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世界の終りまで君と  作者: 佑
第二部 第四章 領主とは
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125. ナイジェル

 エリーが、ふわふわしてる。


 ウィルとリュカに押し付けられた負債が消えたのは助かったし、トリスタンも穏やかで落ちついた顔をしているし、シュヘルの祖父さんも上機嫌だ。

 なによりエリーが嬉しそうなのがいい。

 だけど。なんていうか――ちょっと弊害も生じている。


 リディアが――ますます複雑な顔をするようになった。

 思ったことや感じたことは割と何でも口にするリディアだけれど、今回は珍しく静かに悩んでいる――口に出さないのは悩みの内容に俺が関係していて、意見が合わないとわかっているせいだ。


 ため息を吐いてダンジョンの階段を降り、首を振って雑念を追い払った。

 いつもはリディアと潜っているけれど、悩んでいる顔を見たくなくてエリーといるようにって言ったから今日はソロだ。

 回復アイテムはばっちりだけれど、気は抜けない。

 素材は魔素の高い魔石以外回収しない。目的は経験値――今日の目標階数は十五階層だ――無理はしない。

 三時間ほどかかった。

 割と容易く到達して、念のため結界を張ってから休憩。ここに来た頃とは雲泥の差だ。




 この夏にここに来るまでは、ただ漠然と長男だから家を継ぐんだろうと思っていたし、弟が家を継ぐならどこか他の貴族の家に婿に出されるのだろうと――そういうものだと思っていた。


 そしてそれが、リディアと一緒になれるってことならいいな、って。


 屈託なく笑い、裏表のないまっすぐな感情で家族や友人のために行動できる彼女は生命力にあふれている。一緒にいると楽しい。考えが足りないってよく言われる自分よりもさらにまっすぐで、まっすぐすぎて時に危なっかしくて、いつだって側にいたいと思う、そういう存在だ。

 リディアの方が家の格は高いけれど一つだし、俺の母親は伯爵家に嫁いできたとはいえトゥルクロウ公爵家の出だから、次期トゥルクロウ公爵のニコラスは俺の従弟だ。

 それに俺自身だってウィルの――王太子の近しい友人として長年過ごしてきたのだからウィルとサリーの警護役には適任で、近衛騎士として採用されないなんてことはないはず――よっぽど成績と実技がお粗末でなければ。

 しかも今のところ嫁取りも婿入りも可能。

 そうとくればリディアの父親であるハイレリア侯爵が俺の求婚を断ることはまずないだろう。

 そう考えていた。


 実際親にもそう伝えてあるし、たぶんハイレリア侯爵家にも内々に問い合わせ済みだと思う。内諾は得られていないけれど、今回ここに来ることを俺もリディアも止められていないことが親たちの意向を暗に示している。

 すべて順調――だった。

 それが怪しくなったのはここに来てダンジョンに潜るようになってしばらくしてから。

 初めは実技方面が伸び出して、将来的にもますます安泰だなって単純に喜んでいた。

 だけどやがて、この伸び率はちょっとおかしいんじゃないか、と思い始めた。こんな成長率で剣技が身体に備わって行くなら、学院の騎士科での鍛錬なんて子供だまし――なんで騎士科の生徒を引き連れてダンジョンに潜らせないんだ。そんな疑問が浮かんだ。このダンジョンってやつはあきらかに――おかしい。


 前半組として一緒に来ていたステファンもジュリアもニコラスもディミトリも何も言わなかった。だけど俺が気づくくらいなんだから気づいたはずだ。

 後半組にはさらにはっきりとわかったはずだ。

 前半二週間のうちに自分がどれだけ成長したのか――後半二週間を加えたらさらにだ――たぶん、今の自分にはここに来る前のステファンとならまともに打ちあえる力量があると思う。初めて潜った日はついて行くだけで精一杯で、帰ってきたときにはヘロヘロになっていたのに。

