145. 告知
「遅い、な……でも、帰りはわからないって言ってたし」
うろうろ。
「お祖父様の話――そんなにショックだったのかな……」
うろうろ。
「でも、私がいるんだし……呪いは解呪できるんだし――」
うろうろ。
とりあえず、座ろう。
「お祖父様がトリスタンに話したら――私もちゃんと自分でも、お祖父様とナイジェルとあの冒険者さんの解呪をしたことを話そう。
命を助けたり治療したりっていうことだけじゃなくて、そういうよくわからないこともできるし、奴隷の首輪についていた魔術を解いて外せるようにしたことも――そっちは気づいてるかな、って思うけど」
『秘密を減らしたい』そう言ったエリザベスに嬉しそうに頷いてくれた祖父は、どこまで話してくれるだろうか。
「ロイドとロランに使った魔法も、たぶん同じような聖魔法系列の力だと思うのよね……。
それから、ルーク伯父様のことも考えないと――お祖父様に一人でもダンジョンに入らせて欲しいってお願いする。――ルーク伯父様は、『トリスタンが魔王になる日をできるだけ遅くするから、自分に会ったことは話すな』って言ったんだし――たぶん、お祖父様に会いたくないのよね。だから出て来ないのよ。だけど、私だけならもしかして――それに前に会ったときは話が途中だったし」
あの時もう少し話せていたら――そう思う。
「伯父様の呪いが解呪できたとしても、シュヘル家の男子の数が少ないのは変わらないから、そこはがんばるしかないのよ。うん。
だけど、数が少ないからこそ、交代要員は多い方がいいのは伯父様も同じ」
それに伯父様だってすごくハンサムだった――外に出てもらって呪いを解呪できたら新しい恋だって――それは期待しすぎだろうか。
「まだかな……」
ナタリーにもらったローブを着ているし寒くはないけど、どうにも落ちつかない。
コツコツと小さな音を立てるミュールで階下に向かう。廊下に落ちていたロランのボールを拾って、玄関にほど近い応接室のおもちゃ箱の中に戻した。
昨日もらったばかりのボールなのに既にけっこうボロボロで、一日中遊んでいたロランの姿が思い浮かび、微笑む。
月明りが差し込む窓に近づいた。
「着替えちゃおうかな――きっとこんな格好してるから落ちつかないのよね……でも、意思表示は大事だし……口で言うのは、恥ずかしいし」
ひんやりしたガラスに手を触れて、ほてった額もくっつけた。
「早く帰って来ないかな……」
抱きしめて欲しいな、って思う――ホント欲張りだ。
暗い庭の奥を見つめても、自分は夜目が利かないから、たとえトリスタンがそこにいてもきっと気づけない――それでも見つけたくて、じっと目を凝らした。
「眠れないんですか?」
やわらかい声に振り向いた。
「ロイド」
~~~~~~
祖父に言われたことは――うまく呑み込みきれなかった。
ここに着いた時にあの護衛たちが話していたことは全て本当だと言われた。
ダンジョン内の魔獣と闘い、数を減らすことがここの領主の仕事であること。ただし、そのせいで魔獣から呪いを受けることがあること――それはいい。
エリザベスが、聖魔法を使って祖父がダンジョン内で受けた呪いを解いていたこと。祖父だけじゃなくて、ナイジェルともう一人の冒険者――最近この領地に戻って来たばかりの夫婦、その夫の方も。それもまあ、そういうこともあるかもなって思っていたから大丈夫だった。
前にナイジェルが「ダンジョンで呪いをもらった」と言った時のエリザベスの反応はおかしかったし。
だけど、話はまだまだあった。
伯父は亡くなったのではなく、実は凶悪な呪いのせいでダンジョンから出て来られなくなって、そのまま行方知れずとして処理し――今もそのまま行方知れずであること。
もし自分が同じ呪いを受けたら、自分もそうなるかもしれないこと。
エリザベスがどこまでの呪いを解呪できるかは受けた呪いと魔力次第だ。――祖父の受けた呪いの中には、エリザベスが一度では解呪できないものもあったらしい。
そして解呪するために必要な魔力を追加で提供できるのがトリスタンである以上、トリスタン自身がダンジョン内で受けた呪いに関しては完全に解呪できるかどうかはわからない――エリザベスの使える魔力が減った時、トリスタンがエリザベスに魔力を渡せる状態にあるかどうかがわからないからだ。
「エリザベスが来てくれたことで、本当に助かったんじゃ――ダンジョンは日に日に深くなっておるのに、わしはもうこれ以上呪いを受けることができないところまで来ておった。お前たちがここに来た時のわしは、五感のうち三つが狂っとった。他にもわんさか呪いを持っておってのう。人として生きられる限界じゃった――今も便利なやつは残してある。気配に敏感な亜人どもがわしを怖がるのは当然なんじゃ。
そうそう、ナイジェルも自分が呪いを受けた途端にわしの状態に気づきおった。ジョナサンも――あれはアーノルドの魔術具を持っておったせいじゃが。だが、賢明にも何も言わんかった。
気づいた者は他にもおる。エリザベスの妹――アリアンヌと言ったか――恐ろしいほど勘がいい。会うなり化け物を見たかのような顔をされた」
そこで祖父はいつもの笑いをして――それから長々とため息を吐いた。
「エリザベスも――おそらく気づくことは可能なのじゃろう――最初は他の人間たち同様鈍いのかと思っとったが、あれだけの娘じゃし、警戒心もある。
