162. 疑問
うん。
なんか。
うん。
トリスタンがさらに甘々になった気がする――っていうか、気のせいじゃないよね――うん。
本当に片時も離れないって感じで、一緒にいてくれてる。
王都に来た時の、ちょっと硬い感じと警戒付きの、周りに対する威嚇みたいな『近づくな』ってやつじゃなくて、全面的に『俺の』って感じで側にいてくれてる――のは、嬉しいんだけど、どうしたの、かな。
確かに、広間にいた人たちの中にはあからさまに侮蔑の目を向ける人もいたし、男性の中には好ましくない視線を送ってきた人もいた。汚名付きで追放された立場である以上それはわかっていたことだし、それに対してトリスタンが『近づくな』って感じになるのもわかる――だけど、今のは何か、あれとは違う感じだと思う。
不思議に思いながら傍らの旦那様を観察する。
こんな感じになったのは昨日の朝、まったく見覚えのない豪華な部屋で目を覚ました時から――だと思う。
サラを引き止めるために魔力を使い果たしたことと、翌日にモルドネシアの面会があったことで、パートリッジ家に帰らずに王城に泊ったのだということは起きてすぐに聞いた。
それだけにしては豪華過ぎる部屋に首を傾げれば、軽く肩をすくめて説明してくれた。
「ハリオネスの王子が、サラの輪を外してくれたお礼に『どうしても』って言い張って譲ってくれたんだよ。ウィルも『ハリオネス王国との国交に貢献してくれたお礼を兼ねて』、『大っぴらに褒美とかあげられないし』って言ってくれてさ」
それらしい理由はもちろん納得がいく。
だけど、なんか。ちょっと困った顔をしたような気がしたし、それは眠っていたせいでせっかくの豪華なお部屋を楽しめなかったことを気の毒だって思ってくれたわけじゃないと思う――けど、他に何かあったかな。それに、『ウィル』って――言ったと思う。
後からナタリーに『夫婦なんだし、トリスタンはいい加減にエリーの着替えくらいさせられるようになった方がいいと思うわよ?』って言われたからには、着替えさせてくれたのはナタリーだったんだと思う。
その後ろで元気になったサラも賛成だって感じに頷いていて――つまり、トリスタンもナタリーに何か言われたのかな。
それでもうちょっと距離を縮めようとかそういう感じになったとか――。
どうなんだろう。観察したからってわかるわけではないけれど。
ハリオネス王国からの二人のお客様は昨日の朝食後に帰国した。
ウィリアム達に見せたものよりもわずかに深い礼と適切な時間よりもやや長めの握手は、戯れを装った感謝の気持ちの溢れ――だと思う。大げさなウィンク付きで『ぜひ遊びに来て欲しい』『申し出は有効だ』と誘われた。
従者に急き立てられ、名残惜しそうに帰って行く様子はフリにも見えないくらいで――モルドネシアとハリオネスとの国交にはまだ何やらありそうだし、専制君主制だという父親との関係もいろいろ難しそうだけれど、とにかく、この国とハリオネスとの国交に関しては問題なく終わったのだと感じた。
いろいろ読めない人だし、今のところハリオネスに遊びに行くような日は来そうにないけれど、「あいつに怯えなくていいと伝えてくれ」という小声での頼みには、トリスタンも顰め面のまま目だけで頷いていた。
二人の帰国の挨拶の後に予定されていたモルドネシアとの会見は、王室同士の話し合いが入ったとかでキャンセルになり、また遅れることになった。
最初は王室同士のあれこれが終わり次第と言われて控えの間で待っていたのだけれど、話し合いが長引きそうだと言われ、さらに待ち時間がはっきりしないところに加えての、『名門と名高いパートリッジ家にぜひ伺ってみたいものだ』というエリック王子の一声で、トリスタンとエリザベスは一度パートリッジ家に帰ることになった。
度重なる変更にはどういうことだろうと思ったけれど、王城を離れられることにはお互いほっとしたし、相手がパートリッジ家を訪ねてくれるのであれば接待役のメインは現公爵かアーノルド公に任せられる。
当然外交担当のユージーンも来るのだろうから――現ウィルベリー公爵は極力アーノルド公を避けているから滅多なことではパートリッジ家には来ない――エリザベスとトリスタンの事情を知っている人間ばかりで、会見自体はかなり楽になる。
そんなわけで気が楽になった状態で帰ったものの、結局昨日はそのまま訪問はなく、静かな一日になった。そして静かになったぶんだけトリスタンの変化がはっきりと感じられて、ハリオネスの王子は帰ったし、何の心配もなく二人でいるのに、『俺の』って感じが強まってるのはなんでかな、と思う。
そういうのは久しぶりだし、嬉しいし、それはいいんだけど――やっぱり、なんでかな、って。
昨日は寝る前に「どうしたの?」って聞いてみた。
そしたらちょっとためらった後で「さらなる危機意識が芽生えた感じで」と、返された。
「ハリオネスの王子様は帰ったんだし、心配しなくても大丈夫――でしょう?」
返事の意味がわからなくてもう一度聞いた。
モルドネシアの王子様は『非礼を働くつもりはない』と言っていた。それなのにさらなる危機意識が芽生えるのはどうしてなのかわからない。
広間にいた男性のような失礼な視線を送ってくる人はさすがにパートリッジ家の中にはいないし。
そうしたらちょっと間が空いて、「そうだけど、リジーの側にいたいし」って――引き寄せられた上に、やっぱり甘々な答えとキスが返って来て――自分の知らないところで何かあったのかな、ってまた思った。
今日も朝からまるでウィリアムを避けていた学院時代のナイトみたいにすぐ側にいてくれて――そんなやりとりを少し離れたところで見ているサラが始終ニコニコ顔なのはいいんだけど、やっぱりなんだか――違う。
