150. 望まない招待状と侍女の憂鬱
眉を寄せた難しい顔、は祖父ホルスト。
トリスタンも同じような顔をして一点を見つめた。
睨んでいるのは、祖父が手にした一通の封書。開封済み。
「王太子ウィリアムとウィルベリー公爵令嬢キャサリンの正式な婚約を祝う祝賀会の案内状――そんなものに呼ぶつもりはないのじゃろうと思ったが? それに随分と急なことじゃ」
確かにその通りだ。
エリザベスが追放されたのが六月初旬で今が九月末……王都で噂が落ち着いたとも思えない。
それに、もしかしたら結婚式ではなくて婚約の祝いなら規模が小さいし構わないと考えたのかもしれないけれど、案内状に書かれた日付は十月初旬――王都は遠い。出発するならすぐだ。『呼ぶつもりはなかったのに急遽呼ぶことになった』感がかなりある。
「しかも宛名がシュヘル男爵『夫妻』とある。『婚約の儀』ではなく『晩餐会』でもなく、『祝賀会』、そして差出人は王家ではない――ウィルベリー公爵家じゃ」
「お父様ったら今さらどうして――確かに私は血縁者だけど、ウィルとサリーがちゃんと結婚して汚名が雪がれるまではそんなところに出られるような立場じゃないのに――どういうことかしら」
最初に暮らしていた家のダイニングキッチンのテーブルを、マリーも含めた四人で囲んでの話し合い。
このメンバーで集まるのはかなり久し振りだ。
「二度と返さなくていい――そういう話になっとったはずじゃ」
祖父の呟きにトリスタンは身体を硬くした。
「……さてさて、こんなものが届くとは、ここが男爵領である以上この招待は断れん。そしてこうもはっきりと名前を出してきておるからには、招待の理由はエリザベスの妹の婚約式ではない――国際問題が絡んでおるということじゃ。となれば、心当たりはあれじゃな。亜人奴隷の乗った馬車――解放した者たちはどうなっておる?」
密猟の上の密入国――嫌な感じだな、って思った――あれについての懸念事項が生じたのか。
かぶりをふりながら答えた。
「みんな領内にいるよ。あのミミズクも」
「あれか……飛べるのに帰らんかったのか?」
「時々いなくなるけど、大抵はギルドの時計の上にいる。二つのギルド兼用のペットみたいになってる。人が来ると鳴くんだ。……返して欲しい奴隷が交じってたとでもいうのか……?」
「捕まっていた奴隷は全員解放したんじゃ、返す義務はない。それに、問題になるのがあのミミズクだとして――恐らくそうなのじゃろうが――お前たちを呼ぶ理由はなんじゃ?」
「問題……やっぱりあれが人間なのか?」
祖父が感知した人間の数が一人合わなかったことを思い出す。
「え? そうなの? あのミミズクさん、亜人じゃないの?」
「トリスタンのように化けておるのか、ナイジェルのように呪いに対する融合性に優れておるのかはわからんがのう。――亜人の奴隷の方が扱いが楽じゃ。ただ解放すればいい。人間は身元確認もせねばならんし送り届けるのが面倒なのでな、放っておいたんじゃ。あやつは翼があるし、どこへなりと飛んで行けばええ。それなら『人とは気づかずに解放した。行先は知らん』で済むじゃろう?」
面倒くさそうに祖父が片手を振った。
「そんな理由で放っといたのかよ?」
「じゅうぶんなことはしてやった。あやつ、恩を仇で返すつもりか――」
「連れてくるか?」
「もうおらんぞ。気配がない――この招待状が届いたのを確認して出て行った、ということじゃろう」
「なんで奴隷商人に捕まっていた人間のミミズクが俺たちにウィリアムの婚約祝いの招待状が来たことなんか――?」
「ウィルベリーはあの奴隷商人――罪人を捕らえたときのことについて説明させたいのかもしれんな」
「それだけで呼びつけるの? お父様ったら迷惑!」
「身分の高い者というのはそういうもんじゃぞ」
「断ったらどうなる?」
「本人が直接来る……のかもしれんな」
「公爵が!? こんなところにか?」
「それを避けるための招待状と思えば辻褄は合うが――お前、アーノルドに聞いてみろ。本当に王都に行く必要があるのか――わしも王家に確認する」
二人が出て行ったので、マリーと二人、残された。
近頃ではマリーと二人きりになる時間は殆どなくなっている。エリザベスは領内を一人歩きできるようになったし(とはいえ大抵ロイドが一緒だ)、マリーはダンジョンにいることが多いからだ。
そういえば、この前のニーナさんたちの話はどうなったのだろう――。
「マリー、あなた、ここで結婚してこの土地に残る気はあるの?」
そのまま聞けば、マリーはちょっとだけ驚いた顔になって、それから軽く目を伏せた。
相変わらず読めない。
「今の雇用主はアーノルドお祖父様なんでしょう? 結婚は禁止されていたりするの?」
斜め下を見たまま、マリーはぼそぼそと言った。
「……そういう、わけでは、ありません」
なるほど。
「なら、結婚するつもりは? 独身主義なの?」
「……そういうわけでも、ありません」
なるほど。
「誰か気になる人はいる?」
「……まあ」
え。
それは予想外の答え――もうすでに気になっている人がいたとは。
でも、それなら話は早い。
「マリー、私のことならもう大丈夫だし――ちゃんとトリスタンと仲良くやっていけるわ。アーノルドお祖父様との雇用契約を切るつもりはある? マリーが結婚してここに残るなら歓迎するし、その人とのことだってうまくいくように、私も精一杯頑張らせてもらうわよ」
「本当ですかっ!?」
バッと音がしそうな勢いでマリーが顔を上げた。
びっくり。
これは、もうかなり気持ちが傾いている相手がいるってことだと思う。眼も少し潤んでいるし――こんな表情のマリーを見るのは初めてだ。
「もちろんよ――これまでマリーにはすごく助けてもらったもの――今さら縁が切れるわけがないわ。お祖父様との雇用契約を切ってもマリーが私の大切な人だっていうことに変わりはない――だけど、そうなったら本当にダンジョン内の温泉に就職するつもりなの?」
「それは……むしろその方が私にはぴったりだと思います。ダンジョン内に住めるなんて――しかも温泉付きとか――考えたこともありませんでした」
そうなんだ。
「お相手はマリーのこと、なんて? 脈ありなの?」
そう聞いたら、マリーの表情が沈んだ。
うまくいっていないのだろうか。
「……最初は、いい感じだったはずなんです、けど……そのあとなかなか会えなくなりまして……この頃では、避けられているような」
「は!?」
耳を疑った。
マリーが話しにくそうに説明する。
「あの……嫌われているわけではない、と思うんです。一度は結婚の約束もしましたし……」
えええ!? そんなとこまで発展してたの!?
