120. がんばる?
確かに、忙しいのはそうなんだけどやっと本来の生活に戻れそうなのだからもう少し自分たちのことにも集中したい。
ギルド職員で話し合って就業時間と決めた時間は、早出が八時から五時で遅出が十時から七時のそれぞれ昼休みが一時間だ。基本が八時間労働でそれ以外は時間外就業になり別手当を出す必要があるというめずらしい働き方――それはエリザベスにとっては譲れないものらしく「働かせすぎは労働基準法違反――領主の横暴よ」と言われた。
トリスタンと独身のウーリッヒ(運送ギルド)と既婚であっても子どもはいないティアゴ(工業ギルド)が基本早出で、小さい子どもがいるフランコ(商業ギルド)とこちらも独身のテオ(冒険者ギルド)が遅出だけれど、交代もありでそこは各自調整することになっている。
若い世代がそろっているのは、各ギルドが出向させる人間を自分と話がしやすいように考えてくれたからだろう。性別も男ばっかり――そこは祖父の指示かもしれないけど。
そんなことを考えて苦笑しながら早出の退勤時間ちょうどにギルドを出て迎えに行くと、治療院の閉院作業中だったエリザベスがパッと笑顔になった。
「早いのね!」
短い距離を駆け寄って来る――そんな小さなことがすごく嬉しい。
ああ。今日もかわいいな。……今朝もかわいかったけど。
ハンナさんが「戸締りはやっておくから」と先に帰るように勧めてくれて、お礼を言って二人で帰る。
ありがたい。ゆっくりできる時間を増やせば――エリザベスを落とすための行動も――忙しさで考えきれなかったそれらも、もう少しましになるかも。
本当はこのタイミングでシュヘル邸に移りたくはなかった。だけどそこは仕方ない。ナイジェルたちの夏季休暇が終わるまでは、穏やかにできることを続けよう。
今日の仕事内容などを話しながらようやく住み慣れた家まで歩く。
道々、こっちを見ている視線はあったけれど邪魔は入らなかった。
次はシュヘル邸に移るための簡単な荷造り――渡せていないプレゼントも向こうに持って行って、機会を見つけて渡していこう。
計画を練りながら仲良く当面の着替えをまとめていた時、思いだしたことがあった。
今朝、馬車が出る直前にリュカに言われたこと――。
「そうだ。リジー、ジュリアの結婚祝いを見せてもらえる?」
~~~~~~
!?
突然の申し出に、準備をしていた手が止まった。
だって、ジュリアの結婚祝いって。
なんの問題もない、って感じであっさりと言ったトリスタンはにこやかな顔でこっちを見ているけれど。
「ええっと、それは――」
どういう意味、だろう。
「服だって聞いたから」
って、誰に聞いたの、それ。
っていうかその人、どういうつもりでそんなこと――アリーかな。
「それは――ええっと――」
「きっと似合うと思うし」
励ますように言われた。
似合うと思うの? って、だけどそれってつまり。
「着たところが見たいってこと、なの?」
「うん、もちろん――ダメかな? ジュリアは普段は騎士服だけどあれですごくおしゃれだし、妹のロクサーヌもそうだからきっと似合うよ。それにナタリーのも――ジョナサンが靴だって言ってたよね? 叩かれるのは嫌だけど、踵の高いやつってことはこの辺じゃあんまり売っていないようなデザインなんだろ?」
期待する顔、だけど。
「ええと、まあ、うん、そう……このあたりではたぶんきっと売ってない――」
つまり、それがどんな服なのかはわかっていないってこと――だと思う。
考えていたら、「短い時間でいいよ。前に踵の高い靴は好きじゃないって言ってたよね」と、にっこり微笑まれた。
それはそうだけど、あれはそういうやつじゃなくて――。
踵がどうこう以前の、もっと大きな違いがある。
でも。
みんなにも『嫌がられたり、引かれたりしない』って太鼓判を押されたし――つまりこれはがんばるべき、ってこと、だろう――だよね?
