121. 結婚祝い(ナタリー)
テーブルを挟まずに隣同士で座って、穏やかな夕食――トリスタンにこれまでよりもリラックスした笑顔が多いのは、友人たちのからかいの混じった観察の視線がないからだと思う。
食べ物を口に運んだあとのほっこりした幸せ顔も、いつもよりずっと多い。
もう――なんでこんなにかわいいかな、私の旦那様。
ほにゃほにゃした幸せ感にひたりつつ、次の串を網に乗せる。
いつまで見ていても飽きないな――。
料理に力が入るのは絶対この人のこの顔のせいだ。
洗濯に力が入るのはベッドに入ったときのしあわせそうなため息が聞きたいからと、朝の目が覚めそうなときに枕に顔をこすりつける仕草がかわいいからだし。
なんでそんなに目じりが下がるかな~。
今だって何かを考えているけれど、仕事モードの時とは全然違って、時々迷うように視線が揺れるのに楽しそう。こっちを見たときの目も、すごく優しいし。
氷入りの冷たい麦茶を口に運びながら、十年後も二十年後もこんなふうだったらいいのにな、なんて考えた。
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『せっかくだから向こうに移る前に二人でゆっくり過ごすのもいいかなって。今までが慌ただしかったし』
確かにそうだな、って思った。
ウィリアムやリュカの視線は――なぜかこの頃ではナイジェルまでが――微妙に責めているような、それでいて同情しているような……圧力があってどうにも落ちつかなかったから、こうして久し振りに二人だけで過ごしてみると空気の穏やかさが全然違うのがわかる。
エリザベスも今朝までのようにみんなのことに気を配っていた時とはやっぱり違う。
どういうわけかときどきちょっと緊張した顔をするのが気になるけど、ずっと隣にいてくれるし、会話も視線もほぼ独占できるのは――すごくいい。
っていうか、いつも思うけど、俺の奥さんってほんと料理上手。そしてエプロンが似合い過ぎ。――なんでこんなに幸せなメニューばっかり出て来るかな。うちの食卓。
料理長の教えっていったって、パートリッジ家での食卓は別に……父や祖父の好みはあれだったんだろうか。
友人たちの視線がないのでそんなことを考えながら、ドロドロに溶けない程度にエリザベスを観察し、食事を楽しみ幸せに浸る。
この塩味の焼き鳥だって、ダンジョン産の地鶏だってこともあると思うけど、ただの塩味だけじゃないと思う。美味しさの秘訣は――串に刺す前のぶつ切りの鶏肉に何かしてあるからだ。柚子胡椒の辛みに混ざるうまみは既になじみ深い。
はあ。
目を閉じて幸せを感じながら、十年後も二十年後もこんなふうだったらいいのにな、なんて考える。
いや、自分がこんなふうにするんだ――ずっと続くように。
目を開いて隣に笑いかけると笑顔が返ってくる――かわいいんだよ、もう。
そのあとで小さく「よし、うん、大丈夫」って声が聞こえた。
もしかしてまた『嫁ポイント』だろうか。だったら最大限で付与し終わってる。というか、それを言ったら俺の『夫ポイント』の方がはるかに足りなそうなんだけど――。
そういうことも、今夜はちゃんと話そう。大丈夫。邪魔の入らない夜はそれなりに長いから。
それにあのプレゼント達――何から渡そう。さすがに全部ってのはダメだと思う。重すぎだ。小さい頃の方を先に? それとも最近のやつ?
喜んでくれるといいな――っていうか、きっと喜んでくれる。
どんな顔をするか、楽しみだな。
そう思って、気づいた。
「不安」じゃなくて、「楽しみ」。
そんなふうに思えるようになったことが嬉しかった。
友人たちと兄たちの、特にアントニーのおかげだと思う。
殴り合いの喧嘩なんて――したことがあっただろうか。
パートリッジ家ではほとんど母と離れにいた。最初はそこに兄たちが来ることはなかったはずだ。小さな兄たちがそれぞれの母親と一緒に離れを訪ねてくるようになったのは、自分がこの領地を継ぐことが決まってパートリッジ家の跡目争いから完全に外れてからのことだったはず――相続に関係のない自分なら遊ばせても大丈夫―――そういうことだったんだと思う。母も、万事控え目にしていたし。
うん。父がいる時は五人揃うこともあったし大人数で遊ぶのが楽しかった記憶もあるけれど、大抵は個別だった。
訪ねてくるときはみんな常に母親が一緒だったと思う。母親が同じリュカとアントニーは一緒に来てくれて、金髪のアントニーよりもリュカと同じで黒髪でくせ毛のトリスタンと並んだ方が兄弟に見える、と母親たちが笑って話していたのを覚えている。自分もちょっと嬉しくて――そういえばそれでアントニーが怒って――あの時は叩かれたような気がする。
ステファンとディミトリはそれぞれ一人で来てくれた。ステファンはあれで当時から結構面倒見がよくて、「もっと体力をつけろ」って言われた。ディミトリには悪戯を教えてもらった――母親のスカートの中から盛大に登場する技、とか。
