137. レイラの仕事
レイラは暫く掲示板とにらめっこをしてから戻って来た。
弁当の話が一段落して、今度はカウンターから身を乗り出す喋る黒豹にみんな興味津々だ。
フランコが対応に立って、話を聞いていくつか提案する――商業ギルドから出向しているフランコは(その気になれば)口調が丁寧で物腰が優しい、ここにピッタリの窓口業務員になれるのだ。
ウーリッヒとティアゴはわりかし雑だけど、そういう対応を好む人間もこの土地には結構多い。
「ボス……ちょっといいっすか」
そのフランコの苦笑。
今度はなんだ。
「酒場の用心棒って――年齢制限ありますよね。黒豹のままでいるからそれを外してくれないかって。彼女十五歳らしくて」
「十五か~! また微妙な――」
見た目からはわからないだろうけど、年齢的に酒場はダメだ。用心棒、ってのはますますダメ……なのかな? まあ、ダメだろう。
もしかしてそうかな、とは思ったけど黒豹レイラはけっこう若いらしい。
「それに暗殺依頼はないのかって聞かれたんですけど……」
そっちには吹き出しそうになってどうにか堪えた。
「害獣駆除はなかったのか?」
「あれは猫耳の女性と大柄な男性が受けていきましたよ。ダンジョン内の依頼は当面はダメだって大旦那さんが止めてったし――」
そこはまあ、外国に出て行く可能性の高い人たちだしな。
ダンジョンに潜れる冒険者は、基本的に国内出身者が多い。外国から来る人達については審査が厳しい。ダンジョンから持ち出した素材は基本冒険者本人の物になるけれど、中にはかなり高価なものもある。それにダンジョンそのものは国の施設? 扱いだからだ。
で、害獣駆除に関しては、先を越されたのか。
確かに亜人って、そういうのが得意そうなイメージがある。
「それにしたって、用心棒はないだろ。もっと物騒じゃない依頼はなかったのか――?」
しかも暗殺とかって――まあ、似合いそうだけど、そういう依頼はたとえあったとしても住民ギルドで許可を出すわけがない。
「住み込みで子守りって依頼があったんですけど、そっちは小柄な女性が――っていうか、女性でもさすがに黒豹の見た目で子守りはないし」
「だろうな。見た目は猛獣だ」
「『狩り』はあるんですけど、それも単独だと年齢的に許可できないし」
レイラも耳を伏せて落ち込んだ様子――困ったな。
「そっちのミミズクは登録しなくていいのか? 食事とかどうするんだ? 帰るのか?」
「ああ、それなら――大柄な男性の方が『一緒にやる』って言って――パーティでの参加も可って依頼だったんで、代表で登録して行ったんですよ。ミミズクさんの方は『寝場所はいらないから食事だけもらいたい。規定量のネズミや土竜は捕まえる』って話みたいでした」
なるほど。パーティ内でのノルマ比重やトラブルは独自解決だし、顔見知り同士で話をつけたということか。
「じゃ、今現在、今夜の行き場所がなさそうなのはこの黒豹――レイラだけか?」
「あたし、泊まる場所なら野宿でも平気だし――食べ物だって、適当に狩っていいならいらないわ。害獣だと思われて狩られる側になるのが嫌なだけなのよ」
そうは言いつつも不安そうだ。
「もっと人っぽくなれるなら畑仕事とか掃除とか、給仕とかもあるんだよ?」
フランコが勧める。
「それは嫌なの――」
そこはどうしても譲れないんだな。
「それより、ただでさえ未成年なんだ――後見人を見つけないとここの住民にはなれないぞ」
「ボスがなればいいじゃないか。見習いとはいえ領主なんだし」
ウーリッヒが適当なことを言う。
「学院は出ていても俺だって未成年だし、後見人なのに二つしか年が違わないとかってあきらかにおかしいだろ。まだ見習いだし――ジジイに頼むか――だよな」
黒豹がすごい勢いでかぶりを振って拒否した。
「ボス、十七歳なんだ――今さらだけど若っ! もしかして嫁ちゃん――奥さんも?」
ウーリッヒの驚いた声。
「ああ、リジーも一緒だ。俺の歳、ジジイから聞いてたんじゃないのか? みんなに敬語も使いたくなるだろ――『ダンジョンが深くなってるから帰って来い』ってジジイに呼び戻されたんだよ。ここはこんな田舎だし、リジーが逃げ出さないでくれて助かった――」
ウーリッヒがますます目を丸くした。
「ええ!? じゃ、あの話は、嘘なのか? ボスが『王太子の婚約者に惚れられて行き場がなくなって、結局二人で逃げて来た』ってやつ―――」
「は?」
「バカ!」
「おい!」
