136. 亜人の出身地
「全員、モルドネシア出身なのか?」
「あたしより前に捕まえられていた人たちはそうだと思う。タヌキの毛皮を着たガタイのいい男の人と犬耳の親子――小柄な女の人も。あのミミズクと猫耳の女性はわからない」
小骨をパリ、と噛み砕いて飲み込む。こっちの鶏もあとちょっとだ――三羽にするべきだったかな。
「そっか……モルドネシアか――さすがにハリオネスの向こうまでは送れないかもしれないけど――まずはできるかどうか聞いてみないとな」
隣国の向こうまで、となるとウィルベリー家の出番だけど……ジークフリート公爵が頑張ってくれるかどうか……アリアンヌを通してユージーンに伝えた方がいいかもしれない。
う~ん。
「あの、あたしのことなら送らなくていいよ?」
考え込んでいたらレイラが言った。
「え?」
「モルドネシアのみんなも残りたいって人が多いと思うから、ちゃんと聞いてみて」
「え?」
「トリスタン、あたしたちの国についてあんまり知らないでしょう?」
レイラが残っていた鶏をゴクリと飲み込んで口の周りを舐める。
それは――確かにそうだけど。
トリスタンが頷くのを待ってレイラが話し出した。
「ハリオネスは亜人を奴隷にする国――それを知っているのにあたしがモルドネシアでもハリオネスに近い山にいたのには理由があるのよ。
モルドネシアには海もあるし山岳地帯も平野も――でもね、穀物が育ちやすい平野は人間たちがほぼ独占してる。あたしたちみたいな亜人はふつうは山岳地帯を住処にしるんだけど――だけど、人間たちがだんだん勢力を増してて――山に迫って来てるのよ。
もちろん対抗してる人たちもいる。だけどあたしたちって基本同じ種族以外の生き物とは群れないし、共闘もしない。人間たちの方は団結して『山狩り』とかもするし、酷いときには山に火をつけたりもする。
人間とうまくやっている種族もいるのよ――犬系、とかね。あいつらあたしたちを追ったりもするのよ――本物の犬みたいに」
ぐるる、と唸り声がして、唇がわずかに捲れた。
「そんなわけで、だんだんと追われて――モルドネシアの政府は奴隷制を推奨しているわけじゃないけど、数は人間の方が多いみたいだし、『亜人なんてハリオネスで奴隷にしても問題ない』って考えの人も多くて――ほら、あたしだって――獲物を獲らないと飢えるのに――狩場は減らされてるのに家畜を襲えば『害獣』でしょう? 銃を向けられたことだって何度もあるのよ。
それで仕方なくハリオネスとの国境に近い山に行くことになって、そこで捕まえられたってわけなの。だからここにいていいなら――」
残りたい、ってことになるのか。
「それはかまわない――歓迎するよ――ただ、ここにはダンジョンがあるし、冒険者の出入りが多いからそういう意味では気をつけてもらいたい。君が本物の黒豹じゃなくて、ちゃんとした亜人で狩りの対象じゃないんだってみんながわかるまではできるだけ誰かと一緒にいて欲しいし、それに仕事を見つけてもらいたい――次の食事のために。そういう意味でも人型に近い方がいいんだけど? さっきの話だと、レイラはもっと人っぽくなれるんだろ?」
「このまま――はダメ? 人っぽくなりたくないのよ」
「黒豹でできる仕事ってのは、なかなかないかな――」
「ネズミ捕りとか、得意よ? そのまま食べてもいいとなおいいんだけど――」
「害獣駆除、か。たしか掲示板にあったけど――ギルドで確認しよう。戻ろうか」
「うん!」
空の袋に畳んだサンドイッチの包み紙を入れてから黒豹に変わる。ギルド近くの物陰でトリスタンに戻って歩きだすと、レイラが横にならんだ。
「ちょっとは慣れた? 俺、このままでも平気?」
「うん。あの怖い人の気配はないし、あなたはいい人みたいだし、それにあの奥さん――すっごく素敵――あの人も人間?」
「ははっ。もちろんだよ。だけどそう言ってもらえて嬉しいな――リジーは俺の一番だから」
「当然だと思う。よく捕まえたわね」
「そうだよな――ま、そこに関してはほぼ粘り勝ち、だよ。ほら、中に入るよ。仮になるけど住民登録をしないと依頼は受けられないから」
新しいカードの作成は楽でいい。
「書類、は口頭でもいいけど名前から順に答えて、サイン――の代わりに足型でもいいよ。登録するから虚偽はナシ――直接俺に言いたくないなら、いったん人に戻って書いて――その衝立の後ろ、使っていいから。音も遮断されるから、質問がある時は顔を出してから聞いて」
それを聞いたレイラが二歩下がった。本当に人になるのが嫌らしい。
「大丈夫だよ。その後ろを覗こうとしたやつの頭にはバケツごと水が降って来るシステムになってるから、だれも覗かないよ」
ぱっと見は普通の衝立だけど、これはアントニー作成の魔術具だ。
トリスタンが魔力感知をしているところを覗こうとしてびしょ濡れ体験済みのウーリッヒとティアゴが決まり悪そうに頷く。
トリスタンの場合は見せたくないわけではなく集中したいだけだったのだが、住民の中にはそれなりに深刻な悩みを抱えた人もいるので、相談に乗るときもこの衝立は役立っている。数時間前にジジイが皆の輪っかを取った時も役立っていたし。
「バケツ……? なにそれ、どうなってるの? ここのシステム」
