160. 言い訳
「さて――命乞いをする準備はいいか――返答次第では一本ずつ指を落とさせる。もちろん最初はお前じゃなくて、あっちの部屋の王太子とミミズクからだ。ミミズクは――そうだな、毛を毟らせるか。指が全部なくなったら次は両手と両脚だ。
あの鎖で縛られたからには逃げられない。外せるとしたら父だけだ。時間を取らせるなよ。国王と婚約者を待たせてるんだ」
柔らかいのに抑揚のないウィリアムの言葉。
エリザベスが聞いたらものすごい勢いで叱られそうな台詞だと思う。だけどここでは有用だ。
恐怖に見開いた涙目で見上げられても、手加減はしない――そのくらいのフリはどちらも朝飯前――エリザベスにはけして見せない顔だけれど。
「エリーに危害を加えたか?」
黙ったまま少女が首を横に振る――その後で「そんなことしてない。本当に――してないわ」と震え声が続いた。
「なんでエリーを攫った?」
感情を交えない声でウィリアムが聞くと、三拍置いてまた震え声が返って来る。
「……あの人が、カイ――カイリーを助けてくれたからよ」
ウィリアムが小さく笑って声を落とした。
「あのミミズクか――今さらだ。取り繕うことはない。お前たちはモルドネシアの三きょうだいで、あのミミズクが次兄のカイル。お前は末の妹だな? 名前はロゼッタ、だったか」
モルドネシア王国はこの国とは国境を接していない。広い国土を持つハリオネス王国のさらに奥にある国だ。国民には亜人も多く、罪人奴隷以外の奴隷制も承認しているし、通常であればナルシカ王国との交易はない。
そのため、当然ながら情報も少ない。そんな中での情報に少女が唇を噛む。
「亜人が多いとは聞いていたが――王族は人型でいながら動物の特性を持つのか。――名前はともかく、そこまでの情報は入って来なかった。長兄が黒豹、次兄がミミズクか――チェックをすり抜け、国境を超えて入ってきたということはお前もだな――何に変わる?」
ウィリアムの言葉は当たりだったらしく、少女が俯いて――「指を落とすか」と言われて青ざめ、「栗鼠よ」と小さな声で答えた。「カイルに掴んで飛んでもらった」
ウィリアムが頷く。
「なるほど。広間では兄のポケットにでも入っていたか――だが『助けてくれた』と言ったということは、エリーは恩人なんだろう? 攫うことは恩を返すことにはならないぞ」
少女はまっすぐにウィリアムを見上げた。
「なるわよ――カイルが言ってたもの。『あの人はあんなところにいるような人じゃない。間違いなく王妃の器だ』って。私たち、それもあってここに来ることにしたのよ。お礼を言うために。そしたら――それなのにここの人たち本当にあの人に冷たくて――実家だっていうウィルベリー公爵家でも見たわ。父親だっていうあの公爵でさえ、会えてもちっとも嬉しそうじゃなかったし、さっきだって庇いもしないであんな言葉――」キッとウィリアムを睨む。「あなただって、声をかけたのは一言、『息災か』ってそれだけだったじゃない――カイルは酷く驚いていたわ。あの人が領地で幸せそうにしていたってことは聞いていたけど、カイルは酷く悩んで、それで『連れて帰ってやりたい』って――『ハリオネスで王妃になるのが嫌ならモルドネシアでだっていい。とにかくこれは酷い』って」
非難の声にも、ウィリアムは表情を変えなかったし、そこはトリスタンもそうだ。
ただし内心の『やれやれ、それか』は共通。
「リジーがきっぱりと断ったのは聞いただろう?」
トリスタンが聞くと、少女――ロゼッタはちょっとためらってからそれでもはっきりした口調で言った。
「それはハリオネスの王子じゃ嫌だからだし、あなたの手前断れないからでしょう? 少なくともあなたはあの人を大切にしていたし、あの人も嫌がってはいなかった。もちろんあなたには悪いと思ったわ。カイルを助けてくれたんだし、あなたにも恩はある――だけど、『弱味でも握られているのか』って聞かれた時、あの人、躊躇ってた。それは私も見たし、国外に出るための口実さえあれば『一緒に来てくれるはずだ』ってエリックが言ったから――」
そう言いながら奥の部屋、おそらくエリザベスが眠っているのだろう部屋の方を窺う。
「口実……俺に対してやましいところがあるっていうのが口実か?」
そのやり口は、はっきりいってかなり酷い。
「そう――不貞の可能性があれば、あなたのもとを去りやすいでしょう?」
「それがリジーをどれだけ傷つけるかは考えなかったのか!?」
聞きながら拳が硬くなるのは止められなかった。
少女も拳を硬くした。
「もちろん考えたわよ! それにそんな小細工をする予定はなかった――ちゃんと話だけするつもりでいたの――だから三人で会いに行ったのよ。あなたのいないところで、『本当に他の国に行かなくていいのか』って聞きたかったの! だけどあの人は全然起きないし、これは薬を盛られたに違いないって――。だから連れ出したのよ!
