165. 領地へ その2
今回も途中で質素な服装に戻り、馬車も預けてあったものに替える。
エリック王子は難なく平民の御者のフリをしてみせた。
不思議顔になったトリスタンとエリザベスに説明して笑う。
「もともとモルドネシア王国は身分制度が厳しくないんだ。身分制度を維持しているのは対外政策という意味合いが強いんだよ。なにしろ隣のハリオネスは国王が絶対だ。しかも欲深で、そこに対抗しなくちゃならないからね。
だけど普段の自分たちは大抵のことは自分でやる。料理もできるし馬車も扱える。そうそう、私のことは普通に名前で呼んでくれ『エリック』でいい。『トリスタン』と『エリザベス』でいいかい?」
「私は『エリー』で――みんなそう呼ぶから」
そう答えつつエリザベスはまた首を傾げた。
偉ぶらない王族というのは、確かに珍しいよな――。
そう考えていたトリスタンにエリックが説明を追加する。
「うちは政治も基本的には議会制だ。王家は議会で話し合われた内容について承認発布を行うためにある、って意味合いの方が強い。ちなみに議員は人の方が多い――というのは、亜人には話し合いを好まない人も多くて、議員になってくれる人が少ないせいだ。だからって国民の半数が亜人である事実は変わらないし、人間優先な政策を通すわけにはいかない。そこで王家が監視する。亜人と人間のバランスを保てなくなるような内容に関しては拒否権もあるんだよ。
だから議会が荒れていたり、新しい政策が発布されるときはものすごく忙しいし、そういう時は身の回りのことを他の人にやってもらって休んだりするけどね」
サラは驚き顔で聞き入っているし、エリザベスもぶつぶつ言いながら頷いている……けど。
「立法と行政を議会が行って――王室が司法ってこと? え、でも承認も王室ってことは王室が立法? でも普通は議会が立法よね? 行政はどこがやる感じ――領主? 議会制度で決まった政策に拒否権があるって、それって王室が衆議院の役割もあるってこと?」
『記憶』語が飛び出しているようだし、なんだかちょっと混乱している様子だ。
そんなエリザベスを見てエリックの方が驚き顔になった。
「博識だとは聞いていたが――奥方は随分呑み込みが速いな。そうなんだよ。うちで一番大変なのが『行政』部分で、それは人間エリアと亜人エリアでは常識が違ってくるせいだ。だから土地のローテーション問題も起きる。そういった土地には国政に理解ある亜人の領主や亜人に理解のある人間の領主にいて欲しいんだが、難しくてね。
亜人にも人間にもお互いを毛嫌いしている人はいるし、そういう人たちは住む区域を完全に分けた方がいいと主張する。だがそうした場合、長期的には人間も亜人も衰退する。いくら国土が広いといってもローテーションして保っている部分は大きいし、土地が痩せればいずれ人間側は新しい土地を求めて紛争が起こすだろう。それに人間がまったく整備しなくなった山野や川は亜人にとっても過ごしにくい場所なんだ。開けた場所のやわらかい草を好む小動物が多い草原はカイルみたいなやつらにとっては格好の餌場だし、よく日が当たって木の実がたっぷりある雑木林はロゼッタたちの天国――私も下枝が茂っていては走りにくい」
硬い顔がちょっとだけ楽しそうな笑顔になって、また戻った。
「助け合って生きているんだ。なのに中には亜人なんて奴隷にして全員ハリオネスやリナリアに送ってしまえばいい、なんて言う人間や、人間なんて殺すか追い出してモルドネシアを亜人の国にしてしまえばいい、なんて言う亜人も――モルドネシアでは議会で暴力沙汰を起こしたら理由を問わず強制的に禁固刑で二度と議員にはなれないという決まりがあるんだが、あれがなかったら話し合いなんてとんでもない、だよ」
首を振って「調整役は楽じゃない」と続ける。
「議会制って専制君主制や絶対王政でない分、恐怖政治になりにくい――平和な政治ができるのかと思ったら、そういうわけではないんだな」
トリスタンの呟きに、エリックは何度も頷いた。
そんな話も聞きつつ道中は恙なく進み、一週間で帰ることができ――まずはサラとロイド達との感動の対面。
誰憚ることなくきつく抱き合って涙の二人を見れば、密かにロイドに憧れていた女性たちだって諦めるしかないのは一目瞭然で、二人の間のロランは興奮のあまり人になったり仔犬になったり――転げまわる様子が嬉しくてエリザベスは半泣きで、みんなは笑顔になった。
祖父は今日もダンジョンらしく、ナイジェルもそうだ。リディアとマリーは温泉にいるそうなので、すぐには会えない。
再会を喜び合う三人に先にシュヘル邸に帰るように言って、まず住民ギルドに向かった。
そこではけっこう慣れた様子のマリッサさんが受付に座っていて、ウーリッヒの戻りが遅れることになったと話すと、さすがに寂しそうな顔をされた。
エリザベスが預かった小箱を渡して「今月中に帰るから」と言うとちょっとほっとしたように微笑んで、猫耳の女性レオノーラと並んで受付に座りなおす。
エリックについては遠縁の青年だと説明した。本人は「少し様子を見たい」というので来客用待合スペースに座らせたままにして、ウーリッヒが選んでくれたお土産(第一弾らしい)のうち、ギルド用のものをみんなに渡す。
住民ギルドの面々には酒で、女性のレオノーラにはブローチ。冒険者ギルドを含めた全体へは日持ちのする菓子だった。