……とすれば。
「ええっと――そうだ。あの――シュヘル邸に移るのは明日からってことにしてもいい?」
「え? ああ、うん、いいよ? もしかして着替えるのに手伝いがいる? マリーに来てもらえるように頼もうか?」
ちょっと不思議そうな顔になったトリスタンが荷造りの手を止めて、その後で思いついたようにマリーのことを口にした。
「ううん、そうじゃない。そっちは大丈夫……だけどとりあえず、気が変わったから明日から行くって連絡を頼んでもいい? むこうに夕ご飯の下準備をしてあるけど、リディアならわかるから――私たちのぶんはこっちで別に作るね」
がんばるならせめてこっちで……がいい。
「うん、それはいいけど――?」
「せっかくだからむこうに移る前に二人でゆっくり過ごすのもいいかなって。今までが慌ただしかったし」
「ああ、――そうだね。みんな帰っちゃったし。ナイジェルたちがいてくれるのは嬉しいけど、あの二人もゆっくり話した方がいいと思うし――それに、俺も見せたいものがあるから、もう一晩くらいこっちにいるのもいいかも」
不思議そうだった顔がちょっとゆるんで安心したような顔に変わる。
納得してくれた――よかった。
「よし。今日は小さな焼き網で焼き鳥にしよう。タレを多めにして黒胡椒と柚子胡椒と……デザートは、あれをやってみよう。うん」
トリスタンは二人分の夕食のメニューを考え始めたエリザベスに笑顔を見せて、「通信用の魔術具を増やした方がいいかな――だけど血族以外だと難しいって言われたしな……」とつぶやきながらが出て行った。
その背中を見送ってほっと息を吐く。
この夏は、ずいぶん仲良くなれたと思う。
ここに来てから三カ月。もうすぐ四カ月目になるし、ダンジョンの変化も喜んでもらえているし、街の中もいろいろ変わってきた。今さら放り出されるとか、ない、と思う。
うん。がんばろう。
おまけ ~王都への帰り、途中の宿屋にて、男子組~
ウィル、以下W「いや~、思った以上に、楽しかったな」
リュカ、L「だな。行った価値があった」
アントニー、A「無茶苦茶だったよ。ジョナサンが来てくれて助かった」
ジョナサン、J「そう思うならもっと早く呼べよ」
L「いや、あれ以上早く呼ぶと俺たちが疲れる」
W「まったくだ。エリーがいてくれた時はよかったけど――お前は面倒なんだ」
A「エリーの代わりにサリーを入れろよ。意外にうまくいくかも知れないぞ?」
W「嫌だ。二度も婚約者に逃げられるのはごめんだ」
J「別にいじめたりしないよ。僕はできないやつにやれとは言わない」
W「本人の前でそれをそのまま口に出すだろ? 態度も悪過ぎるんだよ」
J「それはできるのにやらないからだ。お前たちだってエリーと楽しんでる暇があったら問題を解決してやればよかったんだよ」
W&L「お前な……俺たちは一番難しくてややこしい問題に向き合ってたんだよ」
A「そうだ。俺なんかトリスタンに殴られたんだぞ」
J「へえ、トリスタンに? あいつでもそんなことするのか。見たかったな、それ。本当か?」
W「ああ、あれは見ものだったよ。――だけどトリスタンも大変だな。ジョナサン、お前随分な仕事を押し付けてたな」
J「まあ、国宝級のお姫様を攫ったからには相応の苦労はしてもらわないと。できるんだし」
W「できるのかよ? あの領地全土の監視体制だぞ?」
J「要はやりようだよ。それにできないって言わなかったからにはできるんだろ――助言ももらいに来なかった」
A「それはお前の言い方のせい――」
J「いや、あいつはできるんだよ――それにあの祖父さんがいる。あれ、化け物だぞ」
L「……うちのジジイとどっちが化け物だと思う?」
J「アーノルド公はあれでも人間だ」
L「……ま、後はなんとかできるだろ。ナイジェルとリディアがいるんだし」
A「そっちのほうが差し迫ってるような気がするよ」
L「だから馬車に乗る前にトリスタンに、『ジュリアの結婚祝いを見せてもらえ』って言っといた」
W「!! お前、それ、いいのか?」
L「見せたくなかったらエリーがごまかすだろ。『見せてもらったらちゃんと頭を使え』とも言っといたよ」
A「なんだよ? その結婚祝いって」
L「……リリーに聞けよ」
A「……聞いていいやつか?」
J「僕も聞いてないよ?」
W「お前には教えない」
J「は?」
L「お前はクレアに聞けよ」
W「ああ。そうだな、それがいい♪」