それなのにエリザベスはのう――最初からわしを完全に信用しとった。アーノルドの友人で、お前の祖父であるというだけで最初から――わしに対してもできるだけのことをするつもりでいたんじゃろう。会うなり試すようなことをしたわしを一度も責めんかったし、むしろ心配して、労わって――解呪の度に大丈夫かと聞く。本当に得難い娘じゃ」
申し訳なさそうに肩をすくめ、また息を吐く。
「だからこそ、悲しませるようなことはできん。いいか、子どもが最低でも三人できるまではお前をダンジョンには入れん、というのは本当じゃ。子どもができるか、それより前にわしが死ぬかするまで許可は出ないことになっとる。
エリザベスのことも――あの体質のせいで周囲には魔獣は寄り付かないとはいえ、万一のことは避けたい。それに今さらお前に他の嫁が見つかるとも思えん――だからわしはエリザベスのこともダンジョンには入れたくないんじゃ。あそこではいろいろ不思議なことが起こる。理屈は通用せん。
とにかく大事にして、早く跡継ぎを作れ」
どの言葉も、ショックだった。
そしてそれよりショックだったのが、祖父が次に続けた『エリザベスは全て知っとる』の言葉だった。
驚愕に目を見開いたトリスタンを諭すように首を振る。
「自分はそのために来たのではないのか、と聞かれたのはここに着いた翌日のことじゃった」
「翌日!?」
ゆっくりと頷いて肯定する祖父をどんなに凝視しても、答えは変わらない。
「なんで、リジーは……」
「知っていたのか、か? 『記憶』のせいじゃ。それに確信はなかったらしい。お前に黙っていた理由なら、わしが頼んだからじゃ。いきなり押し付けるにはあんまりな内容じゃと思ったんじゃ。エリザベスにも話さないつもりでいた。まさか知っとるとは思わんかった」
当時のことを思い返しているのか、また大きく息を吐いて額を撫で上げる。
「黙っとったことを責めるなよ? エリザベス自身の希望もあったんじゃ――お前に『負目に感じて欲しくない』と言うとった。エリザベスのことを『選ばなければならない』とは思って欲しくない、どんな理由があっても、そしてなくても、『ただ自分がいいと思って欲しい』のだと――だから、待っとった」
責めたりしない。『一生エリザベスだけだ』って言った、あれを待っていたんだってわかるから。
「だけど、俺がダンジョンに潜ったら――」
そこで将来、エリザベスが解呪できそうにない呪いを受けたら。
「お前をダンジョンには入れん。それこそ、わしが死ぬまで――そのつもりでおる」
祖父が重々しく息を吐いて、全ての話は真実なのだと理解する。
だけど、祖父は既に高齢といっていい。それが一体何年先のことか――。
「だがな、わしも歳じゃ」同じことを考えていたらしい祖父が言う。「わしの身体が持たなかった場合の対策を教えておかねばならん。――策は二つあってな。一つ目でなんとかできないかと、お前たちが来てからずっとがんばって来たんだが、どうやら難しいようじゃ。
二つ目の策を取ることも考えておかねばと思う――お前がエリザベスを他のやつと共有することにどれだけ耐えられるかが大きな問題じゃが――」
「は!?」
何を言われたのか、今度は全く理解できなかった。
「何も、物理的に共有しろ、と言っているわけではない。ダンジョン内で呪いを受ける冒険者の人数を増やせ、という意味じゃ」
「どういう、意味、だよ?」
それがどんな意味であれ、エリザベスを誰かと共有するなんて考えたくもない。頭が理解することを拒否した感じだ。
祖父が呆れた顔になる――。
「ダンジョン内で魔獣を倒すことでダンジョンは浅くなる。冒険者たちが深部で戦い、素材を持ち帰る――数をこなせばこなすほどに浅くなる――ダンジョンは安泰じゃ。じゃが、そういう戦い方をすると――」
「――呪いをもらう、んだろ」
「そうじゃ。そういうやつらにまた潜ってもらうためには『解呪』――エリザベスの力が必要になる」
祖父はその先を言わなかったけれど、予想はついた。おそらく信奉者が列をなす――だけど信奉者ならまし、どんな邪な思いを持って近づかれるか。
「――惚れられる、ってことだよな」
「そうなるじゃろう。お前の方が詳しいのではないか? これまでエリザベスにあれをやられて平気でおったやつはどのくらいおる?」
「リュカ、が――耐えてた。ナイジェルも。今持ってるあの狼――あの呪い以前にそういうことがあったんだろう? 鱗ってやつ――だけど、『あんまりやられたくない』って言ってた」
リディアに心配かけたくない、ってあれは、そういう意味か。
「かなり強い幸福感じゃからのう……麻薬のようなもんじゃ。エリザベスを責めることはできんが、あれは傾国の美女になりえる存在じゃ。ちぎれた腕に白魔法を使われた方は大丈夫だったようじゃが、あの冒険者も――まあ、夫婦ではあったが、結局戻って来おったしのう……呪いは一度わしの方に移して、念のために解呪をさせた程度じゃったんじゃが――あの亜人の子どもなんぞ、首の輪の解呪だけでしがみついて離れなくなりおった。弱っている者ほど効きやすいようじゃな」
「ジジイは平気なのか――? 何度も解呪されてるんだろ?」
祖父が面白そうな顔になる。
「そういった感情を持つにはもう歳じゃわい。それにな、わしはエリザベスに呪いを解かれるとほぼ決まってあの世の妻に会う――楽し気に笑って『ひ孫を五人抱いてから来い』と言いよる。本当なら今すぐにでも会いたいところじゃ、さっさとなんとかしてくれんか?」




