130. バージョンアップ
はあ。
しあわせ、だ。
なんか、やっとだけど「つきあい始め」って感じになった……。
相変わらずトリスタンは優しくて、かわいくて、「も~!」ってなる。
もう、年中行事ってやつだと思うけど、ホントなんでこんなにかわいいかな、私の旦那様。
そして、なんていうか……なんでこんなにステキかな、私の旦那様。
もしかしてかなり好条件じゃないのかな、って思ったのはもうずいぶん前のことだけど、絶対大当たりだと思う。
あれからトリスタンは、ちゃんと気持ちを表現してくれるようになった。
目があっても困ったようにすぐに逸らしちゃったりしない。ちょっと待ってから笑う。大抵は頬や額だけど、キスもしてくれるし、髪の毛に触るのも気のせいじゃなくてちゃんと――わかるように、する。
何の用事もなくても一緒にソファに並んで座ってその日の出来事を話したり、ただ静かに本を読んだりもする――シュヘル邸のソファが三人掛けなのが残念だなんて思わない。だって、ちゃんと……ソファの大きさを理由にしなくても、すぐ隣にいてくれるし。
そういうときは肩を抱いたりもするし、ちゃんとしたキスも……してくれる。
ナイジェルとリディアがいないときは、だけど。
それに、寝ているときに抱き寄せられたことも、何回か、ある。
初めて抱き枕みたいに腕の中に抱えられたことに気づいた時はすごくびっくりして焦ったけれど、額に頬をこすりつけられたあとで何やら呟いていることに気づいて、眠っているんだってわかった。
呟いていたのが自分の名前だってわかった時はすごく……何だろうあの感じ。お尻がムズムズするような恥ずかしさと、それこそスライムになっちゃったみたいな、なんかもうどうにでもしちゃってください! みたいな――行き場のなさっていうか……それに、すごく嬉しくて。
で、そのあとに「……俺の」って寝言で一言追加された時なんか、もう内心が『ぎゃー!!!』ってお祭り騒ぎだった。
即座にベッドから飛び出して壁に額をぶつけたくなった――けど、抱き枕だったのでそのまま耐えたけど!
自分が悪役令嬢ポジだってわかった時は、乙女ゲーの世界に転生したことを恨んで、実はダンジョンのある土地に魔王の嫁に行くんだってわかった時は、自分が向かうところはラブロマンスじゃなくてアドベンチャー系のRPG世界だったのかな、って思ったんだけど、実はまさかの溺愛系の要素も……?
ヒロインポジじゃなかった時点で恋愛系はほぼ諦めていたんだけど。
確かにトリスタンは(ゲームの、でもサリーにはそのままやってた)ウィリアムみたいに歯の浮くような言葉を並べた上に権力や財力も使って全力で落とそうとしたりしてはこない。リュカみたいに落ち着いた自信みたいなものを感じさせたりもしないし、ステファンみたいにさらりとドキドキさせてくれるような危険性もないし……etc.
でも。
でもでもでもでも!
だって、絶対ドキドキする――あんなふうに自分のだって確認されたら、絶対。
しかもそれが狙ってのことじゃない(寝言だもん)なんて、超有能な伏兵に遭遇したも同然――ここがあのゲーム世界なら、転生前の自分が『ミニゲームのためのオマケキャラ』だとばかり思っていたトリスタンが実はこれだけの要素を持ってるって気づいたプレーヤーははたしていたのだろうか。
はあ。
こんなに幸せで、いいのかな――。
いや、いいんだと思う。だってエリザベスはがんばったもの。
きっとこれは、妹をいじめずに無事悪役令嬢コースをクリア? したご褒美――にしては盛りだくさんだと思うけど。
あとは、飽きられないように、しっかり役に立たないと。
うん。よし、がんばるぞ!
