153. 呼び出し
わかってはいたけれど、腹が立つ――穏やかな作り笑顔で通しているのは、エリザベスのためだ。
この公爵は、自分たちのことをなんだと思っているのだろう。
翌日、言われたとおりに訪れたウィルベリー公爵家は相変わらずで、玄関先で散々待たされた。
やっと通された応接室にはユージーンもいたけれど、いまさらそんなことを聞いてどうしようっていうんだ、って感じの、あの亜人奴隷の馬車についての説明を求められ、護送の馬車と一緒にやって来た役人に話した説明をそっくりそのまま繰り返した。
――領地内で狩りをしているときに怪しい馬車を見つけたので捕縛し、奴隷については健康状態を確認してから輪を外して解放した。と、まあ、一部は作り話だけど。
お茶の時間に呼びつけておいて茶も出ない上に、その後はなぜか「久し振りに来たのだから庭でも散策して行け」と、中庭に追い出された――。
庭に出るなりエリザベスが謝った。
「ごめんなさいトリスタン――嫌な思いをさせて。お父様、相変わらずだわ。迷惑だし失礼――本当に、何を考えているのかしら。『奴隷を解放したことについてお礼を言いたい』って言っている偉い人、っていうのも、出て来なかったし……だけど、あそこにユージーンがいたからには虚言ではないのよね……」
ちょっと怒った感じで微かに眉を寄せたエリザベスは――。
……。
なんか、ホント。
会話に関係なくて申し訳ないけど、すごく美人。
一昨日、久し振りに簡易コルセットでウエストを絞った姿を見た時に、そういえば久しぶりだなって思った。
そして昨日、あの宿の女将さんにちゃんとしたやつで絞められた時は――びっくりした。あんなに細かったっけ、って。
ただし、いくら細くてもがっちり固められたウエストの触り心地は残念そのものだったけど。
そして今日のエリザベスは――。
目のやり場に、困る。
今までのエリザベスは王都では「独身」者用のドレスだったし、シュヘル領では本人の趣味に任せて目立たない格好をしていることが多かった。
だけど、今はこっちの祖父とアリアンヌが用意してくれたらしい「既婚」者用のドレスで――それって、はっきり言って胸もとの露出が……やっぱりはっきり言えない。なんていうか、ホント、困る。
高く結い上げた髪の毛のせいで、すらりと長く細い首もよく見える。
いつもならこめかみや耳元にキスをするところなんだけど――そんなに露わになってると、迂闊に触れないし近づけない。黒豹になるわけにもいかないし……額をぶつけるための壁が欲しい。
祖父が会うなり「美しくなった」と言うのはもっともだし、「絶対一人にするなよ」とあとから追加で忠告されたのも当然。
夕食の席に学院から呼び戻されて戻って来た兄たちでさえ、一瞬動きを止めて見惚れていた――ような気がする。
エリザベスはロランのことをいつも「攫いたいくらいかわいい」と言っているけれど、間違いなく、エリザベス本人の方がずっと危険だ――俺の奥さんでなかったら俺が攫いたい――って、すでになんか、思考がおかしい。
小さく息を吐いて木陰になっているベンチに誘うと、エリザベスはちょっと微笑んだ。
はあ、かわいい――って、もう。
「どうしたの?」
って、小首をかしげてこっちを見る。
誘ってる――のかな、それ。
エリザベスが嫌がってないのはわかってる。
俺が父親になったところが見たい、って言ってたって――ロイドが言った。
あの夜、真っ赤になってたエリザベスはナタリアのくれたローブを着ていたし、中に着ていたのはあの赤いやつじゃなくて、真っ白いやつ――広げてあったのを一度だけ見たきりのやつ――だったけど、つまりはそういうつもりで俺を待っていたってことだ。
思い出すのは……マズいから思い出さないけど。
身分のこと、領地のこと、ダンジョンのこと、呪いのこと、行方不明の伯父のことまで全部ひっくるめて俺を受け入れるつもりで。
たぶんこの、得体のしれない指輪のことだって、そのまま――。
はあ。
そんな彼女が眩しい。
俺、愛されてるんだな――って、沁みる……魔法を使われたわけでもないのに。
じんわりと沁みる幸せな気持ちをそっと頬へのキスに変えてみたら、エリザベスはびっくりした顔をして、そのあとで頬を染めた。
だから、なんでそんなにかわいいのかって――あ~、婚約式とか他国からの感謝とか、全部放り出して領地に帰りたい。
「七歳から何年も過ごした邸だけど、こんなふうに穏やかな感じで過ごせたことはなかったな――」
気を紛らわせようと思ってゆっくりと話しかけた。
「そうね。あの頃よりずっと自由――だけど早くウィルたちの婚約式が終わって家に帰れるようになればいいのに、って思うの。わがままよね――まだアリーの顔も見ていないのに」
ちょっと悪いな、って思ってる顔もかわいい。
そして同じように感じてくれていることが嬉しい。
「そう思ってくれて嬉しいよ。だけど今日の招待があの馬車のことを聞くことを口実にした顔合わせでないなら、なんのために呼んだんだろうな――」