全員で揃うことは殆どなくとも、バラバラにならけっこうみんな来ていたし、仲良く遊べていたと思う。みんな末っ子の自分をちゃんと「弟」だと思っていた。公爵家の生まれでありながら男爵家を継ぐ自分のことを見下したりせず、兄として「世話を焼くべき者」だと思ってくれていた。学年が一緒で誕生日も近いアントニーだってそうだ。叩かれた時も痛くはなかったし、リュカがうまくまとめてくれて、母も笑っていたはずだ。まあ、自分はなんで叩かれたのかわかっていなかったけど――あの頃からちゃんとリュカはみんなの「兄」だったんだよな。
この前トリスタンが殴りかかった時のアントニーは本当に驚いた顔をしてた――つい苦笑する。
いい兄ばかりだな――。
その日のデザートは、カスタードクリーム入りの冷やした『大判焼き』だった。
エリザベスは冬場のおやつ用にとアントニーに型を作成してもらっていたらしい。
トリスタンが出てすぐに用意して焼いたんだろう。その後でこちらもアントニーの魔法付与でばっちり仕上がった保冷庫で冷却すれば、夕飯のデザートに間に合わせられる冷たいデザートのできあがり、というわけだ。
デザートが冷たいので温かいお茶を合わせる。
はあ、美味しい。
「今度はあんこ入りのも焼くね」
嬉しそうな声にまた自分の顔を見ていたらしいエリザベスが喜んだのがわかって、目を合わせていなくてもその場で溶けそうになった。
ああもう。
だけど、そもそも二人っきりなんだし、もういっそ溶けてもいいのかもしれない。自分がどんなに嬉しいのか、エリザベスのことが好きなのか伝えて――そうだ。このまま――。
「よし。じゃ、食べ終わったら私ここを片付けるから、外の動物と戸締りはお願いしていい?」
きっぱりとした声に伸ばそうとした手が止まった。
あ~、うん。
今日はまだ鶏を小屋に入れてないし、そういうのはやっちゃってからの方がいいような気もするし。
「よし」と言いつつもなんとなくまたエリザベスが緊張した顔になったような気がするのは――まさかプレゼント付きで自分に口説かれることを警戒したわけじゃないと思うけど――なんでだろう?
まあ、いいか。
甘い香りのバニラ入りのクリームの残りを味わいながら温かいほうじ茶を飲む。
思考がまたトランクの中のプレゼントたちのことに戻った。
水色のシルクのリボンと手のひらに乗るサイズのねじ回し式のオルゴール、がいいかな。それともピンクの石のついたネックレス――白いレースのハンカチもあったはずだ。花の模様付きのペン、木彫りのアクセサリーケース……きれいな模様が彫り込まれたガラスの小瓶。
とりあえず、今夜は何を渡そう。
食事を終えて、そのまま悩みながら外に出た。
軽く掃除をして鶏小屋を閉めて家に戻る。
既に一階は片付いていて、エリザベスの姿はなかった。
今日はソファでのんびりじゃなくて、上でゆっくりするつもりみたいだ。
贈り物の入ったトランクも上だから、中から数個選ぶには都合が悪いけど――どうしようかな。
そんなことを考えながら軽くノックをして寝室の扉を開けたら、下ろした髪の毛以外はすっかり寝支度を整えた状態のエリザベスがいて。
で、その恰好が、見覚えのないグレーの艶々したローブに華奢なサンダル――ミュール、って言ってたような気がする――だった。
「え!?」
って、声が出たら、エリザベスが狼狽えて――。
「あの、ほら、『結婚祝いを見せて』って言ったでしょう? あの、これ、ナタリーがくれたんだけど……」
って。
よく見ればミュールは、五センチくらいの細いヒールのあるかわいいやつ――見た目だけで実用性はまったくなさそうな。
それに身体の線がよくわかるような光沢のある前合わせのローブ。
「あ、ああ、結婚祝い、って、服って、そういう――」
しまった、な。
それで「見せて欲しい」って言ったあの時、返事をためらってたのか。
てっきりよそ行きのドレスとか、ここでは買えないような高価なものをもらったから、見せるのを遠慮して困っていたのかと思った。
そういうことなら、見せろなんて――悪かったな――だけど、裸足にそのミュールはすごくすてきだし、ローブの下からのぞく足首がいつもより華奢に見える。
見せてもらえてラッキー……なんて思っていたら。
「お揃いで、ってトリスタンにもくれたの――」
「え!? 俺にも?」
それはびっくりだ。
「そう――あ、もちろん靴じゃなくて、こっちのローブの方なんだけど、一緒に入ってて、お揃いでどうぞって」
「ああ、そういえばその靴だけが入ってるにしてはけっこう大きな箱だった――だけど、それを着て寝ろってこと……?」
寝心地は――っていうか、寝てるうちに絶対脱げる。そんなことになったら逃げられそう――そう思って「俺はやめとく。肌寒くなったら羽織るくらいにするよ」と苦笑付きで追加した。




