155. ベルナルド
「「フェリペ殿下!!」」
ユージーンの声と、聞き覚えのない男性の声が重なって、その遠慮のない声の主が距離を詰めて目の前に立った。
「やあ、君たちが僕の国で悪さをした密猟者を捕らえてくれたって領地の二人だね? まずはありがとう。会いたかったよ――いろいろ聞きたいこともあって、ちゃんと話して確認して来いって言われたんだよね――国王に。男爵家だって話だけど、本当かい? 二人とも随分と若いね。それに奥さんはこれまでに見たことがないほどの美人だし」
ずらずらとまったく遠慮のない言葉にジロジロと注ぐ視線――『殿下』ってことは王族、そして名前から第二王子なのだとわかったけれど、この人物の言動はひどい。たとえ他国の貴族でも男爵など敬意を払うに値しないってところか――それにしても、こんな感謝の言葉がありなのかと耳を疑う。
二十代半ばか後半くらい。明るい金の髪に濃い緑の瞳。少し彫りが深いけれど背が高くハンサムで、黙ってさえいれば賢そうでもある――?
「今回の婚約式もね? ちょっと変だなって思ってたんだよ。婚約式だし、外国からの客を呼ばないのはまあ、ありだとしても、あそこのウィリアム殿下、前にも婚約してたよね? 『ウィルベリー家のお嬢様』と。僕の思い違いじゃないと思うんだけど――だって隣国の公爵家令嬢は一応大事な妃候補だし。
ウィルベリー家は三姉妹――なかでも断トツって話だったのが長女――プラチナブロンドの髪にアクアマリンの瞳。性格は冷たいけれど博識でかなりの美女で、白魔法に関してはなかなかの使い手だって話で――リナリアのアルフォンソが見向きもされずにフラれて、結局自国で囲い込みって話を聞いた時は、かなりすっとしただけじゃなくて随分興味を引かれたんだけどさ。あそこにいる未来の王妃様はとてもかわいいけれどストロベリーブロンドに淡い緑の瞳――そこの次期公爵の婚約者は黒髪に深海を思わせる紺の瞳――会場を見渡したところ該当者はいない。不幸な事故でもあったのかと思ってたところにこれだ。どう見ても、君のことだろう?」
また一歩近づこうとするのを身体で遮った。
ちょっと驚いたような相手の顔。
「あ~、悪いね。シュヘル男爵――だけど、確認させてもらいたいことが増えたんだよ。君の奥さん――あきらかに男爵領に嫁ぐような人じゃないだろう? なんなら僕がこの場でもらってハリオネスの王族に迎えてあげるけど――どう?」
のぞき込むように首を伸ばす。
その失礼な行動は他国を訪問中の王族とはとうてい思えない。
それにますます耳を疑う言葉。しかもこんな人目の多いところでどういうつもり――。
「殿下! 他国に来てまで御戯れはおやめください――本日のご予定は――」
「うるさい、サントス! これ以上の姫が他にいると思うな――父上のことくらい説得してみせるし、他の者たちなど――」
「殿下!! こちらの方は人妻ですよ――! しかも他国の、恩ある人の妻です!」
「だからなおのことだ。『シュヘル領は辺境で財政も豊かではない。ゆえにたとえお忍びでも他国の王族を迎えることなどできない』とウィルベリー公爵が言っていただろう? そんなところにこんな美人を送り込むなんて――この国の人たちの目は絶対節穴だ。
ここに来てからの様子も見ただろう? 『呪い付き』だなんて陰口を叩いて――ねえ、美しい人――君にはそんなわびしい暮らしなんて似合わない。僕と一緒にハリオネスにおいで。贅沢三昧だよ? ドレスも宝石も好きなだけ買ってあげるし、君を正妃にするって約束する。そこの旦那さんだって、君のことをホントに大切に思うならどうするのがいいかわかってるはずだ――それに『呪い付き』の妻なんていらないだろう?」
無茶苦茶な言い分に従者が頭を抱えた。
「ユージーン様……こちらの方、どなたですの?」
言いたい放題で話し続ける男には取り合わず、トリスタンの斜め後ろからエリザベスが尋ねた。
口調が久しぶりの悪役令嬢モードだ。
「こちらは――」
と言いつつ、ユージーンが口を噤む。続きが出ない様子だ。
それもそうだろう。
さっき呼んだ名前は『フェリペ』。それはハリオネス王国の第二王子の名だ。
だけど、こいつはさっきエリザベスを『正妃に』と言った――それはゆくゆくは王妃に、という意味だ。第二王子がそんなことを軽々しく口に出せるはずがない。
「ああ――求婚するなら身分を偽るわけにはいかないし――だけど名乗ったら後には引けないから、一応そこは察して欲しいな」
