139. 犬と猫 その2
「え?」
「雇い主と一緒のテーブルに着くことには慣れていないので――それにレイラさんも私たちなら怖くないと思います――一人で食べさせたくないんですよね?」
「そうだけど――せっかくだし――」
リディアも少し困惑顔だ。
『食事は大勢の方が楽しい』そんな考えは亜人にはないのだろうか。
「レイラ、そのほうがいいの?」
「うん――だけど、あたしなら一人でも十分だし、そっちまで一緒じゃなくても」
「ご一緒させてください――是非」二文字強調してロイドが軽く目を伏せた。「こんなふうにきちんとしたテーブルを整えてもらって申し訳ないのですが、私たちも調理済みのものでなくとも食べられますし、本当にお気遣いなく――」
エリザベスとリディアが顔を見合わせる。
食卓に人が増えるのは楽しいからそうならないのが残念だと考えているのはわかる。だけど、そういう団欒は強制するものじゃないし、目の前の二人は本当に困っている感じだ。
「大丈夫なくらい慣れたら一緒に食べることにして、そうなれるように少しずつ仲良くなればいいんじゃないか――無理はしなくていいから」
「そうね、私たちもあなたたちのこと、よくわからないまま準備しちゃったし――ごめんなさい、これからは聞いてからするようにするわ――いろいろ教えてね」
エリザベスの言葉にロイドはぎょっとしたように固まった。
なんていうか、ロイドは――レイラよりもずっと慎重で丁寧だ。それに、やっぱり人間を怖がっているような感じがある。エリザベスにたいしてまでこんなふうになる人は初めて見た。
気を取り直して、ダイニングを通らないドアからキッチンに入ると、キッチンの保冷庫の前で「どれでも好きな物を選んでいい」と言われたレイラが金色の目を丸くして――「本当にいいのか」と三回も確認してから牛のすね肉(骨付き)を選んだ。
その間にリディアがロイド親子の分をダイニングの隣にある応接室に運ぼうとして、「石床のキッチンの方がいいです。ロランは食べるのが下手で、まだ顔ごと器に突っ込むんです」と言われて、皿をキッチンのテーブルに運んで来た。
「別に汚したっていいのよ? 子どもなんだし。私もエリーも掃除は好きだし」
リディアの言葉にロイドはまたぎょっとしたように固まった。
それを見たリディアもまた困り顔になる。
いろいろ常識が違う――んだと思う。お互いに慣れないと、だな。
「あたし、天気がいい日は咥えて外の草地の上で食べる方が楽なの――汚れても気にならないし。でも今日はこの二人とご一緒させてもらう。だけどやっぱりダメそうだったら外でもいい?」
レイラの声にトリスタンはそのまま頷いた。そうやって教えてくれるのはありがたい。
昼に丘の上で鶏を食べていたところなんか、そのまま野生の豹みたいで何の違和感もなかった。
人っぽいけど人とは少し違う亜人たちの事情――結局食事はまたいつものメンバーになった。
「じゃ、行って来るからちゃんと寝てて――」
「うん――だけど、気をつけて――できるだけ早く帰ってきてね――」
「大丈夫。『軽く』って言ったし、俺の本来の姿は『人間』の方だってちゃんと話してあるから。それよりリジーの方が――今日あの輪っかを外す時に魔力を使ったんだろ? 本当はもっと早く休ませたかったんだけど――」
「大丈夫よ、輪っかの呪印を消すくらい大したことない――でも、あの――早く帰って来てくれたら嬉しいなって……でも、きっと眠っちゃうわよね、私。……『お帰りなさい』ってちゃんと迎えたいのに」
「いいから、寝てて――俺ならリジーの寝顔を楽しませてもらうし?」
ナイトウェア姿のエリザベスをもう一度抱きしめて、ほっと息を吐く――今日は、顔を見る機会は多かったけど触れ合いが少なかったから――やっとここ、って感じだ。
そのままゆっくりキスをしてから、もう眠そうなエリザベスがちょっと恥ずかしそうに俺を睨むのを楽しんで、額にもキスをする。今日もかわいい。
いつもより急いで魔力を送ったせいで、身体の方もそれをしっかり取り込むために急いで休息状態に入ろうとしているのだろう。
とろん、とした緩んだ表情が完全に信頼されてるって感じで嬉しい。
「行ってらっしゃい――気をつけてね……」
早く帰って来よ。うん。
初めての夜の狩りは――叱られながらの散歩、に近かった。
「もうー! トリスタンってば、なんでそんなに気配を隠すのが下手なの!? 相手に気づかれちゃったら逃げられちゃうのよ? ネズミだって土竜だって、あたしたちに捕まったら命はないってわかってるんだから、必死なの。真面目にやってよ!」