亜人奴隷の乗せられていた馬車を押さえて奴隷たちを解放したことについて、自分たちに感謝の意を伝えたい、と申し入れてきた国が確かにあったらしい。
王家に問い合わせたジジイへの返事も、トリスタンが確認したパートリッジの祖父の話もそれで一致していた。
リナリアではないだろうから、ハリオネスかモルドネシアか。
王太子の婚約式程度のことでは外国からの来賓は呼ばないのが常だけれど、婚約式を理由にこの国に足を運び、直接お礼を言いたい、という申し入れがあったそうだ。
もちろんそれには及ばない、と王室とウィルベリー家が断ったのだが、是非、と言葉を重ねられ、直接領地に赴いても構わないかと聞かれれば、それは避けたい――なにしろシュヘル領にはダンジョンがあるし、いろいろドタバタしている最中だ。
今回自分たちが呼ばれた理由がそれだった。
せっかくの愛娘の晴れ舞台に俺たちなんて呼びたくなかった、っていうウィルベリー公爵の気持ちはさっきの態度で十分わかったけど、この状態を望んでいないのはお互い様だ。
気持ちはわからないでもないよ? だってさ~、絶対エリザベスの方が美人……口には出さないけど。同じ理由で俺はエリザベスのことを領地から出したくないんだし。
軽く首を振って思考を戻した。
さっきのやる気のない会話からわかる通り、今日は馬車の話をしたかったわけではない。
となるとここに呼ばれたのは、そのお礼を言いたいという誰かさんに引き会わせるためではなかったのだろうか。
婚約式で顔を合わせてその場で短い会話をして終わりで済むなら願ったりだが――今日のこれはいったいなんのための呼び出しだろう。
そこは気になる。
静かに周囲の気配を探れば、確かに人の気配がけっこうある。殆どが室内で、庭にもいくつかの気配はあるけれど、人影は見あたらない。――だけどそもそも公爵家ともなると、使用人は主やその客の前に姿を現さないようにしていることの方が多い。
公爵家独自の防御魔法や結界もあるのだろう――なんだかぼんやりしていて、シュヘル領で感じるほど正確には特定できない。
自分もまだまだだな、と息を吐きながら首を振った。
「そろそろパートリッジ家に帰ろうか?」
「そうね。完全にアウェイでない分ここよりはマシかも――ウーリッヒのことも心配だし」
結局引き止められることもなく、その日はそれだけでウィルベリー家を後にした。
~~~~~~
よし。たぶん。よし。
ナタリーとアリーが用意してくれたドレスは正直気に入らないけど、トリスタンが見惚れてくれるなら、全然『あり』だし、少々(じゃないけど)苦しいコルセットだって我慢する。
淑女モードだってしっかりこなす。
大切な夫の恥になるわけにはいかない。ただでさえ汚名付きで追放された身なんだから。
それに、祝賀会さえ終われば帰れるんだから。
客人扱いだし、ウィルベリー公爵家よりは段違いにマシだろうとわかるとはいえ、パートリッジ家でも事の詳細を知らされていない使用人たちの目はやや冷たい。
「トリスタン様もお気の毒に……」なんて、そんな陰口を聞こえるように言ったりしないのがパートリッジ家の使用人だけれど、心の中までは統制できないし、ウィリアム達の結婚式が終わってことの真相が明らかにされるまでは、汚名は消えないのだ。
それに、どうやら学院を出た時に『魔王』が迎えに来たことで――今の自分は『呪われている』と考えられているらしい……どう呪われているのかははっきりしていないけれど、『汚名』&『呪い』のセットでは、トリスタンにふさわしくないのは確か――たとえ治めているのが辺境で継いだのが男爵家でも。
「もしかしたら、迂闊に陰口なんか言ったら呪われるって思われていたりして……」
有り得ない話ではないと思う。
祖父も伯父もトリスタンの兄たちも、盗聴や透視防止の魔術のない空間では距離を保ち、よくある厳しい無表情を保って接しているし、母親たちは接点ナシを通している。
以前仲良くしていた家政婦長と総料理長は祖父から話を聞いているので内情を知っているけれど、もともとが使用人なので接する機会はない。
だいたい他国からの『お礼を言いたい』という申し入れさえなかったら絶対に呼ばれなかったイベントなのだ。それに『記憶』を探っても何も該当しない。
ウィリアムとの婚約式、ゲーム上でのキャサリンとしての記憶には幸せしか出て来ない。ザマアも終わってもう九割五分以上終わったゲームの悪役であるエリザベスがどうしていたかなんて――追放された土地で神様にでも祈っていたんじゃないの? って感じだ。結婚式はエンディングロールと被ってたし、「はい、終わり~」って感じで、見ずに終了したことも何回かあったはず。
とにかく、この婚約式が済めば、あの二人の結婚式までは約半年――そこのストーリーは『記憶』にはほぼない。
ウィリアムとキャサリンの結婚式が無事済んで、堂々と胸を張ってトリスタンの隣に立てるようになるまで、二度と戻って来なくて済みますように。
両手を組み合わせて膝をつき、祈る――。
あ、場所は違ったけどやっぱり祈ってた。