隣で従者らしき男性サントスが口を開いて何も言えずにまた閉じる。
こちらではユージーンが同じような状態になっている。
アリアンヌが『身分を偽っている』って言っていたのはこいつのことか。
第二王子の名前を借りた、第一王子のベルナルド。
「さ、返事を聞かせてくれないかな、美しい人――あなたがイエスと言ってくれたら今すぐにでも国に連れ帰って心行くまで愛し合いたい――」
どう? と問いかけられた言葉に即答した。
「断る」
はっきり答えたトリスタンの言葉に相手が顔をしかめた。
「君には聞いていないよ」
どこまでも腹立たしい――睨んだトリスタンの後ろからエリザベスの声。
「お断りいたします」
「おや、つれない――よく考えてごらんよ。ハリオネス王国はこの国より広い。交易も盛んだ。富だってたくさん集まるんだよ?」
「お断りいたします」
再度の断り文句に相手が窺うような顔つきになった。
「どうしてだい? そこの旦那さんに弱味でも握られてる? ここより大きな国の王族になれるんだ――いい申し出だろう? 国どうしの結びつきが強まれば国交にもプラスになる」
「――ハリオネス王国は隣国の数が多いしその中には大国もある。戦争の危険は高い――鉱物資源は多いけど、農地はそんなに多くないし、治めやすい国じゃない――それなのに王子がこんなところに出て来るなんて――偽物じゃないの?」
「おや、そんな返事が返ってくるとは――博識だというのは本当なんだな。美人なだけでなく国際情勢にも明るい、と。うんうん。まさに正妃向きだ」
エリザベスがピタリと口を閉じた。
自称王子の方は求婚を断られたというのに顔つきが明るい。
「こんな人が次の王なの――?」
呆れたような呟き。
その言葉は王子に向けられたものではなく、お付きの従者サントスへの質問だったのだが、まったく気にした様子もなく、王子が答えた。
「そこはそれだよ、有能なバックが控えてるし、君が来てくれたらますます安泰――僕をいいように操って、王制のトップに君臨するっていうのはどうかな? 手酷い扱いの報復に、この国に侵略しちゃうとか――?」
「殿下!! 冗談でもそのようなことを口にするのはおやめください――!」
「サントス、いい加減に黙れ! 私は彼女にはそれだけの価値があると考えた。お前は私がここにいる理由を考えろ!」
懇願するような従者の声を遮る怒声。
ぴり、と空気に魔術による威圧が混ざって――従者が黙った。
ふざけた空気が一変する。
「おおっと――すまないね。物わかりの悪い従者で。まあ、そんなわけだ。君は一国の王妃として望ましい人物だと思う――見目形だけでなく立ち居振る舞いも美しいし、他国の情勢に対する知識も深い。なのにここでの扱いは見るからに酷い。私としては最大の敬意と愛情をもってお迎えするつもりでいるよ――跪いて愛を誓って欲しかい?」
隣にいるトリスタンには目もくれない――夫だというのに。
エリザベスが、半歩だけ前に出た。
「そんなことをする必要はありません」
「おや、女性はそういう求婚を好むのかと思ったが?」
「求婚なんて受けない。私は既婚者です」
「どうしてだい? そこの夫は君に釣り合っていない――財力もなければ領地経営の何たるかもわかっていない青二才だ。おそらく寝室でだって、たいしたことはできないだろう?」
小さく息を飲んだエリザベスの耳が染まって、そのまま首も――。
その様子を見せたくなくて、腕を掴んで背後に引き戻した。
「妻の答えは聞こえたはずだ。どんな申し出をされても、こちらは離婚には応じない。相手が王だろうが王子だろうが――」
「君には聞いてないよ――」
「私はもう答えました」
「そう? まあ、気が変わったらいつでも言ってくれ、美しい人。申し出は有効だ――ただし、他の男の子どもを身ごもっている妻を迎えるつもりはないからね?」
忌々しく睨みつける――なんてやつだ。
礼の言葉を言いに来たどころか、上から目線の侮辱の言葉――身分の壁のせいで言い返せないのが悔しい。
そこに横から声が割り込んだ。
「さてもさても――このようなところでする話とも思えないが――ユージーン殿、こちらを紹介いただいても構わないだろうか」
視線を向けると、今度は軍服のような房飾りの付いたかっちりした制服を着た、長髪で細身の男性が立っていて――。
「「あ」」
エリザベスと声が被った。
その左腕に一羽の『ミミズク』が留まっていた。




