遭うとけっこう怖いってこともレイラを見て初めて分かった」
「亜人の年齢を動物の状態で判断するのは難しいよな。カイルもミミズクになってる時は『森の賢者』とか言われるから『ジジイみたいで嫌だ』ってよく言ってたよ。それに俺も『黒豹で暗闇に潜むな』って随分言われた。ロゼッタには『黒豹で笑うと獲物にされたみたいで怖い』って泣かれたし」
二人がちょっと笑い合う。
「豹は猛獣だからな――そうそう、言っとくけど俺はここのみんなの前で黒豹になったことはないんだ――今も、俺が黒豹に変身するってことは知らないやつの方が多い。住民たちはこれまで黒豹なんて見たことはなかったからレイラもけっこう怖がられてた。黒豹とミミズクは狩るなって領内に通達は出したけど――っていうか、レイラ自身あんまり一人では外に出たがらなくて。
まあ、ここの住民たちが黒豹の存在に慣れて安全になったらその時自由に動けばいいんだし、その頃には他の害獣駆除の依頼がくるかもしれないし――そんなわけで、ゆる~い感じでやってたんだ。今は住民たちもだいぶ慣れてきたみたいだけど」
トリスタンが言葉を区切ってちら、とこっちを見る。
エリザベスは頷いた。
「だけど、狩りを教えてもらうのは結構大変でさ――姿は黒豹でも俺は結局人間だし――まあ、黒豹の時の方が気配に敏感だったり夜目が利いたりといろいろありはするし、人に戻っても若干反映されてる部分があるみたいなんだけど。それでもやっぱり俺は人間なんだよ。ネズミや土竜は食べないし、捕まえた獲物をすぐに殺さずに逃がして、逃げるところを追いかけてさらに練習したり遊んだりするのもできればやりたくない――」
エリザベスは顔を顰めた。
そんな話を聞いたことはなかったけれど、ついて行っていたら即座に回復させて逃がしていたかも。
エリックが少しだけ眉を寄せた。
「ああ、それはまあ、わかるよ。人間独自の感覚だよな――獲物の苦しみや恐怖を長引かせない、ってやつ。肉食獣の子どもが成長するときの練習には欠かせない行為だけど」
「それに、俺は日中はギルドの仕事があるんだよ。勤務時間外で短時間とはいえ、夜に狩りをして昼にギルド勤務っての、結構大変で。家でリジーとゆっくりする時間は大事だし」
そう言ってエリザベスの方を見てちょっと笑った。
エリザベスの心が温かくなる。
――ちゃんと、考えてくれてる。
エリックの表情も明るくなった。やって欲しいことがわかったらしい。
「エリックはネズミを捕るのは上手くないって言っていただろう? レイラに教えてもらうつもりはあるか? レイラは今は害獣駆除の依頼も受けてるみたいだからエリックに付きっきりってわけにはいかないかもしれないけど、そうしてもらえればレイラにもちゃんとした仕事ができるし、俺たちも安心――『本人と領主の了承なしで連れ出したりしない、困らせない』ってやつだけは重々心にとめておいてくれよ?」
「もちろんだ。願ってもない――感謝するよ」
そこからは盗聴防止の魔術を外して話し合うことにした。レイラはまだ外の食事から戻っていなかったので、まずはロイドに来てもらう。
話を聞いたところ、なんだかんだでロイドはちゃんとネズミを捕れるようになったらしい。
「獲物を見つけるコツを教えてもらいました。目の付け所はさすがで――野生とはこういうことかと驚かされました。
狩りの仕方については、私は追い込んでもらって挟み撃ちにしたり、レイラのいるところに獲物を追い立てる方が楽なんです。自分と彼女とでは、集中力をどこに向けるかというところがかなり違っていて――私はレイラからの指示やコミュニケーションを優先させますが、レイラは獲物にほぼ百パーセント集中するんです。それに瞬発力がかなり違う。すごいバネで、捕まえる時はほぼ一撃。さすが、単独行動を好む種だと思いました」
「じゃあ、ロイドはもう教わらなくていいか? それともサラやロランにも教えてもらいたい?」
「教えてもらえればありがたいです。私たちはここから離れるつもりはありませんが、狩りができれば万一の時に飢えずに済むかもしれない――特にロランには知っておいて欲しいと思います。レイラにならかなり懐いていますし、やはり技量が違う。自分が教えるよりずっと的確です。彼女の負担でなければ是非お願いしたいです」
相変わらず堅いけれど、レイラへの評価はすこぶる高い。
トリスタンが笑顔になったのは、妹を褒められた兄な感じだろうか。
「聞いてみるよ――ロイドは? これからの希望はあるのか?」
「はい――」
続く話し合いの結果、ロイド一家はシュヘル領に正式な住民登録をすることになり、ロイドの仕事は調整し直して、シュヘル邸の庭や畑の仕事を奥さんのサラとやりながら週二でナイジェルとダンジョンに潜ることになった。
話を聞いたナイジェルは笑って、「よろしく頼む」と頭を下げた後で「同じイヌ科なんだし、俺に特性を教えてくれ」と頼んでいて、ロイドはやっぱりちょっと困った顔で狼狽えて頭を下げてから、それでも少しだけ笑顔になった。
そしてレイラには重要な新しい仕事――つまり、エリックの指導――ができた。
気ままな夕食を終えて帰って来たレイラは、新しい仕事と一緒にきちんとエリックに紹介され、驚き顔でエリックを見上げてからまず困り顔になった。
「え~。だってこの人……」
渋る言葉にエリックの表情に困惑が交ざる。