「だけど、そのあとでなかなか会ってもらえなくなってしまいまして……」
え。
「どうしたらいいのだろうか、って思っていたのですが、とにかく会って話をしないことにはどうにもできませんし、シュヘル卿も避けられているようですし、もう説得できるのはお嬢様くらいしかいないんじゃないか、と……」
お祖父様も!?
それってかなりの強敵ってことじゃない――?
だけど、仮にも結婚の約束までしておいて――こんなに有能なマリーをもてあそぶような真似をするのはどこのどいつだ!
「そんなことになってるなら、もっと早く言ってくれれば私も頑張ったのに!」
ぐっと拳を作って訴えると、マリーはまたすっと目を逸らした。
「私のことは――雇われている身ですし、仕事の時間にダンジョンに行かせてもらっていますし……これ以上は」
「そんなこと! マリーの人生の方がずっと大事よ! どうせ私たちのところはお預けなんだし――」
ぴく、とテーブルの上にあったマリーの指が動いた。
「お嬢様、お預け、とは?」
「ああ~、それ、は。……トリスタンも私も、まだ十七歳だし、指輪のこととか、もう少しはっきりするまでは、って――」
「はあ? ……え!? それってつまり――」
「いいから!! そこは突っ込まないで! とにかく、私よりマリーの方が優先よ――年上なんだし、結婚するつもりがあるのよね? だけど本当にその人でいいの? 本当に!?」
突っ込みたそうな顔ではあったものの、そこは『年上』が効いたのか、マリーが頷いた。
「他の人なんて、考えられません。それに、お嬢様に乳母として雇ってもらえそうにないのでしたらなおのこと、ダンジョン内に仕事があった方が……今も、あまり外では役に立っていませんし」
「そうなの? つまり、マリーはアーノルドお祖父様に雇われた状態じゃなくてもいいのね? そこがダンジョンでも? それってつまり、雇い主は冒険者ギルドって話になってくるんだけど――」
「そこは全く問題ありませんけれど――何か違うのですか?」
不思議そうな顔をするマリーに力説する。
「違うの! すごく違うのよ!! 雇用主がアーノルドお祖父様だと、マリーには私のことについてお祖父様に報告する義務があるでしょう? ホルストお祖父様でも同じ――だから私、マリーに話せないことがあって――だけど、そこがギルドなら、私個人のことなんて報告しなくてもいいから、助けてもらえるんじゃないのかなって思っていたことがあるのよ! もちろんマリーの恋路には協力するから――そこがうまくいったあかつきには、是非、友人として! 私の相談に乗って欲しいの」
「そういうことであれば、もちろんです」
きっぱりと言い切る――頼もしい味方ができた。
よし。
そうとくれば――。
「じゃあ、まずはマリーの好きな人――そのろくでなしはどこにいるの?」
「……お嬢様。ろくでなし、とは?」
「だって結婚の約束をしたのにろくすっぽ話もできない状態なんでしょう? そんなのおかしいもの。どこにいるにしろ絶対引きずり出してやるんだから――」
「引きず……そこはぜひお願いしたいところですが、あの人はろくでなしなんかじゃありません」
あれ。目が座っているような。
「騙されてない?」
「いません」
「……本当に?」
「はい」
「恋は盲目?」
「そこは、否定しませんけど……」
困り顔のマリーは、いつもの侍女の顔じゃなくて、かわいい顔になっていた。
「よし、じゃあ、とっとと捕まえよう。どこに行けばいいかはわかる?」
「それが……」
言い淀む。
「まさか住所不定……?」
「ダンジョンの中です! どこにいるかはわかりませんが――」
え。まさかのダンジョン好き――確かにこのところのマリーはダンジョンに入りっぱなしだったけど。そういう理由だったのか……。
まあ、毎日温泉に来る人がいるって話は聞いてるし、将来夫婦で温泉経営に意欲を燃やしてくれたりするなら、リディアの負担も減るし、すごく助かる。
助かるんだけど……だけど。
「それってまさかお祖父様が私を入れてくれない……ところ?」
「……おそらく」
「そんなとこに行っちゃう人をどうやって説得するの……?」
「そこなんですよねぇ」
有能な(ハズの)侍女は、初めて見せる乙女の顔で「はあ……」と、やるせないため息を吐いた。




