144. ロラン
「今日は狩りには行かない。ジジイのとこに行ってレイラの輪っかを外してもらう。それにジジイがなんか他にも話があるって言ってたから、帰りの時間はわからない。だけど遅くならないようにするから」
「うん。行ってらっしゃい。気をつけてね。レイラ――お祖父様は大丈夫よ。ちゃんと外してくれるから、心配しないでね」
「はい……がんばります。ナイジェルさんにもだいぶ慣れたし、きっとお祖父さんも大丈夫――トリスタンが一緒にいてくれるし――がんばります!」
がんばるって二回も言った――、黒豹だから表情はわかりにくいけれど、相当怖いのだろう。
「やっぱり私も一緒に行こうか?」
「いや、ジジイが話があるのは俺だけだ、って言ってたから――それにレイラもここで暮らすつもりならどうせジジイには慣れないといけないし」
トリスタンが苦笑して、もう一度頬に軽くキスをしてくれる――昨日までと何が違うのかって聞かれたらやっぱりわからないけど全然違う――幸せ。
「行って来るよ。できるだけ早く帰るけど、ジジイの話が長引いて遅くなるようなら寝てて」
夜に出かけるのを減らして欲しい、と頼んだ翌日の夕食後。
トリスタンとレイラが並んで歩いて行く背中を見送っても、もう嫉妬はしないし不安でもない。
まったく、ゲンキンな話――。自分に呆れて首を振る。
昨夜、部屋に戻ってからのトリスタンはなぜかすごく――とっても、嬉しそうだった。
「俺がいないと、寂しいの?」
何回もそう聞いて、その度にエリザベスが頷くとまた笑顔になって、何度も髪を撫でてくれた。キスもいっぱい。
それだけで、もう、こんなに安心。今日はため息もなく、こうして落ちついたまま、あの二人を送り出せるんだから――。
「私って、ホントどうしようもないわ」
呟いて首を振る。
「もう、完璧に落とされてる――私、トリスタンが好き――それもものすごく、好き。っていうか、そうじゃなかったら子どもが欲しいとか、思わないわよね」
独り言と一緒にキッチンに戻ると、夕食の片付けの途中だったリディアが振り向いた。
「エリー、なんだかご機嫌ね?」
「うん。トリスタンが、好きだなぁって」
そのまま言ったらリディアが吹き出した。
「何を今さら――でも、いいわね、そういうの」
そう言って玄関の方を見る。
ナイジェルはマリーと一緒に夜のダンジョン攻略に出かけていて留守だ。
二人はロイドがシュヘル邸に来たことで、エリザベスとリディアを残して外出してもいい、と判断したらしい。
そのロイドはロランと応接室で親子タイム中だ。
相変わらず律儀で硬いところはあるけれど、笑顔が増えて快活になったロイドは「礼儀正しいハンサムな亜人が来た」と街で噂になっている。
けっこうモテているみたいで、一緒に歩くと女性に声をかけられることが多い。子連れなのにと思うのか、眉を寄せる男性もいるようだ。けれど実はその子どもの方が父親に輪をかけて更にモテモテで、応接室には『貢ぎ物』のおもちゃが増えている。
ロランの行動は人に近い状態でも遊び盛りの仔犬と変わらないところがあるので、おもちゃは次々壊れるからそうやってプレゼントしてもらえるのはありがたい。けれど食べ物だけは受け取らないように、と一応注意した。
なにしろ本当に眠らせて攫いたくなるようなかわいらしさなのだから。
奴隷商人が二つ返事で連れて行くことを引き受け、弱っていたロランを世話した理由がよくわかる。
片づけを終えてリディアと一緒に応接室の遊びに加わり、そのかわいいロランに癒される。
「ナイジェルとの子どもにも犬耳があったりしないかな……」
ぼそっと呟いたリディアの言葉にロイドが目を丸くした。
「まさか――亜人のような子どもが欲しいんですか!?」
驚いたような声にリディアも驚き顔になる。
「ダメ? すごくかわいいと思うけど――まあ、ナイジェルは狼だからロランみたいなかわいい子になるかどうかはわからないわよね……でもかっこいい子になるかもしれない」
眉を寄せて思案顔になってから、パッと切り替えてエリザベスを見る。
「ね、エリー。エリーはどう思う? ナイトみたいな――黒猫耳付きの息子ができたら」
「それは……」
想像したら頬が緩んだ。
「うん。ものすごくかわいい――と思うけど無理よ。トリスタンのは変身してるだけで本人は人間だもの」
トリスタンが時々黒豹に変身することは、ロイドにも話してある。
知らずに庭で会って大騒ぎになっては困ると思ってのことだったのだけれど、「トリスタンの匂いのする大きめの足跡が時々レイラのものと並んでいることなら気づいていました」と、あっさり言われた――さすがの犬系だった。
「そっか、変身か――そうよね。あ、でも、レイラは亜人なんだから子どもは黒猫耳付きかも――このままこの土地に住むことにしてくれたら、いつか抱かせてもらえるかもしれないわよね!」