また叱られた。
「だけど、俺は別に何かしてるわけじゃないし――」
「してるでしょ! 威圧! 『ここにいるんだから手を出すなよ~』って。そうじゃなくて、『ここには怖いものはいませんよ~』とか『なんにもいませんよ~』って感じにやってよ」
「ええ? 別にそんなことしてないって」
レイラはいたくお冠だけど。
叱られても、困る。
「してる! さっきだってあの子に怖がられてたじゃない――パパがすっ飛んできたもの、絶対よ」
「え? あの子、って――ロランか?」さっきの大声と腕を突っ張ったやつ。「あれ、そういうことだったのか――?」
「気づいてなかったの? 小さい子や弱い生き物は敏感なのよ? あたしだってあの奥さんがいなかったらまだ警戒してたかもしれない。あなたに力があるのはわかってるんだから、威圧しないでよ」
「ええ? 『威圧』に『警戒』ってそれ、ジジイじゃなくて俺に言ってる?」
「お祖父さんが一番だけど、ナイジェルさんもよ――一緒に住んでるって知らなかったからすごくびっくりした――一見優しそうだけど、あれ、狼でしょう絶対。一緒で本当に大丈夫なの?」
疑うように睨む。
「人だよ――そう言っただろ。それにナイジェルでいいよ」
「だってロイドが同種だって言ったわ。耳も伏せてた。あれってつまり『絶対的な力関係で負けてる』ってことよ。犬系の序列は厳しいの――あなたのは『言われてみれば人間かも』って思えるけど、ナイジェルさん――ナイジェル――さん――つけたい――とにかくあの人のは気配も本物の狼っぽいし」
俺は『かも』か……まあ、いいか。
「どうやったらその『威圧』を外せるかわかるか?」
「そっからなの~?」
「ごめん。だってやってるつもりがないからよくわからないし」
「もう……! あなたってすごいのかすごくないのか、全然わかんない」
尻尾をパタリと振るのはイライラしている証拠だろう――俺もそうなることがあったからわかる。
「俺がすごくないのは確かだよ――『威圧』なんて――襲われたら嫌だな、っていうのはいつでもあるけど、攻撃されたわけでもないのに誰かを怖がらせようだなんて思ってないし」
レイラは眉間にしわを寄せてこっちを見た。
「襲われたら嫌って――もしかして『威圧』じゃなくて『警戒』なの? それが?」
まじまじと見る。
「警戒なら――そりゃ、一応警戒はしてるよ。見習いとはいえ領主だし、ここのみんなに対する責任もあるし、何より俺はリジーを守らないと――そこは絶対だから」
「……なるほど?」
ため息付きで言われた。なんでだろう。
そのまま夜の闇の中をまた少し歩いて足を止め、レイラが聞いた。
「あのさ、ここでトリスタンより強い人って、あのお祖父さんと、腕力だけならもしかしたらナイジェルさん、くらいしかいないんじゃない? 二人とも味方なのになんで常時警戒する必要があるの?」
「え!?」
「第三者に奥さんを狙われてるとかじゃないんでしょ? あの奥さんだって他の人がいいとか思ってるわけじゃないみたいだし――もっと緩くていいんじゃないの?」
「え?」
「とにかく、あなたには『警戒』してるはずが、やり過ぎて『威圧』してるのかと思われるような力があるんだから、それを隠すことも覚えた方がいいと思うわ。もっとリラックスしてみてよ」
そんなことを言われても――祖父が強いのは確かでも、ステファンが帰った時のナイジェルはまだまだステファンには負けてたし――そのステファンだってウィリアムには勝てたことがない――あいつは別格だった。
ウィリアムは滅多に人相手に剣を取ることはなかったけれど鍛錬は欠かさなかったし、こっちにいる間の練習相手は大抵ステファンかジュリアで、あの二人だって――純粋なスピード勝負でさえも勝てたことはなかった。
そんなウィリアムを振ってここに来てくれたんだ――俺は、絶対にリジーを守らないと。
「ほらそれ! また強くなった――やめてよ、あたしの夜食たちがみんな逃げちゃう~」
レイラの情けない声。つい笑ってしまって睨まれる。
「あの骨付き肉じゃたりなかったのか? 夜食なら保冷庫から取っていいよ」
「え! いいの!? ホントに?」
ぱあっと笑顔になった。育ち盛りの食べ盛りだもんな。
「――今日はもう十分教えてもらったし――『警戒』を解く練習はちゃんとしておくから、もう帰ろう。そっちもナイジェルに慣れる練習、ちゃんとしておけよ」
ちょっと嫌そうな顔をしつつも夜食がよっぽど嬉しかったらしいレイラは素直に頷いた。
「はあい……」
ナイトにやんちゃな妹ができた感じ、かもしれない。