酷い目に遭わせるつもりはなかったし、私がずっと一緒にいたわ! あの人に聞かれた時に『なにもなかった』ってちゃんと答えられるように――だけどそこは口実でよかったから――あの人がこの国から『逃げ出したい』って思っているなら、何もなかったってことを黙っていればいいんだもの。
本当にお兄様たちがあの人に何かしたわけじゃない――お願いだから指なんか切らないで――確かに運んだのはお兄様だけど、私たちずっと一緒にいたし、運んできてから後のことは二人が出て行った後で全部私が一人でやったし、ハリオネスの王子だって部屋に入るのは嫌だって――いつもならモルドネシアからの頼みを断ったりしないのに、『絶対に入らない。指一本触れるわけにはいかない』って言い張って――ローブに着替えて不貞の可能性を匂わせるところまでしか同意しなかった」
硬くなった拳がわずかに緩む。この少女に安堵の表情を見せるつもりはないけれど、よかった――。
「連れて行ってどうするつもりだった?」
ウィリアムが質問を続ける。
少女の方には本当に疚しいところはないのだろう。動物に変わる体質もバレた以上隠すことも特にないのか、答えをためらう様子はなかった。
「それは――どっちの国に行きたいか聞いてみてどちらかの王妃に――もちろん行きたい方によ――モルドネシアに来て欲しかったけど、ハリオネスがいいって言われたら諦めるつもりでいたわ――そのときはハリオネスにたっぷり恩を売れるし。
でも、あんな言い方をされたらハリオネスに行きたいなんて普通は思わないでしょう? エリックの方が頭もいいしハンサムだし……それに、エリックが嫌でもうちにはカイルもいるし……そもそもの目的には反するけど、王妃になってくれるなら――王弟になるカイルの妻でも――一応の目的は達せられるんだし」
「その目的ってのは?」
「エリックの妻になる人を連れ帰ること――もちろん同意の上でよ?」
それは、聞き捨てならない。ウィリアムが口を開く前に聞いていた。
「『同意の上』ってのは確実か? リジーが『行きたくない、ここにいたい』って言ったら?」
「それは――そんなことないと思うけど――その時はもちろんそのまま帰ったわよ。そもそも私たちはお礼を言って、エリックのために協力してくれないか、って頼むために来たんだもの」
他国で貴族の妻を誘拐したというのに悪気はなさそうだ――本心か? どういうことだ。
トリスタンの不信を感じ取ったかのようにロゼッタが言葉を続けた。
「あんな扱いをされているところさえ見なければ、疑わなかったし――話を聞いて『この国にいたいんだ』って言われたら明日は普通に会って、その時に私が奥さんの方を散歩に誘って――あの国際政策部の人から離れたところで――『動物の形でならこっそり遊びに行ってもいいか』って聞くことになってたのよ。私たちは義理堅いんだから」
『義理堅い』が聞いてあきれる。
「自国で王妃にすることを目的に妻を攫われたんだぞ? そんな連中になど来て欲しいとは思えない。むしろどんな理由があっても今後二度と来て欲しくない。シュヘル領の境界を踏み越えたら消し炭にする許可をくれ」
とりあえずウィリアムに頼んだ。
――シュヘル領でなら、おそらくできると思う。




