156. それぞれの申し出
「横から失礼。うちのがお世話になったと聞いている――感謝するよ――とても心配していたんだ。お礼をしたいと思ったんだが、どういったものを喜ぶのかわからなくて――直接聞こうと思って呼んでもらったんだが、余計なことをしたようだ。君たちが王都内で歓迎されない立場にあるとは知らず――すまなかったね」
ハスキーな声。まともな言葉に少しほっとする。
格好はかっちりしているが、表情も声も穏やかだ。
「いえ、そのようなことは――お気になさらず――こちらは?」
さっきのがハリオネス王国の王子ならこっちはモルドネシアの王室関係なのだろう。そう思いながら紹介を促した。
「こちらはモルドネシア王国からいらしたお客様です。エリック・ウェイン・アクハースト殿下と――」
「カイリー、だよ。『このまま』ですまないが――」
そう言いながらミミズクの背を撫でた。
「いえ――わざわざ足をお運びいただいた上、お礼の言葉を頂戴するとは光栄です」
互いに礼をする。隣でカーテシーをしたエリザベスも少しホッとした表情――ベルナルドとは同年代に見える。髪は濃い目の金だけれど襟足は黒味がかった灰色で、じっとこちらを見つめる瞳も灰色――落ちついた様子に、少しは常識がありそうだ、と考える。
「彼らを解放した時のことについて話を聞かせてもらいたいんだが――ここがふさわしくないなら、場所を用意して貰えるかな?」
そう言って相手がユージーンに視線を送った。
「場所を変えて私が同席します――それでよろしければ」
「もちろんだ」
「いえ、このままではお受けいたしかねます」
まとまりかけた会話に対するトリスタンの断りの言葉に二人と一羽が目を丸くしたけれど、そこは譲れない。
エリザベスの近くに得体のしれないものを寄せ付けるわけにはいかない。
アリアンヌに言われて気をつけていたおかげで、気配が一人分多いことに気づいた。
ミミズク以外にもう一匹――こいつの胸もとには何かいる。気配は人だけど。
つまり人種を偽っているのはミミズクだけじゃない。
「『このままでは』とは?」
片眉をあげた問いかけの表情に、一歩近づいて当人には聞こえる抑えた声で答えた。
「意味は先程と同じですが、もう一人もご紹介いただいてから――」
相手はほんのわずか目を見開いて、それからゆっくりトリスタンを眺めた。
「それは即断しかねる――申し訳ないが明日、あらためて時間を取ってもらえるだろうか――君たちが明日発ちたいのなら朝のうちで構わないから」
それはあまり嬉しくない申し入れ、だ。こんなところには来たくない。
こちらの一瞬の不快を感じ取って、相手はさらに言葉を続けた。
「引き止めることになってすまないが、それは私の一存では決められないんだ。礼を言う立場にありながらの注文で悪いとは思う。そこのバカのように恩人から妻を奪おうなどという非礼を働くつもりはないし、話をしておきたいのは本当なんだ。是非頼むよ」
願いの言葉とはいえ、そう言われれば王族相手に断れるはずもない。
「いえ、とんでもありません。では明日改めて――」
「ああ、頼むよ。ユージーン殿、君にもまた足を運んでもらうことになるけど構わないかな――それともあの公爵が来る?」
「私が参ります」
即答したユージーンに心の中で感謝し、礼をする。
「じゃあ、私の方は今夜のうちに済まさせてもらってもいいかな」
さっきのバカの声がまた割って入った。
「感謝の気持ちなら、既に十分理解しました。これ以上のお気遣いは無用です」
「もうちょっと確かめたいことがあるだけだよ。それが済まないうちは国に帰れないものだからさっさと済ませておきたいんだ――もちろん私にこの国にいて欲しいって言うならいるし、君たちの領地に押し掛けることもできなくはない――まあ、国境が接してるわけだし?」
楽しそうに笑って見せられても、こっちはまったく楽しくない。
けれど相手はトリスタンの不機嫌顔など全く意に介さない様子で言葉を続けた。
「もちろんそこのユージーン殿も一緒で構わない。だけど、他の人には遠慮してもらうよ。二人一緒で構わないから別室に移ってもらえるかな」
