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世界の終りまで君と  作者: 佑
第三部 第一章 責任
149/253

149. 伯父の婚約者

「セリーナ、さん?」


 聞き覚えのない名前だ。


「旦那さんの奥さんになるはずだった娘さんだよ。聞いていないのかい?」

「ルーク伯父様に婚約した人がいたって話は聞いていましたけど、噂だけで確かなことは……呪いのせいでダメになったって聞いたんですけど、逃げられたわけじゃないんですよね?」


 マデリンが頷いた。


「逃げられたなんてのはもちろん嘘さ――すごく仲がよかったんだよ。セリーナ・マリーシア・パルマ。今のあんたよりも若かった――それなのに冒険者だって言ってさ。目元の涼やかなすらっとした子でね。こんなとこに嫁に来るには珍しい子だと思ったよ――まあ、大旦那さんの奥さんのユリア様もずいぶん変わってたしねえ。

 いったいシュヘルの当主たちはどこから奥さんになる娘を探して来るのか、あたしらには見当もつかないよ」


 空を仰ぐ――まるでそこからお嫁さんが降ってくるとでもいうように。


「だけどあんたみたいに、セリーナもずいぶんいいとこの娘さんらしくてね、話し方が丁寧だったよ。婚約して仲良く二人でダンジョンにも潜ってたのに、ある日一人で戻ってきてねぇ。旦那さんの方はそれっきりだ。大旦那さんはそれこそ随分心配してね。

 セリーナの方はそれからも何度も潜ってたけど、二年、いや三年目くらいだったかねえ、ついに諦めて出て行ったんだよ。大旦那さんの勧めもあって、伝手でいい家に勤めることになったって話だった。どうしてるかねぇ」

「なに、元気でいるさ、大旦那さんのなさることだもの――」何度も頷きながらニーナが言う。「あんたも安心して、それこそ三人なんて言わずにひ孫の十人くらい産んでやりな。若いんだし」

「……がんばります」


 結局そこに行くんだな、と思いながら返事をすると、おばちゃんたちは楽しそうに笑った。


「そういえば、あんたの侍女って人だけど――独り者かい? ここで暮らすつもりなら嫁に欲しいって人がわんさかいるよ」

「え!?」

「久しぶりにセリーナのことを話したら思い出した。聞いてみようと思ってたんだよ。ほら、ここは男の方が多いから。あの人、何歳(いくつ)だい?」


 聞かれて初めて考えた。

 マリーに会ったのは、母が亡くなってすぐ――六歳の時だ。乳母とは違う、まったく母性を感じさせない侍女は、当時かなり若かったと思う。二十歳、とか? もっと若いなんてこともあったかも――浮ついた噂は一切ないままあれから十一年……とすれば三十弱くらい――だろうか。


 初婚として考えるとここではかなりの行き遅れかもしれないけれど、『記憶』でならまだまだ適齢期だし、ここは男性の方が多い土地だ。


「マリーを雇っているのは王都の祖父で――だから歳ははっきりとはわからないんですけど……三十歳にはなっていないと……それに結婚は自由だと思います」


 楽しそうに笑うおばちゃんたち。

 ……近いうちにいつも冷静な侍女の慌てた顔が見られるかもしれない。




 そんなこんなで楽しく時間も過ぎ――残り時間が後三十分ほどになった頃――。


「レイラ! 『釣り』大会なんだから川に飛び込んで獲ったやつは数えません! それに、そんなことをしたら危ない――釣り糸には針が付いているのよ? あなたに引っかかったりしたら――」


 黒豹はまったく気にしていないふうで、咥えた魚をどさりと地面に落として、ぶるる、と体から水をはらった。

 水が飛んで来た周囲から明るい悲鳴が響く。


「人がいないところまで離れたし、釣り針なんて気にしないわ――ダメなの? 大きいやつを狙ったのに」

「……それは釣りじゃないし、みんなの迷惑になるでしょう――ダメよ」


 一位の賞品が鶏十羽だと聞いた途端に「飛び入り参加する!」と言ってレイラが出て行ったのは約十分前だ。

 肩を落として「ごめんなさい」と謝った黒豹に周囲が苦笑……レイラが獲ってきた鱒は確かに大物だった。串焼きにはできないと思う。


「まあ、これはこれで食べればいいか……トリスタンのところに持って行って網に乗せて焼いてもらうわ。ロラン! 一緒に食べる? 人ではダメよ。お行儀が悪いから――」


 言われた途端に仔犬が駆け出す――近くにいた子どもたちから歓声があがった。


「ロラン! 火の近くに行かないで――トリスタン! ロイド! ロランがそっちに行ったー! レイラ、気をつけてあげて――」


 エリザベスの声を追い越すように駆け出した黒豹は、あっという間に仔犬に追いついてその首元を咥えた。ゆっくり歩いてトリスタンとロイドがいるところまで運んで、優しく降ろしてから、魚を取りに戻ってくる。

 ロイドは「ここの人たちは亜人を差別しないし、多少の危険は気にしなくていい。勉強になる」と言っているけれど、元気のいい幼児兼仔犬は、火の周りではとても心配な存在だ。


「ありがとう、レイラ――すごく助かるわ――それに、焼いたやつでいいならもう焼けているのをもらえるわよ。たくさん釣った人たちがくれるって言ってた――それに、もしこっちをもらっていいならだけど、これはみんなが生で食べられるように料理したいんだけど、どう? 本当にすごく大きい――よく捕まえたわね」