嫁ポイントはもう最大限で付与したって言われたけど、そこに胡坐をかくわけにはいかない。
できること、できること――。
~~~~~~
「ね、トリスタン! ダンジョン内の温泉用の休憩所がもう建て終わりでしょう? そうしたら次は、あのダンジョンの入り口になってるお化け屋敷を建て替えるっていうのはどうかな」
一日の仕事を終えての帰り道。
何か思いついた時のワクワクした顔――目を輝かせて言われたら、そりゃ、応えてあげたいって思う。
今日もエリザベスは楽しそうで、見てるだけで嬉しくなる。
一緒にいられて嬉しい、って伝えてくれる笑顔。――それが嬉しくてつい見とれてしまいそうになって、言われた言葉に集中する。
エリザベスが楽しそうに言葉を続けた。
「まずお祖父様に聞いてみないと、なんだけどね? 一階層から温泉を汲みだせないかなって思ったの。そうできればトリスタンも――それに冒険者じゃない人たちも温泉に入れるでしょう? あそこの階段を降りなければダンジョンの中に入ったことにはならないと思うし。
それに、食事処もそこに――同一建物に入れちゃうっていうのはどうかなって思ったの。あそこなら周辺の土地も空いているし、治療院からも近いし」
うん? 治療院から近いのは確かだけど、それはどう関わってくるのかな。
「あのね、ラグドルさんとも話したんだけど、冒険者相手のお仕事の求人はなかなか人が集まらないでしょう? それで、簡単に考えたんだけど、平気で相手ができるのは、冒険者同士や冒険者ギルドの人たち。住民だとここでも古株の人たち。それに私とリディア――もちろんトリスタンとナイジェルも。
でね、今、治療院の方は結構落ちついているの。ハンナさんによると、ダンジョンに薬を持って行ってくれる人が増えたおかげで、怪我人が減って――薬の錬成量は前よりも増えたらしいんだけど、実はかなり暇なの。私が毎日いる必要はないのよ」
なるほど――ということはこの話の向かう先は一つだ。
だけど、それって心配なんだよな。
この前みたいにろくでもない噂をまき散らすやつとか、ましてや腕力に訴えようとするようなやつが来たりしたら――エリザベスやリディアが自分でどうにかできないと思っているわけじゃなくて、そういう荒っぽい人たちと接する頻度が上がるのがそれだけで嫌なんだよな……って、それが自分のわがままだ、っていうのはわかるけど。
「だから、将来的にはダンジョン地下一階層の温泉はリディアとナイジェルが――マリーもそこは手伝ってくれるって――で、地上一階の温泉と食事処は私たちがやるっていうのは、どうかなって思ったの。私たちは行ったり来たりできるし、それなら……」
そこでちょっと目を伏せてエリザベスが言い淀んだ。
前ならそれだけで心配になったところだけど、今はそんなことはない――でも、一応身構えておく。
「……あの、それなら日中も、今より一緒に、いられる、でしょう?」
――やっぱり身構えておいて正解。
そのちょっと赤くなった頬とか、止まりがちな声とか、もう、どうしてくれようかって感じにかわいい――そしてつまりそれって『日中も、もっと一緒にいたい』ってことで、十秒前までは真面目な話をしていたところが急にこうなるんだから――もう、ホントどこまで落としてくれるのかな、俺の奥さんは。
もじもじしているところを捕まえて赤くなった頬にキスをすると耳も赤くなった――うん、最高。
「一緒にいられる時間が増えるのは俺も嬉しいよ――安心できるし」
そのまま伝えただけなのに、なんでますますもじもじするかな……でも、これっていいよな――あ、だからウィリアムはああやって好きな子にいろいろ言うのか――なるほど。
そんなことを考えて納得していたら、エリザベスが咳払いをしてまた話し出した。
「あの、あのね、ラグドルさんが『そうするなら地元民相手のお店はもっと穏やかな人たちに任せて、しばらく手伝ってもいいぞ』って言ってくれたの」
うん。確かにそんなことを言っていたし、とても助かる。
ダンジョンに来る冒険者たちはジョナサンが来てから殆ど問題を起こしていない。けれど少しずつでも人数が増えているのはその通りなのだから、いずれにせよ宿泊施設と食事処の増強は必須だ。
そして確かに、冒険者相手の宿泊施設や食事処の求人はなかなかうまくいっていない。興味がある人はいても、腕っぷしの方が心もとないせいだ。ならず者の相手ができなくては経営はできない。
住民ギルドの方にはそういう特殊技能はいらないから、住民ギルドの仕事を一般の住民に引き継いでナイジェルと自分で冒険者を相手にする事業の方を進めた方がいいかもしれない、っていうのは自分もナイジェルも考えていたことだ。
ただし、ナイジェルの負担が大きくなるんだよな――。
今のナイジェルの仕事の最優先事項はダンジョンに潜って魔物を討伐することだ。
自分がそこに加わることができればいいのに、と思う。ここに着いた時の冒険者の話では、それは領主の仕事の一つだって話だったのに、祖父は頑なに俺をダンジョンに入れようとしない。
何度聞いても答えは「まだまだ」ばかりだ。




