132. 密輸
「ちょっと見てくれないか――北の森林地区を抜ける道沿い――今朝から移動している一段の反応がおかしいんだ」
風に秋の香りが混ざり出したある日。
いつもの朝の日課、各地区の魔力反応のチェックの後で祖父を呼び出した。
前ぶれなくギルドに近づくことのない祖父の突然の登場に職員たちが騒めく。椅子の上でできるだけ身体を縮めているのはテオだ。
冒険者ギルドの職員の中にはさっと音も立てずに席を外す者たちもいる――この祖父がどれだけ怖がられているかよくわかる。
が、それはまあいい。
気になっているのは約十人ほどの集団で、気配が微妙だ――動物もいる『と思う』。
『と思う』なんていうのは普段はあまり感じない。集中すればわかる――そのあたり、自分の成長が感じられる――人は『人』だし動物は『動物』だ。まあ、例外もいるんだけど……魔力量が半端じゃなくて、人と認識した後で『ホントに人かよ』って毎回思う目の前のジジイとか。
その祖父はちらりと地図を見て眉を寄せた。
「ああ――亜人が混ざっとるのか。人が四人。残りは半獣じゃな。奴隷用の亜人を運んでおるんじゃろう。この土地は通過するだけ――うちの王族や貴族は基本奴隷制を喜ばん。この国で捕まれば積み荷は没収、商人は厳罰――それでもいったんこの国に入って来る選択をしたからには、積み荷は正規品の奴隷ではないな――密猟、密輸、密売、といったところか。ほっといてもええが、捕まえるか?」
随分いい加減な返事にこっちも眉を寄せる。
「ほっといてもいいのか?」
「気付いたからにはいいことはないじゃろうが、この土地の第一はダンジョンじゃからのう。まあ、むこうは気づいておらんし、無視しとくのが楽でええぞ」
にやりと笑う――まったくばかばかしい。首を振りながら衝立から出た。
「犯罪なんだろう? 行って来るよ。捕まえて――その後はどうするんだ?」
「亜人の方は元気ならその場で解放してもええぞ。だが、弱っとるやつがおるようだ。助けるなら連れて来て休ませることになる。奴隷商人や護衛は役人に引き渡しじゃ。連れて戻るときの馬車の運搬時間がひたすら面倒じゃが……本当に捕まえるのか?」
「領主ならそれが仕事だろ」
「その場で全員殺してしまえば簡単だぞ?」
職員たちの顔から血の気が引いたのを見て、妖怪笑い――それに本当に面倒くさそうな顔をする。これでそれなりに人望があるしもと領主だっていうんだから、まったく不可解だ。
「冗談は冗談だとわかるように言えよ、くそジジイ」
「冗談なんぞ言っとりゃせんが――トリスタン、策はあるのか?」
本当に、まったく不可解だ。
「――結界を張ってから睡眠薬かな。麻痺でもいいけど――効いたところで捕縛。馬はそのまま馬車を牽いてもらいたいし、人だけ狙って――亜人って薬の使い方や魔法のかかり方は普通の人間と違ったりするのか?」
「種類によるとしか言えんな」
「そうか――じゃあまあいいや、奴隷商人だけ狙うよ。魔力量的にたいしたことはなさそうだし、ひとりで行ってきてもいいか?」
住民ギルドの面々が驚いたように顔を上げたけど、問題ないはずだ。
「ま、あの程度ならいいじゃろうが――とりあえず一人か二人連れて行ったらどうだ。帰りは馬車だぞ」
「俺、黒豹で行こうかと思って――その方が速いし」
「ああ、それならそいつ(・・・)とナイジェルを連れて行け。喧嘩はするなよ。ああ、護送車の手配はしておくし――帰りはそいつに任せろ。新妻を一人寝させるのは感心せん」
そいつ、の言葉と一緒に顎で示されたテオが椅子の上でぎくりと身体を硬くしたけれど、最後の一言で真っ赤になった――。
このくそジジイ。よりによって職場で――独身者も多いのに。
祖父はそれで満足したのか、にやりと笑って帰って行った。
間もなく微妙な表情のナイジェルがやって来て――「祖父さんがお前と行けって――『最速』で、って言われたんだけど、遠出?」と、珍しく少し気乗りのしなさそうな様子で聞いて来た。
「ああ、地図だとここら辺になる――どのくらいかかる?」
ナイジェルが言い淀んだ。
視線を逸らす。
「測ったことはないけど、最速でだと――二時間、かからない、かな。離されるようなら追いかけるから、先に行っていいぞ」
「は?」
『先に行っていい』はわかるし、それはいいけど、六十マイル(≒百キロ)近くあるのに二時間って――ここには乗馬用の馬はほとんどいないのに。それに一度見失ったら黒豹を追いかけるのは至難の業のハズだ。
驚きの顔に、ナイジェルが居心地悪そうに身じろぎをした。
「ほら、俺、この前からちょっと――お前の『ナイト』みたいなもんだよ」
……なるほど。技能が増えた、と。
「テオは? どのくらいかかる?」
「……ええっと、そこはちょっと。俺も冒険者なんで……」
そうか、こっちも秘密にしておきたい特殊技能ってやつか。
「じゃ、それぞれ現地集合ってことで……いいのか? 魔法をかけるのは俺がやるし、先に着いても近づき過ぎないように――俺は多分一時間ちょいくらいで着くと思うけど――」
「俺はもっと早く着くから偵察しとく」