「まあ、いろいろだよ。どうせ注意するなら楽しい方がいいだろ?」
書類とペンを持って衝立の後ろに消えたレイラはじきに戻って来た。
受け取った書類は裏向きのまま新しいカードに乗せて縮小して焼き付ける感じで魔力を通す。あっという間だ。
「はい。じゃ、依頼を見てきて。気になるのがあったら言って――俺も仕事に戻る」
同僚たちに自分がいない間の出来事を聞くと、今日着いた彼らのうちミミズクとレイラ以外は既に仮登録を終え、仕事を選んで出発したという。
あの犬耳の子どもの父親はエリザベスが『庭仕事をしてもらうから』とその場で依頼書を書いて、リディアも一緒にシュヘル邸に帰ったそうだ。父親と子どもを離さなくて済むようにだろうけど、エリザベスのことだからちゃんと彼にできるような仕事を与えていると思う。
「ミミズクはどこに行ったんだ? 帰ったのか――?」
「そこにいるだろ――すっげー観察されてる。巣を作られる前に撃ち落としていいか?」
答えたテオの視線の先――壁掛け時計の上に、まるで置物のように乗っかっていた。
「落とすのはやめろよ。亜人も人も変わらない――だけどテオ、お前なんでここにいるんだ? 昨夜夜勤だったんだから帰って寝てろよ」
「え? マジで? ボス、そういうの早く言ってくれよ――」
「マジで、って勤務時間長過ぎになるだろ。ミミズクを撃ち落とす暇があるなら寝ろ」
「その分も含めて奥さんの弁当なのかと思って――」
情けない顔と声に思わず笑う。
「そんなこと言わないよ。明日も普通に出て来るんじゃなくて午後からでいい――働き過ぎだ」
「え? 弁当は?」
「ああ――それは明後日でいいか? リジーには昨日言っといたんだけど、今日来た子どもを一人預かることになったみたいだから、明日は様子を見たいんだ」
「あ~、よかった――キャンセルされるかと――いつでもいいですよ、そんなの。じゃ、俺お先っす」
「「「お疲れ~」」」
同僚たちの声に送られて出て行く。
「ボス、夜勤やったら休んでいいのか?」
一拍置いて、フランコが聞いた。
「え? あ、ああ。みんないなくなるのは困るから、調整は必要だけど――勤務時間を決めただろ? 休日出勤とか残業したら、その分はいつもより余計に給料を支払うって決めたよな?」
「金は払うってのは聞いたけど、他の日に休んでいいってのは聞いてない」
「え? だってそれは当然――じゃないのかもしかして。……まだ詰めが甘かったか……休みの日に出たら代わりにどっかで休まないと、疲れもたまるし、フランコなんか奥さん怒るだろ? 息子と遊びたいだろ? 一緒に出掛けたりとか――テオやウーリッヒは独身なんだから今のうちにガンガン働いて金を貯めときたいって考えなら身体を壊さない程度にがんばるのは構わないよ。
休みをまとめて取って旅行に行くとかもありだと思うし、親戚や友人を訪ねたり――みんなで日にちを調整してずらしながらやれば――」
「それで大丈夫なのか? 財源は」
今度はティアゴだ。
「大丈夫だろうけど――なかなか貯まらないんじゃないか?」
一緒に試算をした商業ギルドから出向中のフランコが眉を寄せて答える。
「フランコ、何度も言うけどそこは忘れろ。商業ギルドとは違って住民ギルドは儲けるのが目的じゃないんだよ。今年は王都送りにした物資の売り上げを財源にして出してるけど、来年住民税の税収が始まればそこから出す。ええっと、今の登録カードの配布率が八割だろ――使用率が更にその二割――まあ、買い物に使ってるのは大人だけだからな。
それでも今のところ将来の税として上がってくる額で十分賄える計算になってただろ――第一そうじゃなかったら住民ギルド主催のイベントとかってできない。まあ、あれはジジイが一部補助してるけど。ここは職員が少ないし、みんなよくやってくれてるから――足りなくなったら潜るぞって――そこは今のところ俺じゃなくてジジイなのが申し訳ないけど」
「俺も質問、いいか」
ウーリッヒが手を挙げたので頷く。
「『奥さんの弁当』ってなんだ?」
「は?」
「テオが言ってたろうが――何の話だよ」
ちょっと柄が悪くなってるような気がする。住民ギルドなのに。
「都合も聞かずに国境くんだりまで連れ出した上に夜勤で馬車をここまで運んでもらったお礼だよ――言っとくけど、給料の上乗せは別だぞ? それでチャラにしようとかいうつもりじゃない――『金か食事処の優待券か、酒でもいい』って言ってたから、あいつ一人者なんだしリジーの弁当なら酒より体にいいだろうなって――」
ガタガタッ
音を立てて立ち上がる職員たち。
なんだか目の色も変わったような気がするな。住民ギルドなのに。
「ちょ、それもっと早く言って――だったら俺が行ったのに! 馬車の扱いは俺が一番うまいのに。運送ギルドから来てんだぞ!?」
「いや、ジジイがあいつを指名したの聞いてただろ?」
「だって!」
「『だって!』じゃない。ウーリッヒ、見苦しいぞ――違うとこで役に立てよ――そういう意味だよな? ボス」
立ったままのフランコとティアゴの視線――だいぶ柄が悪くなってるな。住民ギルドなのに。
「弁当が、羨ましい、のか?」
無言で頷く職員たち――まあ、気持ちはわからないでもない。
真面目に働いたら『リジーの弁当』とか、そういう賞与ってアリかな……?




