122. 結婚祝い(ジュリア)
「あの、ね、それで――」
「うん」
「それで――その、ジュリアのお祝いの方、なんだけど」
「うん? 何かお返しする?」
「あの、そうじゃなくて――ジュリア(・・・・)の、方」
?
ちょっと考えて、そういえば、ナタリー(・・・・)がくれたって言ってたような、と思い当った。
「ジュリアのも同じようなやつだった? それなら――」
言い淀む様子に助け舟を出すつもりで、見せてくれなくてもいいよ、って言おうとした。
「ううん。同じようなやつ、じゃなくて」
ますます困った顔――今度こそ、高価な物でも送られたんだろうか。舞踏会用のドレスとか。それなら、見せてくれるなら見たいけど――。
「ジュリアのは、こっち――」
ちょっと俯いて視線を斜め下に外したエリザベスが、前合わせのローブの紐を解いた。
で、小さく肩をゆらしてローブを落とす。
「……」
「……」
もともと色白のエリザベスが、耳から顔、首、肩、その下へと一気に赤くなっていくのがはっきりわかった。身に着けた薄手の布地のように。
その両肩の上で結ばれている細い赤いリボンは、つまりそれを引いて解いたら――。
吸い寄せられるように近づいて、何の考えもなくそこに手を伸ばし、触れようとしたところで――視線を逸らしたままのエリザベスの顎が小さく震えていることに気づいた。
やばい。
理性を総動員して手は止めた――どうにか。だけど、ここからどうしろって――。
固まったまま、その細い紐を解きたがる本能と闘う。
エリザベスの足もとに落ちたローブを拾って肩にかけてやりたいけれど、このままエリザベスに触れたいと思う気持ちは強固だし、だけど震えてるし――。
リュカ。
『見せてもらえ』って、それはないだろ。
それに『見せてもらったら、頭を使え』って、頭なんか何の役にも立ちそうにない。
壁に頭をぶつけたい。
そうか、その役には立つか。
ぐっと手を拳にしたとき、小さな声が聞こえた。
「……い」
なんだ?
「……が、……なら」
え? これって、なんかちょっと、デジャヴ、な?
「……嫌なら、も……ない、から」
は? え? ええ!?
ぱっとあげられた顔。間違いなく涙でいっぱいの瞳。
「トリスタンが嫌なら、もう着ないからっ」
ぱっと足もとのローブを拾ってそのまま寝室から駆け出そうとするのをそこは間違いなく捕まえた。
頭は役に立たなくても本能で動いた――って感じだった。絶対、離せない。ここから出すわけにはいかない――。
「嫌なんかじゃない! 絶対。絶対、違う」
それは確かだ。嫌なんて、そんなわけがない――。
まだちゃんと働かない頭でどうにかそれだけ伝えると、エリザベスは腕の中から逃げ出そうとするのはやめてくれた。
やめてはくれたけど、だけど、どうしよう。
自分の腕の中にいるエリザベスが自分にとってどんなに大切で、どんなにかわいくて、愛しくて――それと同時にどんなに柔らかくて、自分がどれだけ触れたいと感じているか。
こんな格好を見せられたら、絶対――。
こんな状態で抱きしめたら、絶対――。
だけど、エリザベスだってあの時はあんなに困ってたのに――あの白いナイトウェアでさえ、誰にも『見せられない』って『無理』だって。
違う、あの時と一緒にするな――あれは、今とは違う。
それに『見せてもらったら』『頭を使え』って、どういう――。
『見せられない』やつ以上に『無理』だろうってやつを『見せてもらった』のは確かだし、あのときとは違う。だけど、見せられた自分は頭が働いてない。だって絶対頭なんて働かない。だけど、とにかく、なんとか――。
「リ、ジー?」
「……なに?」
「俺、今頭が働いてない。っていうか、君にそんな恰好されたら絶対まともに頭なんか――だけど、その恰好を見せてくれたってことは、君にとっての俺は――見せてもいい相手だって――好きになってくれたんだって――そう思っても、いい? 妻として、俺の隣にずっと――夫として、俺が隣にいることを――夫婦として、俺と一緒に……」
話しているうちに、少しずつ落ち着いて来た。
で、思った――絶対、そうだろ。
それに、これは、あれだ。
腕を緩めて見おろせば、まだ涙でいっぱいの瞳――そこに、ほっとしたような安堵が――ああ、悪いことしたな、って思った。
あんな、お粗末な流れのままにここに連れて来て、ちゃんとしたプロポーズさえしていなかった。
こんな流れでっていうのはかっこ悪いかもしれないけれど、これ以上待たせるわけにはいかない。
『愛されてないんじゃないか、なんて思う暮らしをさせていい女性じゃない』
アントニーの言葉はもっともだ。
『お前が動く番だ』って言われたのに。
好きじゃなかったらこんな格好なんか――自分に対する俺の気持ちに不安がなかったら、このタイミングで涙なんか――。
「リジー。命ある限り、いや、命が尽きても――この世界が消えるまでの愛を誓うから、俺の――俺だけの妻でいて。一生、君だけだって誓うから、どうか――俺と」
やっと伝えたプロポーズに、エリザベスは泣き笑いの顔になった。
「――はい」
返事と一緒にぽろぽろこぼれる涙は、喜びと、安堵と――その目じりに、瞼に、額に、頬に次々とキスを落としていく。
我慢することなんてなかった――最初からずっと、この人しかいないって思ってた。誰にも渡せないって、そう思ってたのに。
「待たせてごめん。余計なことを考えすぎた」
そっと唇を重ねれば、そのまま安心したように寄りかかってくるその身体の温かさとやわらかさに、また頭が真っ白になりそうになる。
肩を抱いた手が例の肩ひもに触れていて――なんていうか、うん。やばい。
「リジー、あの。……あのさ? この格好はとても素敵なんだけど、その手に持ってるローブを着てもらってもいい? 俺、実は今もかなりがんばってこの肩ひもを解かないように堪えてるんだ――解いてもいいならいいんだけど」
たぶんエリザベスのことだから、そういうつもりではなかったはず。
そう思ってどうにか踏みとどまっている現状を伝えたら、いつの間にかもと通りになっていた顔と耳がまた真っ赤になって――そのまま首から、肩、胸――って、ああ、もう。
こっちまで涙目になってしまう。
腕の中でカチコチに固まってるのもかわいいんだけど――っていうか、これだけ硬くなってるくせにこんなにやわらかいとか、絶対反則。
頬を撫でてもう一回キスをしたら――なんか、もう、このまま――はダメか。
腕の中でもぞもぞと動きながらエリザベスがローブを身に着ける。
腕を解けば楽なのはわかっていたけれど、解きたくなかったから緩めるだけにした。
ほんと、残念。
だけど今回のは俺が着せたようなものだし。
「また今度、見せて。その時は――」
そこで言葉を切るとエリザベスはますます真っ赤になって――真っ赤にはなったけど、小さく頷いてくれた。