 軍部を掌るボルドウィン家に入り婿予定のステファンと互角にやりあえると思うなんておかしい。

 それなのにウィリアムもリュカも――アントニーとアリアンヌとリリアナは戦うために潜ったことはないはずだし、ジョナサンもダンジョンに入ったのは一度きりだから気づかなかったのだとしても――二人はその恐ろしいばかりの成長率についてはただの一言も口にしなかった。

 そうとくればどういうことなのかは明白――公爵家以上は、知っていて黙っている。ウィリアムもリュカも話さないってことは、当然黙っているように言われているってことで、つまりそれは俺が気づいたらいけない――気づいたとしても口にしてはいけない内容だってことだ。


 水筒からお茶を飲んで息を吐く。エリーが持たせてくれた弁当を食べながら考える――考えるのは、苦手だけど。


 最初からおかしいことだらけだ。


 汚名つきで追放されたエリーの結婚を祝うことを許されたこと。しかも嫁ぎ先は貴族としては最底辺の辺境の男爵家で、高位貴族の子息子女が領地に赴いてまで祝うなんて――今は学生の身分とはいえど考えられないことだ。それに断罪を実行した王太子が自分の今の婚約者で事件の被害者ということにしてあるサリーを王都に残して、加害者で元婚約者のエリーのためにわざわざ王都から来るなんて。たとえ上層部は冤罪だと知っていても、建前上はエリーを悪として処理したばかり。外聞が悪すぎる。それにあれからまだ四カ月も経っていない。

 絶対にありえない。

 

 実際、ここでの自分たちの仕事――ここに来させた目的――はどう考えてもダンジョンの魔物討伐。そして自分たちを送り込んだのは、学生で身軽だからだなんて口では言っても政治の絡む大人を動かせないからだ。


 ここに来て初めてわかったことは多い。

 シュヘル領は、つまりダンジョンがあるここはこの国の魔術を保持するために重要だ――それは誰もが知っている。

 王家、そして魔術部門を統括するパートリッジ家がバックアップして守っている――それもまあ、当然そうだろうとは思う。


 だけどこれまでは、ここまで強い結びつきがあるとは考えていなかった。


 この領地が限定相続だってことは聞いている。俺が聞いているその理由はダンジョンの管理がややこしくて難しいから――確かにダンジョンは入るたびにマップが変わるし深さも度々変わる。出没する敵や獲れる素材もちょっとずつ変わるからその全てを把握することはできないし、深部に潜れば潜るほど凶悪な魔物が出たりもするみたいだし――管理するのは大変だろう。

 だけどどんな土地だって継ぐ者がいない場合の所有者は国になるんだし、そうなったら適切な管理官を置いてダンジョンも――たぶん定期的に手を入れるとか――つまりそれだけのことだしそれ以外の選択肢があるはずがない。ここは辺境だから管理するのが面倒だっていうのはわかるけど。


 なのに、今はそうじゃないとしか思えない。


 次期国王のウィルと次期パートリッジ公爵リュカ。ここに送られた公爵家の跡取りたち。全面的なバックアップは、なにがなんでもこの土地をトリスタンに継がせる――そのためだとしか思えない。

 それをいったらそもそも一国の王妃としても遜色ない――というか過分な資質があるエリーをあっさりと手ばなして辺境の男爵領に送り込んだことからして――しかも、エリーが入った途端に起こったダンジョンの変化。

 いくらなんだって変わりすぎだと思う。


 ここに来て知ったことやおかしいと感じたことは他にもある。


 ダンジョンに問題が生じ始めていて――年々深くなって、魔物も増えて――このままでは手が出せなくなる。そうなる前に騎士団で討伐隊が組まれるだろうっていう噂話。

 なのにこの土地に責任を負うべき立場のトリスタンを絶対にダンジョンに入れようとしないあの祖父さん。

 そしてその祖父さんが『誰よりも』大事にしているエリー。

 あの祖父さんはエリーのことを、ともすればこの土地を継ぐ自分の孫であるトリスタンより大事にしている――そう思う。『大事な(孫の)嫁じゃ』ってあれは間違いなく本心だ。