フランコとティアゴがそれぞれ怒鳴り、ウーリッヒは少しきまり悪そうに頭をかいた。
「せっかくだからはっきりさせといた方がすっきりするし――この夏はシュヘル家の若夫婦の噂が飛び交いまくりだったから」
「お前、ホルスト卿に殺されるぞ」
「だけど、あの二人組の誹謗中傷が収まったと思ったら『王太子の目を盗んで決死の逃避行』ってのや、ボスが『あの奥さんに懸想して王太子を呪ったことがバレて王都を追われた』ってやつ――その後で、奥さんの奪い合いでボスが勝ったせいで『王太子の面目が丸潰れで仕方なく追い出した』って話も聞いたし、『王太子を好きになれなくて悩んでた奥さんを無理やり攫ってきた』ってのも――まあ、今現在ボスと奥さんは仲がいいみたいだからどれだって大差ないんだろうけど、噂の出所が全部ボスの友人だって話で、もう何が何だか――ラグドルさんのとこじゃ『べた惚れなのは奥さんの方だ』ってみんなが言うし」
頭を抱えたトリスタンを見て「……まあ、そこは疑ってないっすけど」と一言追加する。
「バカ言うなよ。べた惚れなのはこいつの方だろ」
「そうだ。奥さんが来た時のこいつの顔、見てないのか?」
フランコとティアゴが言い返す。
「せっかく美人の奥さんが来てるのに何でボスの顔を見るんだよ――まあ、奥さんが見てるのはボスの顔ばっかなんだけど」
「ねえ、ここって随分と平和なのね――で、噂は何が真実で、結局あたしはどうしたらいいの?」
割って入ったレイラの声に、一同口を噤む。
「噂はもうどうでもいいよ――リジーが悪くないのはみんな知ってるし、確かに俺はべた惚れだし――だけどそのせいでここの人たちがみんな急に親切になったのか……」
苦笑交じりの笑顔で声をかけてくれるようになった人たち。
「そりゃそうだろ、なんだかんだいっても大旦那さんの孫だ。しかも本当かどうかはともかく公爵家出の坊ちゃん嬢ちゃんって話でその見た目――俺たちが普段から接するようなタイプとはかけ離れてる。大旦那さんが目を光らせてたし。それがそんな噂が流れれば、急に身近に思えるのは当然だ。ここには駆け落ちしてくるやつらも時々いるし」
賑やかに帰って行った友人たち。みんなのおかげだ。
つい笑ってしまって首を振った。
今考えるべきなのはレイラのことだ。
「それより後見人――は万一の場合の責任が生じるからな――この国の人たちは亜人に詳しくないし、人間同士だって簡単には引き受けてはもらえない。ジジイなら二つ返事で引き受けそうだけど――いくら成人扱いでも俺が引き受けるのは外聞が悪いし」
ジジイのところでレイラがまたしてもすごい勢いで首を振る。
「外見も、けっこう怖いっすもんね――性格は――『暗殺依頼はないのか』とか言われちゃうと、住民にはお薦めできないし」
ウーリッヒが眉を寄せた。
「あたしを置いてくれたらネズミは出なくなるわよ?」
「へえ。そこはうちの奥さんなら喜びそうだしお薦めだと思う――だけどさすがに子どもと一緒だと思うと心配になるな。牙も爪もあるし。ちなみにその状態だと家事は?」
「無理です……」
「だよな」
「ティアゴは? 子どもはいないだろ?」
「うちの奥さん焼きもちやきなんです。男の子ならともかく、女の子は無理ですよ。十五歳でしょ? ほとんど成人じゃないっすか」
「だよな。俺も無理。絶対囲い込んだと思われる」
「……誰にだ?」
「! 誰だっていいだろ、ほっとけよ!」
ティアゴの突っ込みにウーリッヒが怒鳴った。
また話が脱線してきたな。
「リジーに聞いてみるよ――リジーなら黒豹は怖くないし、たぶん二つ返事で引き受けてくれると思う。だけど、レイラ? わかってると思うけど、俺やリジーに関わるとあのジジイは怖いから、迷惑になるようなことはするな。あと、仕事の依頼は――どうしようかな。あの犬耳の男性を連れて行ったからには庭のことはもうできてるし、そもそもうちの畑に土竜やネズミはあんまり来ないし――そのままの姿でってのがな――」
「え、トリスタンのところに行ってもいいの!?」
「ああ――リジーなら成人してるし、後見人になってくれる――だけど悪さをしたり黙っていなくなったりするなよ。ものすごく心配するから。それにうっかりでも怪我とかさせたらジジイが――俺もだけど、黙ってないから」
「もちろん迷惑なんてかけないわ。それにトリスタンにならやってあげられることがあるもん――狩りのやり方、教えてあげる!」
レイラは自信満々で言い切った。