こちらもとりあえず尋ねる形式で言われてはいても、自分たちも相手もこっちが断れないのはわかっている。
身分、というやつがつくづく恨めしい。
ユージーンに促されるまま別室に向かった。
それなりに広いテーブルを挟んで偽フェリペと向き合う。サントスが傍らに控えた。
「盗聴透視防止の魔術を使わせてもらう――そこは違えるなって言われてるんだよ。いいね?」
その言葉にユージーンが頷いて、「この部屋は常に盗聴も透視も不可能ですが、それでも必要と考えるのでしたらお使いください」と答えた。
頷いて相手が呪文を唱え、居住まいをただした。
雰囲気が変わった――浮ついて崩れたところが消えて、ずっと落ち着いた感じになる。
「さて、じゃあ真面目な話だ――ここだけの話にさせてもらうから名前も本来のものを使わせてもらうし、さっきの失礼な態度はひとまず忘れてもらいたい――対外的には私は軽はずみで考えナシでろくに使えない人間だということにしてあるんだ。まあ、色々と理由があって。だがこの件に関しては真面目な話なのでね――私はハリオネス王国の王太子ベルナルドだ。ここに来たのは父の命でもある。王太子からの質問だと思って誠実に答えて欲しい」
何を聞かれるのかと少し身構えて質問を待つ。
「捕らえた奴隷たちだけど、全員解放したんだね?」
ちょっと拍子抜けした。
聞きたいことは亜人の馬車について、か。それならまったく構わないし、そのためにわざわざ来たのだろうし――もっとも、こちらには報告した以上の話はないけれど。
「はい」
「本当に全員自由になった?」
「はい」
「――奴隷の輪は?」
「外して捨てました」
「どうやって?」
聞かれてユージーンを見やった。そこは国が関わる技術だ。ユージーンがトリスタンの代わりに答えてくれる。
「それはお答えしかねます――」
ふん、と不満そうに鼻を鳴らしてベルナルドが続けた。
「『全員解放した』と言って、実は君たちが奴隷として所有しているなんてことは?」
それはまったく予想外の質問だった。
どういうことかとエリザネスと顔を見合わせると、相手は少しだけほっとした顔をした。
「実は私はある奴隷を探していてね。最高級の奴隷の輪をつけているやつなんだけど――先月、そう簡単には外れないはずのその輪をつけた奴隷が一人、逃亡したんだよ。私はそいつを探してこんなところまで出てきた。
名簿を見た限りではわからなかったけれど、君たちのところで解放されたっていう奴隷たちの中に、そいつがいたんじゃないか――そう考えたわけだ」
そういう理由――だとしても、こちらには何も疚しいことはない。
「囚われていた人たちは皆解放しました。名簿に大まかな年齢と性別以外の記載がないのは追われる可能性を減らすためですし――その後のことを報告する義務はないはずです」
「そうなんだけどね。本当にそうならそれでいいんだけど……君たちが全員解放したという保証はないだろう? なにしろあの輪を外すのはとても難しいはずだからね」
「この国では罪人奴隷以外の奴隷を所有することは犯罪ですよ? それに奴隷の所有者は国で、領主や個人ではない」
なんでそんなことを疑われるのかわからない。
「知ってるよ? だけど、君たちの領地は辺境だ。役人なんてめったなことでは見回りに来ない。司法の目をごまかすことくらいいくらでもできそうだ」
「自分たちは奴隷を所有したりしません。そこが信じられない、と?」
「口では何とでもいえるだろう?」
「明るみに出れば自分が罪人になって奴隷に落ちると知っていて、それでも奴隷を持ちたがる人間がいると思うんですか?」
この国では罪人奴隷以外の奴隷を持つことは重罪――隣国の王太子がそれを知らないわけはあるまい。
「その価値があると思えば。つまり、私が探しているのはそういうやつなんだよ」
「繰り返しになりますが、囚われていた人たちは全員解放しました。解放されたにもかかわらず戻らなかったのなら、本人は戻りたくないと考えている――それだけです」