好みじゃない、とかだったら最初からアウトだ。
「……どう見てももう大人よ? そういうのを覚えるなら若い方がいいと思う――だからトリスタンもこれ以上歳をとる前にもっと練習した方がいいし……教えるのはいいけど、ちゃんとできるようになるって保証はできない。それでもいいの?」
かぶりを振りながらの理由の言葉を聞いてちょっとほっとする。
第一印象が悪かったわけではないらしい。
そこはトリスタンが保証する。
「いいんだ。本当は俺が教えろ、って言われたんだから――俺が黒豹になるってのは王都の一部の人間の間では結構知られてる。そのせいで押し付けられたんだよ。『無理だ』って断ろうとしたんだけど、聞き入れてもらえなくてさ。ま、お偉いさんの依頼だから、断れないだろうってわかってたけど。そんなわけで改善するか諦めるか――まあ、やるだけはやってみるって返事をしたんだ。だからいいんだよ。
だけどエリックなら俺より素養はあるはずだし――遠縁とはいえ領主責任で預かった人間だから、授業料はシュヘル領から出す――つまり給料はギルドより高いぞ?」
レイラはそれでもまだ渋い顔だった。
「お給料は足りてるもの」
「エリックには教えてくれるヤツがいなかったんだよ……気の毒だろ?」
「そうかもしれないけど……」
「ダメだったらその時はまた考えるから」
「……わかった、やってみる」
兄に説得される妹の図、かな。
「だけどそれより――ねえ、トリスタンの家系って亜人の血が入ってたりするの? だから黒豹が出やすいとか――もしかして他にもいたりする? 歳の近いお兄さんがいるんでしょう? お姉さんはいないの?」
期待する顔に今度はトリスタンが少しだけ困った顔になった。
「俺のは単なる魔法だよ。他の動物にもなれないことはないんだ。混乱しやすくなるから普通はいろいろ変えたりはしないみたいだけど、俺も習ったばかりの時は何種類か試してたと思う。今は黒豹だけで、特に意識しなくても変われるから、もう固定されてるんじゃないかな。それにエリックは遠縁とはいっても実際の血の繋がりはないんだ」
やんわりと否定する。
「そっかあ……残念。もしかしたらって思ったんだけど。あたしたちって珍しいから同種に会うのはなかなか難しいし――でも、トリスタンは自分で選んで黒豹になったて言ってたよね? つまり黒豹好き。で、エリーもそうよね? トリスタンのことが好きなんだもの、黒豹だって好きよね」
レイラは残念な顔になってから明るい顔に戻った。いい子だし、もちろん黒豹は大好きだ。しっかり頷くとレイラが笑顔になったのがわかる。知らない人にはちょっと怖い黒豹スマイル。
「その頃読んだ本に載ってたんだよ。猫より走れそうだったし、その方が強いかもって――」
「それにその髪にその目なら、ばっちり合ってると思う」
レイラは嬉しそうにそう言ってから、あらためてエリックに向き合った。
「エリック――さん? あたしレイラ。黒豹の亜人。狩りの練習はちょっと大変かもしれないけど、よろしく――人間なのよね?」
見上げるレイラにエリックが笑顔になった。
「エリック、でいいよ。人間、と言っていいと思う。こちらこそよろしく――」
ちょっとためらってから手を伸ばす。手を取るか握手をするか、わかりかねたって感じだった。
レイラの方も相手の意図がわからなかったらしい。警戒するように一歩退いて首を傾げた。
「挨拶よ、人間がやるやつ。黒豹だと、どうやるのかわからないから」
「あ、そっか」
エリザベスの言葉にようやくエリックの意図を理解して、レイラは右の前足で差し出された手に軽く触れた。
「あたしがエリックに慣れるまでは一緒に来てくれる?」
疑問形での頼みにトリスタンが笑顔で頷く。
エリザベスも一緒に頷いた。
うまくいきますように。
そして今度はレイラも交えての話し合いの結果、エリックは週に三回、住民ギルドの依頼を受けて害獣駆除を行っているレイラに同行し、ネズミや土竜の捕まえ方――つまり駆除方法を学ぶことになった。これは日中で、行ける時はロランを連れたロイドかサラが一緒に行く。
規定量の害獣を仕留めた後はウサギやリスなどの小動物も対象にした『獲物発見ごっこ』。これはロランのためだ。
そのほかに夜の狩りが週二回。これにはトリスタンが同行する――どちらも『当面』の予定で、やり方に慣れてきたら、ロイド一家はシュヘル邸の畑周りをメインに切り替え、エリックとレイラは山に入って大物の捕まえ方に方針を変えるし、そうなったらトリスタンも後は二人に任せて夜の狩りから完全に離脱する。
残り二日間の日中、エリックは基本的にトリスタンと過ごす。
本来は休んでいい日――というか、エリックはそもそも働く必要自体ない――のだが、トリスタンが領政に意見を貰って学びたいと言ったら、エリックが『世話になるし、ここにいる間はできる限り付き合う』と言ってくれたからだ。
機会を逃さずにできる時にきちんとできることを――そういうトリスタンの姿勢が、素敵だなって思うし、自分も頑張らないと、って思う。
そして、そうとくればエリザベスのやることも見える。
がんばっているみんなの応援。つまり、内容の充実したお弁当の作成――レイラの分は生肉だけど。
とにかく、みんなに喜んでもらうために、一層料理をがんばること。
――あとは、どうにかしてルークに会うことだ。