テオがそう言うとさっさと建物から出る――続いてナイジェルも。
外に出ると、もうテオの姿はなかった。
林の方に歩いて行くナイジェルの後に続いた。人前でいきなり変身するのはさすがにマズいだろうし。
「何に変わるんだ?」
そのまま聞いたらナイジェルはちょっと視線を斜め上に泳がせてから、「狼」と呟いた。
……なるほど、それで肉が『レア』か。
「なあ、だけど、それって――」
続けて聞こうとしたら遮られた。
「後で話すよ。俺に『最速』で『一緒に』行けって言ったってことは、『経緯も話せ』ってことだと思うし」
そう言うなりその場に黒っぽい毛の耳の尖った狼が一頭――でかくてかなり迫力があるけど、目元にナイジェルの面影がある。
その隣で自分も黒豹に変わると揃って走り出す。
足の速さはそう変わらないようだけど、自分はこの姿に慣れている。ナイジェルと間が開くのはしかたない。
テオは一体何に変わったんだろう――自分より速い生き物――っていうか、本当にシュヘル領にはいろいろいるんだよな。
毎日気配を探っているうちに気づいたことはけっこうあって、魔力の強い動物――いわゆる『魔獣』だ――の中には本当に人に似た魔力を放っているやつもいる。人ではありえない場所に単独でいるし、時々あきらかに動物って感じの気配に変わるから魔獣だとわかるけど、出会うことがあったらちゃんと動物の形をしているのかどうか確かめたいくらいだ。
もし人間の真似とかができるやつがいたら、果たしてちゃんと見分けがつくかどうか――見た目だけだと無理かも。
そんなことを考えながら一時間ほど走って――怪しい集団の気配が近くなってきたので人に戻った。
テオに自分が何に変わるのかを話さなかったから、むこうから見つけてもらうためにはトリスタンでいないと。
十分も歩かないうちに木の陰からテオが出てきた。
「東側から来るぞ。御者席に二人、後ろに一人――離れていたり隠れていたりするやつはいない。檻の中には七人、というか、七匹って言うのか? この場合。見た目はいろいろだぞ」
「そこは七人だろ。ありがとう、助かる。じゃ、近くまで来たら眠らせる」
「俺は耳を塞いだり、息を止めたりは?」
「しなくていい――水壁を作ってから薬を撒くから」
そんな話をしているところにナイジェルが来た。人の形だけど、少し息が荒い。
「早かったな。ちょうど来るぞ」
「俺は、見学でいいのか?」
「ああ」
そこからはあっという間だった。
ジジイの特訓のおかげか、ダンジョンから程よく離れているせいか、魔力の調整がやりやすい。薄い水の壁を作って御者席を包み込み、相手が突然の水壁の出現にワタワタしているそこに人間用の睡眠薬を転移させて撹拌する――空間が固定されているので小さな薬の包みで十分だし、簡単だ。
もう一人、馬に乗っている人間も同様――三人があっさり眠ったところで、残りの人たちや馬に影響がないように、囲んであった水でそのまま御者席と馬の背を流した。
薬でも嗅がされているのか、檻の中は静かなものだった。
ついでに馬車の荷台ごと囚われている人達の身体や衣服を清める魔法を使って、そのまま乾かした――何日分の汚れなのか、けっこう臭ったから。
そんな感じで洗われても、荷台からの反応はない。弱っている、というよりは放心状態なのか――何も感じていないように見えた。
三人で出て行って、シュヘル領の警護のものだと名乗っても、やはり反応はなかった。
重たそうな鎖で首輪や足輪と檻とが繋がれているのが痛々しい――すぐにでも外してやりたいところだけれど、気がついて暴れたり逃げ出そうとされたりしても困るので、それはそのままで連れ帰ることにする。
三人で眠った人間たちを縛りあげつつ身分証を確認して、馬車の荷台の空いていたところに転がした。
馬の一人は単なる護衛だが、二人は間違いなく奴隷商人だった。片方は冒険者も兼ねている――登録カードの記載はパッと見は普通の商人。けれど領主権限で呼び出せる取扱商品の項目に『人間等』の文字が入っていた。過去の取引記録にも人や亜人が多い。
檻の中の人数を確認して――中に小さな子どもまでいることに気がついた。ナイトイーグルに攫われたときの自分よりも小さい――かわいそうに――助けに来てよかった。
乗り手のいなくなった馬は馬車の後ろに繋ぐ。
荷台には明日シュヘルの街に着くまでなら十分な量の食料と水もあったので、欲しければ手が届くように檻の中に移しておいた。
そこからは道沿いに進むだけ。テオが御者台に飛び乗る。
「じゃ、お疲れさんってことでいいよな? 俺の到着は明日の昼過ぎになると思うから――あ、夜間勤務の分、特別手当つけてくれよ――物品支給で酒でもいいし、食事処の優待券でも――一人だとどうしても食事は外になるから」
頭をかいて手を振る。
その『早く行けよ』の仕草に『ありがたいな』と素直に思った。
「物品支給なら――リジーの弁当もつけようか?」
「え!? いいんっすか!? やった! 奥さんの弁当、いつもすごく美味そうだってみんなで――寛大なボスでよかった~!!」
いきなり声が明るくなって半端な敬語になったテオが嬉しそうに手綱を振った。