 賞賛の言葉に黒豹がにっと笑う。


「いいわよ、あげる。だけど――賞品は諦めるから、重さだけでも計って欲しい――これが釣れていたら何位なのかが知りたいの」


 ワクワクしている黒豹の顔は――牙が見えてけっこう怖い。

 お手伝い参加のウーリッヒが苦笑しながら魚を秤に吊るしてくれた。


「一度凍らせてもらうからトリスタンを呼んでくれる?」


 重さを読み上げてもらうと、暫定一位の重さ――レイラは満足そうに頷いて、尻尾を立ててトリスタンを呼びに行ってくれた。


 総勢八十人程になっただろうか――かなりの人出だと思う。


 若い人が多いけれど、ラグドルの周囲には古株の人たちもいるし、トリスタンとエリザベスが挨拶をしたら、にこやかに肩を叩いてくれた。――時間を作って来てくれたことが嬉しい。思い思いに飲み物を楽しんでいる様子ではあるけれど、今日のメイン料理であるバーベキューはどちらかというと若者向けだから、レイラが獲ってきた鱒をカルパッチョにすれば喜んでもらえると思う。

 お酒が欲しくなるかもしれないけれど。

 トリスタンも慣れたもので、あっという間に鱒を芯まで凍らせて――確実に死ぬのでうっかりエリザベスが生き返らせてしまうことがなくなるし、寄生虫がいた場合も殺せるから――程よい感じに解凍もしてくれた。

 リディアも慣れたもので、手早く調味料を合わせる。今日はトマトがないので炭火で焙った茄子とズッキーニを氷魔法で冷やしてから一緒に盛り付けた。鱒のうっすらとオレンジがかった身と新鮮な緑と紫の組み合わせがきれいだ。


 お汁粉はとうに売り切れだし、果汁のシロップの瓶もほぼ空だ。底に残ってシロップ漬けになっている果物をもらった子どもたちが目を輝かせている。

 「最後まで手伝うよ」と言ってくれたおばちゃんたちに「もう大丈夫だから」と声をかけ、お礼の言葉と一緒に取り置きしておいたパイを渡す。二人とも喜んでくれて、カルパッチョの皿を運びながらラグドルたちのテーブルに加わった。

 やっぱり「ワインが欲しい」なんて声が聞こえてきそうな感じ。


 話し合いで決めた通り、お酒は各自お開きの後でそれぞれ楽しむことになっている。


 お祖父様ならきっとカルパッチョではなく「お刺身に冷酒がいい」って言ったろうな――そう思いながらエリザベスはダンジョンのある方向を見つめた。


 ホルストは、今日はここには来ないと言っていた。行先はまたダンジョン。他の冒険者も少ないだろうし、姿を現してくれないルークが出てきやすいと思ったのかもしれない。

 寂しそうな金の目を思い出してため息が漏れそうになった。


 『できるだけ長い間トリスタンを魔王にしなくて済むようにがんばるから』と条件をつけられ、『トリスタンとホルストには自分に会ったことは秘密にするように』と約束させられた。

 ルークは『お祖父様がものすごく心配しているからせめて話すだけでも』そう言ったエリザベスの言葉には『考えておく』とは言っていたけれど。


 だけど、たぶん――あの人は今日も出て来てはくれないのだろう。


 今優先するべきなのはトリスタンや自分のことじゃなくて、ルーク伯父様のことだと思う。自分たちのことは、両思いってことでちゃんと落ち着いたんだし。

 うん。亜人の馬車のことでちょっとゴタゴタしちゃったけど、絶対次は伯父様の解呪よね――。


 片づけられる物をまとめながら、どうしたらいいかを考える。


 リディアに話して二人でダンジョンに潜ったら、しばらく一人にしてもらえるだろうか――いや、一緒に行くのがリディアだけじゃ、ホルストはダンジョンに入ること自体を許可してくれないと思う。ナイジェルも心配するだろうし。

 それなら、ナイジェルとリディアの二人と一緒なら潜らせてくれるだろうか――いや、中には入(はい)れても、ナイジェルが一人にしてくれるはずがない。それだけじゃない。「一人にして欲しい」なんて頼んだら、一人にしてもらえないだけじゃなくて、きっとそんな頼みごとをしたことをホルストやトリスタンに伝えてしまうだろう――基本的に過保護なのだ。


 それなら……それこそマリーならどうだろうか――ホルストはマリーを信頼しているし、マリーなら……でもダメだ。マリーはパートリッジの祖父、アーノルドに雇われている身だ。

 エリザベスのことをパートリッジの祖父に報告するだろうし、そうなればやっぱりホルストかトリスタンに知られてしまうと思う。


 むむむ。


「住民ギルド主催のイベント第一回も無事終了しそうだし、次のお月見イベントの参加希望者も今日ので一気に増えたみたいだし……次に何とかするべきなのは、絶対ルーク伯父様のことだと思うんだけど。……ウィルやリュカに来てもらうなんて無理だし、ダンジョン内で一人にしてもらうには、いったいどうしたらいいのかな――」


 テーブルを拭きながら呟く。


「リジー! 今日の夕飯にみんなでラグドルさんのとこに行かないか? 反省会という名の打ち上げをしようって話になってるんだ。マリッサさんとモーガンさんたちも来るって。留守番はナイジェルとリディアが引き受けてくれるから――シュヘル邸にはロイド達とレイラもいるし」


 トリスタンの声に、沈みかけた内面が上向く。


「私もいいの!? 行きますっ! やったー!!」


 夫の職場打ち上げに呼んでもらえるとは、なんかすごく『妻』っぽい気がする。

 いそいそと片付けの続きをするエリザベス。

 その背後からじっと見おろす視線には気づかないまま、無事初イベントが終わろうとしていた。

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