そんなわけで、どうしたのかなって思いながら、急に本人曰く『危機意識が増加した』旦那様を観察する。
じっと見ると、ちょっと困った顔で目を逸らしてしまう。
だけどその割にはまたすぐこっちを見る。
時折視線が肩や胸もとに行くのは、既婚者用のドレスが気になるっていうのもちょっとはあるような――でも、この前みたいに見惚れてるって感じではないし。
「モルドネシアのお客様との話し合いって、そんなに難しいことなのかしら……」
サラのこともあるし、早く終わらせて帰りたいな。
朝食後、そんなことを考えながらトリスタンの観察もしつつ、ゆっくりと庭を散歩していたところに『一時間半後にモルドネシアの客を招く』という連絡が届いた。
これが終わったら帰れる――そんな思いでエリザベスは嬉しくなったのに、トリスタンの方は少し緊張が増したような顔になって、小さくため息を吐いた。
「どうしたの?」
再度の問いかけに、ベンチに促された。
「一昨日の夜、リジーが眠った後で――モルドネシアのエリック王子と少し話したんだよ。あいつは王妃になる娘を探してる――」
エリザベスの眉が警戒に寄ったのを見て、嬉しそうにちょっと笑った。
「リジーを狙ってるわけじゃない、って言ってた。リジーが行きたがらなければ、だけど」
「そんなの――」
当然、と続けようとした言葉が止まった――突然の、文字通り口を塞ぐキスは――優しいのに、所有欲でいっぱいな感じで――午前中の庭だっていうのにものすごくドキドキして、息が止まりそうになったのは驚いたせいだけじゃない。
やっぱり、今までと違う。
「『行きたい』って言われても手放すつもりはないよ」
まっすぐに届いた言葉に目を見張った。
なんだろう、これ。
さっきまでの甘々状態から一転して――。
これまでだったらキュン、ってなることが多かったのに。キュン、としたっていうよりは、ドクン、ってなったような。
これって、『恋人』っていうよりは『夫』っていう、そういう感じ――なのかも。
そんなことを考えていたら、トリスタンはまたちょっと笑って続けた。
「一度シュヘル領に遊びに来たいって言われたんだけど、わざわざハリオネスを抜けてまでこの国に来たがる意味も分からないし領地にはダンジョンもあるしいろいろ落ちついていない。それにお礼ならもう言ってもらったし――この会見も含めて断って欲しくてウィルにはそう言ってあったんだ――昨日の話し合いはそのことについてだったはずなんだよ。
だけど今日ここに来ることになったってことは、ウィルも国王も断らなかったってことで――後のことは俺たちと話せってことだから」
目の端に険がある。
何をそんなに心配しているのかな、って思っていたら、トリスタンが言葉を続けた。
「あのミミズク、本当の名前はカイルで第二王子だそうだ。歳は二十歳。それから、ロゼッタっていう王女も来てる。十三歳で、栗鼠に変身するそうだ」
「え!?」
何それ、そんな情報、いつの間に――。
「エリック王子は――」
驚いていたら今度はため息。
「歳は二十六だって。で、あいつも変身するんだよ――黒豹になるそうだ」
驚き続き――そんなこと、いつの間に。それに一昨日の夜に分かっていたならなんで今まで黙っていて、今言うことにしたんだろう。
「リジー?」
「はい?」
「リジーが俺を好きなのはわかってるつもりだけど――」
視線が斜め下に逸れて、さっきとはまた違う感じになった。
「けど?」
「それにカイル殿下のことで俺たちに恩を感じているそうだから、エリック王子も嫌がるようなことはしてこないと思うけど――」
「けど?」
「リジーに会わせたくないし、領地には呼びたくない、っていう俺の気持ちはわかるよね?」
困った顔に今度は、キュン、ってなった。
「……私のことが心配、なの?」
「うん。そう」
うん。て、やっぱりかわいい――って、思ったのに。
逸れていた視線がゆっくり上げられて、目があった。
真剣な顔は、『かわいい』なんかじゃない。それにひどくゆっくりと触れながら腕から肩に上ってくる手も、ついばむように触れてるキスも『優しい』だけじゃなくて。
これってやっぱり、気が変わった――って、そういう、感じ?
だって、なんか、背中がさわさわするし、誘われてる、って感じがする。
いいのかな、って、私は、いいんだけど――。
指輪のことを調べたいからって言ったのはトリスタンだ。子どもができるのは自分が成人してからの方がいいって言ったのも。
私の方はどんな理由があったってもう、他の人なんかあり得ないって思っているし、それなら待たなくてもって――。
ものすごくドキドキしながら、そーっと手を伸ばして、ちょっと引き寄せてみた。
「それはつまり、『心配いらない』ってこと――かな?」
思いがけず軽い口調で囁かれて閉じていた目を開くと、『にっ』って感じの笑い顔。
こんなにドキドキさせられているのは自分だけなのかとムッとした。
「トリスタン――からかってるの? 『他の誰かなんていない』って私の気持ち――」
昨日からの不可解な感じも手伝って、怒り交じりで問いかけたら、なぜかまた笑顔で。
「『さらなる危機意識が芽生えた』ことによる心配と嫉妬と所有欲――でも、『他の誰かなんかいない』って、嬉しい――早く帰りたいな」
嬉しそうな顔。
なんだか翻弄されてる感じだけど、そういうことなら心配なんかいらないし、嫉妬するような相手なんかいないし、所有欲だっていうなら本当に他の人なんかいないし、私も帰りたい。
額を寄せて、ほっと息を吐いたけど――やっぱり何かあったんじゃないのかな。




