161. そこはわかってる
「そんな――そんなの、横暴よ! 解放してくれたんだからいい人だって思ってたけど、薬まで使って無理やり逃げられなくするなんて、奴隷の輪と変わらないじゃない!」
悲痛な声だったけど、なんだかもうどうでもいい感じだ。
「薬なんか使ってないし、たとえそうだとしてもお前には関係ない」
ぶっきらぼうな返事のせいで睨まれたけど、本当にいい加減にして欲しい。
ウィリアムの顔からも冷酷な仮面がはげてきているし。
「――リジーは自分の意思で俺を選んだし、俺だってそうだ。誰かに強制されたわけじゃない。ここでの扱いが酷いのは確かにそうだが、それにも理由があるし、一時的なことだ。その理由はやはりお前には関係ない。現にこうやって王太子も次期公爵も俺たちのために駆けつけてくれている」
それでも少女は譲るつもりはないらしい。
「薬じゃないなら――どうしてあの人は目を覚まさないのよ?」
「単にものすごく疲れてるからだ――魔法の使い過ぎ」
「本当に?」
「明日になればわかる。元気になるから」
「声をかけても揺すっても一切反応しなかったのよ? それが単なる疲れだっていうの?」
「理由も調べずに自分の正義を振りかざすな。お前も魔法を使うならわかるだろうが――魔力が減ったところに他人の魔力を入れたから――体内で融合させてしっかり自分のものにするまでにはそれなりに時間がかかるんだよ!」
言われたことを考えている様子――魔力切れについて知らないのか?
案の定で、少女は目を丸くした。
「他人の魔力なんて入れられるの? そもそもなんでそんなことをするのよ?」
「普通はできないけど、家族とか――とにかく! リジーは今はそういう状態で、それだって明日の朝には元気になる」
疑いの目つきが腹立たしい。それにいちいち説明してやる義理はない。
「口さがないやつらがいないパートリッジ家に帰りたかったのに、わざわざ部屋を準備してもらったのは明日お前たちに会う必要があったからだぞ――なのにこの騒ぎ。俺たちのことは、余計なことをせずに放っておいてくれればよかったんだ」
「本当に? 魔法のせい?」
「そうだ。魔力を使い過ぎた理由はハリオネスのあいつが知ってる」
「本っ当に?」
「聞けばいいだろ! 隣にいるんだから――!! 勝手な思い込みで俺とリジーの生活を乱すな! 善意で助けてやったのにいい迷惑だ。次に奴隷の馬車が来ても助けないぞ――気づかなかったことにしてリナリアに送り出してやる。ウィル――そっちも許可してくれ」
疲れと安堵でイライラしてきた――あ、俺いつからウィルって呼んてた――? まあいいか、もう。
本当に、さっさとシュヘル領に帰りたい。
「そんな! それは困ります――大事な国民なのよ、どうか助けてやって――」
「トリスタン――そこは助けろ――この国では奴隷制は認められてない。許可のない奴隷を連れての移動はそれだけで重罪だ。見て見ぬ振りも同罪だ」
当惑顔のロゼッタの言葉にウィリアムが堅苦しく続けたけど、本当にいい迷惑だ。
「こんな目に遭ってまで助けてやる義理はない。俺にはリジー以上に大事な物なんてないし、国境を接してもいない国なんて、解放した人たちを帰すのも難しい」
「――まあ、それは、そうだが――そのあたりは俺やユージーンの管轄だ――迷惑をかけてすまない」
頭を下げられてハッとした。
「え、いや、ウィルを責めてるわけじゃないし、謝ってもらう必要もない。ごめん、俺も結構疲れてるみたいだ――」
「ああ、確かにお前にしては荒れてる――だけどエリーが絡んでるから当然だろ。なあ、詳細はわかったんだし、そういうことならエリーは大丈夫だ。エリーはお前が好きだし、シュヘル領にいたがってるんだから――お前はエリーを連れて部屋に戻ったらどうだ。後のことは俺とリュカとユージーンで済ませるから」
言われてほっと息を吐いた。
「ああ、そうさせてもらえると助かる――」
ウィリアムの苦笑に送られてエリザベスが眠っている隣の部屋に引っ込んだ。
「リジー? もとの部屋に戻ろう。運ぶよ?」
反応が返って来ないのはわかってるけれど、枕に埋まるようにして眠っているエリザベスに一応声をかけて、静かに上掛けを引きはがそうとして――。
手が止まった。
だって、目に入ったのは、滑らかな肩から続く優しい曲線で。
――ちょ、っと……待って。
上掛けを戻して――そのまましばし固まる。
もといた部屋に運ぼうと思っていたから開け放してあったドアを振り返って、深呼吸を三回。
そのまま部屋から出ると、ウィリアムがこっちを見て怪訝な顔をした。
「どうした――エリーは?」
返答に困る。
あのままでは到底運べない。
とりあえず小柄な少女を睨んだ。
「リジーの服を脱がせたのは?」
「……私よ? 男の人は近づけてないわ――さっきも言ったでしょう? それらしく見せるための口実――そのままの格好じゃ、何かあったと思ってもらえないから――でも、本当に私しか見てないし触ってない――本当に――それもダメだっていうなら切り落とすのは私の手にして。お兄様たちは見てないし何もしてないわ」
声に懇願があるし、それは、そうなのだろうけど。
あれを、どうしろっていうんだ――。
とはいえ、ここは国賓をもてなすための部屋だし――。
長々とため息を吐いた。
「トリスタン?」
なんとなく察したようなウィリアムの声に、返せる言葉がない。
短い沈黙の後で、ウィリアムは『やれやれ』って感じで首を振った。
「トリスタン、お前が嫉妬深いのは知ってるし、たとえ相手が女性でも気にくわないのはわかる。それにエリーは『全く反応しなかった』と、ここにいるロゼッタも言っていたんだから、これ以上エリーを動かしたくないのもわかる――だけどここは本来外国からの来客用の部屋で、男爵夫妻を泊めるような場所ではない」
これ見よがしのため息。
「――だがまあ、今回のことは今後の外交に大いに利用できそうだし、君たち夫妻には今のところおおっぴらに報奨を与えるわけにもいかないし――代わりと言ってはなんだが、今日のお礼として一晩この部屋を貸そう。ちゃんとした礼はいずれ改めて。父にはそう取り計らったと伝えておく。荷物のことはアリーかナタリーに言っておくし、俺たちは場所を変えて詳細をつまびらかにしておくから、お前ももう休め」
苦笑交じりの鷹揚な態度はもちろん作りものだし、エリザベスを元の部屋に運べない理由を察して助け舟を出してくれているのもわかる。
だって、そのためにはロゼッタが脱がせたものを着せないと……だし。
だけど、休めって言われたって――今すぐにでも休みたいのは確かにそうだけど、たとえ黒豹になっていたとしたってあれは――。
苦い思いでロゼッタを睨むと少女は身体を竦ませた。
「……そりゃあ、あんなにステキなんだから誰にも見せたくないっていうのはわかります――私だって見とれちゃうくらい――だけど、でも、私は同性だし! 別に触ったりとかしてな――!?」
小さく息を飲んで続く言葉を飲み込んだところを見ると、そこは十分わかってるし、それ以上喋ったら手を切り落とすだけじゃ済まない、ってことには気づいてくれたようだ。