「私も繰り返すが、戻りたくないから戻らないのならそれでいいんだよ。だけどね、私の探してるやつの輪はちょっとやそっとじゃ外れないはずで、輪が残っているなら、あいつは必ず戻ってくる――情の深いやつだし、何よりつがい(・・・)がこちらにいるのだし――なのにあいつが戻って来ないっていうのは、あいつが『繋がれている』可能性があるってことなんだ。……私の輪に新たな輪を繋いで、観賞用、愛玩用に誰かに飼われている可能性――私はそこを聞いているんだ。
心から案じている、と言ったら信じてくれるか?」
誰のことを話しているのか、もちろん想像はついた。
愛玩用に攫いたくなるような――子どもと、その父親。他にはいない。
「俺たちは誰も束縛してなどいない。残っている人達はみんなその人自身の意思で残っている」
トリスタンは堂々と言い切ったけれど、相手の視線も揺らがなかった。
「これも繰り返しになるが、それならそれでいいんだ。ただし、それならそれが可能であることを証明して欲しい」
じっと見つめる。
「それはつまり、どうあってもうちの領地に来て本人に会いたいということか? 奴隷にすることを目的とした捕獲はここでは重罪だぞ?」
「言ったろう? 捕まえるつもりなはい。自由になったとわかればそれでいいんだよ」
苦笑交じりの言葉は本心かどうか。
「それを信じろって言うのか?」
「戻って来ないのがあいつの意思ならいいんだ。だがまずは今回の騒動の中にそいつがいたかどうかだ」
「いたら?」
「本当に自由になったのかどうか」
「いなかったら?」
「……いなければ他を当たるよ。死体が見つかるまで探す――輪だけでも回収する。王命である以上私には全うする責任がある。いなかった場合は改めて探しに行くことになるだろう――もちろん君の領地も含めて」
そう言って細めた目が諦めるつもりはない、と告げている。
「うちの領地に輪の付いたやつはいない。――どうやって自由になったことを証明しろっていうんだ?」
「だから輪を外した方法を教えてもらいたいんだよ。最初に聞いたろう? シュヘル領にて輪を外し解放した、と報告書にあった。つまり領主である君は外し方がわかる――説明くらいできるだろう?」
隣に控えたエリザベスと顔を見合わせた。
あれを外した時は――エリザベスが輪の呪いを消して祖父が輪自体を焼き切ったはず。外すことはできても、それを説明するのは――。
ユージーンの声が再び割って入った。
「出来かねます。それは我が国の技術だ」
「なら、ほぼ同じものをつけている奴隷を一人引き渡す――作業は見ないから――外してくれ、シュヘル男爵。君ならできるのだろう?」
「あなたはこの国の王太子の婚約の祝いに罪人奴隷を連れて来ているのですか――!?」
ユージーンの非難の声にも相手は小さく肩をすくめるだけだった。
「違法ではないだろう? まあ、相応しくはないが……今回はそうするしかなかったんだ」
さらりと言って、続ける。
「本当は連れて来たくなどなかった。状態がよくないし、連れ歩きたいわけでもない。だが連れて来なければそれだけで殺されてしまう可能性が高かった。逃がしてやりたくてもあの輪は私にも外せない。治療もできない――嵌めたのは父でね。うちが専制君主制だってことは、知っているだろう?」
ロイドが高位の貴族の奴隷だったことは聞いていた。
そして、ハリオネスの国王はそんなやつなのか――。
「彼女は主人に――つまり王に怪我を負わせたことで罪人奴隷になった。だからこそこの国に連れて来ることができたんだ――ここであの輪を外してやれるなら――ここでなら自由になれる。そうなればもしかしたら治療も――いや、それは高望みが過ぎるのだろうな」
長々と大きく息を吐いて、王太子はそのまま顔を上げずに聞いた。
「いいか、これが最大限の譲歩だ。私は君たちの前にこれまで隠してきた自分自身の立場と方向性を明確にした――もう私が誰のことを話しているのかわかっているのだろう?」ゆっくりと顔を上げる。「あいつは、どうしてる? なぜ戻って来ない――本当に解放したのか?」
まっすぐに見つめる目には、苦悩。
それが苦痛に揺れた。
「それとも、躾けやすい子どもだけ残してあいつのことは殺したのか?」
声に含まれているのは紛れもない――心配と自分自身への怒り。
「俺たちはそんなことはしていない」
「なら、証明してくれ」