あとは使いやすいペンや紙、インクなどの実用品。さすが必要な物をよくわかってる――だけどそれはお土産じゃなくて経費で買うべきだったんじゃないかな、と、ちらと思ったトリスタンだったけれど、出費元がパートリッジの祖父ならまあいいか、と考え直した。
それから、一番の重要物――アントニーが持たせてくれた、登録カード書き換え用の魔術具――を設置した。どうやら超特急で準備してくれたらしい。
留守にしていた間に溜まっていた書き換え申請のカードで実際に作業しながら、正職員となったフランコとティアゴに使い方を説明する。衝立の中に設置した魔術具は一度設置したら動かせないだけでなく、使用できる人間も限定だ。全てにトリスタンの許可がいるし、作業も衝立の中だけで行うことになる。
テオは最後の住民カードの配布に出ていていなかったが、なんとこれで文字通り全住民の登録を終えることができるそうだ。
自分たちがいない間もしっかり頑張ってくれていたんだと思うと頭が下がった。
買い物の際にカードを提示するというやり方も、提示すると買い物をしたお店でハンコがもらえ、ハンコを十個貯めて冒険者ギルドに持って来ると温泉卵がもらえるシステムに変わっていた。そうしたら格段に提示率が上がったそう――ただし、会計を小分けにしてハンコをたくさん貰おうとした人がいたらしく、後からハンコを押すための最低金額を設定したんだよ、と笑って報告された。
『税金を支払う代わりになる』という説明よりも『提示してハンコを貯めると卵がもらえる』といった方が住民には親しみやすかったらしい。
職場の雰囲気は和気あいあいとした感じで、二人がいない間に起きた問題も冒険者の宿泊先に関するトラブルだけだった。
ダンジョンの近くに目下急ピッチで建設中ではあるものの、いよいよ宿泊先がいっぱいになったらしい。民家に止めてくれないかと持ち掛ける冒険者や、ダンジョン近くにテントを張っている人がいるそうで、住民の中には警戒心を高めている人もいるとのこと。
久し振りに領地内の気配を探ってダンジョン内の冒険者数と照らし合わせてみると、実数で八人増えていた。
自分たちの移動に関しては、ウーリッヒが王都に残ってサラとエリックが来た。だから増えたのは七人――中には護衛や予備の御者などがいる可能性もあるけれど、そういった人たちにも宿泊場所は必要だし、もとが小さな街なのだからしかたないと思う。
冒険者ギルドでは経験の浅い冒険者については受付を停止する話も出ているそうだ。
潜ってもらいたくても、宿泊先がない状態ではどうしようもないし、潜ってもらえるのであればそれなりに魔獣退治に協力してもらえる人を優先させたいからだ。
冒険者たちのトラブルについては祖父も目を光らせてくれているそうだけれど、とにかくまず宿泊施設の建設状態を確認することにして、今度はダンジョンに向かった。
まだ荷物が残った馬車を御しながら移動する。ダンジョン入り口になっているお化け屋敷方向に進みながら、エリックはちょっと困った顔をした。
「人間が穏やかでいいところだね――後で聞いてみようとは思うけど、あの猫系の女性と冒険者ギルドにいた大柄な男性――彼は熊系だね。帰りたいって言うかな」
「帰国はあくまでも『本人が希望すれば』だから、違えるなよ? ところで、『行ってみないことにはわからない』っていう条件はどうなんだ? 合ってるかどうかわかったか?」
王子は首を振ってまた進行方向を見つめた。
「まだわからない。もうちょっと領内を見せてもらいたい。それに解放された亜人全員に会っておきたいんだ――疑っているわけではないよ。カイルが全員解放されたって言ってたから。だけど一応それも彼らが暮らしていた国の王族の義務の一環だと思って――いいかな?」
トリスタンも頷いて先を見る。
お化け屋敷の近くの空き地だった場所には、骨組みの出来上がった建物が立っていた。
どうやら屋根を設置している最中だ。冬場の雪に備えたけっこう急峻な屋根で、その中ほどにも窓用の空間がとってあるところを見ると、単身者用に屋根裏個室付きの三階建てという意見が採用されたらしい。
ここでもしっかり作業が進んでいた。
モーガンが作業員たちに混ざって自分でも工具を振るい、カロリーナの方は紙に向き合って何か計算している様子――たぶん木材の量だろう。
トリスタンたちを見てモーガンが屋根の上から手を振り、奥さんは駆け寄った。
「お帰りなさい~!」
明るい声が嬉しい。
ここにもウーリッヒからのお土産――というか資材の差し入れがある。お土産の半分弱を占めていたそれは、布だ。宿泊施設用の寝具やカーテン、リネン類を揃えるための布は、この土地で生産できる物だけでは到底足りない。
必要な内容を確認した後で、住民ギルドで裁縫アルバイトを募集することにした。作業場所は当面、シュヘル邸の一階にある広い空間(使ったことはない――お偉いさんが来た時の舞踏用に一応作ってあるってやつだと思う)にしよう、ということですぐにカロリーナさんと話がまとまった。
作るものの大きさや量を決め、作業してくれる人には適正な時給を払う。材料を持ち帰って家で作業する人については買取価格を設定してくれるそうだ。
裁縫の話になったらエリザベスがちょっと複雑な顔をしたので、「リジーはみんなに美味しいお茶とお菓子を振る舞う係りでいいんじゃないか?」と聞いたら笑顔になった――うん。かわいい。