 仲が悪いはずの敵対貴族の孫娘なのに――世間では前パートリッジ公爵アーノルド公とホルスト卿は仲違いをしていると言われている。現パートリッジ公爵ローランド公とその妻にして老ホルストの娘で既に亡くなったトリスタンの母親のことで諍いを起こしたと――だけど、絶対違うと思う。実際、あの二人は恐ろしくなるほどそっくりだ。

 見た目のことじゃない。だから、どこがって言われると困るけど。

 とにかく、あの祖父さんたちは絶対に結託していると思う。


 一体どういうことだろう。

 

 しかも、考えれば考えるほどに募る『考えるな』って思うこの感覚。


 今回の茶番の関係者として大体の流れは知っているはずの自分だけれど、それでも全部じゃない。だけど既に知り過ぎているんだと思う。


 ぞくりと寒気がして首を振った。

 大きく息を吐く。


 これらのこと全てに加えて、ダンジョンに潜ることで魔術面だけでなく武術面でも飛躍的な伸びが可能になる自分のような人間がいること――そこらへんはおそらく公爵家以上が知っている秘密なのだろう。ウィルとリュカが驚いていなかったことがその証拠――。


 今のところここにいる一般の冒険者が自分と同じような伸び率で成長している様子はないし、リディアもそう――自分だけだ。


 もう一口お茶を飲んで息を吐く。


 口を噤んでいるだけの賢さはあるつもりだけれど、たぶん今の自分は……かなりヤバい。





 とにかく、ひと夏の伸びとしては明らかにおかしいこの実力をごまかせるようにならないと――うまくごまかすためにはさらに上の技術が必要だ。それに将来冒険者として生きるなら、伸び率があるうちにもっともっと強くなっておきたいのも本当――。

 秘密を抱えた身では、将来的には王都にいるのさえ危険かもしれない。ウィルは『駆け落ちでも』『追放でも』って言ってくれたけど、このままでは現実にそうなりそうだ。そうじゃなかったら『暗殺される』とか。


 リディアにふさわしいだけの力が欲しかったのは確かだし、実技面ではきっともうそろそろクリアだ。娘の夫としてハイレリア侯爵を納得させられるだけの素地は得られてる。

 だけど。そこはもう安全とは言えない――。


 またぞくりと寒気がして、首を振ってもう一口お茶を飲んだ。


 今の自分が近衛騎士団に魅力を感じていないのはあきらかだ。

 リディアと「冒険者の夫婦としてここで暮らしたいな」なんて話したのも、もうずいぶん前のことみたいに思える。

 侯爵家に生まれた娘をわざわざ平民に落としたい親なんているはずがないし、自分の親だって絶対反対するだろう――そこをどうにか説得しないと――幸い俺たちには優秀な弟妹がいるし。


 だけど今はまずそれ以前の問題をどうにかすることだ。


 自分はこの先暗殺対象になるのかどうか――シュヘルの祖父さんはきっと何か知ってる。だから相談して――いや、公爵家以上の秘密に関することならむしろアーノルド公の方がいいか――争いの種になるつもりはないし。


 やっと穏やかな顔になったトリスタンには悪いけど、今後のことを考えてもトリスタンからアーノルド公にワンクッション入れてもらうのがいいだろう。どうにかして家を出てリディアもゲットしてここで暮らせるように――。

 うん。もともと頭を使うのが苦手な自分みたいなのは悩んでも無駄だ。トリスタンに連絡してもらってウィルとリュカに口添えを頼んで、実家を出してもらおう。それしかない。

 ハイレリア侯爵がリディアを手放すつもりがないって言ったらその時は――奪って逃げよう。

 よし。やっぱりもっと実力をつけよう――とくれば、もう少し潜るか。


 と、思ったのが甘かった。

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