すぐに気を取り直して明るく言う。さすがリディアだ。
それはきっと、そうだろう――だけど、亜人の人たちの結婚相手って、どうなのかな。
「ねえ、ロイド、将来もここにいるって言ってくれた亜人の人たちがいるってことは、あなたたちは同種じゃないと結婚できないわけじゃないんでしょう? そしたら猫耳の子や犬耳のある子たちが産まれるの?」
わくわくしながら聞いてみたら――ロイドは困惑顔で首を振った。
産まれないのか。
がっかりしたのが表情に出たらしく、ロイドはまた首を振って慌てた様子で否定した。
「いえ、産まれるかもしれませんが――でも、亜人と結婚したがる人間がいるとは――」
「「いるわよ、絶対」」
リディアと声が重なった。
「こんなにかわいいんだもの」
転がしてもらったボールを追いかけるロランは、自分の方がボールみたいだ。元気の塊。
「ね~、私も欲しい。こんな息子。ナイジェルのあれは子どもに遺伝したりしないのかな……?」
「たぶんしないと思うわよ。世代を超えて受け継がれる呪いなんて怖すぎるもの」
がっかりした顔になったリディアを見て、ロイドが笑い出した。
素敵な声だと思う。ロランも笑顔で父親を見上げた。
「あなたたちは――本当に変わっていますね。隣国では蔑みの対象である私たちを愛おしそうに見たり、守ろうとしたりするだけでなく、望ましい伴侶のように言う――国が違うだけで人間はこうも違うのですか? それとも人間にも種類があるのですか?」
リディアと顔を見合わせた。
奴隷制の習慣がないこと――つまり育った環境と教育――それだけだと思う。
「多少の違いはあるかもしれないけど、一緒なんじゃないかしら」
足りているかどうか、なんだと思う。
他の生き物の命を奪うのは、食べるため生きるためにはしかたないことだと思う。
だけどそれ以上を強制するのは――『傲慢』で『迷惑』なだけだ。奴隷制を容認するような――人を傷つける行為。そんなことをする権利は誰にもないはず。
「『基本的人権の尊重』……か」
「なに、それ? またエリーの『記憶』語?」
「あ、うんそう。人には生まれながらにして持っている権利があって、何人もそれを侵してはならないってやつ――あれ、幸せに生きるためにはもっともだなあって思って……」
学院時代にウィリアムやリュカとは話したことがある。
リディアが、「エリーって不思議なの。違う世界で生きた記憶があるのよ」とロイドに説明した。
ロイドが目を見開く――軽く肩をすくめて肯定すると、それでいいことにしてくれた。
「そこにはどんな権利があったのですか?」
「すべての人類の自由と平等、あとはもっと幸せになるために努力したり改善したりする権利よ。政治に参加したり、学校で学んだりして、よりよく生きる権利。国は――ここで言ったら国王や領主ね――その権利を守るためにあるの」
説明しながら遠い目になって行くのがわかる。こことは違う世界だからこそ成り立っていたことなのかもしれないけれど、そうじゃなくてもとても大切なことだと思う。
「……みんな、幸せになりたいのは一緒だもんね」
リディアの言葉に頷いた。
「そうよね。結局はそういうことだと思うの。だから、ここにも学校があったらなって思うのよ……ダンジョンのことが落ち着いたら、取り組むつもりなんだけど」
「学校……そういうことを子どもに教えるのですか?」
ロイドの不安そうな顔――確かに内容によってはクーデターを疑われかねないと思う。
それこそ奴隷制を当然としている国では特に。
「それは話し合わないと――戦争を引き起こしたいわけじゃないもの。それに、まずはこの領地のことをもっと学ばないとね。ダンジョンも既にこんなに大変だし――きっとまだかなり深いんだと思うの」
「お祖父様はまだトリスタンに話してないの?」
「うん……でも、いつまでも隠しておけることじゃないし、今夜は『話があるって言われた』って言ってたから、私の力で『ダンジョン内で受けた呪いが解ける』って話をするつもりかもしれないなって思ったんだけど」
呪いを解呪できるエリザベスの存在と、これまでの祖父の治療。
行方不明の伯父の居場所。
トリスタンがダンジョンに入れない理由。
トリスタンの、将来。
そういういろいろが秘密じゃなくなったら――魔王もこの土地も全部ひっくるめて、トリスタンが好きなんだって、そのまま言える。
抱えた秘密は、あと一つになる。
ダンジョンの中で伯父様に会ったこと、それだけ。
そのことだって、呪いは解けるんだっていう話から伯父様を見つけて説得しようという方向にうまく持って行ければいずれは――。
ぐっと手を拳にした。
「エリー、いい顔してる」
「うん。かわいい息子が欲しいなって思ってたところ」
ロランを見つめながら答えれば。
「私たち、もう、毒され過ぎ~。来年の出生率がロランのおかげで跳ね上がるんじゃないの?」
リディアの言葉に三人で笑った。




